ダンジョンテストプレイヤー

島地 雷夢

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 ケイトが異世界から来た二人と出逢って、早一ヶ月が経過した。 二回目のテストプレイも終了し、無事『千変万化』が一般公開された。それに際してダンジョンの出入り口部分が拡張された。 ダンジョンに入ると大き目の部屋に出て、扉が五つ設置されている。一つは以前から存在するプロトタイプのダンジョン――『駆け出し御用達』、他四つは『千変万化』の四つの難易度の入り口となっている。 更に、この部屋の中央には石板が置かれており、そこにはこのダンジョンの共通項――死ぬ事が無い事が記載されている。もし死ぬような目に遭っても、完全回復した上で自動的にこの広場に転送される旨もきちんと説明されている。更に転送された場合はダンジョン内で手に入れたアイテムは没収されるとも書かれていた。 また、それぞれのダンジョンの扉の近くにも石板があり、そちらには扉の向こうのダンジョンについての簡易的な説明と注意事項が書かれている。 手直しされた『千変万化』では、特に『甘口』の難易度が低くなった。『甘口』では魔物部屋が出現せず、罠も従来通り僅かに盛り上がって一目見て判別出来るようになり、ミミックも少し上の階層で出るように設定されるようになった。 難易度が上がる毎に魔物部屋が出現しやすくなり、罠も発見し辛くなっていく。当然、魔物も比例して強くなっていき、アイテムもいいものが手に入るようになる。更に、『中辛』以降下一桁が一の階層に転移場が設けられ、一度言っていればそこから十階層下のエリアへと瞬時に行く事が出来るように配慮された。 そして、簡易魔法書『爆破』。これに関しては威力と演出の下降補正が施された。しかし、それはダンジョン外に持ち出された場合のみで、ダンジョン内ではテストプレイ時と同じ威力と演出を誇る。また、首輪も腕輪へと姿を変える事となる。 ダンジョン『千変万化』に潜る際に手持ちの武器、回復薬等を持ち込ませないようなシステムは、勿論施されていない。これによって潜る冒険者のモチベーションの低下は避ける事が出来た。 一般公開された当初は物珍しさからそれぞれの難易度にわらわらと人が入って行った。が、当然と言えばいいのか自分に見合った難易度に挑まなかった者達は魔物にやられ、罠に陥り死ぬような目に遭って強制送還された。図らずも、この出来事によって本当に死ななず、手に入れたアイテムは没収される事が実証された。 そこから、きちんと実力に見合ったダンジョンから順次攻略していく者、ある難易度に常駐してアイテム収拾に励む者、敢えて高難易度に挑んで実力を無理矢理上げていく者等に別れた。 因みに、ケイトは順次攻略を進めて行くグループだ。ただし、連日挑んでいるのではなく、週に一、二回潜り、その他は町での依頼をこなしている。 そして、今日は彼は雪下ろしをしている。 冬も深まり、ちらほらと雪が降るようになった。特に、昨夜から明け方にかけての冷え込みは凄く、雪も視界が白一色に染まる程舞い降りた。 太陽が昇る頃には雪は徐々に弱くなり、今では青い冬空が一面に広がっている。町は一面銀景色で、太陽の照り返しが眩しい状況だ。町民は歩くスペースを確保する為に雪をかいて行く。「ふぅ」 額に浮き出た汗を拭い、ケイトは軽く息を吐く。 ケイトが雪下ろしをしているのは町に住む老夫婦の家の屋根だ。足腰が弱まり、屋根に上って雪を降ろす事が出来ないので依頼として引き受けた。 下に人がいない事を逐一確認しながらケイトは屋根の雪をどんどん落としていく。「おりゃりゃりゃりゃっ!」 下では同様に老夫婦の依頼を引き受けたミーネが家の前の雪を除けていく。まだ降り積もって時間が経っていないので思いの外そこまで力を入れずに雪をかく事が出来る。ミーネは雪を通行の邪魔にならない場所に寄せ集め、雪崩れないよう一固めにする。 二人共厚手のコートに革の手袋を装着し、口元はマフラーで隠している。靴も防水性の高い素材で出来ているので浸水の心配もない。