End Cycle Story

島地 雷夢

第29話

 まぁ、ああは言ったものの、やはり恐怖は消えなかったので亀裂から出た瞬間に俺はスーネルにリャストルクを預け、彼女の手を引いて即刻その場を後にした。スーネルは俺につれられる時に体力の回復と同時に緊張の糸が切れて気を失ってしまったらしい少年を一緒に連れて行って下さいと言ってきたので、負ぶって飛び出す。もともと負ぶっていた道具袋は小脇に抱えている。まだ『エンプサ・ブラッド』が使えるだけの『血継力』が残っていたのでそれはもう全力疾走――いや、走っては無いから全力疾飛とでも言えばいいのか? 語呂が変になったから普通に全速前進とか全速力とかって言った方がいい気がしてきた。あと、モーラーノーデムはボス級だったらしく『血継力』が増加したのでより長く飛べるようになった。 兎も角、俺はあの空間に男だけを置き去りにして迷路の道を飛んで引き返した。キルリの愛剣も戻ったし、少年は誰も殺さなかったので結果は成した。これ以上残る理由はないし、恐怖対象と何時までも一緒にいる理由は端から存在しない。故に俺は一刻も早くと自分を急かして飛んで行く。男は後方で何やらこちらに対して何か言っていたようだが無視した。関わる気は毛頭ないので。 少年を負ぶっていても翼を動かせるとは思ってもいなかったが、実際翼の可動域を邪魔しない程に小柄だったから為せる業なんだろう。あと、手を引いているスーネルが少し苦しそうにして地面に足を擦らせながら滑走してしまっていたのは、何ともいたたまれない気持ちになった。俺の所為で靴が壊れない事を載るばかりだ。 ついに『血継力』が尽きて『エンプサ・ブラッド』が解除されると、ゲージを見て確認していたから不意を突かれて翼が無くなったと同時に地面に顔面をぶつけて慣性の法則に従ってがりがりと皮膚を削られながら滑走する、と言う格好悪い現象は起こさず、翼が無くなる前に地面に足を着けて走っていた。その時にはスーネルも同様に引き摺られるのではなく、自分の足で地面を踏み締めて走っていた。 そのまま迷路を逆走していくうちに亀裂に巻き込まれてレガンアーム五体と遭遇する。しかし、亀裂に吸い込まれた事を僥倖と思った。単純に逃げていたのでは、何か男に追いつかれる気がしたからだ。追い付かれてそこから会話が始まってしまえば、恐怖感が薄らいだとは言ってもやはり恐怖は消えていないので真面な会話が成立するとは思えない。なので、何時間かはこの亀裂の中に隠れる事にした。 どのように隠れたかだが、レガンアーム五体の内四体を即行で倒し、残る一体は俺が『メンタルドレイン』の魔法を唱えて精神力を吸収し0の状態にさせて虚脱の状態異常を引き起こしたり、精神力が回復したらスーネルに頼んで『ウッドプリズン』で身動きを取らせないようにした。まぁ、正直な話、亀裂の中では隠れもせずにどうどうとその場に座り込んで休息を取っていたのだが、外の世界から隠れているのだから、立派に隠れていると言えるのだろう。 で、感覚的に三時間は隠れただろう頃合で『ウッドプリズン』で拘束されていたレガンアームを屠る。
『レガンアームを五体倒した。 1050セルを手に入れた。 経験値を580獲得した。 』
