End Cycle Story

島地 雷夢

第40話

 時は少々遡る。 決勝トーナメント一回戦が行われる日。この日は予選の時とは違い、早朝からではなく午後十一時からの入場となり、正午に開幕と相成った。 地下闘技場の様相も変わっており、八つあった円形舞台は十倍程大きな円形舞台へと変わっていた。これはトーナメントが一試合ずつ行う為に、他の舞台が不要となったのでその分舞台を大きくしたのだろう。その方が選手としては動きやすくもなるし、場外負けになる確率も少なくなるのでいいとは思う反面、場外判定で勝ち続けてきた選手にはきつく、また場外へと出る可能性が少なくなった分長期戦になる確率も上がったのが難点か。体力に自信が無ければ時間経過とともにジリ貧になっていくだろう。 トーナメントの組み合わせも予選ブロックの時と同じでくじで決められた。 俺の引いたくじは一番で、一回戦第一試合となった。 昨日とは違いトーナメントになるとトーナメント表がどんな原理を用いたのか分からないが――と言いつつ光属性の魔法か何かだろうと当たりはつけているが――天井をスクリーンに見立ててそこにでかでかと映し出して観客全員に見えるようにしていた。昨日の予選ブロックではブロック表は控室、それに地下広場の壁にしか張られておらず、確認するのにわざわざ自分の足を運んでいかなければいけない煩わしさがあったが、今日はそのような事は起きないだろう。 あと、昨日と違う点を述べれば騎士団から審判の他に司会と解説が現れた事だろうな。昨日の予選では司会も解説もおらず、参加選手の雄叫びやら観客の歓声やらのみの試合だった。『皆様お待たせしました! これより『バルーネン国武闘大会』決勝トーナメント一回戦第一試合、まもなく開戦です!』 観客席の一角の一番高い場所に設けられた特設の席で司会はマイクも持たずに(この世界にマイクがあるとは思えないけど)、かと言って腹から声を張り上げているとも思えない自然な口調で地下空間全体へと響き渡る声量を出している。恐らく、これも魔法で、多分風属性の魔法で声量を上げているか声を広域に拡散させているのだろうと思う。控室前の廊下にいる俺にも聞こえるくらいだ。上手く魔法の操作をしていると思う。『尚、本日の司会は私、バルーネン国騎士団の雑用係ことアイザック=ホールドでお送りいたします! そして解説はこの方! バルーネン国騎士団ナンバースリーの実力を誇るヴァン=カルック氏!』『ヴァン=カルックだ。解説とやらは初めてだが、善処させてもらう』 そんな司会と解説――アイザックとヴァンは言葉を続ける。二人の声を聴いて観衆は声を上げる。流石に騎士団なので有名なのか、はたまた国民の憧れの的なのか、とにかく廊下にまで反響してくる。 と言うか、騎士団……暇なのだろうか? 審判もしてるらしいし。王族の護衛とかはしなくていいのだろうか? と言う当たり前の疑問を思ってしまった。特にアイザックとやらに。何かのりのりで司会をしていた。あと、この大会は王族も見ているらしいのだが、何処で見ているのかは知らない。そこは王族の身を守る為に守秘義務でも発生したのだろうと適当に自分を納得させた。『では、私共の紹介も軽く終わらせた事ですので、第一試合の選手に入場して貰う事にしましょう!』『そうだな』 歓声が一際大きくなる。あぁ、柄にもなく緊張してくるな。昨日は八ブロック同時並行の試合だったので観客も一つの試合だけでなくそれぞれのブロックへと目を移らせていただろう。けど、今回は一つの大舞台で一つの試合だけを見る。軽く五千人を超える観衆の下に行われる試合なんて初めてだし。何か変な汗が流れてきた。出て行きたくないな。このままばっくれたい衝動に駆られる。『一回戦第一試合! 対戦するのはこの二人だ! 選手番号一番! 遥か遠くの異国より旅して半ば強制的に参加する事になった年若い剣士! ソウマ=カチカ!』 あ、名前を呼ばれてしまった。もう俺の行きたくないなぁと言うぼやきは叶わない。いや、それ以前にファイネと戦わなければスーネルとリル、リャストルクは戻ってこないので結局は衆目に晒されない為に逃げてしまったら元も子もない。それに本日まだ顔を合わせていないファイネに昨日の事を謝らなければならないので、重い足取りとやけに固くなった関節をぎしぎしと言わせながら地下空間へと向かう扉を潜った。 