『相も変わらず元気ですねぇ~、あの子』「そうだね」 ケイトの肩に止まってミーネの姿を見ているアオイの言葉に、ケイトは口元を綻ばせながら頷く。 テストプレイ以降、アオイは時折ケイトの下へ来ている。春斗とアランの許可は勿論取っており、基本的に二人が忙しく相手をしてくれない時にダンジョンから出てくる。 曰く「僕達に気を遣わなくていいからね」「子供は外で遊んできなさい」との事。アオイは春斗とアランの使い魔だが、彼等にとってアオイは子供という位置付けにある。勿論、最初からこき使う為に彼女を生み出したのではない。 アオイは生み出した当初まるで赤ん坊のように無垢で無知だった。当然、言葉も喋れず春斗とアランは二人で焦らずゆっくりと言葉や知識を教えて行った。そうしているうちに我が子のような愛着が二人の中に生まれたのだ。 なので、彼等がアオイの相手が出来ない時――主にダンジョン作成等で暇がない時は彼女に助力を乞うのではなく、彼女の好きなようにさせている。アオイが自分の意思で手伝いたいと言えば手伝って貰うスタンスでいるが、今の所そのような発言はない。 アオイも主人たる二人の気遣いを無碍にしないように基本自由にしている。勿論、春斗とアランが見るからにヤバそうな時は即座に助太刀に馳せ参じる心づもりでいるが、今の所そのような事態に陥る兆しはないので自分はお言葉に甘えて羽を伸ばしている。 さて、現在アオイがケイトの下に入る事から分かるように、春斗とアランは新たなダンジョンを作成中だ。詳しくはケイトも知らないが「この世界のダンジョンの常識を覆したアトラクション性の高いもの」とだけ訊かされた。 既に『千変万化』の時点でダンジョンの常識を覆しているが、ケイトは敢えて突っ込まずに蜜柑を頬張りながら「楽しみにしてます」とにっこり応えた。「よし、次」『ファイトですよ~』 屋根の雪をかき終わり、ケイトは屋根から降りる。地面に降りて今度は落とした雪を中庭の一角へと集め始める。「私もやるよっ」 表の雪かきを終えたミーネも参戦し、二人で雪を集めて行く。「終わり」「終わった~」 雪を集め終え、二人して伸びをする。 その後ケイトミーネは老夫婦から温かいお茶と焼き菓子を御馳走になり、依頼の報酬を受け取って何時もの公園へと向かう。「おぉ! 雪だるまだぁ!」 公園には既に子供達が進出していたようで、少し歪な雪だるまが三体にかまくらが出来上がっていた。「ねぇねぇ、私達も作ろうよ!」 と言いながら爛漫な笑顔でミーネは雪玉を作って転がし始める。ケイトも雪玉を作って転がす。 ミーネが頭を、ケイトが胴体部分を作り、二頭身の雪だるまが完成する。顔はそこらに埋まっていた石を二つ、枝の腕は左右非対称だ。「出来たね!」「あぁ」 二人して頷き合い、満足したので噴水の縁へと向かう。そこの雪をかき、シートを敷いて二人並んで座る。何時ものようにバスケットからサンドイッチを取り出して自分達の前に持っていく。本格的な冬になっても、ケイトとミーネはここを昼食場所と完全に決め、寒くても雪が降っても関係なく昼にはここに訪れる。「「いただきます」」 二人してサンドイッチにかぶり付く。何時も通り変わらぬ味わいのサンドイッチを噛み締め、保温性のある水筒に入ったお湯を飲み、身体の芯から暖まっていく。 サンドイッチを平らげ、二人はデザートへと移行する。少し前から入荷の都合でオレンジではなく林檎が一個付くようになった。「そう言えば、またダンジョンで変な音が聞こえるようになったんてさ」「へぇ、またか」「本当、何なんだろうね?」「さぁ?」 林檎にかじりながら話すミーネに、その原因を知っているが知らないように振舞うケイト。「それにしても、オレンジもいいけど林檎もいいよねぇ」「……そうだね」 満面の笑みを浮かべばくばくと食べ進めて行くミーネとは対照的に、ケイトはやや目を伏せながら少しずつ食べて行く。 林檎は美味しい。それは間違いない。しかし、ケイトは口内の水分を持っていかれそうな果肉が好きに慣れない。程よく甘く、それでいて芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。しかし、水分が圧倒的に少ないのだ。