End Cycle Story

島地 雷夢

第35話

 その後は、『アサノ食堂』に戻る事も無く、サンドイッチ専門店で人数分のサンドイッチを買ってそれを頬張りながら目的物である道具袋を購入する為に雑貨屋を探す事にした。その後は即宿探しを行おうと思う。スーネルとリルには悪いけど、今日はこれ以上街の中を歩きたくないな。ひょんな事からまたあの顔を見てしまうかもしれない、と思うと、胸が痛くなる。 そう、痛くなる。 それはあの顔自体が原因ではなく、俺の心の問題だ。 まだ、引き摺ってるんだな。負い目も感じてる。キルリ――俺の所為で死なせてしまった人。彼女が生きられなかった分、俺が精一杯生きようと心に決めた。けど、それでもやはり俺は、別の方法で償いをするべきじゃないかとも少なくない頻度で思ってしまう。友達を殺されて復讐をしようとしていたリルを説得した……と思う俺だけど、やっぱり人の事は言えないな。自分の事を棚に上げている。 俺は……どうすればいいんだ? 心が揺らいでしまう。惑ってしまう。不安になってしまう。 精一杯生きるだけでいいのか? キルリの分も生きて行けばいいのか? それだけで、本当にいいのか? 分からない、分からない……。 つい、腰に佩いている好きだった人が使っていた剣を収めた鞘を強く握り締めてしまう。「……さん、ソウマさん」 俺はスーネルの呼び掛けによって現実へと引き戻された。「あの、本当にどうしたんですか? 先程から心ここに非ずのような顔をしていますけど」 ハムとレタスとトマトのサンドイッチを食べるのを一時中断し、心配そうに俺の顔を覗き込んでくるスーネル。あぁ、今度はそんな表情をしてたのか。いけないな、仲間に心配かけさせちゃ。ここは作り笑いでも無理矢理に笑って安心させ……られないよな、作り笑いじゃ。まぁ、しないよりは遥かにマシ、か。ただ、作り笑いが不自然に感じないような台詞を言うけど。「あぁ、ちょっと人混みに酔ったのかな? こうも多いと、ね。感慨深く思っちゃったんだよ」「そう……ですか。確かに、エルソに比べれば人混みを多いですね」 スーネルは訝しげな視線を向けて来るけど、取り敢えずは不満も含んでいたけど納得はしてくれた。俺達は人が多く行き交う歩道を進む。 俺の心の声を聞き取れるリャストルクはスーネルが腰に佩いているので俺の心の呟きは聞こえていない。もし、リャストルクに訊かれていたら、何て言ってくるのかな? 情けないのう、とか馬鹿じゃのう、とかは言ってくると思う。そして、他にも色々と言ってくるのだろう。俺の為を想っての。 けど、俺はそれを期待してはいけない。これは俺の問題、俺だけの問題だから、俺自身がきちんともう一度向き合って解決しなきゃいけないんだ。でも、今はまだ、ちょっと、いやそれ以上に向き合う事は出来ない。キルリが死んでから一ヶ月。たった一ヶ月。長い一ヶ月。人の死を乗り越えるのには充分な期間でもあるし、不充分でもある。俺は後者であるらしい。乗り越えるには、もっともっと多くの時間が必要だ。「ソウマさん、ありましたよ」 歩道を歩いていると、俺の袖の裾を引っ張ってサンドイッチを食べ終えたスーネルがそう声を掛けてくる。立ち止まった場所から首を九十度右に向けると、『Hotel&Bazaar Garnera』と書かれた看板が下がっていた。大きさはそれなりで、他の五階建てビルよりも横幅が大きい。外観は高級ホテルと言うよりも日本のビジネスホテルだな、と思う。コンクリート壁もくすんだ灰色をしているので少々年代を感じる、かな? 修学旅行の宿泊先を思い出すな。あそこの立地もここと同じで周りに同じくらいの高さを誇るビルに囲まれてたな。まぁ、あそこはちょっと裏通りに入った所にあって、こちらは表通りに構えている違いはあるけど。 まぁ、ここまでずらずらと微妙な長さで呟いた結論としては、宿代はそこまで高くないだろう、と言う事だ。中心へと近付けばもっと格式の高いスウィートルームなる部屋が存在する高級なホテルがありそうな気がするけど、一泊だけで何万も取られるかもしれない。金銭はなるべく節約せねば。服も買ったし、チェックインを済ませたら直ぐに買いに行けるじゃん。Bazaarって確か雑貨店て意味だし。だからスーネルはあったって言ったのか。ついてるな、今日はもう街の中を歩かなくて済むぞ。「そうだな、ここにしよう」 俺は頷き、『Hotel&Bazaar Garnera』の扉を引いて、まずは女性陣を中に入れてから俺も入り、扉を締める。入って直ぐはロビーとなっていて、ソファが数個置かれていて宿泊者同士での待ち合わせに使える場所となっている。