俺が地下空間に出ると歓声が際立った。あぁ、耳に響く大音声。余計に心臓がバクバクしながらも、歩みを止めずに中央端に一人審判がいる舞台の端へと上り、それとなく頭上のスクリーンを見ると『一回戦第一試合ソウマ=カチカ対       』と書かれていた。空白には選手名が呼ばれると同時にその名前が浮かび上がるのだろうと勝手に予測を付けた。ここで観客の誰もが俺に視線を向けていると思うと卒倒もんだが、そんな事よりも司会の言葉に引っ掛かりを覚えた。 俺、剣士って肩書きじゃないんだけど。確かに予選ブロックでは片手剣を使ってたけどさ、剣士と言うくらいに洗礼された剣技を持っていないからそう呼ばれるのに若干の抵抗を覚えた。 ……じゃなくて。 俺が覚えた引っ掛かりはそこじゃなくて、司会はどうして半ば強制的に参加した事を知っているのだろうか? 言っては何だが昨日の予選ブロックの時なんて参加選手の誰とも会話をしていない。勿論審判をしていた騎士団の人ともだ。だから俺がファイネに人質を取られて参加を強制させられた事なんて知り得もしない筈……。『それでは続けまして選手番号二番! 海を越えたアキツから遥々やって来た髷がチャームポイントの刀使い! ナガトシ=イマガワ!』 と、俺の思考を打ち砕くかのように司会のアイザックは俺の対戦相手の名前を呼び上げる。対戦相手の名前はトーナメント表で確認済みだったので、この日本人じみた名前に少々びっくりさせられた。が、アイザックの説明でアキツと言う米を栽培している島出身だと聞いて何処か納得した。 因みに、ファイネとは首尾よく勝ち進めば明日行われる第三試合でかち合う事になっていた。
 ――――――――――筈だった。
 名前を呼ばれた筈の刀使い――髷があると言っていたので恐らく侍だろう――ナガトシ=イマガワは俺が出てきた所と対照の位置に存在する閉められた扉から出てくる様子が無い。どうしたのだろうか? その答えは即座にアイザックによってもたらされた。『――だったのですが、少々厄介な事になりまして』 アイザックの声は何処か乾いた笑いを含んでいた。『ナガトシ=イマガワ選手は別の試合で戦う事になりました!』 は? どういう事ですか? そんなの起こり得るの? と俺は思った。観客も思っただろう。戸惑いのどよめきが地下空間に広がっていく。『別試合へと移動したナガトシ=イマガワ選手に代わってソウマ=カチカ選手と戦うのはこちら!』 アイザックの声と同時に、俺の前方に位置する遠くの扉がゆっくりと開け放たれた。 そこにいたのは――。『選手番号八番! 副団長と言う特権を駆使して無理矢理大会に参加した祖先の竜の血をその身に宿すバルーネン国騎士団副団長! ファイネ=ギガンス……副団長!』 ファイネだった。結構な距離があるのでどんな表情を浮かべているのかまでは判別出来ないけど緊張はしていないようでファイネが悠然と歩き、舞台へと上がるその時まで誰もが言葉を失っていた。『今から十分程前、ナガトシ=イマガワ選手とギガンス副団長、及び副団長の本来の対戦相手であったコーサス=クルック選手は三方の合意の下、ギガンス副団長の特権濫用――もとい発動により選手間の入れ替わりが行われました!』 いいのかそれ? と思ったのは俺だけではなく、観客全員が思った事でもあった。何せ、皆が声を揃えて言ったのだから。因みに、コーサス=クルックは俺が四位通過したGブロックの覇者である徒手空拳レディである。と言うか、今さらっと特権濫用って言ったぞアイザック司会は。職権濫用じゃなくて? 言い間違いでもなく特権濫用?『先程から述べられている特権と言うのは、本来大会の裏方の仕事に徹する騎士団だが、団長と副団長に限り実力の半分までしか出さない事を前提に大会に出場が可能である事。及び大会規定に反しない一度限りの我儘が許されると言うものだ』 と、今まで沈黙を通していた解説の任に就いている騎士団ナンバースリーのヴァンが補足説明をしてくれた。って、一回限りの我儘OKって何だよ。大会規定に反しないっていう事だから自分の負けを無しにする事までは出来ないにしろ、一般参加者よりも優遇されてるじゃないか。正直言ってずるい。あ、だから特権なのか。