異世界仙人譚

島地 雷夢

第4話

「あ~、いててて……」 体中が悲鳴を上げている。こんなに痛い思いをしたのはかれこれ…………三日ぶりだな、うん。三日前の熊さんとのプロレスでサブミッション決められた時と同じくらいの痛みだ。ただ、琴音のやられたってのが精神的にくるなぁ。それを踏まえると過去最大の痛みだ……。「おっ、みやみやが戻ってきた」「なーんか手ひどくやられたみたいだねぇ」「まぁ、ひでぇ怪我はしてねぇみてぇだけどな」「雅よ、女は怒らせるとやばいぜぃ」 筋肉を揉みながら戻って来た俺を仙人達が出迎える。 もう酒は飲んでいないようで、脱いでた服も着ている。珍しい事もあるもんだ。何時もならこのまま飲み続けて知らぬ間に寝入るってパターンなんだけど。「ん?」 ふと、仙人の一人――ホウロウが手紙を持っているのに気が付いた。 ホウロウは見た目だけで言えば俺と同い年に見える。しかし、実年齢は軽く五十を超えているそうだ。五十オーバーでも、ここの仙人の中では一番若いそうな。いや、若かっただな。今は俺が一番若いし。 適当に切った感が半端ない乱雑した髪の隙間から垣間見える瞳は綺麗な翡翠色で、身長は俺とほぼ同じ。少し痩せ気味。服装は常に作務衣。何が何でも作務衣。寒くても暑くても乾燥しててもじめっとしてても作務衣。それ以外を着ている姿を見た事がない。そして裸足でサンダル履いてる。 作務衣にサンダルあるんだ、と異世界に来て感心してしまった。ホウロウ曰く、勇者様が広めたそうだ。……勇者って、陶芸家か何かやっていたのだろうか? 因みに、ホウロウだけが俺含め皆に渾名をつけて呼んでいる。基本名前の前二文字を連続させるもので、正直まるでパンダの名前みたいだと思った。俺の場合は雅なのでみやみやだ。「何読んでたんですか?」「あぁ、これ?」 ホウロウは手に持った手紙を俺へと渡してくる。読め、と言う事なんだろう。俺は手紙を受け取って文を読む。取り敢えず、召喚の影響で文字を読む訓練しなくていいのは楽出来ていいよな。これでレベルとかが無いだけじゃなく言葉や文字も理解不能だったらこの世界で生きていける気がしなかったよ。 で、手紙の内容だが、俺の修行がある程度区切りが付いたら一度同郷の皆に顔を見せてくれないだろうか? と言う物だった。因みに俺宛てではなく、四人の仙人宛て。送り主は王様だった。 鍛錬を始めてから一年。俺は皆と顔を合わせる事を禁じられている。その理由は仙人達曰く「魔力に当てられないようにする為」だそうだ。俺がこの仙人達の住む場所――蓬莱に来た際に言われた。皆にもホウロウが後日言いに行ったそうだ。 因みにこの蓬莱。島なのだ。海岸や砂浜は勿論ある。椰子の木もあればマングローブも生えている。鬱蒼と生い茂る木々もある。湖とか小川も勿論ある。その中でも雲が掛かる程に標高の高い山が聳えているのが一番の特徴か。その山の頂に仙人達の住まう住居が存在しているのだ。そしてこの島の位置は俺が転移した海に面している国から大体船で四時間程の場所にあるそうな。 この蓬莱には魔力を持つ生き物は棲んでいない。そうなるように仙人達が何百年も昔に手回しをしたそうだ。なので、この山で全力鬼ごっこを繰り広げた狼達も、死ぬ気でプロレスを繰り広げた熊さんも、紐無しバンジーへと拉致してくれちゃった大鷲野郎も、全員魔力を持っていない。そして、皆仙気を生み出す事が出来る。 まず、魔力を持つものをここに棲ませない理由は、仙気を生み出す鍛錬の妨げとなるから、だそうだ。何でも魔力と仙気は相容れぬ存在らしく、仙気の生成を阻害して来るそうだ。なので、もし俺が魔力のある場所で仙気生成の鍛錬をした場合、十年経っても仙気を生み出せずにいた可能性が高いらしい。 まぁ、一度仙気を生み出せるようになれば、逆に仙気で生成の邪魔をしてくる魔力をかっ飛ばして難なく仙気生成が出来るそうな。それでも、微量な量しか生成出来ないうちは、なるたけ魔力の影響を受けない場所で鍛錬をした方が生成量が増えるとか何とか。 