異世界仙人譚

島地 雷夢

第3話

 鬼灯琴音。俺と彼女は幼馴染である。 幼馴染と言っても、生まれてからずっとご近所さんと言う訳ではない。幼稚園を卒園するまでは確かに家が隣同士だったし、毎回遊んでいた記憶がある。でも、琴音は卒園と同時に遠くへと引っ越していった。何でも、親の仕事の都合だそうだ。 それから出逢う事も無く、そう言えば幼馴染っていたよなぁと半ば思い出と化していた頃。俺と琴音は再会した。 またもや仕事の都合で引っ越しが決まったらしく、元の家――ではないがその近くに移り住んだのだ。それを知ったのが高校受験当日の朝。 さぁ、泣いても笑っても今日で受験ともおさらばだと玄関のドアを開けたらそこに見慣れぬ少女が一人立っていた。向こうが声を掛けてくれるまでまさか琴音だとは思わなかった。そりゃ、およそ十年ぶりだから、互いに成長していて一目見て分かるのは難しい。でも、何処となく幼稚園の頃の面影があって、ちょっと懐かしくなった。 …………のも一瞬で、俺の頭は再会を喜ぶ気持ちよりも受験の事に対する不安で一杯だった。なので、軽く挨拶して受験校へとさっさと足を運んだ。 受験校へ着いたら、琴音が俺の後ろを歩いていたのに気が付いた。どうやら、琴音も俺と同じ高校を受験するらしかったのをそこで知った。 あ、お前もここ受けるんだって訊いたら何か睨まれた。そして言葉を交わす事も無くさっさと試験会場となってる教室へ行ってしまった。 まぁ、今思えば再会した時の俺の対応が思慮の欠片も無くとんでもない雑な物だったから怒ってたんだろうなぁ。 当時の俺は訳が分からず首を捻りながらも、試験開始と同時にその事を頭の片隅に追いやって試験に集中した。一教科終わる毎に首を傾げていたけど、今思えば教科と教科の合間にノートを見ると言う最終確認作業をしなくてよく大丈夫だったな、と自分を誇れるよ。 受験を終え、帰る時は琴音は既にいなかったので俺は一人で帰った。帰ると琴音は俺の家に上がり込んでいた。その時は母さんと話してたから不機嫌さは払拭されてたな。 因みに、両親は琴音が帰って来る事と同じ高校を受験する事を数週間前から知っていた。俺に話さなかった理由は受験に集中して欲しかったからだそうだ。 その御蔭か受験の結果は合格。琴音も合格。晴れて春より同じ高校に通う事になったのだ。一年の時はクラスは違ったけど、その頃から一緒に登校をしていた。 で、琴音は幼稚園の頃から性格が変わっていた事に気付かされる。昔はコロコロと表情を変え、恥ずかしがり屋で誰かと話すのも俺と一緒でなければ儘ならなかった。ちょっとした事で驚いて、直ぐに俺の後ろに隠れる。そんなシャイな性格だった。 今では俺がいなくても誰かと普通に会話出来るし、ちょっとした事では驚かなくなった。昔のままだったら泣いてたかもしれないゾンビ映画を見ても、動じなくなっていた。しかし、その代わり表情筋が死んだかのように動かない。まぁ、嬉しいとか怒ってるとか言う感情は大体琴音の目を見れば分かるから俺は困らないけどさ。 それ故にクラス内ではクールビューティーなんて呼ばれているけど、もうちょっと愛想良くした方がいいかもしれない。少し小さな口に流れるようにすっとした眉。目もちょっと大き目で小動物的な愛らしさはある。それを殺す……とまではいかないまでも素材を生かし切れていない感があるので個人的に勿体ないと思う。 その事を本人に言ってみたら「別にいい」と言われた。本人が変わる必要ないと思っているなら、無理強いはしないよ。 で、そんな無表情が常の琴音だが、珍しい事に今顔に表情が出ているのだ。喜ばしい事なのだが、如何せん素直に喜べない自分がいる。 