End Cycle Story

島地 雷夢

第43話

 俺の左前腕が宙を舞う。傷口から血を滴らせて、肉片を撒き散らせて、骨の欠片を振り撒いて。欠人形の籠手をしている部分が下になるように地面へと落ち、それはピクリとも動かなくなった。「ファイアショット」 そして、俺の左前腕部は右手を突き出したファイネの唱えた『ファイアショット』が直撃し、焼かれて焦げていく。 それを視認した俺は、左前腕が繋がっていた箇所へと眼をやる。左上腕部はある。けれども、消失してしまった肘からは血が地面へと滴り落ちており、変に砕けた骨の先とだらりと下がった数本の筋が視界に入る。 すると、今まで感じていなかった痛みが傷口から神経を伝い、脊髄を通って脳へと伝達された。「ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」 胸に孔を開けられた時は激痛で声を上げられなかったけど、今回は別だ。発声する為の空気を送り出す肺は破れていないから、思う存分痛みで声を荒げる事が出来る。いや、出来てしまう。痛みを紛らわすように、痛覚を麻痺させるように声を上げる。 ――叫んで痛みを和らげるよりも、まずは出血をどうにかしないと。『ヒール』を唱えて傷口を癒しておかないと。もし左前腕部が燃やされなければそれを左腕に当てて癒着する事も出来たかもしれないけど、既に左腕は真っ黒焦げとなり細胞は死んでしまっているので無理だ。「ヒールッ!」 苦痛に顔を歪めながらも俺は左腕の傷口に右手を当てて回復魔法を掛ける。すると淡い光が傷口を包み、完全ではないが傷口に膜が張り、出血が抑えられる。
『生命力:389/900 精神力:10/90  』
 痛みも和らいだので、意識がそちらに向かなくなると俺は即座に立ち上がってバックステップを踏んでファイネから――いや、偽金剛銃ノディマッドから距離を取る。距離を取ってしまえば銃撃を受けてしまうのだろうけど、至近距離では頭に銃口を押し当てられて脳を撃ち抜かれる危険もあったので一時的に退避した。 が、バックステップの着地時に均衡を失い、右に倒れそうになる。先程までは俯せになっていたから分からなかったけど、左側が軽くなり、更に可動部位も失った事で均衡を保つ機能が変化してしまったようだ。俺は倒れまいと背中の翼を羽ばたかせて宙へと体を浮かせる。左腕が欠損すると、ここまでバランス感覚が異なってしまうのか。 俺は視界の右上に表示されている『血継力』の残量を確認すると、半分近くまで減っていた。『ブラッド・オープン』を維持出来る時間は今の俺では二十五秒なので、残り十二、三秒しかない。「血の解放が終わるまで空に逃げているつもりか? 左腕を失ったくらいで情けない」 地上にいて無感情で生気のない双眸で俺を睥睨しているファイネの手に収められた偽金剛銃がつまらないとでも言うように呆れた口調で俺を挑発してくる。「技が使えなくなるとそこまで弱腰になるとはな」「うるさい、ノディマッド」 挑発に乗って攻撃を仕掛けない代わりに、吐き捨てる。「ほぅ、我の名前を知っているか。いや、触れた時に現れた文字を見て知った、とでも言えばいいのか?」 ノディマッドの言葉に、俺は驚きを隠せないでいる。こいつは、俺が触れた時にウィンドウが表示された事も分かっているようだ。「その驚きを隠せない顔から、どうやら当たりのようだな」 驚愕を顕わにしていたであろう俺の表情を見てノディマッドは鼻を鳴らすように得意気な声になる。「流石は、この世の存在ではない異端者だ。夢魔の奴め、こんな奴を用意するとは」 夢魔――それは俺が『エンプサ・ブラッド』の力を授けた女性の事だろう。いや、それよりもノディマッドは俺の事を『この世界の存在ではない異端者』と言ってのけたぞ。それはつまり、偽金剛銃は俺が異世界から来た事をも知っていると言う事だ。そして、この世界へと俺を連れて来たのが夢魔であると言う俺が知らなかった事さえも知っている。……この銃、一体何者なんだ?「急に喋り出すんだな。さっきまでは無口だったのに」 今の所は何故か攻撃を仕掛けてこようとしていないので、少しでも情報を得ようと俺は口を挟んでみる。「先程許可が下りたからな。