End Cycle Story

島地 雷夢

第41話

 口を一文字に閉じたまま虚ろな瞳を俺に向けるファイネはトリガーを引いて薄青の弾丸を発射する。「サンダーフォール!」 銃弾が発射される寸前、ファイネがトリガーに力を加えた瞬間に俺は『サンダーフォール』を眼前に振り落とす。
『精神力:80/90』
 人間相手に使うには躊躇われる防御魔法だが、相手が飛び道具を使ってくるならば話は別で、感電させる心配が無いので雷の壁を出現させる。兎に角一度弾丸を防いで体勢を立て直さなければ……。 ばきぃぃ……ん!「なっ!?」 と思っていたら、俺の右手に収まっていた貸出武器の片手剣の刀身が音を立てて砕け散った。先程の一発でひびが入っていたが、それは片面だけで直ぐに崩壊するような傷ではなかった。 剣が砕けたのは単純に二発目が刀身にヒットしたからだ。俺は眼前に振り落とした雷の壁を見て愕然とする。穴が開いていたのだ。物理的に雷に穴が開くとは到底思えないが、実際に開いてしまっている。大きさはビー玉程の直径であり、時間が経ってもその穴は塞がる気配を見せない。 まさか、『サンダーフォール』が突破されるとは思わなかった。以前に戦ったボス級のレガンであるレガンクインビーの放つ針をやすやすと防いだ事があるし、あの時よりも俺のレベルも上がって魔法攻撃力と魔法防御力の数値も上なのだ。故にあの頃よりも『サンダーフォール』は強固さを増していると言っても過言ではない。 なのに、青い弾丸は易々と撃ち貫いた。 俺は失念していたようだ。あの銃が偽金剛銃と言う括りならば、俺の魔法なぞ意にも介さないだろう事を。何せ、偽石英剣リャストルクは一撃で大抵のレガンとノーデムを屠る威力を有しているのだ。同系列の武器も同じような攻撃力を備えている可能性がある事を頭の中から抜け落ちていた。 『サンダーフォール』の効果時間が終わり、雷の壁が消失すると、俺の眼前にファイネが迫っていた。「っ!?」 しまった! 『サンダーフォール』で自分の視界を遮ってしまい、ファイネの接近を許してしまった! ファイネは何も手にしていない左の拳を固く握り、俺の右頬へと強烈なストレートを放ってくる。「がっ!」 せめてもの救いは顎や延髄ではなかった事か? 的確に脳を揺らす箇所に拳が来なかったので意識は繋ぎ止められたが、それでも目がちかちかする。頬の内側が傷付き、口の中に血の味が広がる。歯は何とか砕けずに原形を留めている。
『生命力:712/900』
 生命力も200近くも削られた。ただのパンチですらこれなのだ。ファイネの基礎応力の高さが窺える。また、恐ろしい事にこれは『ブラッド・オープン』を解放する前の状態での攻撃だ。ファイネの『ブラッド・オープン』は『ドラゴン・ブラッド』。『ドラゴン・ブラッド』は物理、魔法問わずに二倍の攻撃力を得る代わりに防御力が〇・三倍にまで低下する諸刃の剣のような性能だ。また、『フェンリル・ブラッド』程ではないにしろ、速さも上がるから厄介な事になる。 ファイネが放った拳を即座に戻して、今度は意識を刈り取るように下から降り上げてくる。俺は『ウィンドヴェール』で上昇した敏捷力を頼りにかろうじてファイネのアッパーを躱す。その際に柄と鍔だけになった片手剣を落とす。 俺は、ファイネの一撃を受けて漸く思い知る。 ファイネは俺を試合で負かすのではなく、殺す気だ。けど、それはファイネ自身の意思ではないと思う。これがファイネの騎士団としての裏の顔ならばそうでないとも言い切れないけど、それでも昨日見たあの意地悪そうな笑顔、済まなそうに伏せた顔が脳裏に浮かび、今のファイネが普通でないと本能が告げてくる。『あーっと、ギガンス副団長が何もない背中に手を回したかと思うと、見た事も無い武器がその手に出現しました! そしてその武器からは光る何かが飛び出したかと思えば、それがソウマ選手の片手剣を破壊しました!』 アイザックが声を荒げながら会場全体に響かせる。あぁ、そう言えばこれは死闘ではなく試合だった、とたった数秒でその事までも忘れていた俺は相当に切羽詰まっているだろう。 そして、アイザックは聞き捨てならない発言をしていた。 マスケットのような銃を見た事も無い武器、と。 それはつまり、銃がこの世界に普及していない事を示唆すると共に、この偽金剛銃は本来のファイネの武器ではない事を告げてくる。『ヴァンさんこれはどう言う事でしょうか!?』『うむ、副団長が持っている武器に関しては私も分からないが、いきなり現れたように見えたのは『クリアハイド』の魔法で隠していたようだ。