End Cycle Story

島地 雷夢

第46話

 薙ぎ手。 それはリャストルクに認められた者の事であり、本来ならば両手でも支える事の難しい重量を備え持つ偽石英剣を片手で易々と振り抜く事が出来るようになる。それが本来の薙ぎ手となった者の特権ではないのかもしれないけど、少なくとも一時の薙ぎ手ではリャストルクを普通に扱う分には問題ない。 一時の薙ぎ手として認められているのは俺とスーネル。ただし、スーネルに至ってはどう言った経緯でなったのか把握しきれてないけど、多分レガンロイドと出会った時にでもしたのだろう。 まず、一時の薙ぎ手は本来の薙ぎ手が近くにいない故の一時凌ぎであり、移動手段兼探索要員としての意味合いが強い。俺はそれを了承し、と言うか了承するしかない状態であったので一時の薙ぎ手となった。 本来の薙ぎ手を捜すのが俺との約束であったのに、正式な薙ぎ手って。『うむ、そのままの意味じゃよ。お主を一時ではなく、今後とも妾の薙ぎ手として認めると言う事じゃ』 互いに思考を流しているので、リャストルクは頷くように肯定をする。 ちょっと待った。リャストルクの薙ぎ手はいるんだろ? その本人の許可も無く俺が薙ぎ手になっていい訳ないだろ。それに、お前は本来の薙ぎ手を捜す為に俺達と一緒にいるんだろ? つまり、俺を正式な薙ぎ手にしちゃ、その人を裏切るようなものなんじゃないのか?『……その心配はなかろうて』 リャストルクは弱々しく俺の発言を否定する。 何でだ? 何で心配ないんだよ?『もう……妾の本来の薙ぎ手は、いなくなってしまっとるじゃろうからな』 いなく、なってしまった?『うむ』 それってどういう事だよ? 何処にいるのか分からないから、俺に捜してくれって頼んだんじゃないのかよ? なのに、どうしていなくなったって分かるんだ?『現在も妾には薙ぎ手の居場所なぞ分からぬ。じゃが……今の妾と同様にノディマッドが目の前にいる事が如実に薙ぎ手が消された事を意味しとる可能性が高い』 あ……そうか。 リャストルクは、本来の薙ぎ手に力を封じられて俺がいたレガンの異空間へと落とされた。ノディマッドはリャストルクの薙ぎ手の事を知っている。そして、リャストルクの口振りからして、異空間へと落とされる直前にリャストルクと薙ぎ手はノディマッドと相対していたんだ。『そうじゃ。妾が薙ぎ手から力を封じられ、異空間へと落とされる直前にこのノディマッドと遭遇しておった。いや、戦闘をしていたのじゃ。あ奴が優勢で、妾と薙ぎ手は劣勢を強いられた。それ程までに力の差が歴然としておった』 リャストルクの口から俺と出逢う前の一篇が語られる。『出会うたのは本当に偶然でな、それも予想だにせぬ不意を突かれる形じゃった。あ奴の「ルームクリエイト」で作られた閉鎖空間は妾の力を激減――今の妾と同程度にさせ、ノディマッドは本来の力を十全以上に発揮しうる環境が整えられておった。一方的と言う言葉が相応しかったの。妾と薙ぎ手は攻撃に転ずる事も出来ずに防御にだけ専念するしかなかった』 なのに、とリャストルクは腑に落ちないと言った風に言葉を続ける。『本来の力を発揮しておったノディマッドは薙ぎ手一人では決して勝てぬ相手であったのに、どうして妾を……それも、力を封じて……』 段々と言葉尻が小さくなっていく。 ここまで弱々しくなっているリャストルクは初めてだ。俺が知っているリャストルクは毅然としていて、的確なアドバイスをしてくれる頼りがいのある、そしてつい最近ではあるけど冗談を言うようになった仲間。俺と持ちつ持たれずの関係だが決して弱音は吐かずに前向きな姿勢を取っていた。 そんなリャストルクがこんな風になるとは、リャストルクは本来の薙ぎ手の事を今の俺達以上に信頼していたのだろう。俺ですらまだ二ヶ月程度の間柄でしかない。本来の薙ぎ手とはそれ以上の期間、もしくは短くとも濃密な時間を共に過ごしていた筈だ。それも、互いの事に遠慮なんかなく、言いたい事を渋る事も無く言い合えるような、そんな間柄だったのだろう。 なのに、信頼していた相手に何も告げられずに力を封じられ、異空間へと落とされたのだ。それを気にしない筈はなかったのだ。いや、今までは気にしないようにとしていたのかもしれない。今までなら捜し出して問い質すと言う選択肢があったのに加え、俺達と出逢った事で少々気を紛らわせる事も、そして自分の事は棚に上げて俺の事を心配してくれたりしたんだ。 特に気にしていなかったけど、リャストルクだって辛かったんだ。なのに、俺はそれに気付く事が出来なかった。あくまで本来の薙ぎ手を捜す間の仲間とだけしか見ていなかった。リャストルクが話してくれるまで待つと言う受け身の姿勢だけを貫いてしまっていた。