End Cycle Story

島地 雷夢

第51話

 今更ながら思うけど、俺はよく言われたまま寝ていたと思う。 俺の事を知っているからと言っても、俺の知人とか友人ではない可能性もあっただろう。もっと簡単に言えば、だ。俺を敵視していて隙を窺って何かを仕掛けて来たって可笑しくは無かっただろう。 もっとも、それだったら気絶していた俺を縛り上げるなり口を塞ぐなり、最悪寝首を掻くなりする筈だけど。そう考えるとスーネル、リル、そしてファイネは所謂敵とは認識し難い。 けど、だからと言っても百パーセント信用なんて出来ないけど。もしかしたら、何も知らない俺を利用しようとしてるだけなのかもしれない。と思ってみるも、そんな考えもあまり信憑性も無いし確証もない。 結論を言えば、俺は記憶が戻るまでは疑心暗鬼に駆られながら過ごしていかなければならない、と言う事になる。 俺の記憶が戻る方法だって、ファイネと言う子が言ったようにノディマッドと言う人外魔境から取り戻す、と言う事が本当なのかも分からないし、そもそも奪われた事自体の真偽も未だに不明だ。もしかしたら、俺の記憶が戻ると不都合が生じるから嘘の情報を俺に流しているのかもしれないし。 …………はぁ、そう考えると、俺の行く先が不透明過ぎて気が萎える。俺の立ち位置が分からないと何時も気を張る必要があるとは露にも思わなかったな。これならいっその事誰もいない森とか洞窟の中で眼を覚ましててもよかったかもな。 いや、そうすると気を失ってたら獰猛な野生動物に襲われてたかもしれない。それを鑑みると、人のいる場所で気を失っていたのは僥倖というものだろう。 不安が更なる不安を呼ぶとは、思いもよらなかったな。 とか思いながら、窓から差し込む朝の陽ざしを受けて眼を覚ます。朝の光が差し込むと言う事は、この部屋は東側に窓がついているんだろうな。あと、日の射し加減が甘い所も見ると早朝で、外も静かだからまだ一般に起きる時間ではないのだろう。と、どうでもいい事を思ってしまうが、太陽は東から昇るという常識を忘れていない事に少しばかり安心する。 やはり、忘れたもしくは奪われた記憶は経験や体験と言ったもので、知識は残されたようだ。でも、俺が忘れている知識と言うのもあるかもしれないから、全部の知識が残っているとは思えない。 それでも、常識くらいはあるだろう。と願ってみるけど。 さてさて、ここからは選択をしてみよう。 寝惚け眼を擦りながら布団から体を出し、床に足を着いて窓の方へと向かい下を見てみる。三メートルくらい下に緑色の地面が見えるので、二階に位置しているのだろう。ついでに、部屋の中を見渡すと、ベッドの脇に靴が一組綺麗に並べられている。いや、靴と言うよりもブーツって言うくらいに丈が長くて脛は隠れるな。 多分、あれが俺の靴なんだろうな。そう思ってそれをおもむろに手に取る。
『影蜥蜴のブーツ:物理防御力2上昇。魔法防御力2上昇。敏捷力5上昇』
「っ⁉」 突如、視界の上三分の一に枠が出現し、そこに文字が浮かび上がる。何だこれっ⁉ と、驚きのあまりブーツから手を放すと枠と文字は瞬時に消えた。 俺は恐る恐るもう一度ブーツに触れる。
『影蜥蜴のブーツ:物理防御力2上昇。魔法防御力2上昇。敏捷力5上昇』
 やっぱり枠と文字が視界上部に現れるけど、これって普通の事なのだろうか? ヤバい、いきなり常識が残ってるのかどうか怪しくなってきた。 でも、これはこれでありなのかもしれない。最初は驚愕したけど、とても便利なものではないだろうか? だって触れたものの名前が出て来るんだから、初見でも判別出来るし。あと、説明文的な物も表示されるから人から説明される手間も省ける。 …………いやいや、そもそもさ、この後ろの説明文が何なのかがよく分かってないってのが現状なんだけどさ。だって物理防御力て何さ? そして2上昇って何さ? 意味分からん。何時から人間のフィジカルはデジタルで表示されるようになったの? やべぇ、頭がついて行けなくなってきた。 でもまぁ、この説明文からしてこの靴――影蜥蜴のブーツを履いたとしても俺の体に支障が出る事はないってのが窺えるのが救いか。 なので、逡巡した後に、俺は影蜥蜴のブーツを履く。