味わう毎に唾液が果肉に吸収され、何時の間にか喉の渇きを覚えてしまう。 これで瑞々しければ最高なんだけどね、と心の中で愚痴を零しているとアオイがケイトのかじっている林檎をついばむ。「あははっ、本当に鳥ちゃんケイトに懐いてるね」 ミーネはその光景を微笑ましく眺めながら軽く指先でアオイをつつく。アオイも嫌がる素振りをせずにされるがままになっている。 彼女はケイトと一緒にいる時にアオイが彼の肩に止まるのを間近で見ていて、自分にも懐かないかな? とやきもきしながら眺めていた。何時しかミーネが恐る恐るパンの欠片をアオイに与え、アオイがそれを食べた頃から彼女等の距離も縮まった。 当然、アオイは鳥の姿のままで、未だに人の姿をミーネに見せていない。『……うぅむ、味はいいんですが、ちょっと水が欲しくなりますね』 林檎をついばんだアオイはケイトと同じ感想を漏らす。ケイトはお湯をアオイの前に差し出し、彼女はこくこくと飲んで行く。そんなアオイの頭をミーネは指先で軽く撫でる。『…………あ』 ふと、アオイは顔を上げてダンジョンのある方へと首を向ける。『どうやら、新しいダンジョンが完成したみたいです』 アオイには離れていても春斗とアランの状況がある程度分かるようになっており、それによってダンジョン作成が一段落した事を把握した。『では、恐らくですが明日お迎えに上がると思います』 アオイは翼をはばたかせて宙へと浮かぶ。分かった、とケイトは軽く頷き、ダンジョンの方へと飛んで行くアオイを見送る。「…………」 飛んで行くアオイをミーネも見送るが、声を掛けない。ここ最近は「またね~」と笑顔で手を振って見送っていたのだが、今日はただ無言で、何時もよりも多く瞬きをしながら見送る。「どうした?」「えっ? いや、何でもないよ」 不思議に思ったケイトはミーネに問いかけるが、ミーネは首を振るだけだ。視線が僅かにぶれているので、何でもない訳がないのだが、ケイトは踏み込まずに「そうか」とだけ返した。 その後はそれぞれ別の依頼をこなして一日を終える。 次の日、朝早くにアオイがケイトを呼びに来る。ケイトは食堂で朝食を食べ、今日は公園に行けない旨をミーネに伝えてダンジョンへと向かう。宿を出ると外で待っていたアオイが彼の肩に止まる。「アオイ、今回はどんなダンジョンなんだ?」『う~ん、何て言ったらいいですかね? 動き回ってゴーレムを狩るダンジョンとでも言えばいいですかね』 道すがら、ケイトは新たなダンジョンの事前情報を得る為にアオイに質問する。以前は互いに『アオイさん』『ケイト様』と呼んでいた二人だったが、『千変万化』二回目のテストプレイ以降気さくな仲になり、互いに呼び捨てで呼び合う仲になった。「は? ゴーレムを狩る?」『はい。詳しくは現地に着いてからでいいですか? こればっかりは私も実物を見ながら説明した方がやりやすいので』 と言うやりとりをしながら進んで行き、ダンジョンの前に着く。『では、これからケイトにテストプレイしていただくのは「ゴーレムハント(仮)」と名付けられたダンジョンです』「何で(仮)?」『何でも、いい名前が思いつかなかったから、取り敢えずだそうです』「あ、そう」 では、行きましょう、とアオイに促されてケイトはダンジョンへと潜っていく。 普通もならば扉が五つある広間に出るが、アオイを伴っている事により、直接『ゴーレムハント(仮)』へと向かえるようになっている。 道を抜けると、一本道に出る。ただの一本道ではなく、様々な障害があり、所々にゴーレムの姿が確認出来る。「ん?」 ふと、身体と視界に違和感を覚えるケイト。何かが体に張り付くような感じがし、視界が僅かに緑色を帯びている。「うわっ⁉ 何か変な服着てる! あとこれゴーグルかな⁉」 後ろから聞こえた声で、あぁ、確かに服が変わっているとケイトはまじまじと自分の姿を見る。「ん?」『へ?』 ケイトとアオイは、同時に首を捻る。そして後ろを振り返る。「わぁ! 本当だ! 新しいダンジョン出来てる!」 そこには、ミーネが興奮した様子ではしゃいでいる姿があった。

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