『クリアハイド』とは指定した対象を一時的に透明化させる魔法で、一定時間経つか直接触るかすれば解除される』『成程。とすれば『クリアハイド』を用いて武器を隠していれば、相手の意表を突く事が出来るのですね』『そうだ。武器を隠して相手の意表を突く事自体は立派な戦術だが、副団長はやってはいけない事をしてしまったな』 ヴァンが重々しく、そしてとても残念そうに告げる。その間にも俺は無感情で声一つ上げないファイネの拳を紙一重で避けている。『大会規定では、貸出武器以外の武器は使用禁止だ。副団長が使っている武器は、当然ながら貸出武器ではない。よって、副団長は反則負けと言う事になる』『そうですね。いくら勝って結婚をしたいからと言っても反則は許されません。よってこの試合はソウマ=カチカ選手の勝ちとなります!』 反則負け。これによって俺は一回戦を突破した事になるが、それは些末な事でしかない。俺の勝ちが決定しても、ファイネは攻撃の手を全く緩めない。それどころか、段々と回避し難くなっていく程に的確になっていく。『副団長! もう試合は終了しましたよ! なので攻撃はやめて下さいっ!』 司会のアイザックの言葉も聞こえていないようで、ファイネは左の拳を振りまくる。『審判! 止めに入って下さい!』 アイザックが舞台にいる審判に副団長を制止するように告げてしまう。視界の端で審判が俺とファイネの方へと走り寄って来るのが窺える。「よせっ!」 俺は向かってくる審判に向かってそう叫ぶが、近付いてくる審判に気付いたファイネは即座にに放とうとした拳を引っ込め、無情にも審判の下へと躍り出る。 そして、審判の顔面へと向けて拳を放つ。審判は声を上げる暇もなく、殴り飛ばされて空中を舞い、舞台から落ちた。『ギガンス副団長!?』『騎士団員! 副団長を取り押さえろっ!』 ヴァンの命令により会場に待機していたらしい騎士団が扉からぞろぞろと流れてくる。アクシデントに備えて待機していたのだろうか、はたまた副団長であるファイネの戦う姿を見る為にいたのかは不明だが、正直助かる。人数は三十人程か? 数で押せばファイネも無力化出来ると本気で思う。 だが、ファイネは感情の灯らない瞳で舞台に上がってこちらへと駆け寄ってくる騎士団を横目で見ると、握り拳を解除した左の掌を天へと向けて高らかに掲げる。「エリアブロック」 その言葉と共に、騎士団全員が弾かれたように舞台から転げ落ちる。騎士団全員が舞台上からいなくなると、ドーム状の薄桃色の透明な膜が舞台を囲むように形成されていく。これは……魔法!? それも、事態としては最悪の展開を呼び込む魔法だ。こちらからは膜の外側を見れるから恐らく外側からもこちらの様子を窺えるのだろうけど、外側からの音が全く入って来ない。 音が入って来ない。そして、俺とファイネ以外の人が弾き飛ばされた事により、この魔法――『エリアブロック』は俺達に干渉出来ないようにする空間系統の魔法だと予測する。また、内側から外へと出る事も不可能なのだろう。まるで檻に閉じ込められたみたいだな。 と、予測を立てるよりもまずは生命力を回復した方がいいだろう。「ヒール! ウィンドヴェール!」 俺は殴られた頬に手を当てて『ヒール』を唱え、傷を癒し、生命力を回復させる。また、風の鎧が消え去ったので魔法を掛け直す。
『生命力:900/900 精神力:65/90  』
 『ヒール』の回復量は俺のレベルに比例するらしく、レベル:20の状態では一回で先程受けたダメージを相殺するくらいに回復されるようだ。 状況を整理しよう。 俺とファイネは外界から隔離された状態にあり、外界からの干渉もされない。なので、外からの援助は期待出来ない。 俺の武器は銃の弾丸二発で破壊され丸腰。相も変わらずに俺は徒手空拳はからっきしなので主力の攻撃は魔法に頼る事になる。また、大会規定により回復魔法は禁止されていたが、もう試合ではないので関係ない。しかし、回復アイテムも同様に使用禁止――と言うよりも持ち込み禁止だったので、回復手段も魔法だけが頼りとなっている。 ファイネの攻撃力は尋常ではなく、今まで出会った誰よりも、レガンとノーデムも含んで一番強いだろう。それに加えて、チート武器リャストルクと同系統の武器である銃を所持している。銃から放たれる弾丸に撃ち抜かれれば、俺の生命力は最悪一瞬で0になる可能性も考慮した方がいいだろう。また、銃の残弾は不明だけど、無限の可能性もある。