これで防御力が上がって、あと速くもなるらしい。にわかに信じがたいけどね。 履き心地からして、これは俺の所有物だったのだろう。サイズがぴったりだ。だったら遠慮する事も無くこれは履いたままにしよう。 で、だ。 俺は選択しないといけないんだよね。このまま俺を知ってる人達と一緒にいながら記憶を取り戻すか、それとも少しでも疑心があるうちは一人で記憶を戻そうと頑張るか。 恐らく、一緒にいるのが一番の近道だし、比較的身の安全は保障されるだろう事は予想出来るけど、何だろう? 一人になった方がいい気もしないでもない。独りは気楽だし、だけどここらの地理を覚えているかと言われればそうでもないから一人行動よりも複数人での行動の方がいいのかもしれない。けれども一人ならば誰にも邪魔されずに記憶を戻そうって言う作業が出来る。 って自分で言っててもよく分からなくなってきた。 もっと簡潔に言うと、一人になるべきかならないべきか、だ。 それぞれに利点もあるし、問題点もある。 それらを踏まえて、俺は選択しないといけない。それも、あの三人の誰かがこの部屋の扉を開けて入ってくる前に。 どうしたものか? どうしたものか? って考えても埒があかないので、直感に全てを委ねる事にした。 俺の取った行動は、窓を開けて、窓枠に乗っかり、そのまま飛び降りた。直感は一人行動を選んだ。「あでっ!」 ロープを部屋の端に繋げて、それを窓の外に垂らしてゆっくり降りると言う作業をしなかったのは、単にロープが見付からなかったのもあるけど、それ以前にそのまま降りても大丈夫な気がしたから降りたのだ。 両足で着地して膝を曲げて勢いを殺して転がるも、痛みが少し足に走る。 それでも怪我らしい怪我はせずに飛び降りる事に成功した。 だが、わざわざ飛び降りたからと言って、あの三人の下から無言でいなくなろう。と言う目的で降りた訳じゃない。考えとしては三人を起こさずにちょっとだけ一人でそこら辺をぶらついてみようと思っただけだ。 俺の選択は、俺を知っている人といる方がいい。あの三人は信用出来る。そう直感が囁いた。直感は俺が記憶を失う前の本質が影響しているだろうから、これが俺本来の行動になるのだろう、と勝手ながらも思う。 でも、今更ながらに思えば別に飛び降りる必要ってのは全く無かった訳だ。だって、部屋から出て直通で外に行けるとは言え、骨折とかのリスクがある。だったらドアをゆっくり開けて、抜き足差し足で物音を立てずに玄関から出て行った方が安全というものだろう。 俺って、もしかして馬鹿なのだろうか? いやいや、馬鹿じゃない……筈だろ? 今の行動は記憶を失っているからだ。うん、きっとそうだそうに違いないそうと決めた。 俺が下りた場所は庭らしく、それも玄関脇だったので、そのまま門から出て行く。何気なく後ろを振り返ると、まぁ、一般的に普通の二階建ての家だと思われる家屋が建っていた。 って、何で玄関脇の壁が崩落してるんだ? 地震で壁に亀裂が入って壊れてしまったのだろうか?「………………地震?」 何だろう? 自分で発した言葉に引っ掛かりを覚える。地震、地震……、あ、また頭が痛くなってきた。 取り敢えず、今は記憶を取り戻そうとしないように注意しないと。今の目的は散策だ。少しばかりはここらの地理を頭の中に叩き込んでた方がいいだろう。あと、何かの拍子で思い出すような事もあるだろうし。 だったらあの三人と一緒に行けばいいのでは? と思うだろうけど、こんな早朝に付き合わせては迷惑だろうから誘わないし頼まない。これ以上迷惑を掛けてたまるかっての。 まぁ、道順さえ覚えればここには一人でも帰って来れるだろうし、早朝と言う事もあってか人はいないから人混みに呑まれて流され見知らぬ場所に辿り着いてしまう、なんて事態にはならないだろう。 と言う訳で、俺は散策をする事にした。 辺りを見渡せば、成程住宅街なのだろうと窺える。同じような形をした二階建ての家が庭付きで一定間隔で建っている。と言っても、全体で三十くらいしかないけど。結構狭い住宅街だな。 どうしてこんなに少ないのだろう? と疑問に思いながら石畳の道路の上を歩いていくとその疑問は直ぐに解消される。