異世界仙人譚

島地 雷夢

第16話

 あれから、殺意の波動に満ち溢れていた同級生達から逃げる為に全力で仙術【陰身】を行使した。【陰身】は特殊な加工を施した仙気を身に纏い、気配を完全に消して周りの景色と同化する高等仙術だ。ただ、俺はまだ完全な習得はしていないのでせいぜい姿を景色と同化させられても気配までは消せない。 なので、【気配察知】なるスキルを持つ奴に感知されては逃げて隠れて、感知されては逃げて隠れての繰り返しをした。正直、姿じゃなく気配が消せていれば上手く撒けていた気がしてならない。 結局、死の恐怖が付きまとう鬼ごっこは朝方まで続き、仕事に行かなければならない為仙人達によって全員確保され、ドラングルドによって強制送還された。因みに、鬼ごっこを繰り広げている様を仙人とエルフ、ドラングルドは酒の肴にしていた。で、エルフはこれが異世界での風習と勘違いして、大爆笑していた。 これの御蔭か、エルフの涙は早めに必要量を得る事が出来たとか。あと、女子三人は【転移】で戻って行った。酒を飲んでいなかった二人が酔いつぶれて眠っていた琴音を支えて。 俺達も結婚式が終わり、その片付けを手伝って蓬莱へと帰還した。「サンキュー」 蓬莱の山頂にある屋敷へと到着し、筋斗雲に礼を言う。屋敷の横には既にドラングルドがいて、脱いだドレスを綺麗に畳んでコウライに返している。因みに、裸体だけどドラゴンの姿だ。「はぁ、何かかなり疲れた……」 我が家に戻ってきた安堵感からか、疲労が一気に押し寄せてくる。もう瞼も重くてそのまま閉じたら立ったまま寝てしまいそうだ。「そりゃ、夜通しで走り回ってたらね」 からからとホウロウは笑いながら屋敷の中へと進んで行く。「あの【陰身】はまだまだだね。仙気の加工が雑で、纏い方もなっちゃいないよ。もう少し仙気の加工を繊細にして、滑らかに流れるように身に纏いな」 と、コウライは俺の【陰身】の駄目な部分を指摘しながら編み込んでいた髪を解く。「さて、おやつでも用意するか」 キントウはそう言って台所へと向かって行く。「取り敢えず、ラフな格好になるか」 ネクタイを緩めながら、シンヨウは自室へと戻っていく。 今日は仙薬の材料集めはしないって話だから、俺も自室に戻って寝ようかな……。「では、私は一度里に戻ります。明日には戻ってきますので」 と、一足先に蓬莱に戻っていたドラングルドは翼をはばたかせて東へと飛んで行った。「……寝るか」 俺は重く落ちてくる瞼を必死に開きながら自室へと戻り、制服のまま布団にダイブして眠りにつく。 で、翌日。「みやみやってあの子と付き合ってるの?」「ぶっ」 と、朝食の席でホウロウにそんな事を言われて噴き出しそうになった。「あぁ、あたしも気になった。なんせ大衆の面前で堂々とちゅーかましてたしねぇ。ヤる事はヤったのかい?」 何時も通りのだぼだぼジャージに身を包んだコウライはにやにやと朝から下世話な発言をしてくる。「で、どうなんだぃ?」 シンヨウもからかうような笑みを浮かべながら問い掛けてくる。「いや、俺と琴音はただの幼馴染で」「嘘言うな」 俺の言葉はキントウに即行で切り捨てられた。「いやいや、嘘じゃないんですけど」 俺はそう言うも、仙人達は「「「「誤魔化すなよ~」」」」とにやついてる。嘘じゃないし誤魔化してもいないんだけど、どうすれば本当だと信じて貰えるのか?「少なくとも、あなたはそうでもあの子はそうとは思っていないと思いますけどね」 と、朝食前に戻ってきたドラングルドがもそもそと生肉を貪りながらそんな事を言ってくる。因みに、今彼女が食べている生肉は来る途中で狩ったロック鳥の胸肉だとか。「あなたの事を思っていなければ、公衆の面前で口づけをする事はないでしょう」「いや、あの時の琴音は酔ってたんで」「酔っていたとしても、関係ないかと。酔う事によって抑制が働かなくなったとは考えないのですか?」