雑貨店の趣は何処にも無い。他の階層なのかな?「いらっしゃい」 ロビーの奥のフロントにいた四十代くらいの男性が頭を下げてくる。スーツ……ではないけど身なりは整っていて皺一つないシャツとズボンは仕事の意気込みを伝えてくる。寝癖の無い茶髪はオールバックにされていて、同色の瞳が埋め込まれた顔は年齢による小皺が出て来ているが垂れてはおらず、まだ張りのあるように見える。ちょっとつぶらな瞳が壮年さを軽減しているかな? 髭も全部剃られてる。この人には髭は似合わないだろうな。髭が伸びてたら、言っては何だがペテン師のような胡散臭さが出てしまいそうだった。そのような顔つきをしている。「済みません、宿泊をしたいのですが、空いていますか?」 フロントへと向かい、スーネルが切り出す。「あぁ、丁度三人部屋が一部屋だけ空いてるよ。何日泊まるんだい?」 男性は笑ったまま右手の指を三本だけ立たせて、即座に二本折り曲げながら言う。丁寧口調ではないけど、かと言って上から目線での言葉ではなく同等の立場からのような話口調は商売をしている者としては珍しいのかな? 俺としては話しやすくていいと思う。髭が伸びてたら……警戒していたかもしれないけど。 それにしても、あと一室しか空きが無かったのか。結構繁盛してるのかな、このホテル? サービスが良好とか? それとも雑貨屋も存在しているから物珍しく人が寄り集まって来るのかな? まぁ、憶測を立てても仕方がないか。「どのくらいにしますか?」「そうだな……因みに、一泊幾らなんですか?」 流石に二日とか三日だけの滞在とはならない。最低でも一週間は泊まって色々と知識、情報を得ようと思っている。だから、宿泊費を訊いておかないといけないだろう。数日で底を尽く様な額だったら、連日街の外へと行ってレガン&ノーデム狩りをしなければ。「一人一泊300セル。あ、因みにこれは宿泊だけの値段な。食事は二階が食堂になってて、そこで金を払えば食えるから。そこの料理は一品――パンとスープに主菜で大体150セルくらいな」 三本の指を立てた後に、右手で一本、左手で五本の指を立てながら男性は説明する。この世界に来て宿とかホテルに今まで泊まった事が無かったのでいまいち安いかそうでないかが分からないけど、一回の食事が150セルは普通の料金だろう。この世界の一人あたりの一日の食費が500セルなので、三回の食事で450セルとなり、大体同じとなる。その情報を元に、一泊の値段は良心的なものではないかと推測する。 三人分で一泊900セル。疑似的に三食付きにしたら2350セル。レガンとノーデムを倒しまくって、エルソの町では回復薬と精神薬、それに銅屑の剣と道具袋以外に買い物をしなかったから結構貯まっている。現在の所持金はおおよそ200000セルなので余裕はある。「じゃあ、取り敢えず一週間泊まります。スーネルとリルもそれでいい?」「構いませんよ」「うんっ」 二人は頷く。まぁ、何かしらの理由で滞在期間が延びたとしても精々二ヶ月くらいまでは大丈夫だ。そんなにいるとは思えないけど。「はいよ。じゃあ三人で一週間だから6300セルね」 俺は男性に宿泊費を支払う。「毎度、君達が泊まるのは五階の502号室ね。これ鍵だから」 と、フロントの奥の壁に備えられたフックに一つだけ掛けられていた鍵に手を伸ばし、それを取って俺に手渡してくる。鍵に付けられたキーホルダーは透明でアクリルのような質感の直方体で、その中央に黒い文字で『502』と部屋の番号が書かれていた。「時に少年」 と、鍵を渡し終えた男性が俺に耳打ちしてくる。「可愛い御嬢さん二人と一緒の部屋だからって、夜に襲い掛かっちゃ駄目だぞ?」「しませんよ。と言うか、そこまで飢えてません」 と言うか、年齢的に中学生と小学校高学年の二人にどう欲情しればいいんだよ? 俺はロリコンじゃないぞ。と言う突っ込みは心の中でぼそっとするだけに留める。何か、口にしたら変な目に遭いそうだと、本能が告げてくるからね。何でだか知らないけど。「ははっ、なら大丈夫かな。御嬢さん達に手を出したら犯罪だしね」 ころころと笑いながら男性は俺の肩を軽く叩いてくる。どうやらこの世界でも未成年相手に手を出す事は犯罪行為になるらしい。俺はまた一つこの世界の常識を知って賢くなった。と言うか、分かってるなら言わないで欲しいな。明らかにからかってるよ、この人。「まぁ、少年は立場的にお兄さんかな? で、御嬢さん方は妹さん、と」 朗らかに笑いながら男性は予測を立てている。まぁ、大体そんな感じだろう。姓は全員同じだから、兄妹で通せるし。「親御さんは?」「いないですね。俺達だけです」 あれ? 