ダンジョンテストプレイヤー

島地 雷夢

03

「あだっ⁉」 盛大に尻餅をついたケイトは痛みのあまり目尻に涙が溜まる。痛む臀部を擦りながら立ち上がり、上を見る。天井には穴が開いていないが、自分が落ちてきた事は確かだ。直ぐに穴が塞がったんだろうな、と一人で納得していると獣の唸り声がケイトの耳に入ってくる。 急いで唸り声のした方を見れば、遠くの方にサーベルドッグがいた。サーベルドッグはまるで剣のように鋭利で長い牙を一対持っており、この付近では上位に位置する強さを誇っている。駆け出し冒険者では一対一で油断しなければ勝てる程だが、複数相手では厳しい。主にクロックバニーやコケーンを狙っているが、人間も襲う。 そんなサーベルドッグが、ケイトを取り囲むように七匹。更に、生ける泥人形マッドールが六体、素早い身のこなしが厄介なクイックモンキーが五匹、コケーンが五羽いる。クロックバニーの姿は見えない。 今まで訪れた広場の何処よりも広く、四方にしか壁が存在せず、天井と地面だけのシンプルな作りだ。こんな身を隠す場所の無い大広間に魔物が大量に蔓延っている。 本来ならば食う食われるの関係のサーベルドッグとクイックモンキー、コケーンだが、彼等の狙いはケイトただ独り。マッドールも合せると四方八方から四十六の眼に身体を射抜かれケイトの背中に嫌な汗が流れ出す。 正直言えば、それぞれが一体ずつ相手ならケイトは勝つ事が出来る。コケーンなら三羽まで同時に相手出来、クイックモンキーは三体になったら厳しい。マッドールは二体まで、サーベルドッグは二匹以上同時に相手をするのは無理だ。 ケイトは己の力量をきちんと推し測っているからこそ、絶体絶命のピンチだと実感してしまう。下、もしくは上へと向かう階段はあるにはあるが、遥か向こうだ。ケイトが全力で駆けたとしても辿り着くまでに魔物の一斉攻撃に遭い、やられてしまうだろう。彼の背中に嫌な汗が流れ出す。『えいっ』「あだぁ⁉」『ケイト様、こういう時こそあれの出番です』 ややパニックを引き起こしそうになっているケイトにアオイは軽く眉間を嘴で突き、痛みで無理矢理冷静さを取り戻させてからある物に意識を向けるように促す。「あれって?」『簡易魔法書ですよ。まさにこういう時に使えとばかりの魔法なんですから』 アオイの言葉にはたと思い出し、即座に簡易魔法書を取り出してページを開く。彼の視界の端にはこちらに駆けてくる魔物の大群が映り込み、焦りを覚えながら記された魔法名を大声で辺りに響かせる。「『爆破』っ‼」 瞬間。 簡易魔法書は光になり、幾つもの玉となって四方に飛び散る。そして、それらが一瞬で肥大化し、爆音と爆炎を辺り一帯に撒き散らす。 爆音はダンジョンの壁で反響、視界は炎と煙だけを写し、まるで地獄にいるかのような錯覚に陥る。ただ、不思議な事に焼かれるような暑さは感じず、更に衝撃波もケイトには襲い掛かって来ない。爆音もケイトにとってはうるさい程度にしか感じられず、鼓膜にダメージはない。煙による呼吸障害も無い。 反響していた爆音は徐々に小さくなり、焔は消え去り煙も晴れて行く。「あ、漸く視界が……」 ある程度煙が晴れて周りの状況が確認出来るようになると、ケイトは口をあんぐりと開け周りをゆっくり見回す。 魔物が一匹たりともいないのだ。先程まではケイトへと向かって駆け出していた魔物の大群が、爆発によって全滅したのだ。「……すっご」『運がよかったですね。「爆破」の簡易魔法書を持っていなければ魔物になぶり殺しになっていましたよ』「あ、あぁ……」 まさか、ここまで凄い魔法書だとは思わず、ケイトは戦々恐々となる。一回限りとは言えこれ程の範囲と威力を誇る魔法書がほぼタダで手に入れる事が出来る。沢山外へと持ち出せば、世に混乱を招きかねない。「…………」 魔物による命の危機は去ったが、別の恐ろしさでケイトの背中には嫌な汗が流れたままだ。 彼がそんな様子だと気付かず、アオイは辺りをぐるっと見渡した後、天井を見る。『それにしても、階段を下りて直ぐに落とし穴ですか。そして落ちた先は魔物部屋、と。今回は運が無かったですね。いえ、「爆破」の簡易魔法書を拾っていたので一概にもそうは言えませんが』「…………なぁ、魔物部屋って?」 ケイトは意識を恐れから無理矢理別の方に向ける為アオイに質問する。『一言で言えば、魔物がぎっしりと詰まったフロアの事です。大小二つのパターンがありまして、小はダンジョン内に無数にある広場の一つに沢山の魔物が蔓延っているパターンです。大は今回のように隔てる壁が全く無い一階層に魔物が凝縮されています』「…………」『小さな魔物部屋ならば道を利用して少ない数と相対する事が出来ますが、大きなものだとそうはいきません。余程腕に自信があるか、今回のように『爆破』の簡易魔法書を所持した状態か、偶然近くに階段があるかしない限りはなぶり殺しに遭いますね』 そうなったら諦めて下さい、とかなりドライな発言をするアオイ。「本当、容赦なく殺しに掛かって来てるよな」 ここまで来ると、製作者二人の言っていた「安全で誰もが楽しめるダンジョンを作る」からかなり掛け離れているのは錯覚ではないだろう。