異世界仙人譚

島地 雷夢

第5話

 突然だが、俺達クラスの男子は基本仲がいい。派閥とか、虐めとか、そう言った類のものが不思議と存在しない。 まぁ、誰かを弄ったりする時もあるけど、それはケースバイケースで全員が当て嵌まる。昨日弄られた奴が明日別の奴を弄るとか、そんな感じ。 そして、結束力も強いと言えよう。 高校二年の春の体育祭では組体操をどの組よりも素早くそして綺麗に仕上げたし、借り物競争ではこんなの書かれてないだろう、ってものまでもそれぞれが周到に個別に用意して応援に来た親もしくは兄弟に渡しておき、慌てふためく事無くそこからお目当ての品を手に取ってスムーズにゴールインした。玉入れもわざわざ一人一人投げないで、三人一組になって二人が肩車をし、上になってる奴に一人が球を手渡す事によって高い位置から球を籠に入れて点数を稼いで余裕の一位を勝ち取った。 ともに笑い、ともに泣き、ともに憂いた。およそ半年の期間だが苦楽を共にしてきた俺達の絆はおいそれとは折れやしない。 なので、こうして俺が一年ぶりに顔を見せた際には皆が笑顔で俺の下に駆け寄ってくれた。 クラスの男子全員……ではなく半数の十三名。残る十三名は今日は仕事中だそうだ。駆け寄ってきてくれた皆は今日はオフの日で、丁度集まって何かしようとしていた所だったらしい。「おぉ! 蓮杖元気そうだな!」「狼と鬼ごっこってどんな鍛錬してたんだよ?」「熊ってコブラツイスト出来んの?」「大鷲に空に投げ出されるって、それ紐無しバンジーじゃなくてパラシュートなしのスカイダイビングだろ」 と、寄って集って俺に声を掛けてくれるとても暖かな連中だ。この確認してきた内容は恐らく仙人達の月一報告によって得られた物だろうなと予想した。「いやぁ、それにしてもよかったよ」「うんうん、本当元気そうで」「熊とプロレスしたり空に投げ出さりしてもぴんぴんしてるし」「だよなぁ、普通ならトラウマもんだよなぁ」 俺を囲み、笑顔でうんうん頷いた皆は、その後に声を揃えて一言。