「うわぁ、でっかい建物が」 少し行けば視線に背の高い建物の軍団が見えてくる。と言う事は、あそこは恐らく都市で言えば中心部で、今俺がいるのは郊外? とでも言えばいいのか、そのような場所なのだろう。それにしてもギャップが……。 あと、よくよく見れば道も石畳が両サイドにあって、中央に一段低く別に道がある。色は黒っぽいからアスファルトかな? 車輪の後があるから車でも通るんじゃないかな?今の所、全く見ないけど。 と思っていれば、前方からからからと車輪の回る音とかっぽかっぽと変な音が響いてくる。目を凝らして見れば馬車がやってきた。あ、このかっぽかっぽってのは馬の蹄の音か。でもこんな硬い道だと蹄が割れてしまうだろうから蹄鉄でも嵌めているのだろうな。馬の手綱を手にしているのは恰幅のいいオーバーオールで口髭を蓄えた帽子をかぶったおっちゃんだ。何だろう、こういう人が馬車を操縦してるのは凄く似合うと思う。 馬車は人を運ぶものではなく、所謂荷物の運搬用のものであった。更に言えば硬質なものがこすれ合う音が聞こえてくるし、多分牛乳か何かでも運んでるんじゃないかな? だって朝だし。朝の牛乳配達は早朝から行うべきだろう。朝食に鮮度のいい牛乳を飲むのは格別にいいものだと思う。何て言うか、気分的に。 なんて思いながら馬車が通り過ぎる時に荷台を見れば牛乳瓶がずらりと並んでおり、馬の足元を見れば予想通りに蹄鉄が嵌められていた。馬にとって蹄鉄を嵌められるってどんな感覚なんだろう? 人間で言えば靴でも履いているのと同じ事なのかな? とか結構どうでもいい疑問を頭に浮かべていると、馬が立ち止まる。どうしたのだろう? 蹄鉄が合わずに足を痛めてしまったのだろうか?「おい、お前さん」 手綱を手にしたまま、上半身をこちらに向けておっちゃんが俺に話し掛けてきた。あれ? このおっちゃんも俺を知ってるのだろうか? それともこんな早朝に一人で歩いているのが怪しかったか? いやいや、早朝ならウォーキングやらジョギングをする人も少なからずいるから怪しくない筈だ。あ、でも今の俺の左袖は破れてて傍から見れば怪しい人か。ファッションって言っても更に訝しがられるだけか。「何ですか?」 一応相手に警戒されないように差しさわりの無い返しをしておく。すると、おっちゃんは荷台の牛乳瓶を一つ掴むと、それを俺に向けて投げてきた。投げてきた、からと言ってもオーバースローによる全力投球ではなく、下手投げでそれこそ軽くと言うのがしっくりくる力加減でそっとだ。「あっとと」 俺は反射的に手を伸ばして牛乳瓶をキャッチしようとするも、目測を誤って一回掴むのに失敗しそうになり、一度ホッピングさせてしまいながらもしっかりとキャッチして割らずに済んだ。正直、肝が冷えた。あと、手も冷える。牛乳は鮮度を保つように冷えていた。「あの」 どうして牛乳を? と疑問を口にする前に、恰幅のいいおっちゃんは口角を上げる。「お前さん、ソウマって剣士だろ?」「え?」 ソウマは確かに俺の名前だけど剣士? 俺って剣持ってないけど何でおっちゃんは俺を剣士と? 首を捻る前におっちゃんはどうやら今俺が発した声が肯定だと思ったらしく、更に笑みを深くする。「それは俺からの奢りだよ」 と言ったその後、おっちゃんは少し憐れむような表情を作った。「今年はハプニングがあって大変だったな」「は?」「でも、お前さんの実力なら次は優勝狙えるだろ。次出るとしたら頑張れよ。俺はお前さんを応援してるよ」「え?」「じゃぁな」 と、おっちゃんは馬を歩かせ、俺に手を振りながら去って行った。「………………えっと」 俺は状況について行けずに去っていく馬車と手にした牛乳を交互に見る。 取り敢えず、分かった事は、だ。 おっちゃんは俺の事を知っていた。そして俺は剣士らしい。あと、優勝と言う単語が出て来た所を鑑みるに、何かしらの大会に参加していたらしい事だ。あと、ハプニングに見舞われていたようだ。 俺って、何者なんだろう? と首を捻りながらも貰った牛乳瓶の蓋を取って、飲む事にした。冷たくて、そして甘くすっきりしていて美味しかった。

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