異世界仙人譚

島地 雷夢

第21話

 第二の試練も無事にクリアし、現在。「はぁ、はぁ、はぁ」 俺は逃げてる。 後ろを振り返らず、ただただ前だけを見据えて逃げている。 後ろを見れば、絶望しか待っていないから。「「「「「「待てやゴルゥァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼」」」」」 確実に追ってきている制裁者どうきゅうせい達の怒号が響き渡る。 足を止めたら最後、俺は袋叩きにあう。 いや、袋叩きだけで済むんならまだマシだ。この世界では決して死ぬ事はないと言う。だから、本気で殺しに掛かってくるかもしれない。 そう思っただけで、俄然足に力が入って逃げる速度が上がる。 ここは夢の世界。ルシルが俺とキントウの意識をここへと導いた。 この夢の世界は俺達が異世界転移する前に通っていた高校そのものを模している。校舎は実習室が並ぶ西校舎、進学科の奴等の教室がある南校舎、普通科の面々の教室がある東校舎、そして職員室や校長室、事務室がある本館が存在している。 校庭も、プールも、体育館も、テニスコートも、野球場も、弓道場も、剣道場も、鶏小屋もある。 けど、この空間にいるのは俺達三十一名だけだ。何時もは教師や生徒が闊歩しているから少し狭いかなという印象だったけど、ここまでがらんとしていると広いという認識しかない。 さて、何で高校を模した夢の世界にいるのかと言えば、これが最後の試練の場所に当たるからだ。 最後の試練は、夢の世界で一時間逃げ切れ。ただそれだけ。 それだけだけど、一つ……いや、一つ以上問題がある。 まず、この夢の世界では仙気が全く使えず、身体のスペックは異世界転移する直前の能力に戻っている事。故に、身体強化をしたり、仙気で相手の位置を確認する手立てがない。 だが、俺を追っている同級生二十九名も同様にレベルによる補正はなく、魔法、スキルが使えず転移前のスペックになっている。もし、ここであいつらが普通にレベル持ちで、スキルや魔法が使えたなら一時間どころか三十秒も持たなかっただろう。 で、更なる問題は追ってきている同級生達だ。彼等はこの夢の世界の住人ではなく、俺とキントウと同じくルシルによって連れて来られた本人達だ。 何故連れて来られたかと言えば……丁度いい試練の相手だったからだ。 この最後の試練は本来夢の世界で作られた生き物から逃げ切る事を目的としていたらしいけど、俺の心を読んで彼等の事を知り、こっちの方が面白そうだと言う事で連れて来られた次第だ。 因みに、全員仕事中だったけど、周りにいた人達に「ちょっと意識だけ連れてく」とルシルはテレパシーを使って告げたそうだ。なので大事には至っていない……筈。 あと、この場に全員そろったのを見計らってから御丁寧にルシルは同級生達に俺が彼女の胸を揉んでしまった事を暴露した。彼等の目から一瞬ハイライトは消えたが、直ぐ様どす黒い嫉妬と怨嗟の炎が燈されてしまった。女子二人からは呆れと軽蔑の眼差しを貰い受けた。 その中で、一番怖かったのは何と言っても琴音だった。「…………」 無言で、額に血管を浮かび上がらせて漫画でよく見かける青筋を作り、まるで周囲の空間が歪んで見えるかのように怒気を撒き散らしていた。目も赤く光ってるような錯覚に陥ったし、あんな琴音、初めて見た。 あまりの豹変ぶりに、周りにいた同級生達も一歩距離を置いた。それだけ迫力が凄かった。 で、怒りゲージマックスな琴音はゆっくりと歩き出し、スタート地点になっていた俺達の教室のロッカーから釘バットを一つ取り出して装備した。 それを見た瞬間、俺は脱兎の如く逃げ出した。弁解、弁明。そんなのは逃げ切ってからだ。今は何を言っても聞き入れて貰えない。皆の高ぶりが収まってからでないと意味がない。 で、最後に。何故か学校中のロッカーに凶器がびっしりと詰まってるのだ。釘バットに始まり、木刀、金属バット、鉄パイプ、チェーン、メリケンサック、それに巨大ハンマー。流石に刃物や銃火器はなかったけど、普通に人を殴り殺せるヤンキー御用達のブツが勢揃いしていた。 しかも、俺はそれらを持つ事が出来ない。手に触れた瞬間、電気が流れたかのような痺れを感じた。どうやら、ロッカーに仕舞われている装備一式は同級生達にしか持てないようだ。 なので、今もなお俺の後を追っ掛けている皆は凶器を振りかざしている事だろう。なので、余計に止まれないし後ろを見れない。 運がよかったのは投擲武器が無い事か。いや、一応リーチとしてはチェーンが危ないけど、走り続けていれば大丈夫だ。 