異世界仙人譚

島地 雷夢

第2話

 ふと、俺が。いや、俺達がこの異世界に来てから現在までの記憶経過が順次甦っていく。 俺達は総勢三十と三名。クラスメイト三十名と担任の先生と副担任の先生、それとバスの運転手の人が全員一緒に揃って異世界に転移した。 転移した日は、校内球技大会があった。俺達は学校側が手配したバスに乗り込んで会場に向かっている最中だった。 学校の体育館でやってもいいのだが、わざわざ全学年全クラスの対戦が滞りなく進むようにと毎年外部の大きな会場を予約しているそうだ。俺達は二年生で、二回目の球技大会なので驚きもせず、慣れたようにバスでくつろいだり、トランプで遊んだり、酔ってゲロってしまいそうになったりしていた。 そんな時、クラクションがけたたましく鳴り響いた。 全員、何事かと正面を向けばトラックがバスに向かって突っ込んでくるのが見えた。 このまま行けば、正面衝突してしまう。 だが、衝突事故は起きなかった。 突如バスの中が光り輝き、俺達は思わずその眩しさに目を瞑った。 で、光が弱まり目を開けたら異世界にいた。それもバス毎。 王様の住む城の中庭に、俺達を乗せたバスが停まっていたのだ。 で、慌ただしく城の人達やお偉いさん、王様が飛んで来て目を大きく開けてびっくりしていた。どうやら、小説のように王様達が俺達を召喚した訳ではないらしい。 ただ、近々異世界から人が召喚される事は知っていたみたいだ。 何でも召喚を司る神様がいて、その神様が御仲間の運命の神様に土下座でお願いされたそうだ。運命の神様のお気に入りの子が、大型車の衝突事故で絶対に死んでしまうから、この世界に召喚して欲しい、と。 何でも、その事故の起こる世界では死が確定されてしまったらしく、どうあがいてもデッドエンドは免れなかったらしい。ただ、そのデッドエンドを覆せる異世界に飛ばすと言う荒業が存在していた。 その世界では死が確定していても、別の世界では死は確定していないそうだ。なので運命の神様は召喚の神様に土下座し、向こう三百年は毎日御飯を奢ったり手作りお菓子を用意したりするのを条件にそのお気に入りの子をこの世界に召喚して貰えるようになったそうだ。 そう、本来ならばそのお気に入りの子だけがこの異世界に召喚される筈だった。でも、その子だけではなく事故に遭いそうだった俺達全員が召喚された。 その理由は召喚されてから少し時間が経った頃に、王様達含めてその場にいた全員の脳に直接召喚の神様が語り掛けた。 何でも、バスに乗っていた全員の死が確定していたそうだ。そして、召喚するのに一人も三十三人も手間は変わらず、目の前で死なれるのは目覚めが悪かったのでバス毎この異世界に転移させたそうだ。 そんな召喚の神様に俺達日本人三十三人は頭を下げて深く深く感謝した。召喚の神様は気にしなくていいと言ってくれたが、俺達はこの恩は絶対に忘れないと宣言した。 因みに、そのお気に入りの子が誰なのかは公言されなかった。召喚の神様が口に出そうとした瞬間に運命の神様が割り込んできて、「気にしないで気にしないではははは」と慌てた様子だったので余計に気になったが、深く詮索はしなかった。 兎にも角にも、命を救われた俺達はこの異世界で生きていく事になった。 これに関しては、王様達がバックアップしてくれる事になった。召喚の神様に頼まれたと言うのもあるらしいが、別の理由の方が大きいらしい。 何でも、過去に俺達の世界から迷い込んできた勇者に魔王を倒して貰った事があるらしい。自分とはかかわりのない世界だと言うのに、嫌な顔一つせずに魔王を打ち倒してくれた勇者に倣い、王様達も異世界から来た者の手助けをしようと取り決めをしていたそうだ。 ただ、バックアップと言っても住居が決まるまでの衣食住の保障、そして仕事の斡旋や訓練をつけてくれると言うもので恒久的なものではない。