先込め式の形状なのに二発目を放つ時に弾を込める動作を全くしていなかったから、銃自体が自動で弾丸を生成しているのかもしれない。そう考えると、弾切れを狙うのは得策ではないだろう。 それに加えて、ファイネは攻撃特化の『ブラッド・オープン』――『ドラゴン・ブラッド』を解放する事が出来る。ただでさえ危険な攻撃力が過剰になり、更に攻撃速度も上がるので『ブラッド・オープン』を解放してしまったら冗談では済まされない展開へとなってしまう。 ぶっちゃけて言えば、俺の負ける要素が多過ぎる。遠距離から魔法を放って攻撃しようとすれば銃による攻撃を受け、かと言って近距離から魔法を打ち込もうとすれば徒手空拳によって一撃で200近い生命力を削られる運命にある。そもそも徒手空拳はからっきしで武器も無いので接近戦は最早自殺行為にしかならない。 けど、勝機は無い訳じゃない。それも遠距離からの魔法攻撃ではなく、接近戦においてで、だ。 勝機は、俺にはある意味で『ドラゴン・ブラッド』の天敵である『エンプサ・ブラッド』を解放出来る事にある。『ドラゴン・ブラッド』は殆どの状態異常を無効化する特性を備えており、状態異常を連発する敵には強い。しかし、全部の状態異常に耐性は持っていない。ここが俺が生き残る為の重要な点である。 俺の『エンプサ・ブラッド』の専用スキル『ナイトメア』は個の対象に眠りと混乱の状態異常を誘発させる。『ドラゴン・ブラッド』は眠りと混乱の状態異常には耐性を持っていない。つまり、『ナイトメア』の発動に成功してしまえば、ファイネを傷付ける事無く無力化出来るのだ。無力化した後は、今の状態のファイネの原因であると思われる銃を手から離させておけば、再び襲われる心配は減るだろう。 ファイネは銃に操られているのだろう。リャストルクと同じならば、あの銃にも意思が存在する筈だ。で、その意思がファイネを無理矢理操っているのだと思う。 けど、そんな活路の希望である『ナイトメア』を発動させるには、相手の体の一部に触れなければならない。『ナイトメア』は遠距離攻撃ではなく完全な近距離攻撃であり、そして発動する為の方法も左手で触れると限定されている。左手以外――例えば右手で相手に触れていたとしても『ナイトメア』は発動しない。これはどうしてだか未だに分からず仕舞いだが、仮に触れようとした左手を防がれてしまっただけでも致命的な窮地に立たされてしまう事を意味している。 また、『ナイトメア』は発動すれば必ず状態異常が付加されるのではなく、それに加えて回数制限もある。発動出来るのは一度の戦闘で三回まで。なので、運が悪ければ『ナイトメア』を三回発動しても全てが不発に終わる場合もあるのだ。一応相手の生命力が三割を切っていれば確実に発動されるのだが、ファイネの生命力をそこまで削る自信はないし、それ以前にファイネに傷を負わせようとする気が毛頭ない。 明らかに普通じゃない様子のファイネを傷付けたくない。心からそう思っている。 俺がファイネを無力化する理由は自分が殺されないようにと言うのも当然あるが、それよりも多くの割合を占めているのがファイネを正気に戻す事だ。恐らくだけど、結婚を申し込むと言った段階から既にこの状態だったのだろう。彼女は本心から俺に結婚を申し込んだんじゃなくて、俺を棄権と言う形で逃がさない為に敢えてそのような言動を無理矢理言わされたのだろう。 全く……思っていない事を言わせるとは、ムカつくな。 一刻も早く『ナイトメア』を施して無力化したいけど、回数以前に『ブラッド・オープン』には時間制限がある。今の俺では三十秒維持するのが限界だ。今から『エンプサ・ブラッド』になっても三十秒以内に懐まで潜り込んで『ナイトメア』を発動させる自信は、残念ながらない。力量の差から、『ナイトメア』を発動する前に三十秒使い切ってしまうのが目に見えている。なので、『エンプサ・ブラッド』になるのは、ファイネに左手で触わる事が出来ると確信した瞬間だ。ただ近くにいるだけでは、拳の連打を躱すのに集中しなければならないから触ろうとする余裕はなくなる。故に、近付き、ほんの少しだけでいいから隙を誘発させなければならない。 結構ハードな内容となっているが、これが今考えられる俺が生き残り、ファイネを正気に戻す唯一の方法だ。 俺は覚悟を決め、俺を生気のない瞳で睥睨しているファイネに視線を向け、彼女を元に戻す為に駆け出す。


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