いやいや、それでも普通はそんなのないだろ。何そのご都合主義?『尚、特権とは本来は団長及び副団長が一回限りの我儘によって気になる参加選手と手合わせを行い、水準以上の実力があるかどうかの確認をし、水準以上ならば騎士団へと直接勧誘する、と言う事に使われるのが普通である』 更に補足を付け加えるヴァン。成程、それで特権なのか。確かにファイネもこの大会では騎士団へのスカウトも兼ねていると言っていたし、時と場合によっては直接の手合わせも必要になってくるのだろう。 しかし、そのような特権があるのならば、この国――特にマカラーヌ在住の人ならば知っていても可笑しくはないんじゃないかな? でも、戸惑いの声で満たされている客席からは殆どの人が知らないだろう事が窺えた。『ヴァン解説の説明にあった通り、特権はそのように使われるのが普通であるのですが、ここ二十年は団長及び副団長に就いた者が大会に参加していなかったので実に二十年ぶりの特権濫用となっています!』 と、アイザックが捕捉を加えてきた。二十年ぶりって……どうしてそこまで特権が使われなかったのかが逆に謎だぞ? と言うかまた濫用って言ってしまいましたよ? 濫用って本来の意味とあってるかな? なんて仕様もない疑問を覚えていると、一つの可能性が俺の脳裏を過ぎった。そしてその可能性は観客の脳裏にも過ぎったらしく、戸惑いのざわめきが一層騒がしくなった。『えー、恐らく皆さん及びソウマ選手はソウマ選手は副団長が眼に掛けている騎士団予備候補の一人なのでは? と予想しているかもしれませんが、はっきりと言いますと違います!』 が、アイザックの一言で会場の全員(ファイネとアイザック、ヴァンと審判以外)が「えっ?」と口を揃えて間の抜けた声を発してしまったのは致し方なかった。『正直に言ってギガンス副団長が今回使った特権は完全に私事です! そこを明らかにする為にギガンス副団長本人に述べて貰う事にします! ではギガンス副団長どうぞ!』 アイザックはやや呆れ気味にファイネへとバトンタッチした。 ファイネは息を吸い込むと、会場全体へと声が届くようにアイザックやヴァンと同じ魔法を使用したようで、つつがなくファイネの声は高らかに響き渡った。
「私、バルーネン国騎士団副団長ファイネ=ギガンスは異邦人ソウマ=カチカに結婚を申し込む!」
 以上、少々遡った時は元の時間軸へと戻る。 しぃぃ………………ん。 会場は痛い程の沈黙に支配された。誰もが言葉を失った。俺も同様だ。え? ファイネさんは一体全体何を言っているんでしょうか? 俺に血痕を燃し込む? 血の跡を燃やして中に入れるってどういう意味ですか? 俺には分かりません。どうしてそんな虐待行為を受けなければいけないのかが意味不明。そもそも俺に血痕はないぞ。『……えー、以上のように、ギガンス副団長は公衆の面前で堂々とソウマ選手に結婚の申し込みと言う愛の告白を行う為に特権を濫用したしました! ギガンス副団長に告白されたソウマリア充は爆発して下さいっ!』 俺の現実逃避はアイザックの言葉によって無残にも打ち砕かれた。あ、だから濫用って言ったのか。納得納得。あと、アイザックは矛先を俺に向けるな。未婚を悔いているとばっちりは御免被る。と言うか、何だソウマリア充って? 勝手に変な言葉を作らないで欲しい。 ――じゃなくてっ!「会って間もないのにそれは可笑しい!」 つい声を荒げてファイネに指を突き付けて事実を告げる。そう、顔を合わせた回数は片手の指で数えられる程に少ないし、初の顔合わせは五日前だ。互いの事なんて分かり合えもしてないのにいきなり結婚を申し込むって可笑しい以外の言葉なんて浮かばないよ! これは何てラブコメなんだよ!? が、俺の声は結構な距離と観客の取り戻したざわめき(音量は増大されている)によって掻き消されたらしくファイネに届かなかったようだ。『尚、ソウマ選手の拒否権はギガンス副団長に勝利する以外はありませんのであしからず!』「えっ!?」 アイザック氏はとんでもない事を口にしやがった。俺に拒否権は勝利する以外にないの!? 何で!?『決闘による結婚の申し込みは騎士団特有の風習でな、結婚を申し込んだ者は勝利すればそのまま結婚成立、申し込まれた者は勝利して受諾が拒否の選択を取る事が出来る』 ヴァン氏が捕捉をしてくるが、それは俺ルールになるのではなかろうか!?