許可なしでお前に話し掛けるなときつく言われていた」「許可? 誰からのだ?」「答えるとでも思うか?」 鼻で笑うように言ってくるノディマッドからは、答える気はさらさらない事が伝わってくる。「答えないだろうな」「当たり前だ。あの裏切り者でさえ、あ奴に伝えなかったのだ」「裏切り者……」「お前なら分かるだろう。リャストルクの事だ」 やっぱり、リャストルクはノディマッドと同系統の武器――いや、同族だったようだ。そして、ノディマッドが言った『あ奴』は、リャストルクの本来の薙ぎ手の事を指しているだろう。リャストルクはリャストルク自身が認めた者以外には満足に振れない程の重量になる。そんなリャストルクを以前に持っていたのは、俺が一時の薙ぎ手となる前に認めていた薙ぎ手しかいない。「愚かな奴よ。我々から離反し、人間に手を貸すなどと言う滑稽な真似をするとは」「どうして滑稽なんだよ?」「決まっている。リャストルクが手を貸した所で、今いる人間は何も変えられず、終焉を迎えて始原へと還る際に全て変わる運命にあるのだからな」「終焉を迎えて始原に還る? 変わる?」 ノディマッドの口振りからして、この偽金剛銃は世界の真実を知っている。そして、恐らくだけど、リャストルクも知っている。終焉から始原に還るって何だ? 変わるって何がだ? 分からないけど、それ等を指していただろうあの女性――夢魔の言葉が脳裏に甦る。
――貴方が、この止まる事無く回り続ける無慈悲な世界を終焉エンド・サイクル・ストーリーへと導いてくれると信じて――
 エンド・サイクル・ストーリー。それは俺が遊ぼうとしていたゲームの名前。あ、そうか。終焉から始原に還るのはサイクル――循環だ。ずっと回り廻って終わりが見えない永遠。それを終わりへと導く事を、夢魔は望んでいる。何がどうなって終焉を迎えて始原へと戻るのかが分からないけど、この世界は何かに囚われてしまっている。その何かに関わっているのがレガンとノーデムだろう。レガンとノーデム、それに人間。この三種族がいる世界では一体何が起こっているのだろう? その答えを得られると期待してしまっていたが、ノディマッドは冷たく吐き捨てる。「お前が知る必要はない。何故ならお前は終焉から始原へと還る前に滅びるのだからな。我は邪魔となるであろう存在のお前を滅する為にわざわざ来たのだ」 そう言うと同時に、ノディマッドは自身の銃口を俺へと向ける。俺は翼を羽ばたかせて急いで横へと移動する。コンマ一秒の差で俺が先程までいた場所に弾丸が放たれる。「この世界の理から外れている異端者よ」 ノディマッドは飛翔して移動している俺に銃口を向けながら宣告する。「我が銃弾に撃ち抜かれ、へと帰せよ」「嫌だね!」 俺はそう返すが、今の状態では逃げる以外に生き延びる方法はない。『ナイトメア』既に三回発動しているのでもう使えない。いや、それ以前に左腕を失ってしまっているので発動自体が出来ない。なので俺は延命の為に約二秒間感覚でジグザグに飛んで銃弾に当たらないように動こうとするが、『血継力』が底を尽いて翼が消え失せて飛べなくなる。「くっ!」 『ブラッド・オープン』が解除される事を見越して飛翔していた高さを三メートル程にしていたので落下によるダメージも無く、右手も添えて地面に着地する。そして直ぐ様立ち上がり、左側の重量の変化によりよろめくがそれを堪えて走り出す。「ウィンドヴェール!」 走りながら風の鎧を纏い、敏捷力を上げて銃弾から逃げる確率を上げて置く。
『精神力:5/90』
 これ以上は魔法は使えない。使った瞬間に虚脱の状態異常に陥って身動き一つ取れなくなってしまう。そうなると俺に待っているのは確実に死だけだ。一応、この精神力で浸かるのは『刃波』二発だが、それは剣が無ければ使えず、更に飛ぶ斬撃だけど攻撃力的に通常攻撃よりも低いので放ったとしても銃弾の軌道を逸らす事は出来ないだろう。『サンダーフォール』の時と同じように、斬撃に穴が開いて突き進んでくる様が眼に浮かぶ。 しかし、左腕が無くなると上手く走れない。重量が偏っていると言うのも勿論あるけど、腕の振りが違ってくるから大振りになる右の方へと体が傾いてしまう。これからは隻腕状態で生きていく事になるから、早い段階でこの状態に慣れておかないといけない。