異世界仙人譚

島地 雷夢

第23話

「はい、合格~~」 そんな間の抜けた声と共に、最後の試練が終わりを迎えた。 終了の合図が聞こえると、直ぐ様視界が暗転し、校舎の中にいた筈の俺はあのパルテノン風の神殿の中庭に生えてる葡萄の木に寄りかかっていた。 隣りにはキントウが同じように葡萄の木に背を預けており、軽く伸びをして立ち上がった。 俺も首を軽く回してから立ち上がり、伸びをする。身体的にはあまり疲れていないけど、精神的に疲れた。流石に夢の世界での追い駆けっこは精神に負担がかかるようだ。「三つの試練お疲れ様。これであなたは天使に認められた。その証として、この標石をあげる」 目の前に降り立ったルシルが懐から標石を取り出して、俺に手渡す。これで俺も自由にここに来れるようになった訳だ。「あと、キントウには天使の羽。何枚?」「取り敢えず五枚だな」「ん」 そう言うとルシルは躊躇いも無く自分の翼から羽を五枚むしり取る。……それって、痛くないんですかね? と言うか、キントウも普通にあの試練クリアしたんだ。 …………あれ? そう言えば夢の世界でキントウを最初の教室以外で全然見てないぞ?「キントウはあの夢の世界で何処にいたんですか?」 疑問に思ったので即キントウに尋ねる。 すると、キントウはルシルから羽を受け取りながらこう返ってくる。「俺か? 俺はずっとあの部屋にいたな。だ~れも俺の事眼中に無かったみてぇだし。逃げなくても平気そうだったからな」「……そうですか」 何だよ、この難易度の差は。つまりキントウは一時間ずっとあの教室で突っ立ってたか椅子に座ってたかして過ごしてたってのか。 ……何だろう、納得がいかない。 まぁ、でも。ずっと教室にいたんなら屋根の上での麗良との会話はキントウに耳には入らなかったって事か。「さて、じゃあ本日最後の材料を取りに行くか」「はい」 羽をバッグに仕舞い、キントウと俺はこの場を後にする。「邪魔したな」「ん」 キントウはルシルに片手を上げて別れを告げる。ルシルも同様に片手を挙げてこくりと頷く。「お邪魔しました。そしてすみませんでした」 で、俺は別れの挨拶と共に頭を深く深く下げる。第二の試練が終わった時もやったけど、ここでもきちんと謝罪をする。「すけべ」「ぐっ!」 心にグサッと来る言葉だ。「まぁ、わざとじゃないって分かってるから、今回は特別」 と、ルシルは嘆息を漏らして肩を竦める。 ……一応、許して貰う事が出来ました。「二度目はない」「き、肝に銘じておきます」「ん」 ただ、二度目はない発言の時にルシルの背後に般若が見え、どす黒い炎がちろちろと立ち上ったかのように見えたのは気のせいだろうか? 天使なのに般若って、これ如何に? ちょっとした薄ら寒さを覚えつつも、俺とキントウは筋斗雲に乗って浮遊島から出る。「で、次は何処に行くんですか?」「悪魔の所だ」「天使の次は悪魔ですか……」「おぅ、悪魔の角が必要なんだ」 悪魔の角……。何か、邪神降臨の触媒になりそうなんですけど。「因みに、悪魔ってヤバい奴等ですか?」「いんや? こっちが何かしない限りは無害だぞ? まぁ、あいつらは人の悪感情を好んで食すから、そう言う場所に出没したりすっけどな」「主食は悪感情ですか」「おぅ。普通に食いもんも食えっけど、趣向品って感じだな」 つまり、人間にとっての酒や煙草的な感覚で食べ物を食すのか。「で、悪魔は何処にいるんですか?」「城下街」「…………えっと、どの城下街ですか?」「雅が召喚された王都の城下町だよ」「…………マジすか」 今から城下町に行くのか……。同級生に見付かったらまた追い掛けられるんだろうなぁ。 ……いや、ある意味丁度いいか。探せば琴音に会えるかもしれないし。 と言うか、だ。「悪魔って、普通に人の街で暮らしてるんですね」 ちょっと意外だ。地下深くの溶岩流れる場所に住処を作ったりだとか、こことは違う光の射し込まない次元に潜んでるとか、邪神が祭られてる神殿に住み着いてるものかと思ってた。「ほら、悪魔だっていちいち悪感情を求めて彷徨うのも非効率的だろ? 