End Cycle Story

島地 雷夢

第50話

――助けて――
 声が聞こえる。
――助けて――
 それは記憶を手放せと言っていた声とは違う。とても苦しそうで、訊いてるこちらも胸が締め付けられそうになる。
――助けて――
 徐々に声は遠くなっていき、暗転していた景色に僅かに色が戻る。 暗転の後には、見慣れぬ空間が視界に広がっていた。 先程までは空の見える屋外にいた筈なのに、今は木張りの天井にある木目が視界に入ってくる。それと、俺の首から下に掛けて何かが上からかけられているのと、後頭部に柔らかい感触、背面もそれなりにふかふかとした感触があるのでベッドか何かに横になっているのだろう。 時間としては、部屋の暗さ、天井に取り付けられたランタンが唯一の光源となって橙色の暖かな光が辺りを照らしている所を見ると、既に日は暮れてしまっているのだろう。 何時移動したか、なんてのは俺には当然分からない。記憶を思い出そうとしていた時には白だったり赤だったりの景色――景色ではないな、兎に角それ等に染め上げられていたから移動時の事なんて覚えてる筈もない。それ以前に、俺はあの巨大な石が鎮座する庭の芝生の上で蹲ってたんだから動いた訳がない。 と、したらだ。俺がここで横になっているのは丁度傍にいたあの赤茶の髪の少女がわざわざ運んで来てくれたって事になるけど、あの少女の細腕だと俺を運ぶのに一苦労するだろう。と言うよりも、運べない気がするんだが。 さて、そうすると結局俺は誰に運ばれてここにいるのだろう? 謎だ。 そして、助けてと言っていたのは誰なんだろう?「あ、気が付いた」 渋面を作り推測を始めようとしていた所に、そのような声が右側から投げかけられた。 体ごとそちらへと視線を向けると、そこには庭で俺の傍にいた赤茶の髪の少女ではなく、左右で瞳の色の違う暗い朱色の髪をした少女が椅子に座ってほっと胸を撫で下ろしている姿があった。右の瞳は金色で左は紫。やや大きめで幼さを感じさせる目の端が吊り上っていて勝気な印象を与えてくるけど幼さの残る顔で愛らしく、姿はVネックの薄手のシャツの上にチョコレート色のカーディガンを着ていて、ぴっちりとラインが顕わになるような藍色のズボンを穿いている。 なんか、何処かで見た事あるような顔だけど…………? 何処で見たんだ?「もう大丈夫?」 何処かで見た事のある少女はやや前屈みになって顔をずずいと俺に近付けてくる。「何が?」「何がって、君は二回も気を失ったんだよ? そりゃ私も心配するってものだよ」 少女は嘆息しながらも、それでいてこちらの出方を窺っているかのように口にする。 はて、二回とな? 気を失ったのは認めるとしても、俺は二回も気を失ったのか? それは知らない。俺はあの庭で記憶を思い出そうとして気を失った。と言うのは状況から見ての推測だけどほぼ間違いない。けど、それが一回目なのか、それとも二回目なのかは判別がついていない。 と、思案していると少女が首を横に振ると、また嘆息を吐く。「どうやらこれも忘れてるみたいだから言っておくけどね、一回目は私をたす……私と出逢った直後に、二回目はスーネルちゃんが近くにいた時だよ」 少女は少し言い直していたが俺が気を失った時を教えてくれた。「スーネルちゃん?」「…………今、そこで寝てる昼間君を介抱してた子だよ」 訊いた事が無い名前――まぁ、記憶を失くしてるので仕様が無いが――を言われたので、疑問符を浮かべたら少女は僅かに目を細め、少しの間を開けながら首を後方へと向ける。 右腕をベッドにつきながら上体を起こして少女の視線の方へと目を向けると、そこには壁に背を預けて足を崩して座って眠っているあの赤茶の髪をした少女がいた。昼間? は姿を見る余裕はなかったから改めて見るとロングスカートにシャツ、その上に薄紅色の上着を着ている。寝ている顔はつい頬を突きたくなるように可愛らしい様相をしている。 そんな少女の膝に頭を預けて、横になって寝息を立てている少女もいた。こちらは赤茶の少女よりも三歳四歳は歳が下だろう外見をしていて、灰色の髪は前髪の一部分が異様に長い。灰色のズボンに黒いシャツ――なんか最強って白で書かれている――を着ていて、あどけなさの残る寝顔は保護欲をそそる。