ダンジョンテストプレイヤー

島地 雷夢

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 ケイトが春斗とアランと出逢ってから三日が経過した。 あの後、ダンジョンを作るのに時間がかかるから追って連絡すると言われ、地上へと送り届けられた。 そのまま町へ戻るも、自分と一緒に探索した他の冒険者がまだ戻っていない事を訊き、ケイトは急いでダンジョンへと舞い戻った。ダンジョンの少し奥の方で自分を探す冒険者を見付けて安心し、近付けば心配かけさせんな! と叱られ、無事でよかった、と涙された。 ケイトは突然いなくなったケイトの捜索をしていた冒険者に、落とし穴に落ちたら入り口近くまで移動させられた、と言い訳をした。実際、世にあるダンジョンでそう言った入口に強制的に移動させる罠も存在するのですんなりと信じて貰えた。因みに、ケイトの報告に齟齬が生まれないよう春斗はケイトを落とした場所にきっちりとその罠が新たに配置した次第だ。 他の冒険者と一緒に町にもどり、きちんとダンジョンについての調査を報告してその日ケイトは宿に戻って蜜柑を貪った。ものの数分で全て食べ尽くしてしまい、もう少し計画的に食べればよかったと悔やむも既に遅かった。 この三日は蜜柑への未練に耐えながら、春斗とアランから連絡があるまで町で依頼をこなす日々を過ごしている。「……ふぅ」 午前中の依頼を終え、ケイトは公園の噴水の縁に腰掛ける。横に小さなバスケットを置く。中には彼の昼食のサンドイッチが入っている。 この町に来てから、ケイトはほぼ決まって昼食をこの噴水の縁で食べている。特にこれと言った理由はなく、初めにここで食べてから習慣化しただけだ。昼食は彼が泊まっている宿で追加料金を払って作って貰っている。メニューは二つ存在しているが、どちらもサンドイッチだ。違いは中身で、一つはレタスにトマト、ハムが挟んである物。もう一つはマスタードに玉ねぎと人参、豚肉をペーストになる間で煮詰めたものを塗ったくった物だ。それに加えて、両者にはオレンジが一個付く。 ケイトは辛い物が苦手なのでハムサンドを何時も頼んでいる。ハムのほんのりとした塩気とレタスの瑞々しさ、トマトの酸味が相まって旨いので気に入ってると言うのもあるが。 軽く息を吐いて身体を伸ばし、ケイトは公園を見渡す。 昼時なので公園に人の姿はあまり見られない。子供達は家に戻って母親の作った温かい料理を口にしている事だろう。今この公園にいるとすれば、ベンチに座ってケイトと同じように昼食にあり付こうとしている冒険者が二人程だ。 無論、外でなくても宿の食堂で温かいスープを呑んだり、定食屋や酒場で温かいものをつまんだりする事も出来る。しかしケイトは敢えて外で食事をとっている。ここで食べる事が習慣化されていると言うのもあるが、もう一つ理由がある。「お、今日は先に来てたんだ」 ケイトがぼんやりと冬の空模様を眺めていると横から声を掛けられる。そちらに顔を向ければ、バスケットを下げた少女が彼の横に腰を掛けるのが見て取れる。「荷運びの手伝いが思いの外早く終わったからね」「そっか」 横に座った少女にケイトは答え、バスケットからサンドイッチを取り出して一口頬張る。少女もバスケットからサンドイッチを取り出して食べ始める。彼女のサンドイッチはマスタードに肉のペースだ。 少女の名前はミーナ=シエンと言う。歳はケイトと同い年で十六。身長はケイトよりも僅かに低い程度で女子にしては背が高い方に分類される。肩に掛かるくらいの茶髪を一纏めにして小さなポニーテールにしており、シャツの上に厚手のジャケット、パンツルックだ。目が少し吊り上っているが丸に近い楕円の形をしているので、恰好も相まって凛々しさよりもボーイッシュな雰囲気が醸し出されている。 ケイトとミーナはほぼ同時期にこの町へと来て、冒険者となった。共に駆け出しと言う事もあり、同じ依頼を度々受けて一緒にこなす事が多かった。