街にいれば質はともかくそれなりの悪感情ってのが生まれっからな。それを食って生きてんだよ」「そうですか」「あと、言っておくが悪魔だからって差別とか嫌悪はされてねぇからな? 悪魔って言うのは悪感情を食べるからそう呼ばれてるだけだ」「あ、そうなんですか?」「異世界から来た奴って、悪魔って訊くと人の心を悪に染めて堕落させるっていう印象が強いらしいが、ここでは違うからな? どっちかって言うと悪感情を食べる事によって犯罪予防が出来るってんで有り難られてる存在だ」「はぁ、成程」 成程、俺達の世界で言う悪魔とは根本的に別の存在なようだ。なら、悪魔ってだけで怖く恐ろしい存在と言う認識は取っ払う事にしよう。「と言う訳で、城下町に行くぞ」「了解です」 俺とキントウは城下町へと向かう。 城下町に降りると同時に、俺はキントウに早く悪魔の下に行くように促す。 理由は簡単だ。あんまりのんびりしてると同級生達が襲い掛かってくる危険があるからな。もう夕方だから仕事終わりの時間にもなる。そうなると、束縛しごとから解放された同級生達が一斉に押し寄せてくる……。そんな未来が待ち構えている。 なので、キントウを急かしつつ悪魔のいる家へと向かう。 辿り着いたのは、いたって普通の一軒家。呼び鈴を鳴らすとドアが勢いよく開け放たれる。「はーい! えっと、どちらさまー?」 出てきたのは頭に小さな角と先っぽがとんがった尻尾を生やした子供だ。肌は浅黒くて、瞳は銀色だ。背丈は俺の腹ぐらいしかない男の子は俺とキントウをみてきょとんと首を傾げる。そりゃ、知らない奴がいるんだからそうなるけど、もう少し防犯意識的な物を持っていてもいいと思う。躊躇もなく開け過ぎだ。「こんばんは、ボク。俺達は仙人だ」 で、キントウはしゃがんで目線を合わせ、見た目からは想像出来ない優しい声音でどストレートに俺達が仙人だと子供に伝える。「せんにんさん?」 どうやら仙人を知らないみたいだ。 …………流石に、こんな初対面な状態で「角くれないかな?」何て言える訳がない。言った瞬間に事案発生な気がする。直ぐ様兵役の同級生がすっ飛んで来そうで怖い。「あぁ。俺はお母さんの友達なんだ。ちょっと頼み事があって来たんだけど、呼んでもらえるかな?」「うん、わかった! おかーさーん! せんにんさんたちがきたよー!」 と、子供はとてとてと家の中へと戻って行きながらお母さんを呼ぶ。「あらあら、キントウさん。お久しぶりです」「おぅ」 ぱたぱたと奥の方からエプロンを身に着けて先程の子供抱いた女性がやってきて、キントウの顔を見るなり少し驚いた様子を見せた。 この女性もやはり頭に羊のような立派な角と長く鋭利な尻尾が生えている。浅黒い肌は子供と同じだけど、瞳は血のように赤い。長い髪を後ろで結び、角とか尻尾とか、肌や瞳の色を度外視すれば正に日本にいそうな普通のママさんだ。「あら? そちらの子は?」「こいつは新しく仙人になった異世界人だ。ほれ、自己紹介しろ」「蓮杖雅です」「あらあら、そうなの? 私はベエルよ。よろしくね」 と、ベエルさんが右手を出してくる。俺も右手を出して握手を交わす。「お前さん、子供出来たんだな」「えぇ。ゼブって名前です。可愛いでしょう?」「おぅ、めんこいな」 と、キントウはゼブの頭を撫でる。ゼブは最初きょとんとしてたけど、気持ちよかったのか目を細めてふにゃっと力の抜けた表情になる。 俺達はベエルさんに導かれて居間へと通され、ソファに座る。「で、キントウさんに雅君。今日うちに来たのは悪魔の角が必要だからですか?」「あぁ。悪いな。事前に何も連絡しなくて突然来ちまって」「いえいえ。お気になさらず。では、準備をしますのでこの子を少しお願いしますね」 キントウはベエルさんからゼブを受け取り、ベエルさんは奥の方へと進む。「お待たせしました」 そして、戻ってきたベエルさんの手にはノコギリが握られていた。 ………………え? もしかして、それで角を切るの?

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