何か質問されてきたぞ? もしかして未成年だけの宿泊は禁止とか? いや、それだったら最初からそう説明される筈だし、もしかして金だけ毟り取られた? 常識を知らないが為にかもられた? 柔和な顔をしてそれはちょっといただけないな。子供相手だからと言って油断し過ぎなんじゃないかな。こっちは『ブラッド・オープン』が出来るお子様三人組だぞ? 特にスーネルの魔法はヤバいからこの男性が物凄く強くなければ返り討ちに会うだけだ。 とか思っていたけど、男性が俺達を陥れたと思っていたのは俺の誤解で、男性はうんうんと頷くとこう言葉を続ける。「そっかぁ、マカラーヌに来たのは親御さんには内緒で大会を見に? それとも親御さんは仕事で来れなかったから君達だけで来たとか?」 大人がいないからそれを不思議に思って問うてきただけのようだ。それよりも、大会って何だ? スーネルは何か知っているのかな? と彼女の方を向けば何か納得したような表情をしてしきりに頷いている。リルを見れば彼女は男性の言葉を聞いていなかったようで、俺の持っている鍵のキーホルダーをばしばし叩いて遊んでいるだけだった。「あの……大会って?」 分からないままなのは癪なので、男性に訊いてみる事にした。「あれ? 知らない? 毎年この時期にやってて、結構な人が見に来るんだけど」 男は意外そうに目を見開き、首を傾げる。有名なんだな、その大会って。「済みません、何分遠くから旅をしてきたので何が何だか」 嘘は言ってない。「あ、そうなんだ。もしかして国外から来たとか」「はい、まぁ」「そっか、大変だったね」 男は破顔して簡単に納得してくれた。「大会ってのはね、要は年に一回、国で一番強い人を決める大会なんだよ」 それって天○一武道会みたいなものかな? そして、街に人が多かった理由ってのもこの大会を見る為に地方から訪れて来たからとか? だからこのホテルもほぼ満室だったのかな? 多分そうなんだろう。「名前は『バルーネン国武闘大会』でね、毎年ここ王都マカラーヌの中央にある城の訓練に使われている広場で行われるんだ」「へぇ……」 因みに、このへぇとはこの国の名前がバルーネンと今知ったからだ。バルーネンは訊いた事がある。それは『E.C.S』の舞台として最初に立ち寄るエルソの町が存在する国の名前だとゲーム雑誌で知っていた。王都がマカラーヌだとかはそれには載ってなかった……と思う。カムヘーイもアキツも知らなかった所を見ると、世界観だけは覚えようと努力してたが、どうやら都市までは覚えきれていなかったようだ。「今から三日後、四日間掛けて行われるんだ。初日は予選でグループに分かれての総当たり戦。二日目と三日目は予選で勝ち抜いた猛者が戦うトーナメント、四日目がその準決勝と決勝、そして表彰式をやる。因みに、前日までなら参加費を出して申請すれば誰でも参加OKだよ。少年も記念にどうだい? 剣も持ってるんだから弱いって事はないだろ? 参加費はたったの10000セルだし」「いえ、結構です。それにたったの額じゃないですよそれ」 男性に冗談めいた口調で勧められるけど、当然お断りする。俺はそこまで強くない。レベルで言えば漸く20に到達したくらいだ。マックスレベルの五分の一の値じゃ予選も突破出来ない気がする。まぁ、確かに男性の言う通り記念にはなるのかもしれないけど、負けるの前提で10000セルの参加費を払うのはなぁ。勿体ない。それだったら見学だけで充分だよ。「そうかい。まぁ、気が向いたら出てみればいいよ。参加申請は城の入口で行ってるからね」「だから、出ませんて」 冗談にしてはしつこいな。もしかしてもう一回出るのを勧めて来るのか?と若干身構えたけど、もう冗談も終わりのようだった。「ふふっ、まぁ、出る出ないに関係なく、今日はゆっくり休みなよ。長旅は疲れただろうからさ」 男性は労わるように俺の頭をぽんと叩いてくる。「はい、用事を済ませた後はそうさせて貰います」 俺は男性に頭を下げる。スーネルも同様に頭を下げたけど、リルは未だにキーホルダーを叩いて遊んでいた。何が楽しいんだろうか? 雑貨屋へと赴く前に一度荷物を部屋に置いておこうと思い、俺達はフロントの真横にあった階段を上って五階を目指す。流石にエレベーターはないか。まぁ、仕方ないか。でも、五階まで階段を上るのは、ちと骨が折れた。リルは息切れする事も無く上り切ったけど、俺は少々息切れ、スーネルに至っては肩で息をしていた。 やっぱり、エレベーターくらいは設置して欲しいな。


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