そこから徐々に親しくなっていき、今では完全に友達感覚で互いに接するまでに至っている。 ミーナもこの噴水の縁で昼食を食べるのが習慣となり、こうしてケイトと一緒に食べる事が多い。待ち合わせは特にせずともこうして鉢合わせるので、自然と片方が来るまで食べずに待っている。 公園に来れない場合は朝のうちに相手に連絡しておくので、待ち惚けを喰らって昼食を食べ損なう事はない。朝の連絡も、同じ宿に泊まってるのでそこの食堂で簡単に行う事が出来る。 どうして公園で食べるようになったかと言えば、単に静かだからだ。食堂や定食屋ではにぎやかな雰囲気に包まれている。その雰囲気は決して嫌いではないが、あまり得意ではない二人は自ずと公園へと足を運んだのだ。 ケイトとミーネは暫し無言でサンドイッチを頬張り続ける。「そう言えば。ねぇ、ケイト知ってる?」「何が?」 二つ目のサンドイッチに手を伸ばしながら、ミーネはケイトに問いかける。ケイトはサンドイッチを咀嚼しながら問い返す。「この間一緒に調査した新しく出来たダンジョンで、私達がいなくなった後から変な音が響いてるんだって」「変な音?」「そう。がっしゃんがっしゃんずごごごって何かを動かしてるような音が朝昼夜関係なく響いてるそうだよ。でも、ダンジョン内に変化がないんだって。それが逆に不気味に感じるらしいよ。精神ががりがり削られるみたい」「……そうなんだ」 何なんだろうね、とミーネは軽く空を見上げながらサンドイッチを一口食べる。ケイトはその音の正体を把握した。恐らく、ダンジョンを作る際に出る音なんだろう、と。しかし、今の所ダンジョンに変化がないと言うのはいささか変な話だ。 ダンジョンを作っているのだから、内部構造ががらりと変化していっても可笑しくない。なのだが、それがないとは一体全体どういう事なのだろうか? 如何せん考えても答えが導き出せる自信が無かったので、ケイトは直ぐに考えるのをやめて昼食に戻る。 それから他愛もない会話を挟みながら食を進め、サンドイッチを食べ終えると二人はデザートのオレンジへと手を伸ばす。「いやぁ、やっぱ仕事の後は甘いものが一番だよねぇ」 糖分を摂取出来る喜びを抑えきれず笑顔を浮かべるミーネはオレンジの皮を指で力を籠めて毟り、中の房を包んでいる白い皮も剥き取りながらケイトに同意を求める。「…………そだね」 ケイトは同意するも、小さく溜息を吐く。「どしたの? この頃オレンジ見る度に溜息なんか吐いちゃって」 橙色の果肉を取り出し、口に放り込んだミーネはケイトの様子に首を傾げる。「……いや、何でも」 ケイトは頭を振って、オレンジの皮を剥き、一房食べる。彼は、オレンジを見るとどうしても蜜柑を思い出してしまうのだ。あの蜜柑の甘酸っぱさの虜になってしまったケイトにとって、オレンジに以前より魅力を感じなくなってしまった。 決して、オレンジが嫌いな訳ではない。ケイトにとって好きな部類に入る。しかし、蜜柑と比べると霞んで見えてしまうのだ。オレンジは甘い事は甘い。しかし、酸味の方が強く、時折苦味が滲み出てくる。色々と混濁して純粋に甘味だけを味わう事が出来ない。 その点、蜜柑も甘さと酸っぱさの二つが存在するが、酸味は甘味を打ち消す程強烈ではなく、甘さを引き立たせるくらいに弱いもので見事に調和が取れている。更に、苦味やえぐみが全く無いので純粋に甘酸っぱさを味わえる。 そして、皮の剥きやすさ、食べやすさも蜜柑が一枚上手だ。外の皮が薄いので剥きやすく、房を包む白い皮も薄いのでそのまま食べれる。更に、種が無いので安心して咀嚼出来る。 オレンジはそうは行かず、厚い外の皮は力を少し籠めて向かねばならず、房を包む白い皮も厚く、渋みの原因なので食べるのに向かない。そして、房ごとに一個か二個種が内包されているのでいちいち取り除く手間がある。 故に、味や手間の双方を鑑みると蜜柑に軍配が上がるのだ。それも、圧倒的な差で。 つくづく、ものの数分で食べ尽くした事を後悔するケイトはついつい溜息が漏れてしまうのだ。