もっとも、同級生達が装備をぶん投げる事が出来るのに気付くまでの話だけどな。気付いた瞬間、俺の後ろから雨霰とヤンキー装備が突撃して来る事になる。「ふっ!」 階段に差し掛かった俺は全段飛ばしをして一気に踊り場へと着地し、更にまた全段飛ばしをして一階へと降りる。いちいち階段を下りてたら捕まる。「「「「「待てやぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」」」」」 何せ、あいつらも全員全段飛ばししてくるからな。ちまちましてたら背後から人間砲弾を喰らって一気に殺られる。 ただ、走力に関してはクラス一を誇っていた俺だ。全力で駆け抜ければ徐々に距離は明けられる。なるべく平坦で、入り組んでいる場所を選んで全力疾走。入り組んでていれば、上手い具合に負けないかなぁ、という希望的観測を持っている。 と言っても、校舎内に入り組んでる部分なんてないんだけどさ。仕方ないから色々な校舎を行ったり来たりして上手く撒けないかなぁ、なんて思ったりして。 取り敢えず東校舎から出て南校舎へと向かう。「奴が来たぞ!」「「「「っしゃおらぁ!」」」」「げぇっ⁉」 前方から同級生一同が般若の形相で迫って来てる! ヤバい! 複数に分かれてたのか! って、その可能性を全く考慮してなかった俺の馬鹿野郎! 仕方がない! 行先を体育館に変更! 直ぐに体育館を突っ切ってプールへ! 俺は全力で体育館へと向かい、扉を開け放つ!「「「はろぉぉおおおおおおおおおおれんじょぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼‼」」」「すぃゆぅとぅもろぅっ‼」 即座に閉める! ヤバい! 既に先回りされてた! くそ! これってもしかして建物内に最低でも三人くらいは入り口付近に潜んでる可能性があるぞ! て言うか、頭に血が昇っていると思いきや結構頭使ってるじゃないですか! やだー!「はぁ! はぁ! はぁ!」 体力も最早限界に近い。あいつらも相当減ってると思うけど、ぶっちゃけ制裁モードの時は体力が減っていても通常時と同じ動きを平然としてのけれるから体力切れを狙うのは無理がある。 ……こ、こうなったら!「西校舎に行く!」 俺は西校舎へと一目散に駆け出す!「「「「ぼんじゅぅうるれんじょぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼‼」」」」「スライディング!」 当然、昇降口には四人同級生がいた。俺は速度を落とさず、スライディングをかまして大股で構えていた一人の股下を潜り抜けて即行で階段を駆け上がる! そして二階に辿り着いた俺は適当な空き教室へと入り込み、窓を開け放って窓枠に跳び乗り、そのまま上へと向かう。 西校舎は二階建てで、屋上は存在せず屋根が代わりにある。俺は傾斜のついた屋根の上へと昇り、屈んで身を隠す。 さ、流石にここに来るとは思わないだろ……。「やぁ、雅」 にっこり笑った麗良が隣りに座った。どうやら、最初からここにいたみたいだ。 ……俺の考えは御見通しって奴か。 残り時間はどれくらいだろうか? このまま屋根から飛び降りればこの場で捕まる事はないだろうけど、着地に失敗したら走行に支障が出るよな。 って考えても始まんないか。俺は意を決して屋根から飛び降りようと足に力を入れる。「おい篠宮! そっちに蓮杖来たか⁉」「いや、来てない」 まさにフライハイしようとした寸前に、麗良がこの場で仲間の筈の同級生に嘘を吐いた。「そうか! おい! 隈なく捜すぞ!」「「「おぅ!」」」 下からの声は麗良の言葉を信じ、その場から離れて行く。「さて、少し話そうか。雅」 どうやら、麗良は俺とタイマンで話す為に嘘を吐いたようだ。 いや、もしかしたら油断した所を捕まえに来るかもしれない。俺は僅かに後ずさる。「安心して。捕まえないから」 麗良は苦笑して、わざわざ手をポケットの中に突っ込む。それは捕まえないと言う意思表示って事か? ……信じるか。麗良とは長い付き合いだし、こういった騙し討ちは殆どしてこなかったしな。 俺は麗良の横に座る。「信じてくれてありがと」「いや、こっちこそ嘘吐いてくれてサンキューな。で、話って?」 麗良は俺から視線を逸らし、南校舎の方へと目を向ける。俺もつられてそちらに目を向ける。「話ってのは、鬼灯……ううん。鬼灯だけじゃない。僕を含めた皆の事」「皆の?」 一体、何なんだろう?

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