それ故、俺は魔力を持った皆と顔を合わせる事を禁じられた。「まぁ、一週間くらい前に王様に近況報告したからねぇ。こう言った頼みが来る事は予想出来たよ」 手紙を読み終えると、仙人達の仲で唯一の女性――コウライが俺の持つ手紙を指でつまんで掻っ攫う。 見た目は二十代半ばで艶やかな唇に色気のある泣きぼくろ、切れ長の目に少しウェーブの掛かった髪を緩く結んで肩に掛けたナイスバディなお姉さんなコウライ。しかしナイスなバディはだぼだぼのジャージによって隠されてしまっている。ジャージは前開けなんてせずきっちりジッパーを上まで上げているので色気なし。そして五本指靴下を愛用している。これらも勇者が広めたそうな。……勇者って、おっさんだったのかな? そして、実年齢は二百と三十七でここの仙人の中でコウライは一番の高齢。こうらい(にひゃく)さんじゅうななさいだ。 別に年齢の事は気にしていないそうだ。別にばあさん呼ばわりされても年が年だから仕方ないねぇ、だそうだ。心が広いと言うよりも、おっさんな性格をしているのが大きな理由だろうな。喋り方は女性なのに言動がもうおっさん。自分が楽しめれば服を脱ぐ事に躊躇いなんて持たないし、下ネタ上等。いわゆるがっかり美人さんだ。 因みに、コウライは仙人の中で一番酒を飲む。目を覚ましたら飲む。朝食食べて飲む。散歩しながら飲む。俺の鍛錬指導をしながら飲む。昼食を食べながら飲む。三時のおやつを食べながら飲む。風呂に浸かりながら飲む。基本飲んでばっかりだ。飲まないのはトイレと夕飯と、真面目な事をする時くらいだ。 ただ、その分酒を飲んでも呑まれずに自制出来ている。あくまで、一人で飲む時は、だけど。皆で飲めばリミッターが解除されて完全なるおっさんと化す。「て言うか、近況報告してたんですか」「あぁ。月一くらいでね」 コウライは手紙を綺麗に折り畳むと、ぽいっと背後に投げ捨てた。おい、綺麗に畳んだ意味は?「雅が無事に仙気を生成出来るようになったって分かったから、あの嬢ちゃんが手紙を届けに来たんだろうぜ」 投げ捨てられた手紙をキントウが拾ってその手紙が入っていたであろう封筒にきちんと仕舞う。 キントウはスキンヘッドの強面。眉毛も無い。ただし口髭は生やしている。見た目は三十半ばくらいだけど実年齢は百五十一歳。そんな彼の恰好は黒服に革靴。それに加えてサングラスをかけていらっしゃる。この服もサングラスも勇者が広めたそうな……勇者よ、お主はヤのつく職業の人だったのか? そして、キントウの一番の特徴は極めた道を突き進んでいそうな方の服の下に隠された筋肉だろう。まるでボディービルダーのように洗練とされた筋肉はある種の造形美だ。大胸筋とか普通にぴくぴく動かせるし、腹筋もばっきばきに割れてるし、二の腕なんて丸太ってくらい太い。 見た目と筋肉から怖い印象を受けがちだけど、キントウは家庭的な主夫だ。朝一番に起きて酒の席で汚れた場所を綺麗してから皆の朝食を作り始める。朝食の後は洗濯物やって、掃除もして、ごみを処理して、昼食作って、三時のおやつ用意して、夕飯作って、風呂を焚いて、馬鹿騒ぎする為の酒を準備をする。 あと、財布の紐もキントウが握っている。他の仙人に任せると全て酒代に消えてしまうそうだ。そうならないように、きちんと管理をしているそうな。 人は見かけによらないと言うのを体現している。それがキントウと言う仙人だ。 まぁ、そんな彼も酒を飲めば生真面目何てものは地中深くに埋めて地均ししてしまうけどね。「実際、この手紙あの嬢ちゃんが落としてった物だぜぃ」 と、手紙の仕舞われた封筒を指差すシンヨウ。見た目アラサー。真の齢は百四十八歳。特に特筆するべき特徴はない。強いて言えば語尾が少し独特ってくらいか。顔、普通。背丈、普通。ちょっと引き締まりかけな中肉中背。ティーシャツにジーパンと言うラフな格好。以上。この服も勇者が広め……勇者は一体何者なんだ? と言うか、ここの仙人達、全然仙人っぽい格好してないな。普通に日本で見るような格好ばっかりだし。