「本当にどうしたの? …………はっ、まさか、ケイト」 溜息を吐くケイトを見てミーネは疑問符を浮かべていると、突如一つの可能性が彼女の頭に舞い降りてきた。「ひょっとして……何時も私のオレンジの方が大きくて食べごたえがありそうだから、羨ましいって思ってる?」「は?」 的外れの発言に、ケイトは思わず呆けてしまう。確かに、ケイトのオレンジよりもミーネのオレンジの方が大きい。それも毎回そうだ。その理由は宿の女将さんが「女の子は甘いのが好きだから」と意図して女性客に昼食を持たせる際に大き目のオレンジを渡しているのだ。 ケイトとしては、それに関して特に気にしていない。気にしていないのだがどうもミーネは気にしていると捉えてしまったようだ。「ごめん気付かなくて。そうだよね。男の子の方がお腹膨れにくいよね」 ミーネはやや伏し目がちになりながらも、意を決したように強く頷く。「はい、交換」「え? あ、ちょ」 ミーネは自分の剥いたオレンジをケイトのオレンジと無理矢理交換する。まさかの出来事にケイトは意表を突かれ、危うく交換されたオレンジを落としそうになる。「いいから、ケイトはそっち食べて」 ミーネは笑いながらケイトに食を促すが、その笑顔に少し陰りが見える。明らかに無理をしてる笑みだと即座に看破したケイトは受け取ったオレンジをミーネに返し、自身のオレンジを手元に持っていく。「……いやいや、別にミーネのオレンジが羨ましかったから溜息吐いてたんじゃないから。だから、ミーネは無理して交換しなくていいから」「……本当?」「本当本当。だからミーネは遠慮せずにオレンジ食べてよ」 何度かオレンジとケイトを交互に見やるが、ミーネは遠慮がちにオレンジを剥いて口へと運んで行く。食べて行く毎に遠慮が無くなり、たちまち柔和な笑みを浮かべていく。 危うく誤解でミーネの楽しみを減らす所だった、と軽く息を吐くケイト。ミーネもオレンジが好きで、何時も笑顔で頬張っている。そんな彼女が陰りながらオレンジを食べる姿を想像すると違和感しかなく、見てるだけでこちらの気が滅入ってしまうだろう。 双方の危機を脱した事に安堵したケイトも再びオレンジを食べる。 ふと、彼の右肩に僅かな重みがのしかかってくる。「ん?」 ケイトが首を回してそちらを向けば青い鳥が彼の肩に止まっているのが見て取れた。「鳥だ」「鳥だね」 青い鳥は首をケイトの方へと向け、じぃーっと見つめる。「この鳥、ケイトの事好きなのかな?」「どうだか。ただの止まり木としか見てないのかも」 サンドイッチ残ってれば上げたのになぁ、とミーネは微笑ましく青い鳥を眺める。ケイトは自分のオレンジを狙ってきませんようにと心の中で祈りながら食べ進めて行く。
『明日、ダンジョンへ来て下さい。新たなダンジョンが一つ完成しました』
「へ?」 オレンジを食べていたら、青い鳥が人語を介した。思わず青い鳥を二度見してしまうも、青い鳥は用は済んだとばかりに飛び立っていく。「ん? どしたの?」「い、いや。何でもない」「そう?」 どうやら青い鳥の声はミーネには聞こえていなかったらしく、ケイトは頭を振って誤魔化す。 鳥行っちゃったね、と少し名残惜しそうに飛んで行く青い鳥を眺めるミーネの横で、ケイトは青い鳥の言葉を心の中で反復させる。(新しいダンジョンが完成した、か) あの青い鳥は春斗とアランからのメッセンジャーだったのか、と納得しながらオレンジを頬張る。 春斗とアランと出逢って早三日。速いのか遅いのか分からないが新しいダンジョンが完成した。ケイトはどんなダンジョンになっているのか少し心を躍らせ、また蜜柑が食べられる事に浮足立つ。 早く明日にならないかな、と遠足前夜の幼児のような心境でオレンジを食べ進めて行くケイトの様子を、ミーネは少しだけ不思議そうに見つめていた。

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