「えっと、あの赤茶の髪の子がスーネル、でいいんだよな?」「そう。で、スーネルちゃんの膝に頭を預けて寝ちゃってるのがリルちゃん」 指を指しながらの問いに朱色の髪の少女は首肯しながら、見た事の無い少女の名前も教えてくれた。 いや、見た事が無いと言ったけど、それは俺が単に忘れているだけなのかもしれない。赤茶の髪の少女――スーネルはどうやら俺の事を知っていた風だったし、もしかしたらそのリルって子も俺の事を知っているのかもしれない。「因みに、気を失った君を二回とも運んだのは私だから。背負ってね」「一人で?」 前へと向き直りながら、少女は俺がここにいる謎の解答を発した。しかも一人で運んだと。俺よりも華奢に見える少女が、だ。信じられない。「うん、君結構軽いんだもん。私一人で余裕だった」 けれども、少女はからからと笑っている。見た目以上の力持ちなのだろうか? それでも異性に、それも背負われて運ばれるのはこう、如何ともしがたい背徳感のような? それとも情けないと思うような感情が湧き上がってくる。「それは、どうもありがとう」 そんな事は今は置いておくとして、まずは礼を言わないといけないので頭を下げて言葉にする。「ううん、気にしなくていいから」 少女は首を横に振り、柔らかい笑みを浮かべる。「で、俺が一回目に気を失った? 時は君と出逢ってたのか?」「君じゃなくて、ファイネ。ファイネ=ギガンスって名前だよソウマ=カチカ君」 少女――ファイネはやや含みのある言い方をしながらも名前の紹介をしてくれた。そして俺の名前、ソウマの部分はスーネルって子から訊かされたけどカチカと言う部分は今初めて聞いた。ソウマ=カチカ、ね。それが俺の本名らしい。 けど、どうしてだろう? それが俺の本名らしいのに、どうもしっくりと来ない。フルネームだと名前部分だけよりもしっくりと来そうな筈だけど、そんな感覚は無く、どちらかと言えばもっと別の名前があるのではないか? と言う意味の分からない疑問が浮かんで来てしまう。 しかし、それは所詮記憶の無い俺の思い過ごしだろう。俺の本名はソウマ=カチカ。それで間違いのない筈だ。まずはそれを受け入れよう。「そうか。で、俺はファイネ……ちゃんに出逢った」「ちゃん付けはしなくていいから。なんかこそばゆくなる」 一応初対面? になるのでちゃん付けで呼んだけど、ファイネはそれがお気に召さないようで、僅かに渋面を作る。「……ファイネに出逢った直後に気を失ったって言ってたけど」「うん。そうだよ」「全く覚えてないんだけど」 今の俺が持っている記憶はあの朧げな記憶を追体験したのと、その直後の黒い空間。スーネルって子が近くにいた何処かの庭。そして今だ。今以外ではファイネと言う少女は全く出て来ていないので疑問が生じているので素直に本人に訊いてみた。「それは多分、記憶を失くして直ぐだったからじゃないかな。あの時の君の眼はちょっと虚ろだったし」「記憶を失くして、直ぐ?」 この口振りからしてどうやら、ファイネは俺が記憶を失う経緯を知っているらしい。なら、それを話して欲しい。俺はそう言葉にしようと口を開きかけた所で、居住まいを正し、真剣な面持ちになったファイネが先に口を開く。「今から三日前。ソウマ、君は記憶を失くした。ううん、正確には奪われたんだよ」「…………奪われた?」「そう。ノディマッドって言う変なのによってね」「ノディマッド?」 変なの、とは。変人と言う事なのだろうか? いや、そもそも人が他人の記憶を奪えるものなのだろうか? 普通に考えると非科学的だと思う。何かしらの電子的な装置でも使用しない限りはそうでもないけど、そう言うのも無しでは不可能だろう。それが常識というものだ。「で、そのノディマッドってのはどんな奴なんだ?」「意識があって喋るボウガンみたいなの……って言って信じて貰える?」「……からかって、ないよな」 あまりにも不可解な発言をしたので、少々場を和ますような洒落でも呟いたのかと思ってやや半目でファイネを見るが、ファイネは真剣な表情を崩さすにいたので、どうやら洒落でも冗談でもないようだ。眼も逸らさずにいるし、嘘を吐いたのならば瞳が揺らいでもいい筈だが揺らがずに真っ直ぐのままだ。「今はこの場にないけど、明日になったらそれが真実だって分かるから、取り敢えずは信じて欲しいな」「信じるよ。