「「「「「これなら制裁与えても大丈夫そうだな」」」」」

 その言葉を訊いた瞬間、俺は仙気を体に巡らせ薄ら寒さを覚える笑みを浮かべた同級生達の合間を縫って一目散に逃げ出した。「逃がすなぁ!」「生きて帰すな! 絶対に捕らえろ!」「奴はもう日本人の身体能力を超えている! 手加減する必要はない!」 しかし、同級生達は即行で俺を取り囲み直し、即座に捕縛してみせた。あまりの手際の良さに抵抗する間もなかった。 で、現在。俺は縛られてはいないものの、城のとある一室に軟禁されている。 城の地下室で、窓はない。唯一の出入り口は奥の方にある扉のみ。しかしそこまで辿り着くには目の前にいる同級生達をどうにかしないといけない。 中央に置かれた蝋燭の火でぼんやりと部屋が照らされ、立って俺を見下ろしている同級生が少し怖い。目なんて血走ってたり、やけに濁ってたりしてどう見ても正気じゃない。「さて、諸君。この者に対する制裁だが、どのようなエグイものがいいだろう?」 一歩前に出た園崎がそんな事をのたまった。え? 本当に制裁すんの? しかもエグイもの限定って……。まぁ、雰囲気からして本当に殺しはしないだろうけどさ。 何て心の中で呟いていると一人が挙手をする。「はい」「うむ、串岡」「生爪を剥すのはどうでしょう?」 おい串岡。なんて生々しくて痛々しい制裁方法を提案してんの? 爪が無くなったら物とか握り難くなるだろう。「却下だ」 串枝の提案に園崎が首を横に振る。 よかった。流石にそんな拷問じみた真似は許さないらしい。「それでは二十回で終わってしまうだろう」 どうやら、俺への制裁は二十回程度では終わらないみたいだ。と言うよりも、爪剥すのが駄目な理由ってそれだけ? それだけの理由で取り敢えず生爪剥しが回避出来たの? 何か、理不尽だな。そもそも、俺はこいつらとここ一年全く会っていない。なので、逆鱗に触れるような事なぞした覚えはない。転移する前の段階でも、皆で団結して球技大会に向けて必死に練習していた記憶しかないし、本当に分からない。「なら、裁縫針をチクチクと刺していくのは?」「下手したら針治療にならないか?」「だったら、定番の剣山の上に正座させて足に石を積み重ねていくってのはどうだろう?」「まず、それらが何処にあるか分からないだろう」「じゃあ、もういっそ魔法の乱れ撃ちでいいんじゃね?」「「「「「それだ」」」」」 あ、制裁方法が決まってしまったみたいだ。理由も分からず制裁されるのは勘弁なので訳を率直に訊いてみる事にする。「なぁ、俺何かしたか?」 そう口にした瞬間、痛い程の静寂が部屋を包み込んだ。「…………何かしたか、だと?」 沈黙を破ったのは、園崎だった。園崎は信じられないとばかりに目を見開いて俺を凝視する。他の連中も同様の目を俺に向ける。「そうか、蓮杖。貴様は自覚がないのか。貴様がどれだけ我々に恨みを抱かせたかを」「恨み?」「そうだ」 俺はつい最近恨まれるような事はしていない筈なんだけど……はて?「蓮杖雅。貴様は、貴様は…………っ」 園崎はぎりぎりと歯を噛み締め、絞り出すように言葉にする。「何て羨ましい目にあっているんだっ‼」「……………………は?」 俺は、つい呆けた顔をしてしまう。 羨ましい目? 俺、そんな目にあった覚えはないんだけど? いや、もしかして狼達との鬼ごっこや熊さんとのプロレスとかがそれに該当するのか?「いや、えっと……動物達と戯れるのは人によっては羨ましいだろうけど、あれはそういった類のじゃないと思うけど」「畜生の事なぞどうでもいい」 どうやら違ったらしい。じゃあ、一体何なのだろうか?「俺達はな、今日知ってしまったんだよ」「今日?」「そうだ。お前が仙人達と酒宴を開いていた事を」 酒宴……あぁ、馬鹿騒ぎの事か。そして、今日知ったと言う事は琴音経由で得た情報だろうな。 そうか、皆は一足先に大人になった俺に制裁を加えたい程に酒宴に対して憧れがあったのか。俺は安心させるように皆にある事実を告げる。「大丈夫。皆もこの国じゃもう酒飲めるから、馬鹿騒ぎ出来る」「酒なんぞどうでもいい」 どうやら酒も関係ないらしい。「じゃあ、何なんだよ?」「まだ分からないのか?」 目をくわっと見開いた園崎が、俺を指差して一言。「貴様は、グラマラスなお姉さんの下着姿を間近で見たのだろうっ⁉」 園崎に同調するように、皆が口々に言い始める。「羨ましい……羨ましいぞこんちきしょー!」「ボインボインのバインバインだったそうじゃねぇか!」「しかも酒飲んで色気増してたんだろ⁉」「こちとら騎士見習いで毎日扱かれてんのに何美味しい目にあってんじゃわらぁ!」「眼福過ぎんだろっ!」 心からの叫びを訊き、俺は漸く合点がいった。 あぁ、そうだった。皆こういう奴らだった。この一年が怒濤で忘れかけてたよ。だから俺に制裁を与えようとしてたのか。 俺達の通っていた高校は元男子校。数年前に共学化となり、女子生徒も入ってきているが微々たるもの。だいたい十五人に一人の割合だ。 で、俺達のクラスの男女比は九対一。圧倒的に男子の方が多いのだ。校内に女子が少ないのでクラス内でも触れ合う機会があまりない。 だから、だろうか。クラスの男子全員が年齢=彼女いない歴であり、女に関する話題に物凄く敏感なのだ。 