 その後も何回か亀裂の中へと吸い込まれて、レガンとノーデムを瞬殺していくも特にレベルも上がらず、アイテムも手に入れずに亀裂から脱出して、走りもせずに普通に歩いて出口を目指す。帰り道は壁に引いた線を頼りにしている。もし、これがなかったら迷って帰れなくなってたんだろうなぁ、と少々血の気が引く。こう言う時に転移系統の魔法があれば楽でいいのに、と切に思う。その事を口にしたらスーネルが「ありますよ」と言ってきた。あるんですか、転移の魔法が。 スーネル曰く、『レイトラルリターン』と呼ばれる魔法で、スーネル自身は習得しておらず知識だけがある状態だそうだ。効果としては、洞窟や建物の内部にいる時、入ってきた場所へと瞬時に移動する魔法。ただし自分のいる階層と同じ階層に内部へと入ってきた場所が無いと移動はされないそうだ。結構使い勝手が悪い気もするが、同じ階層ならば直ぐに出られるのでやはり重宝はするんだろうな。 とかそんな雑談を踏まえながらも洞窟からの脱出に成功する俺達。外に出るともう陽が隠れていてきらきらと輝く星が夜空を彩っていた。うわっ、迷路を突破して目的地にまで辿り着くのに結構な時間を使っていたらしい。予想としては陽が暮れる前に事を終わらせる算段だったけど、まぁ、いいや。 兎に角、まずはこの洞窟から離れて休める場所まで歩くとしよう。 洞窟から東に向かって三十分程だらだらと木々の間に作られた獣道を歩き、少し広めの空間へと出る。その空間の中央には岩が人工的に段組みされていて中で休めるような構造となっていた。一応中の様子を確認するが人がいた形跡が無かったので結構昔に休憩目的か、はたまた修行中の塒として拵えたのかは定かではないが、雨風をしのげるのは嬉しい。あ、でも今は雨降りそうにないか。 さて、と。俺は背負っている少年を降ろし、岩の壁に背を預けさせる。改めて近くで見ると頬が一週間前に見た時よりも痩せこけている。碌に食事を取っていないのだろう。遠目で見た時よりも顕著に分かる。それに唇がかさかさでひび割れもしている。水分もあまり取っていないようだ。髪の毛も汚れていてぐしゃぐしゃで変な風に撥ねている。服ももうぼろぼろだし、これ以上この服を着ている必要はないな。あ、あと汗とかの臭いも結構するな。まぁ、それは俺にも言える事だけど。 幸いなのは寝息が安定している事か。腹を空かしているだろうけど、スーネルの掛けた『ハイヒール』で生命力――この場合は体力かな? は回復しているので心配は今の所は過度にしなくていいようだ。 まぁ、それとこれとは別にして。やはり少年が目を覚ました時に何か食べられるものでも用意していた方がいいだろう。今の俺とスーネルの持ち物には林檎と林檎と林檎と……まぁ、殆ど林檎だけど。その他には再形成させた乾パンと昨日見付けた鳥の卵だけ。かなり心許ない食料だけど、ないよりはマシだ。そろそろ肉っ気が欲しいから、そこら辺にもしいるんだったら野兎とかを仕留めたい。 でも、現在はもう陽もとっぷりと落ちてしまっているのでこの時間帯の狩りは危険だ。熊に襲われたりだとか――いや、レガンとノーデムを倒せるくらいの力を持ってるから熊くらいはどうにかなるかもしれない。でも、不意を突かれたらそれこそ危ないのでやはりやめた方がいい。それに、暗い中での狩りなんて深夜のコンビニで食料を手に入れられる日本にいた俺はやった事が無い。と言うか、狩り自体はこの世界に来た時にセデンの家で厄介になっていた時の最初の二週間の内の数日だけキルリと一緒に野兎を狩っただけで、素人に毛の生えた程度の技量しか持ち合わせていない。 ほぼ素人の俺がやった事も無い夜の狩りなんかが成功する確率は極めて低い。仮にリャストルクや『ファイアショット』で点火して作る即席の松明でも拵えれば視界はある程度よくなるのだろうけど、野生動物の警戒心を余計に煽る行為なのでお勧め出来ない。 結局の所、狩りをして肉を手に入れるのは不可能であると言う結論に辿り着いてしまう。はぁ、こんな事になるなら、レガンとノーデムばかりを倒すんじゃなくて、合間合間に狩りもしておけばよかったと今更ながら後悔する。 まぁ、兎にも角にも今ある食材で出来うる限りの一品でも作ろう。あ、いや。作って貰おう。スーネルに。ぶっちゃけた話、俺よりもスーネルの方が料理の腕はいい。