何せ、睨み顔なのだ。さっきは目だけで睨んでいたけど、今は表情で睨みを利かせている。何時もより凄味が倍増されていて、あまりの迫力にちょっと背筋に汗が流れ出てしまう。 弁解の余地を貰う為、琴音を引き止めた俺。琴音は足を止めて俺の方に向き直ってくれたのだが、睨み顔だったと言う訳だ。 兎にも角にも、弁解を開始しないとと思い、俺は口を開く。「琴音」「久しぶり。さようなら」 弁解の余地なんてなかった。 琴音は冷たく別れを告げて出て行こうとする。まるで、酷い別れ方をした元カップルが街中で意図せず再会してしまった時のように。「待って! 俺の話を! 話を聞いてくれ!」 俺は琴音の肩をガシッと掴む。しかし、それは無情にも琴音に手で払いのけられる。「触らないで。けがれる」「汚れるっ⁉」 ヤバい、琴音の俺に対する心象は受験の日に再会した時よりも悪くなっている。 どうしてだ? 何が原因なんだ? いや、原因なんて分かってるよ。パンツ一丁で酒をがぶ飲みして馬鹿騒ぎしてたからだよ! 琴音は、俺が触った箇所を何度か埃を払うかのように手で払い、冷たい目をこちらに向け一言。「雅が馬鹿な奴になってるとは思わなかった」「がっ!」 今の一言は……効いた。言葉が矢となり槍となり俺の胸に突き刺さり心を貫き砕け散った。 俺はかなりのダメージを負い、その場に崩れ落ちてしまう。「さようなら」 崩れ落ちる俺を一瞥すると踵を返して無情にも立ち去ろうとする琴音。「待っててててててててててててててて⁉」 縋るように手を伸ばしたが、いきなり身体全体を押し潰すかのような重圧を受けて床に減り込む。比喩じゃなくて、文字通り。 あぁ、そう言えば琴音は俺と違ってスキルを持っていたっけ。確か【重力操作】だった筈。この重圧は俺に掛かる重力を増やしたとかそんな所だろう。 重力を使ってまで、俺を拒否するのか……。 取り敢えず、重圧を受けて直ぐに仙気を操って身体を強化したけど、動く事が出来ない。 仙気には色々な使い道があり、そのうちの一つが身体強化。常に仙気を身体全体に巡らせるように意識を割いて気を遣わなければいけないけど、これの御蔭でレベルが無くてもある程度の事じゃ怪我をしなくなった。 因みに、これは仙術じゃない。今やっているのはあくまで仙気を操り、身体全体に行き渡らせる事で頑強さを上げているに過ぎない。 んで、今心底仙気に感謝している。 もし、仙気を生み出せなかったら、普通にぐちゃっと体が潰れていたと思う。仙気があったからこそ、俺はこうして今も生きていられるんだ。 あと、酒にも感謝だ。毎日酒を飲んでいなかったら、ここまで仙気が増える事も無かっただろうし。 生成される仙気が多ければ多い程、身体強化の性能も上がるのだ。一ヶ月前の状態だったら、ほぼ素の状態と変わらずぐちゃっと潰れていたと思う。 仙気を生み出せるようになった一ヶ月前と比べて数百倍仙気を生成出来るようになった、と言えば酒の凄さが分かるだろうか? まぁ、酒の所為で今こんな目にも遭ってるんだけどさ。「ここここととととねねねね!」 声帯が上手く機能せず震えた声となってしまう。それでも俺は必至で琴音を呼び止める為に名前を叫ぶ。 が、無情にも琴音はこちらを振り返る事無くすたすたと歩いて行く。 ただ、何を思ったのか琴音は途中でふと立ち止まる。「……ぃ…………」 何か呟いたかと思うと、歩みを再開させる。俺には声以外に琴音を止める術がなく、去っていく琴音の背を見送るしかなかった。 結局、俺ののしかかる重力が元に戻ったのは、おおよそ三十分後だった。

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