『因みに、これを突っ撥ねる事は出来ない。国の法としても制定されているのでな。突っ撥ねた場合は刑罰が処される』 逃げ場無しかよ! もしかしてファイネが俺を大会に無理矢理参加させたのってこれが目的だったのか!?『まぁ、得物は刃が潰れた貸出武器を用いる故に死ぬような事はないので、ソウマ選手! さくっと負けて爆発して下さいよ! こんな他人のハッピー空気は長時間吸いたくはないのですよ!』 おい! 司会のくせに発言に私怨を混ぜんな! と言うか爆発って何だ!? リアルに爆発しろってか!?『それでは審判! 開始の合図をして下さい!』「それでは、始め!」 俺の心の突っ込みを無視してアイザックが審判に試合開始を促し、審判が高らかに開始宣言をする。 開始宣言と同時にファイネがこちらへと駆け出してくる。ファイネの両手には武器が握られていない。昨日の予選で少しは見ていたが、ファイネは徒手空拳で戦っていた。武器よりも拳の扱いの方が上手いのだろう。騎士団としてはどうかとも思うが、戦法が分かっていれば対処の仕方もあると言うものだ。「ウィンドヴェール!」 俺は先程の発言に戸惑いながらも、兎にも角にも勝って結婚拒否をする為に『ウィンドヴェール』を発動させて敏捷力を上げさせておく。
『精神力:85/90』
 徒手空拳相手ならば接近戦をせずに遠距離からの攻撃をしていった方がこちらが有利だろう。少なくとも、開幕直後に鳩尾に一発喰らって足払いをされ、延髄切りで意識を失う事はない。Gブロックで同タイプの選手と戦った経験が生かされるな。 取り敢えず初期位置から離れながら牽制として特殊技の『刃波』を放つ事にする。「刃……っ!?」 剣の柄を握り、振り抜こうとした手が止まる。 その理由は七メートルは近付いたファイネが右手を自身の背中へと回し、俺の視界から隠されていた武器を取り出したからだ。 ファイネが取り出した武器が剣や槍、斧とかなら俺の手は止まらなかっただろう。 しかし、武器は剣、槍、斧等の刃が付いたものではなかった。 銃だった。 リボルバーや弾倉を装填する部位が見られないので形状としては先込め式の歩兵銃――マスケットだったか?――に近いだろうか? トリガーにグリップと銃床が一体化したような部分には滑り止めのぼろぼろの布が巻かれており、トリガーガードには何かの動物の灰色の毛皮で装飾されている。フロントサイト? と呼ばれる照準の付いた八十センチはある銃身はごつごつとした削り出したままの状態に見える透明な物体で形成されていた。その透明な物体は恐らくは金剛石――ダイヤモンドなのではないかと予想する。そして、ファイネの右手に収まった銃は決して貸出武器の一つではないと分かる。 貸出武器に銃なんて存在しなかった。いや、それよりも俺はこの銃の形状に酷似した武器を知っている。 偽石英剣リャストルク。リャストルクの刀身は少しだけ透明感のある白くて荒削りの明らかに鉄や鋼ではない物体。唾に当たる部分にはふさふさした灰色がかった白い毛が生えていて、柄にはぼろぼろになった布が全体に巻かれている。 この事から、ファイネが持っている武器は現在進行されているクエスト『偽金剛銃』のクリアに重要な武器であると予測する。 ファイネはグリップを握り、トリガーに右の人差し指を掛ける。そして銃口を俺に向け、引き金を引く。 がぁん! と音を立てて銃口から飛び出したのは鉛玉ではなかった。俺ではなく、右手に握っている片手剣に当たったのは薄い青に光る玉であり、同色の軌跡を空中に残していて片手剣の刀身に当たると弾けて消え失せた。青い光の玉が当たった片手剣にはひびが入る。そこからこの銃弾の威力は洒落にならないものだと分かる。 ふと、この銃弾を放ったファイネの表情を窺う。 ファイネの顔には感情と言うものが欠落しており、金と紫の双眸には生気の光が存在していなかった。 死んでいるのではない。けど、その顔は生きているとはとても思えなかった。まるで、生きた操り人形のように……。 昨日までとは明らかに違う様子に俺は戸惑いながらも、ファイネは再度トリガーに掛けている指に力を加える。


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