『大丈夫ですよ。死にはしませんから』「いや、死ぬ死なないの問題じゃないんだけど……」 相も変わらずドライなアオイに肩を落としながらケイトは色々と諦めた。使いアオイに言っても仕方がないので、テストプレイ終了後に春斗とアランに直接申し上げようと心に決める。『さて、そんな事よりもアイテムを拾いましょう。先程倒した魔物が落とした物もありますよ』 右の翼で地面に散らばるアイテムを指しながらアオイは促す。ケイトは軽く息を吐き、少し重い足取りでアイテムを拾いに向かう。御丁寧にトラバサミもどきや新たに痺れガスの罠が設置されていたので、剣先で突いて異常がないかどうか確認しながら進んでいく。罠は剣先で触れても発動するようで、安全圏内にいる彼自身が罠に掛かる心配はなくなった。 よく爆発に巻き込まれても無事だったな、と心の中で突っ込みながら落ちているアイテムを次々と拾っていく。アイテムの質が良くなったのか、鉄の剣が落ちていた。ケイトは刃が欠けてきた銅の剣を捨てて鉄の剣を装備する。 持ち帰って売ってもよかったのだが、生憎とバッグが無いので沢山持って帰る事が出来ない。取捨選択を強いられ、仕方なく捨てたのだ。 更に、消費出来るものはなるたけ消費して負担を軽くしていく。透明な袋に入ったパンを食べて英気を養ったり、瓶ではない透明で少し柔らかな変な容器に入った水を飲んで喉を潤したりする。 そして、今の彼にとってある意味待望のアイテムを入手する。「……魔法書」『あ、それ「解呪」の簡易魔法書ですね。よかったじゃないですか。これでその盾の呪いを払う事が出来ますよ』 内心、『爆破』でなくてよかったと安心したケイトは開いたページに書かれている『解呪』を声に出して読む。 すると、簡易魔法書は燐光へと変わり、禍々しい靄を出す盾へと向かって行く。燐光は靄に接触すると一際強く光り、パッと消える。すると、靄が消えたではないか。 試しにケイトは手を離して軽く振るう。すると、盾はすんなりと外れて地面に転がる。『呪いの盾から解放されてよかったですね』「うん」 いくら命に別状はないとは言え、呪いの品を装備しているのは心臓に悪い。それからおさらば出来たのでケイトの心は幾らか軽くなった。 呪いを払ったとは言え、流石にもう気分的に装備はしたくなかったので、ケイトは少し遠くに離れた場所に落ちている盾へと向かって行き、それを装備する。今度は呪われておらず、金属を薄く延ばして木に貼り付けた物で防御力も申し分なしだ。 有用そうなものは拾い、それ以外は心苦しくも拾わずと罠を確認しながら歩を進めていき、あるアイテムの前で立ち止まる。 それは首輪だった。しかも、鈴のように丸い青色の金属がついているので犬や猫の首につける奴を連想してしまう。「これは?」『それは眠らずの首輪ですね。首に巻いていると眠らなくなります』「と言う事は、これ魔法道具?」『はい』 魔法道具。文字通り、魔法が籠められた道具だ。しかし、魔法書と違うのは常に効力を発揮する事と、持っている者に耐性を与えるだけで攻撃性能は皆無な事だ。 これも魔術師が作成しており、魔法書と違って低コスト低予算で作れるので結構な数が出回っており、良心的な価格設定が為されている。 恩恵を受けられる耐性は麻痺、眠り、毒、魅了……と様々ある。しかし、身につけられる魔法道具は一つだけだ。複数装備するとそれぞれの効果が干渉しあい、その結果相殺してしまい耐性を発揮出来なくなってしまう。 指輪やブレスレット、イヤリングにティアラ、ネックレスと形は様々だ。 だから、首輪タイプがあっても不思議ではない。不思議ではないのだが見た目から装備するのを躊躇われる形状をしている。絶対に人前でしていれば色々な誤解を招いてしまうだろう。「…………」 ケイトはしゃがみ込んで眠らずの首輪を凝視する。拾っても損はない。それどころか眠りガスの罠に限り気にしなくて済むようになるのだから、得にしかならない。が、これを身につけた時点でアレな気が……と心の中で葛藤しながら。『拾って首に巻いた方がいいと思いますよ? 今の所まだ眠りガスの罠に当たってませんが、そろそろ出くわしても可笑しくありませんし。それに、マッドールの特殊能力が何なのか分かっていますよね?』 心の中で押し問答を繰り広げていたケイトは、アオイの言葉で眠らずの首輪を装備する事を決心をする。先程は『爆破』の簡易魔法書で一掃したので大丈夫だったが、マッドールは変な踊りをして眠気を誘ってくるのだ。完全に眠る事はないが、意識がやや朦朧とした状態になってしまい正しい判断や行動がしにくくなってしまう。 踊りを中断出来れば大丈夫なのだが、複数同時に現れた場合はそうもいかず、眠気と戦いながらの戦闘になってしまう。それは自殺行為に等しい。 故に、ケイトは眠らずの首輪を装着する。見かけよりも命を優先させた当然の行動だ。それに、ここには他に人がいないので気にする事も無いと半ば自棄になっているのもあるが。 粗方めぼしいアイテムは拾い尽くしたので、ケイトは更に下の階層へと向かう。

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