そこは俺達も流石に最初から最後までおんぶにだっこで異世界を生きて行こうと言う図太く浅ましい神経を持ち合わせていなかったので、純粋に感謝の言葉を述べた。 で、どうやら俺達には召喚の神様によってこの世界に適応した身体に作り変わっているらしかった。この世界ではゲームのようにレベルや魔法、スキルと言ったものが普通に存在していて、召喚された時点でこの世界のルールが適応されたそうだ。あと、言葉も普通に分かるようになった。 早速俺達は自分のレベルやスキルを調べる為に老齢の魔法使いさんが用意した水晶玉に手を翳した。何でも、その水晶玉に触れると文字が空中に浮かんでレベルやスキル、魔法を使う為の魔力量などが分かるそうな。 順次調べて行き、魔力高いだの、何このスキル? だの色々と興奮した様子を見せていた同級生達。 そして、俺の番になって水晶に手を翳した。 何故か、俺だけ文字が浮かび上がらなかった。壊れたのか? と言う疑問が頭を巡り、王様達もはて? と首を傾げていた。 取り敢えず、俺は避けて次の人が水晶玉に手を翳した。すると、普通に文字が浮かんだ。 全員が翳し終わり、それぞれのレベルやスキルが分かった。勿論、俺は分からない。何せ、水晶が反応してくれなかったから。 運よく、クラスメイトの一人に【鑑定眼】と言う他人のステータスを見る事が出来るスキルを持った子がいたので、俺のレベルとかスキルを調べて貰った。 そしたら、なかったのだ。 俺にはレベルも、スキルも、そして魔法を使う為の魔力も存在していなかった。 数値が0と言う訳ではなく、最初からそれらの項目自体が存在していなかったそうだ。他の子を見てみると、きちんと名前以外にもレベルとスキルの項目が存在していたとか。 どうやら、俺の身体だけこの世界に適応出来なかったらしい。つまり、日本にいた頃の身体そのままと言う訳だった。 この世界はレベルやスキルはともかく魔法――と言うよりも魔力を使用する事を前提とした生活をしているそうで、魔力がないと日常生活に物凄く支障をきたすらしい。何でも、蛇口から水を流すだけでも魔力を使うそうなので、おいそれと顔も洗えないそうだ。 これかなりヤバくね? 俺だけ詰んでね? と焦っていたら、いきなり空から人が四人降ってきた。 それが、俺と仙人達との出逢いだった。 王様達も仙人とは顔見知りだったが、どうしてこの場に現れたのか謎だったそうだ。 仙人曰く俺を引き取りに来たそうだ。何でも占星術師に今日ここにレベルもスキルも魔力を持たない少年が現れると予言されていたそうだ。うん、まさに俺だった。 で、そんな俺をこの世界でも生きて行けるようにする為の鍛錬をしてくれると言ってきたのだ。何でも、仙人も俺と同様にレベルとスキル、魔力がないそうだ。この世界でも極々稀にそのような生命が生れ落ちるらしく、それらは等しく淘汰されて行ったそうだ。 だけど、ほんの一握りだけ生き延びた生命が独自の進化を遂げてこの世界に適応出来た。それが仙人と呼ばれる存在だそうだ。 依然としてレベルやスキル、魔力は持たないがそれに代わる力――仙気を身体の内から生み出しているそうだ。その仙気があれば、レベルやスキル、魔力を持たずともこの世界で生きていけるらしい。 で、俺は仙人達に引き連れられて居を構える山の頂へと向かった。 そこで仙気を身に着ける為の鍛錬が始まった。最初の二週間は朝露のみを口にして石の上で瞑想、それを終えたら金丹と呼ばれる薬を飲まされ、山の頂から麓まで全力ダッシュを二ヶ月もさせられた。その間に口に出来たのは桃だけ。 その後は主に果実を口にし、石の上で瞑想したり、酒を飲まされかけたり、滝に打たれたり、酒を口に入れかけられたり、山の中で狼との全力鬼ごっこをしたり、水の代わりに酒を差し出されたり、様々な呼吸法を行うように言われて実践したり、栄養剤だと酒瓶を手渡されたり、山の熊さんと死ぬ気でプロレスを繰り広げたり、薬を酒で飲ませようとしたり、紐無しバンジーヒィユゥウィゴォと大鷲野郎に連れていかれたり、もう飲もうぜと酒に誘われたりと色々な事があった。 