「何時までも逃げられると思うな」 ただ、それもこの状況から生き残れたらだけど。左右に曲がりながら円を描くように逃げ、ノディマッドから放たれる銃弾を回避する。少しでも避けるタイミングを間違えれば、俺は撃ち抜かれる。そんな緊張感漂う中でファイネが口を開く。「ファイアショット」 感情も抑揚も籠ってない声音で唱え、右手を俺の進行方向の先へと向けて炎弾を放つ。速度は淡い青の弾丸に比べれば目で追えるレベルだけど、それでも進行方向へと放たれれば進路を変えて避けざるを得ない。 そして、それがノディマッドの狙いだろう。所謂搖動。避けた先に銃口を向けて引き金を引けば、俺に当てられるだろう。 そう思ったからこそ、俺は進行方向は変えずにそのまま走る。炎弾はそのまま行けば俺の右腕に被弾するだろう。だから俺は前方へと跳ぶ。文字通り両足をばねにして地面から足を離し、炎弾の下をすれすれで通過する。そして、無事な右手を石畳に添え、肘を曲げて勢いをつけて伸ばしてそのまま前回りをして両足で着地し、走りを再開させる。物理攻撃力が上がったから、体重五十三キロでも片手で前回りくらいは出来るようになっている。昔の俺なら両手で逆立ち二秒が限界だったから、かなりの進歩だろう。 と、そんな曲芸師や体操選手みたいな事をした俺だが、急に足を止める事になる。 別に『ファイアショット』を避けきれずに背中に火傷を負ったとか、着地に失敗して足を捻ったとか、先読みされて銃弾を放たれたとかではない。
 ビキッ!
 俺から見て二メートル前方の空間に亀裂が入ったからだ。このまま走っていれば亀裂に突っ込み、レガンとノーデムの異空間へと移動する事になっただろうが、この場合はその方が生存確率が上がったかもしれない。ただ、もしそうなっても今の俺ではレガンドールやレガンパペットくらいは苦も無く倒せるだろうけど、ドギーノーデムやキャシーノーデム等の速い相手では立ち回りで危うくなるだろう。しかし、それでも偽金剛銃に比べれば格段に命の保証はされる。 けれども、俺は亀裂には突っ込まなかった。まず、ここは王都マカラーヌであり、魔封晶によりレガンとノーデムの亀裂は発生しない場所なので、この亀裂が異空間に繋がっているとは思えなかったからだ。そしてもう一つ。この亀裂はかなり小さい。レガンとノーデムの亀裂はおおよそ直径一メートルはあるのだが、これは三十センチにも満たない。故に人間の体はどうやったって入らないので突っ込まなかった。 だったら、この亀裂は何だ?「――ちっ」 そう疑問に思っていると、ノディマッドが舌打ちをした。ファイネの方を見ると銃口が俺ではなく、亀裂へと向けられている。ファイネはトリガーを引き、銃弾を亀裂に向けて放つ。 それと同時に。
「ソウマさんっ!」「ソウにぃっ!」
 亀裂からスーネルとリルの声が聞こえてきた。 亀裂に打ち込まれた銃弾はその中へと吸い込まれていく。すると、どう言った原理が起きているのか分からないけど、亀裂は徐々に小さくなっていく。 もう直ぐ無くなるだろうと言う亀裂から、何かが飛び出してくる。
 ドシュッ。
 飛び出してきた何かは、石畳を綺麗に貫き、俺の足元に突き刺さる。 飛び出してきたのは――。「ソウマよ、無事か?」 偽石英剣リャストルクだった。 俺は直ぐ様柄を握り、ノディマッドへと切っ先を向ける。「一応無事だよ。左腕半分、無くなったけど」「そうか、命があって何よりだのう」 この場面でこれ以上ないくらいに心強い助っ人、チート武器ことリャストルクは安心したかのように息を吐くように喋る。「リャストルク……っ」 ファイネに握られたノディマッドが忌々しげな口調でリャストルクの名を呼ぶ。「どうやって亀裂を出現させた? 今のお前にはそんな力はない筈」「そうじゃな、妾一人では無理じゃ。けれども、妾と妖精娘とならば、亀裂を作る事が出来る。ちと、時間は掛かったがのう」 リャストルクは鼻で笑うようにノディマッドに告げる。そうか、あの亀裂はスーネルが作ったのか。恐らく『ルームブレイク』をリャストルクを持った状態で使ったのだろう。『ルームブレイク』は本来閉じてしまった亀裂を抉じ開ける魔法だから、もしかして、スーネルと、そしてリルは亀裂の中の異空間にいる?