本当に辛い事は、誰にも打ち明けられないと言うのは身を持って知っているのに。 いや、リャストルクは疑問を最初から口にしていた。なのに俺はそれを深く突っ込まなかっただけだ。もし、あの時――リャストルクに一時の薙ぎ手として認められた時に尋ねていれば、今の彼女の不安を少しでも和らげる事が出来ただろうか? 今となっては分からないけど、俺は直ぐにでもリャストルクに言わなきゃいけない事がある。「リャストルク」 思考を通じてではなく、俺は口を開いてはっきりと偽石英剣に語り掛ける。「お前の薙ぎ手は……お前の為を想って異空間に落としたんだよ」『……どういう意味じゃ?』「だって、ノディマッドに力抑えられて劣勢だったんだろ? つまり、そのまま戦っていれば二人纏めてやられていたって事だ。薙ぎ手は、お前だけでも逃がそうと思ったんだよ」 最初は反応しなかったけど、俺の言葉が浸透していったのかリャストルクはヒステリックな声で噛み付いてくる。『……もしそうじゃとしたら、何故妾の力を封じるのじゃ⁉ 逃がすだけなら異空間に落とすだけでよいじゃろう! なのに、なのに……っ!』「これは、俺の仮説でしかないから訊くけど、リャストルクって本来の力があればノディマッドの存在に気付く? と言うか同族を感知出来る?」『出来る。遠ければ微かにじゃが感じる事は出来る。流石に力が弱まっておればその限りでは……』 そこで、リャストルクは気付いたようだった。リャストルクに言える事はノディマッドにも言える事だって。「だったら、俺の仮説は真実味を帯びるよ。力を封じたのは、ノディマッドに追跡させない為だったんじゃないか? その閉鎖空間から出れば力は戻るけど追跡される危険はある。だから追跡されないように力を封じた上で異空間に落としたんだよ」『…………そんな』 全部俺の考えにすぎないけど、間違っているとは思えない。リャストルクの態度から薙ぎ手との関係はかなり良好であった事が窺えるし、それになにより。「お前を逃がしたのだって、その薙ぎ手はリャストルクを優先するくらい、大切だったって事だろ」 その薙ぎ手が一体どういう人なのかを俺は知らない。けど、自分よりもリャストルクを優先するんだから、仲間想いである事くらいは分かる。 大切な相棒を逃がす為に、守る為に、自分の命を賭してでも成し遂げたんだ。『……………………大馬鹿者が』 リャストルクはぽつりと口にする。『妾を逃がす程の余力があれば、自分だけ逃げられたではないか。なのに、妾なんかを優先しおったからに…………』 薙ぎ手に対して毒吐いているが、それは呆れているのだろうけども、決して貶してなぞおらず、諦めと納得が垣間見えている。リャストルクだからこそ分かる、薙ぎ手の性格がそうしたのだと、漸く彼女は理解したんだ。『一時の薙ぎ手、ソウマ=カチカ。いや、異世界人、加藤正樹』 リャストルクは俺の本当の名前で呼んでくる。以前にソウマ=カチカの方で呼んで欲しいと頼んだが、これはリャストルクのある種の固い決意を感じさせたのでそのままにした。「何?」『改めて頼む。妾の正式な薙ぎ手となってくれぬか? ノディマッドを倒す為に。薙ぎ手の敵を取る為に』 改めて頼んでくるリャストルクに、俺は口の端を上げながら頷く。「当たり前だろ。俺だってあいつにはむかっ腹きてるんだ。こっちこそ、よろしく頼むよ」 俺はファイネを解放する為に、リャストルクは薙ぎ手の敵を取る為に、偽金剛銃ノディマッドを破壊する為に契約をする。 と、ここまで冗長なやり取りをしているにも関わらずに攻撃されないのは、始めてリャストルクに出逢った時を思い起こさせる。以前はどうしてかレガンドールが攻撃しなかっただけだが、ノディマッドは一刻も早く俺を殺したい筈だ。だから、これは可笑しい。 そう思って上を見ると。「うわ……」 見なきゃよかったと後悔した。先程は光を十センチ程度の球状に収束していたのが、リャストルクとのやり取りで既に一メートルを越え、まだ肥大化していっている。もう俺を確実に仕留めようと思い、力を溜めているんだろう。これじゃ弾速に反応出来たとしても逃げ場が無くて御陀仏になる。『よし、これで同意は得た。では次に契約に移るとする』 だが、リャストルクは光球の輝きをその身に受けても、慌てる事も無く、冷静に事を進めていく。『加藤正樹よ。妾をお主の胸に突き刺すがよい。それで契約は終える』「ハードル高くないかそれ⁉」 契約の内容はハードな物だと思っていたが、かなり簡単なものであった。が、流石にリャストルクを胸に突き刺したらそれの生命力は底を尽くよ!『妾を信じよ』 信じよ……ね。 確かに、信じなきゃな。ここでリャストルクを信じなければ待っているのは確実な死だ。だったら、例え生命力が0になる危険があろうとも、リャストルクの言う通りに胸に突き刺すさ。 