「抑制って……流石にそんな事はないんじゃないですか?」「……もしや、あなたは鈍感ですか?」「いや、鈍感ではないと思いますけど……」 流石に俺はそんなハーレム系の主人公のような属性は持ち合わせていない……筈だ。取り敢えず、ここで自分の意見を言っておかないと堂々巡りに陥る気がする。「俺としては、琴音は幼馴染みの友達って感覚なんですけど」「あぁ、成程」 と、何かしら納得したらしいドラングルド。そして仙人達が何故か俺を残念な子を見るような生暖かい目を向けてくる。「所謂、友達フィルターが発動している所為であの子の好意に気が付いていない、と」「いや、友達フィルターって何ですか?」 いきなり意味不明な単語を言わないで貰いたいんだけど。「とにかく、あの子の事を一度友達じゃなく異性として見てみたらどうかな?」 ホウロウがお茶をすすりながら提案してくる。「はぁ」「何か素っ気ない反応だね」「いや、いきなり言われても」「ふむ。確かに」 顎に手をやり、頷くホウロウ。そりゃ、友達の琴音を異性として見るのはちょっと違和感と言うか変と言うか。とにかく、いきなりやれと言われても無理な話だ。「あ、ならあれがあるじゃないか」「あれ?」「ちょっと待ってな」 と、コウライは立ち上がってぱたぱたと大広間から出て行く。「これだよこれ」 戻ってきたコウライの手には瓶が一つ握られていた。コルク栓をされているその中にはショッキングピンクな液体がなみなみと入っている。「何すか? それ?」「惚れ薬」 言い淀む事無く言い切るコウライ。「しかも、仙薬だから効果は抜群さ!」 コウライはどこぞのゲームで訊いた事あるような台詞を口にしながら、ウィンクしてサムズアップをする。「……それ、誰に飲ませるんですか?」「雅」「…………」「…………」 コウライは突然無言になって俺に近付いて来る。「…………っ」「…………っ」 瓶の栓を取り除いて中の液体を俺の口元に持ってきたので口を手で押さえて未然に防ぐ防ぐ。「…………っ!」「…………っ!」 コウライが俺の手を払いに掛かってきたので全力で抗う。「飲みなっ!」「嫌ですよ!」 どうあっても俺にその惚れ薬を飲ませたいらしい。と言うか、どんな効果なのか知らないし、飲んだらどうなるのか分からない。そんな得体のしれないものを飲むのは断固として拒否する。「そぉい!」「むっ⁉」 隙を見てコウライの手を掻い潜り、全力でこの場から逃げ出す。「待ちな!」「と言われて誰が待ちますか!」 コウライは俺を追い掛けてくる。仙気で身体能力を強化していても、コウライの方が全てにおいて上回っているので簡単に追い付かれてしまう。しかし、捕まらないように小刻みにステップを踏んで回避していく。 と、何時の間にか近くまで来ていたホウロウがコウライの手を掴んで止める。「コウコウのやろうとしてる事は荒療治だからお勧め出来ないんだよね」「人の気持ちを尊重してこその恋愛だろ?」 キントウもややしかめ面をコウライに向け、惚れ薬を没収する。 た、助かった……。 俺はほっと胸を撫で下ろす。「でもまぁ、一度はちゃんと確認しとかないといけないと思うぜぃ」 とシンヨウが床に落ちていたコルク栓を拾って瓶に蓋をする。「確認って?」「あの子が雅の事をどう思っているのかを直接って事」「確認した後どうするかは雅の勝手だけどな。今度会った時にでも訊いてみろぃ」 琴音の俺に対する気持ちを直接聞く、ねぇ。「まぁ、訊くとしても時と場合と相手の心情を考えてね。あ、それと今日は訊けないと思うよ。朝食食べ終わったら残りの材料集めに向かうからね」 と、ホウロウが食卓に戻っていく。他の仙人達も朝食を再開させる為に戻っていく。 俺も朝食の続きを食べる為に食卓へと着く。 それにしても、琴音の俺に対する気持ち、ねぇ。一体、どうなんだか。

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