「そうじゃよ。今朝方にな、竜娘を操っておったこ奴――ノディマッドの唱えた魔法『ルームクリエイト』によって作られた亀裂に吸い込まれ、異空間に閉じ込められておるよ」 俺の思考を読み取ったリャストルクは説明してくれる。そうか、ファイネは今朝からノディマッドに操られているのか。そして、スーネルとリルはノディマッドによって異空間に閉じ込められている。今、スーネルはリャストルクを持っていないから『ルームブレイク』をしたとしても、亀裂を出現させる事は厳しいのだろう。先程のリャストルクの言葉から、リャストルクとスーネルの二人(一人と一振り)掛かりであの三十センチの亀裂を出現させたのだ。スーネル一人では荷が重い。そうなると、一刻も早くスーネルとリルを異空間から助け出さないと。「妖精娘と狼娘の心配よりも、今は自分の身を案じよ。置き土産を残してきたから、あ奴等なら何もせずともあと半日で無事に出て来れる」 スーネルとリルの心配をしていると、リャストルクが安心させるように言ってくる。そうと言われても、半日も閉じ込められるのか。それでも一生閉じ込められるよりはマシか。「それにしても、どうしてスーネルとリル、それにリャストルクを閉じ込めたんだ?」「それはお主を殺そうとする際の障害を取っ払っておきたかったのじゃろうて」「だったら、閉じ込めるよりも」 殺した方が、と口で言いそうになってぞっとした俺にリャストルクは無理じゃったの、と言ってくれた。「それはノディマッドが操っておる竜娘の意識がまだあっての、銃口は向けても引き金は引かれなかったのじゃ。じゃからノディマッドは自らが使える唯一の魔法で閉じ込める事にしたんじゃ」「そうか」 ファイネは、引き金を引かないでくれたのか。例え操られても、抗ったのか。でも、今の彼女はどうやら抵抗する意思さえも剥奪されて完全なる操り人形となってしまっている。 そんなファイネの為にも、そして閉じ込められているスーネルとリルの為にも。「リャストルク」「何じゃ?」「ノディマッドをファイネの手から落とさせれば、もう操る事も出来なくなって、銃弾は発射されないよな」「その通りじゃ。ノディマッドは触れておらねば人間を操る事は出来ぬし、今の妾同様、他人の手を借りねば移動も出来ぬ存在じゃ。じゃから、竜娘の手から取り上げるでも、叩き落とすでもすれば無力化出来る」「分かった。――そう言う事だ、ノディマッド」 俺はリャストルクの切っ先を向けているノディマッドに向けて言い放つ。「俺は、ファイネをお前の呪縛から解放する」 操られているファイネは今どんな気持ちなんだろうか? 嘆いているのか、憤っているのか、悔やんでいるのか。決して気分のいいものではないだろう。本当はどのような理由で俺と大会で戦いたかったのか分からないけど、そんなファイネを利用して俺を殺そうとしたノディマッドを許せない。「先程から逃げてばかりいたのに、急に強気になるか。リャストルクを持っただけで、そこまで威勢を張れるか」 鼻で笑うように挑発してくるノディマッドに、俺は意にも介さず冷静に返す。「張れるさ。リャストルクがいれば、もう銃弾も避けずに切り落とせるさ」「はっ、戯言を。ならば、我を娘から離してみせよ。――竜の血を解放した、この娘からな!」 ノディマッドの言葉を合図に、ファイネの姿が変化する。彼女の両前腕部が盛り上がり硬質な鱗が覆う。爪も伸びて鋭利さが増し、さながらガントレットを装着しているかのようになる。スカートの中から鰐のような尻尾は伸び、それが石畳へと叩き付けられ石片を撒き散らす。背中に俺と同じように蝙蝠のような翼が生えるが、大きさは俺の二倍程もある。そして、彼女の両側頭部からそれぞれ後ろに向けて中程から二股に分かれた歪な角が生える。 これが、『ドラゴン・ブラッド』を解放したファイネ=ギガンスの姿。俗に言う竜人とでも言うべき猛々しい姿を目の前に、俺はリャストルクの柄を握る手の力を強める。「行くよ、リャストルク」「うむ」 俺は『ドラゴン・ブラッド』を解放したファイネへと向けて、駆け出す。


「End Cycle Story」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く