それで、今からおよそ一ヶ月前。この異世界に来て十一ヶ月が経って十八歳を迎えた時に俺は仙気を生み出せるようになり、仙人の仲間入りを果たした。 とは言っても、生み出せる仙気の量は四人の仙人達に比べれば微々たるもので、今後も鍛錬を継続しなければいけない。そして、仙気を用いる術――仙術はまだ教わっていなかった。なので、現状は仙人見習いと言う立ち位置だ。 で、仙人見習いとなった俺は度々仙人達に酒を飲まされた。この世界では十八歳で成人を迎え、アルコール摂取OKとなるそうだ。 あと、酒は仙気の生成に一役買う隠れた効果も存在しているらしい。一度仙気を生み出せるようになったら酒は促進剤として機能するそうだ。 でも、俺は十七の時――と言うよりも仙気を生み出せるようになる以前に仙人達から酒を進められた。その事を訊いたら全員が明々後日の方に顔を向けて下手な口笛を吹いていた。 そして、いくら仙気生成の促進剤となると言われても俺は酒を飲む仙人四人の痴態を間近で見ていたので、酒にいい印象は持っていなかった。で、拒否をしたら羽交い絞めにされて無理矢理飲まされた。 始めて飲んだ酒は、旨かった。何でも桃の果実酒らしく芳醇な香りが鼻孔をくすぐり、少しねっとりとした独特の甘みが舌に広がった。 そして、酒を飲むと変な高揚感が身を包み、気分がハイになった。意識ははっきりしていたので、目が覚めた時にハイになっていた自分の行動を鮮明に思い出せた。 身を持って、酒の魔力は恐ろしいと感じた。 でも、旨い思いをしながら仙気生成の促進が出来るので禁酒をする気はなかった。なので、節度を持って飲めば大丈夫だ。そうすれば、自分はこの仙人達のんだくれのような痴態を晒さずに済むだろう。 …………そう、思っていた。 その後も酒を飲めば最初に決めいていた量の倍以上を平気で飲んで、仙人達と一緒に騒ぎ立てていた。 今日こそは、今日こそはと注意していても酒を飲めば抗えなかった。 心底、酒と言うのは魔性の存在だと畏怖した。 あれだけ仙人達のようにはならないようにしないと、と自分に言い聞かせていたのにどんどんそちら側に足を踏み込んで行った。 …………どうして、こんな事を思い起こしていったんだろう? まぁ、その理由は分かる。「………………」 今、俺の目の前に一年ぶりに再会した同級生が立っているからだ。彼女の名前は鬼灯ほおずき琴音ことね。ミディアムショートとでも言うべき髪の毛の先っちょが少し暴発しているのが特徴的な眼鏡っ子だ。 仙人として鍛錬している間は、同級生や担任の先生達とは全く会っていなかった。なので、この再会によって懐かしさが込み上げてきてこのある意味で怒涛の一年の記憶が思い起こされていたんだと思う。「………………」 一年ぶりの再会を果たした筈の琴音だが、その眼に親愛の色は見られない。まるでごみに集る蠅を見るような目で俺を射抜いている。 俺の頭は急速に冷えて、現状を整理し始める。 今日も仙人達と一緒になって酒をがぶ飲みし、早飲み対決をして負ければ衣服を一枚ずつ脱いでいくと言うアホのような遊びをしていた。 そして、そんな俺の恰好は空になったでっかいジョッキを両手に一個ずつ持ったパンツ一丁というとても人にはお見せ出来ない姿だ。 久しぶりに会った同級生が、人目を憚らずにこんな痴態を晒していればどうするか? そりゃ、蔑む目で見るよね?「………………」 琴音は、ふと目を閉じると無言で踵を返して部屋から出て行き、戸をそっと閉めて行った。「ちょっ! ちょっと待ってぇぇええええええ!」 俺は弁解をすべく、ジョッキを投げ捨てて鬼灯の後を追った。 …………パンツ一丁で。

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