仙人達が普通に日本を訪れても平然と溶け込むだろうな。 とか言ってる俺の恰好も学校の指定ジャージだけどさ。 っと、そんなどうでもいい事思ってる場合じゃないな。「あぁ、だから琴音がここにいたのか」 納得とばかりにぽんと手を叩く。「にしても、わざわざ片道四時間もかけて来るとはねぇ」 絶対舟の中で暇だろうに。釣りでもしてれば気も紛れるだろうか?「いや。あの少女は一瞬で来て、そして一瞬で帰って行ったね」 と、ホウロウがそんな事を口にした。「へ? 一瞬?」「そう、一瞬。どうやら【転移】のスキルを持つ子と一緒に来たみたいだね」 あぁ、成程【転移】ね。確かに転移なら一瞬でこの蓬莱まで来れるよ。 で、部屋から一歩も出ていないのに何でそんな事が分かるのかと言えば、ホウロウを含め、四人の仙人達はある程度遠くにいる生き物の位置を把握する事が出来るからだ。仙気を辺りに放出して、魔力との反発具合で感知してるとか。これも仙術じゃないけど、これより遥かにスケールアップした効果を持つ仙術は存在するとか。ただ、その仙術を使うよりも仙気だけでやった方が燃費もいいし得られる情報量も少なく整理しやすいそうだ。 それにしても【転移】かぁ。異世界チート能力の一角だよね。正直、そんなスキルを手に入れたあの子は羨ましいよ。 ……あれ? でも確か【転移】って自分だけしか、それも結構短い距離しか転移出来ないって言ってなかったっけ?「何か疑問に思ってる顔だが、スキルも成長して移動距離とか転移できる人数増えたんじゃねぇか?」 首を捻っているとキントウが解を示してくれた。あぁ、そういえばスキルも成長するんだっけ。如何せんスキルを持たない身なのでスキルに対しての知識覚えが悪いな。確か、スキルを何度も使っていれば成長していって、ある一定値まで達すると劇的に変化する、とか何とか。 成程成程。でも、結局思う所はどうして琴音まで来たかって事なんだけど。だって、【転移】使える子だけで来た方が何かと手間かからなくない? まぁ、久しぶりに会いたかったとか、そんな感じか。「で、雅。あんたはどうすんだい?」「はい?」 一人で納得していると、コウライがじれたように問いかけてくる。「一度皆に顔を見せに行くかどうかって事だよ」 腰に手を当て、軽く息を吐くコウライ。あぁ、そう言えばそうだった。 一応、鍛錬の途中とは言え、仙気を生み出せるようになった。今くらい生み出せるようになれば仙気の生成も魔力に邪魔されないって言われたし、一度は顔でも見に行こうかな。「そうですね。皆どうしてるか見てみたいので、行ってきていいですか?」「あいよ」「じゃあ、行く準備してくるぜぃ」 そう言ってシンヨウが出て行く。どうやらシンヨウが送って行ってくれるみたいだ。「まだ鍛錬中なんだから、あまり向こうに長居はさせられないよ。これから覚えなきゃいけない仙術が山のようにあるんだからね」「はい。流石に分かってますんで今日中には帰ってきますよ」 コウライが釘を刺してきたが、俺自身もまだ半人前にもなっていないひよっこ仙人見習いだと自覚しているので首肯する。「まぁ、久しぶりに同郷の人と会うんだから、積もる話でもしてきなよ」 ホウロウが俺の頭に手を置いて撫でてくる。見た目は同い年だけど父親以上に年が離れている。違和感はあるけど不快ではないかな。「小遣い渡しとっから、何か欲しいもんあったら買ってこい」「ありがとうございます」 キントウがお金の入った巾着袋を俺に手渡す。一応、価格相場とかお金の事についてはキントウに教えて貰ったから変な買い物はしないと思う。「おーい、準備出来たぜぃ」 脱ぎ捨てていたジャージを着込むと、遠くからシンヨウが俺を呼ぶ声が聞こえる。「じゃあ、行ってきます」「行ってらっしゃい」「心配する事はないと思うけど、気を付けるんだよ」「無駄遣いはすんじゃねぇぞ」 三人に見送られ、俺はシンヨウの待つ場所へと向かう。

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