それはセデンの家に居候していた時に一緒になって夕飯の準備をしていたから分かっている。スーネル曰く、『孤児院では交代制で食事当番をしていましたので』との事。殆どと言っていい程に料理をしてこなかった俺とは違うな。俺よりも年下なのに、しっかりした子だよ本当。「スーネル、晩飯の準備頼んでいいか? 俺はこの子の体を拭くから」「分かりました」 スーネルは渋い顔一つせずにリャストルクを地面に突き刺し、光源を確保した上で軽くそこらの石を集めて円形を二つ作り、その中央にここに来るまでの間に地味に拾っていた木の枝を敷き詰め、火打石を道具袋から取り出して点火……は今回はせずに、魔法のコントロールが出来るスーネルは威力を抑えた『ファイアショット』で火を点ける。火を点け終るとフライパンを取り出して火の上に置き、充分に熱し終えると鳥の卵を三つ取り出して殻を割ってフライパンに中身を落とす。どうやら目玉焼きにするようだ。油を敷いていないので焦げ付く可能性があるが、そこはスーネルの技量でどうにかなると思いたい。 また、もう一つの焚き火の方には鍋を置いてそこに『アクアボール』で生成した水を入れる。これは俺からのリクエストで、この水は熱湯にせず、四十度くらいの湯にして貰う。その湯を片手に少年を抱えて岩の祠? とでも言えばいいか、そこから出る。そしてリャストルクの光源を得る為に戻って抜いて少年の近くの地面にに突き刺す。 人肌より少し暖かめの湯にした理由は至極簡単で、少年の体をタオルで拭く際に利用するからだ。俺は道具袋からタオルを二つ取り出して一つを湯に浸けて絞る。濡れたタオルを前髪を避けて泥やなんかで汚れた少年の顔へと当てて拭う。見た目以上に結構、いやかなり汚れていて、泥や砂埃の他に垢も結構大量に取れた。「面白いくらいに汚れが落ちるのう」 地面に突き刺したリャストルクも同様の感想を抱いたようだ。 ごしごしと拭うと取れるは取れる。俺とスーネルは流石に毎日はしていないけど二、三日に一度は『アクアボール』で生成した水を使って体を洗う事はしている。だからある程度の清潔さは保っている。けど、この少年は近くに川や湖が無かった所為か体を洗う事も出来ずにいたようだ。尤も、体を洗う時間も惜しんでずっと盗賊を捜していたのかもしれないけど。 さて、顔を拭い終わったから次は上半身でも綺麗にするか。血の汚れがもう固まってある種のペイントのようになっているシャツを脱がしてもう一度濡らしたタオルで拭う。体の汚れもどんどん落ちる。面白いくらいに。少年の体は栄養不足かやはり細くて腕も平均よりも細い気がする。こんな細腕でよくあの男の剣を弾く程の威力を出せたものだと感心する。 …………ん? ちょっと待て? 何か、変な違和感がある。確かに少年は痩せているけど、少しぷにっとしている。脂肪は付いているらしい。ちょっとだけだけど。 まぁ、いいや。違和感を感じても気にしてられない。それよりも俺はこの少年を綺麗にしないとな。上半身を拭い終えた俺は、少年に道具袋から出した俺の代えのシャツを着せる。サイズが合わずにぶかぶかだけど、まだ夜は冷えるから上半身裸のままだと風邪をひいてしまう可能性がある。何せ、今度は下半身を拭うのだから全裸は流石に可哀想だ。 もし少年が目を覚ましていたら下半身を綺麗にする事に抵抗するのだろうけど、別に同性なんだから気にする必要はないだろう。と言うか、少年の体を綺麗にする事を率先して俺がやる事にしたのは同性だからで、異性であるスーネルでは下半身へと手を出しづらいだろうと言う配慮もあるし、こうして距離も取って更に俺の体を使って向こうからは見えないようにしているので問題はない。 とか何とか独り言を心の中で呟いた俺は汚れきったタオルを片隅に置いてもう一つのタオルを湯に浸けて濡らして絞る。