俺がリャストルクを順手から逆手に持ち替えると同時に、光の収束ははたと止んだ。「終わりだ」「バーストショット」 ノディマッドに操られたファイネが特殊技の名前を口にするのと同時に、俺はリャストルクの切っ先を胸へと向けて一気に突き刺す。リャストルクは俺の衣服、肌、骨を易々と貫いていく。 すると、自分の中に何かが流れ込んで来た。リャストルクと接触している箇所から血流に乗って全身へと広がり、体が熱くなっていく。 と、ノディマッドの銃口から光弾が発射され、先程の一発よりも更に数多くの銃弾に拡散された光が降り注いでくる。 しかし、一向に俺に当たる気配は見えない。いや、正確には俺へと向かってくる光弾を含め、全てがスローモーションになっている。ただ、俺の思考回路と感覚だけが通常運転となっている。もしくは逆で、俺の思考回路と感覚だけが何倍も速く回転し、周りで起きている事象の認識を送らせているだけなのかもしれない。 そして、自分以外が非常にゆっくりと動く中、俺はリャストルクの柄を手放す。すると、リャストルクもどうやら俺と同じようにゆっくりとした時間の中でも普通に動き、粒子となって俺の中へと取り込まれていった。 リャストルクは体内を移動し、ノディマッドによって損傷させられた左腕へと到達すると膜が張られている傷口から顔を覗かせ、粒子が一気に出てくると同時に腕が生えた。 いや、正確には腕が作られたんだ。腕の感覚は確かにあるけど、これは俺の肉体の一部ではない事は分かる。これはリャストルクの一部が変化して出来た腕だ。その証拠に、作られた腕は人肌の色をしておらずに、リャストルクの刀身と同じように透明感のある白色をしている。 そしてその作られた腕の先には、リャストルクが握られていた。形状が少し変化しており、今までは打製石器のようにごつごつとした刀身であったのに、今では滑らかとなり、正真正銘剣と呼べるフォルムとなっている。
『偽石英剣リャストルクはソウマ=カチカとの契約により、ソウマ=カチカのレベルに応じて封じられた力の一部を取り戻した。 偽石英剣リャストルクは『エンプサ・ブラッド』の力により、封じられた力の一部を取り戻した。 一定数の力を取り戻した事により、偽石英剣リャストルクは石英剣リャストルクへと変化した。                                    』
 どうやら俺との契約で俺のレベル、そして俺の力である『エンプサ・ブラッド』の御蔭で封じられていた力がある程度戻ったようで、その影響が形状に現れているんだろう。ウィンドウによってそれを知った俺は更に驚く事となる。
『生命力:2400/2400 精神力:240/240  』
 生命力と精神力が全快しただけではなく、最大値が大幅に上昇していた。大体二・五倍になってるよ。体に開いた孔は綺麗に塞がっていて、妙に身体が軽くなっている。リャストルクの能力値上昇補正が凄いな……。 そして、尽きていた血継力さえも完全に回復していた。これでもう一度『エンプサ・ブラッド』を解放出来る。『ふむ、まさかここまで力が戻るとは思わなんだ。じゃが、それは嬉しい誤算じゃ。これなら予想よりも早くに片がつくじゃろうて』 どうやらリャストルクとしては石英剣になるとは思ってもみなかったらしい。「さて、加藤正樹よ。反撃と行こうぞ」「おうよ。ライトスフィア!」 リャストルクの掛け声と共に、俺は光の障壁を展開する。それと同時に時は元の流れに戻り、『バーストショット』の光弾が雨のように降り注いでくる。
『精神力:200/240』
 俺の『ライトスフィア』は形が崩れる事も無く、全ての光弾を防ぎ切る。さっきまでは一発の弾丸でごっそりと削られて歪な形になったと言うのに、石英剣リャストルクによって魔法攻撃力も劇的に上がった効果は凄まじいな。「ふははっ、これで異端者はこの世界から消え去……何っ⁉」 ノディマッドは俺を殺したと思っていたようだが、光弾の雨が晴れて状況を確認出来るようになると、驚愕の声を上げた。そりゃそうだ。同じ立場だったら俺だって驚くよ。 さて、次はっと。「ブラッド・オープン!」 俺は『ブラッド・オープン』を解放し、『エンプサ・ブラッド』になって背中に翼を生やし、地面を蹴って空へと躍り出る。その間にノディマッドが操るファイネは引き金を引いて光弾を当ててくるけど、生憎とまだ『ライトスフィア』の継続時間が切れていないからこちらにダメージは全くない。「さぁ、今度こそ、ファイネを解放させて貰うからな!」 翼を羽ばたかせている俺はファイネと同じ高度で静止し、彼女の持っている偽金剛銃に石英剣の切っ先を向ける。

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