例えば、別のクラスの奴が付き合いだしただの、ラブレター貰っただの、先輩のヤンキーな女生徒に呼び出しを喰らっただの、保健室の美人な先生に湿布を張って貰っただの、幼女に肩車をせがまれただのという噂を耳にすれば真偽を確かめ、真であるならば血の涙を流して男の方を血祭りに上げようと団結する。まぁ、何時も担任と副担任の先生に行う前に無力化されたりするから未遂に終わっているが。 因みに、一度俺も琴音と一緒に登校していると言う事で袋叩きにされそうになったが、およそ十年ぶりに再会したから、昔のように一緒に通いたいと言う琴音の発言により回避された。 嫉妬心は無尽蔵に湧き上がる皆だが、それでも女子が嫌がる事は決してしないし、女子の気持ちを最優先させる。なので、五体満足を維持する為に俺の袋叩きは回避出来た訳だ。まぁ、代わりに全員から強烈なデコピン食らったけどさ。 俺に制裁を加えようとする理由は分かった。確かに、コウライの下着姿は青少年にとって煩わしく悩ましいものだろう。しかし、昔の俺ならいざ知らず、今の俺では皆の羨望が理解出来ない。なにせ言動や行動もさる事ながら――。「あの人の下着姿何てもう見慣れてるからどうとも思わな」「「「「「見慣れてるだとぉぉおおおおおおおお‼⁉」」」」」 しまった、声に出してしまった。そして、どうやら今の一言は青少年達にとって起爆剤だったようだ。「蓮杖……てめぇグラマラスお姉さんの半裸を何度も見てるってのかぁ⁉」「憎い……今なら憎しみのあまり眼光で人が殺せる気がする……っ!」「見慣れてるたぁ上から目線な発言だなおいこらぁ!」 ヤバい、負のオーラの凄みが一気に増したぞ。少しでも負のオーラを押さえるべく現実を突き付ける。「そもそもな、あの人色気なんてねぇぞ? 言動おっさんだし、下ネタ平気で言うし」「「「「「そんなの関係ねぇ! 下ネタはむしろ歓迎じゃい!」」」」」 関係ないんかい。そして下ネタは歓迎するんかい。 にしても、やっぱり皆は変わらないな。その事に少しほっとするも相も変わらず危機を感じている。 さて、どうやってこの場を切り抜けるか? と頭を悩ませていたら、一筋の疑問が俺の頭に降りてきた。なので、それとなく皆に訊いてみる事にする。「と言うか、お前等ここに来て一年も経ってるんだから、彼女とかいない訳?」「「「「「いねぇよボケェ‼」」」」」 俺の質問は即座に一蹴された。「気になる人がいても、大抵彼氏持ちか婚約者がいたり」「勇気を出して声を掛けても軽くあしらわれて終わりってのもざらだ」「あまつさえ何とか一緒に出掛ける用事を取り付けても財布扱いときたもんだ」「俺達の女運の無さ……舐めんじゃねぇぞ?」 ある者は唇をかみしめ、ある者は天を仰いで涙を堪え、ある者は膝を抱えて座り込み、ある者は俯いて拳を固く握った。そうか……お前達にもまだ春は訪れていなかったのか。「…………何か、御免」「…………分かってくれれば、いい」 順次立ち直り、改めて俺を囲み直す同級生達。「さて、処刑する前に一つ訊いておく。これによっては刑が軽くなる、もしくはなくなるかもしれんぞ?」 何時の間にか制裁から処刑に置き換わっているのはこの際置いておくとして。刑が無くなる? どういう事だ? 取り敢えず、どう言った内容なのか聞く事にしよう。「……何だよ?」「いや、何。簡単な質問だよ」 園崎は至極真面目な顔をして、俺に尋ねる。「グラマラスお姉さんの半裸、スマホで写真撮ってない?」「撮ってない」「よぉし。皆の者、構え」 ヤバい。刑が執行される。それぞれの手に様々な光が宿り始める。あぁ、それが魔法の待機状態なのか。取り敢えず、仙気を全力で巡らせて防御力を上げつつ一気に駆け抜けて扉へと目指そう。「声が聞こえると思ったら、やっぱりいたな。園崎」 と、半ば覚悟を決めたら、不意に扉があいた。虚を突かれたのは同級生達も同じようで、手に集まっていた光が音も無く霧散する。 扉を開けたのは年若い女性で、軍服に身を包んでいる。多分、結構位の高い騎士さんなんだろう。で、その騎士さんは園崎を探していたらしい。そう言えば、園崎は騎士見習いしてるって言ってたな。「隊長、どうしたんすか?」「何、お前『さくらんぼ食いてぇ』って言ってただろ? 丁度実家から送られてきてな。よかったら食うか?」「えっ⁉ マジっすか⁉」「あぁ。用事が済んだら私の部屋に来い」「あざーっす!」 騎士さんもとい、隊長さんは伝えるだけ伝えると、静かに扉を閉めて去って行った。後に残された俺達。その中でも園崎だけはやたらとハイテンションだ。そう言えば、こいつさくらんぼが大好物だったっけな。で、この一年さくらんぼを食えず仕舞いだったようだ。だから、食べられる機会を得られて有頂天になっているんだろう。「さて、気を取り直して。皆の者、構えぇぇええええええっ⁉」 今、自分が処刑対象に置き換わった事も気付かないくらいに。 号令をした園崎だったが、魔法の光を宿した手を己に向けられて困惑を隠せていない。しかし、即座に原因を理解し、弁明は無駄と悟り踵を返して部屋から出て行った。「裏切り者に制裁をぉぉおおおおおおおおおお‼」「「「「「おおぉぉぉぉおおおおおおおおおおっ‼」」」」」 皆が一丸となって、逃げた園崎を追い始める。 因みに、俺も腹癒せの為に園崎を追う。 どんな時も結束し、裏切り者は許さない。それが俺達だ。

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