因みに髪は食後に洗おうかと思っている。髪は濡らすと乾かすのに手間がかかるが、スーネルがいれば加減した『ヒートウェーブ』なる魔法で簡易的なドライヤーで乾かす事が出来る。『ヒートウェーブ』は本来熱波を周囲の敵へと向けて放つ攻撃魔法だけど、加減をしまくれば暖かい程度にまで抑えられる。現在スーネルは調理の真っ最中なので『ヒートウェーブ』を使う事が躊躇われる。なので、髪は後回しにしている。 っと、そんな事を心の中で呟いているよりも、さっさと少年の体を綺麗にしないと。俺はこれまた血が染み込み固まって嫌な紋様を描いているズボンを下着ごと下ろす。「――――――」 で、絶句する。 落ち着こう。落ち着け。目を逸らそう。そして深呼吸をしろ。分かってる。深呼吸はテンパった脳内をクリアにする作用が少なからずあるんだ。逆に素数を数えて落ち着こうとするな。数えたって落ち着く訳ないからね。そしてリャストルクが白い目をしてこっちを見てる気がするが気の所為だ。剣に目が無いから白い目なんて出来る訳がない。 たっぷり息を吸って吐くを三回繰り返して、俺はタオルを持ったまま少年とリャストルクをそのままにしてスーネルの所へと戻る。「どうかしました? 何やら顔が赤いですけど」 目玉焼きを作り終えたらしいスーネルがフライパンを火から下ろしてテーブルのように出っ張っている岩の上へと置いたのと同時に疑問を投げ掛ける。あ、今の俺は顔が赤いのか。それは当然だな。と言うか、焚火の明かりだけなのによく人の顔色が分かるよな。もしかして夜目が利くのだか? じゃなくてっ。「悪い、スーネル。俺の代わりに拭ってくれないか?」 俺はスーネルに濡れたタオルを差し出しながら懇願する。「はい? はぁ、分かりました?」 いきなり何を言うんでしょうか? と言わんばかりに胡乱気な表情をした後にスーネルは俺からタオルを受け取って下半身丸出しのあの子の方へと向かう。俺はスーネルの向かった方向を見ずに目玉焼きを凝視する。あ、美味しそうだな。半熟の仕上がりではないのは恐らく食中りを危惧しての事なんだろうな。そしてフライパンに焦げ付いてないな。俺だったら確実に焦げ付かせて取るのに苦労するようにしてしまっていただろう。油を引いていないのにどうして焦げ付かないのか食事中にでも訊いてみ「……ソウマさん」 背後から冷たい声音が聞こえて、ぐさりと鼓膜と背中を刺してくる。でも、俺は振り向かない。決して振り向かないぞ。振り向いたらそれこそ一巻の終わりだ。「……まぁ、私も気付かなかったので仕方ないと言えば仕方がないのですが」 スーネルは溜息交じりに変な汗をかき始めて顔が火照っている俺に告げる。
「背負った時にこの子が女の子だったと気付いて下さい」
 そう、少年は少年じゃなく、少女だった。何せ、丸出しにした下半身に男性特有のアレがついてなかった。つまり去勢された……と言う訳ではなく、正真正銘最初から存在しなかった訳で、あの違和感の正体も今なら分かる。あれは少し胸に肉がついてたからだろう。記憶を逆再生してその状況を思い描きながら冷静に判断し、即座に自分の頬を殴り付ける。
『生命力:678/800』
 生命力が削れるくらいの威力を叩き出した。しかも100オーバーの威力とは。これは羞恥か憤怒から来ているのだろう。うん、きっとそうだ。そうに違いない。 俺、最低だな。知らなかったとは言え、本人の了承も無く意識の無い少女を裸にして体を拭いていたんだから。日本なら裁判沙汰だよ。 そう思うと自分を恥じる気持ちで一杯になり、俺はもう一発頬を殴った。
『生命力:398/800』
 何故かさっきよりも威力が上がっていた。



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