冗談言ってるようには見えないから」「ありがとう」 僅かに微笑むと、ファイネは俺の頭の上に手を乗せてくる。「まず、これだけは言っておくね。君は無理に記憶を思い出そうとしないで」「どうしてだ?」「それは忘れたんじゃなくて奪われたから。君が気を失う時は頭を押さえて蹲っていたけど、それって無理矢理に記憶を思い出そうとしてたからでしょ?」「そう、だけど」 ファイネは見透かすようにそのような発言をする。けれども、一回目に気を失った時は実際に思い出そうとしていたのか定かではない。まぁ、ファイネがこう言っているから思い出そうとしてあの痛みに襲われたんだろう。 ファイネは、瞳を潤ませたかと思うと、目を閉じ、軽く息を整えて続きを口にする。「忘れただけなら、ううん、忘れただけでもそうやって思い出せるのは稀だと思う。けどね、君は忘れてるんじゃなくて奪われてるんだよ。それは記憶の奥底の引き出しに仕舞われてるんじゃなくて、その引き出しから根こそぎ取り除かれてるような状態」「つまり」「ソウマは、ほとんど何もない引き出しを何度も開けたり、そこから何度も取り出そうと引っ搔いたりしてるだけ」 それは、思い出そうとする行動は全て空回りをするだけ、と同義ではないか。あの痛みの先に記憶があると信じていたけど、それは早くも瓦解されてしまった。俺は最初から俺の中から奪われて失ってしまったものを取り出そうとしていただけ? 知らなかったとは言え、俺がやって来た事は無意味だったのか? …………違う、無意味なんかじゃない。 思い出そう思い出そうとしていたから、あの赤い髪の女性の姿が脳裏に浮かんで来たんだ。思い出す努力をしなければ、女性の姿を――後ろ姿だけだとしても思い出す事は無かったんだ。だから、痛みに苛まれながらも努力していた事は無意味じゃないっ。「うん、君のしてた事が無意味じゃないってのは分かる。ほとんどないけど、そこに僅かにあるものを取る事は出来るから、意味はあると思う」 けど、とファイネは俺の頬に手を添え、安心させるように笑みを浮かべながら告げてくる。「そんな苦労しなくても、奪ったものを返して貰えば、ソウマは痛む事無く記憶が元に戻るよ」「え?」「だからね、ノディマッドから君の記憶を奪い返せばいいんだよ。そうすれば、問題ないから」「そんな事、出来るのか?」 そんなにも簡単な方法で――と言っていいのか分からないけど――俺の記憶が戻るとは夢にも思わず、目をぱちくりさせた後にそう問い掛ける。「出来るらしいよ。あいつ自身がそう言ってたから」「けど、何の意図があって俺から記憶を奪ったのか分からないけど、どうしてそんな事を普通に話すんだ?」「言っておかないと、自分が殺されるからじゃない?」「殺され?」「あいつは殺されても、と言うよりも壊されてもいいんだけどね、君の記憶を奪ったままだと、その記憶も消えちゃうらしいの。だから言ったんでしょ」 成程、言い得て妙だが、そのノディマッドなるボウガン? は自分が殺されそうな立ち位置にいるらしい。「まぁ、そう言う訳だから、今後は無理に思い出そうとしなくていいよ。今は兎に角体を休める事を優先してね」 ファイネは俺の肩を優しく掴むと、ベッドへと戻し、肩にかかるまで布団を掛けてくる。「取り敢えず、もう灯りは消すからね。じゃあまた明日」 椅子から立ち上がったファイネはランタンの光を消すと、寝ているスーネルとリルを小脇に抱えて部屋から出て行った。……本当に一人で俺を運んだんだな、と分かる程の腕力だ。 明かりが消えてもそう分かったのは月明かりが部屋に差し込んでいたからだ。左側に窓があって、そこから月明かりと少々の星明りが差し込んでいる事に気付かされる。 俺はファイネに言われた通りに、体だを休める為に目を閉じて寝る事にした。記憶を思い出す為にかなりの体力を使ったようで、倦怠感がある。 一人になると、あの助けてと言う声は誰の声だったのだろうとまた疑問に思う。けど、それは今考えるよりも明日、眼を覚ましてからの方がいいだろうと結論付け、冷たいながらも心を落ち着かせる光をその身に受けながら意識を夢へと旅立たせる。

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