End Cycle Story

島地 雷夢

第27話

 二日も走ると、ごつごつとした岩がそこらに見受けられるようになった。そこから更に進むと蔦と木の根が張った崖の下の茂みの向かい側にある小さめの岩山の麓に出来た洞窟を発見した。その洞窟の奥から、惹かれる感覚が増した。「あの中だな」「待って下さい」 俺は降りてその中へと進もうとしたけど、スーネルが俺の肩を掴んで止める。「何だよ?」「……あの洞窟、人工的に作られたものです」 スーネルは目を細めて、崖下の洞窟を見据える。「え? 何でそんな事分かるの?」「やけに綺麗なアーチ型の入口をしていると思いませんか? あれは人の手が加えられているからだと思いますよ」 スーネルに言われて、俺も目を凝らしてよく見てみる。……確かに、あんまりごつごつとせずに綺麗なアーチ型の入口だな。自然に出来たんならもう少しごつごつ感があってもいい筈だし。いや、自然に出来た洞窟でも風や水の影響で滑らかになる場合もあるんだけど、これはそう言った類じゃない。ごつごつはしてないけど、滑らかでも無い。いや、滑らかではあるんだけど所々刺々しいと言うか、頑張って削って穴を掘りました的な感じの仕上がりとなっている。 そんな洞窟の中から惹かれる感覚があるのは、水流であの中へとキルリの愛剣が流れ込んだから。……とは、ちょっと考えにくいな。水流がここまで押し寄せたとは考えにくいし、それ以前にもし水流が押し寄せていたとしたらここらの蔦や木の根に引っ掛かっていた方が自然な気がする。「恐らくは、昔に作られた鉱石を採掘する為の坑道なのだと思いますが……そこを根城にしている者が恐らくキルリさんの剣を拾ったのだと」 スーネルが顎に手を当てて難しい顔をしている。「根城にしてるって」「まぁ、十中八九盗賊じゃろうな」 リャストルクが普通の声音であっけらかんと言ってのける。「盗賊……」「盗賊は大体がこのように人の手の届かなくなった古い坑道や、村人全員が同業者の村に住んでいますね。流石に普通の村や町に住んでいるような豪胆な者は稀ですが」 あ、普通に町に住んでる盗賊もいるんだ。俺の予想的には盗賊よりも怪盗のイメージかな。金持ちの家から颯爽と金銀財宝を盗んで何食わぬ顔して普通の生活をする、的な。 いや、そんな仕様も無い事に思いを馳せている場合じゃないな。盗賊と言えば、一週間くらい前に血濡れの馬車に遭遇して、その惨状を生み出したのが盗賊らしかった筈。場所を加味すると、もしかしたらあの馬車を襲った盗賊はもしかしたらここに住んでいるのかも。「……因みに、こう言った坑道でも亀裂は出現するよな?」「そりゃ出現するじゃろ。魔封晶が無い限りはの」 リャストルクが何を今更、と言った感じに溜息を吐いた。いや、実際には吐いたようには見えないんだけど。「と言う事は、あの洞窟に入って進んでいくと亀裂に遭遇する可能性がある、と」「そうですね」「……そしたら中に住んでる盗賊も昼夜問わずに亀裂に吸い込まれるんじゃ」「いえ、それは無いかと」 スーネルが右手を上げて説明してくれる。「盗賊も亀裂の現れる場所で寝るような自殺行為は行いません。なので奪った魔封晶の欠片を主要部分に設置して結界を敷いているんだと思います」「つまり?」「寝る事や休む事に関しては十全に……とまではいきませんけど、ある程度の安全は保障された空間があると言う事です」「成程」 まぁ、寝てる時に亀裂に吸い込まれたのではたまったものじゃないからな。対策は当然か。でも、奪ったと言うのは納得いかないな。きちんと買うか、見つけ出すかをしないと。 何て考えていると、崖下に人影が現れた。洞窟の中からじゃなくて、岩山の近くの茂みから。俺とスーネルはがさっと音がしたから身を屈めて下からこちらの姿を見えないようにして下の様子を確認する。「あっ」 現れた人影が誰かを確認した俺はつい声を出してしまい、直ぐに口を手で塞ぐ。幸いそこまで大きな声ではなかったので気付かれずん済んだのは僥倖だった。 崖下に出現したのは、つい一週間程前に出会った『フェンリル・ブラッド』の少年だった。初めて会った時よりも全体的に汚れが目立ち、頬がこけて見えるが、前髪で隠されていない灰色の左目には怒りの色が見えた。その瞳を見て少年が放つ憤怒を感じ取ってしまった俺は、背筋がぞっとした。こんな年端もいかない子供が、どうしてそこまで怒りに身を震わせているのかが想像出来てしまい、恐ろしくなったからだ。 少年は目の前の岩山にぽっかりと空いた洞窟を睨みつけると、そのまま駆け出して中へと入って行った。「あの少年、この洞窟の住人……ではありませんね。恐らくは」 スーネルは悲しみに彩られた瞳で洞窟の入り口を凝視していた。どうやら、スーネルも少年の放つ怒りを感じ取ったようだ。「あぁ。そうだろうな」 俺は頷き、立ち上がって崖を下りて行く。蔦と木の根を足場にし、それ等に足を取られないように慎重になって降りていく。スーネルも同様に降りていくが、時々足を取られてバランスを崩しそうになったので俺がそれを支えながら無理ない速度で下へと向かう。 崖を下り、洞窟の前まで来た俺とスーネルは、一度そこで立ち止まる。「……なぁ、スーネル。それにリャストルク」「何ですか?」「何じゃ?」 俺は元いた日本とは扱いが違うのだろうと思いながらも、確認の為に質問する。「敵討ちってさ、許されてるの?」「………双方の合意と、それを了承する二人以上の第三者がいれば、ですけど」 スーネルは重々しく頷く。「まぁ、今回ならば双方の合意も了承する第三差がいなくとも問題は無かろう。何せ、相手は盗賊じゃ。人を平気で殺す盗賊は殺されても文句はないし、そのような盗賊を殺したからと言ってもとやかく言われず、どちらかと言えば褒められる部類じゃな」 リャストルクが捕捉を付け加えてくれる。 そっか。やっぱり日本とこちらの世界とじゃ違いがあるな。日本だと敵討ちは禁止されてるし、何より人を殺した人を殺す事も罪だ。だから、日本では裁判を行って、罰を与えている。けど、この世界じゃどうやら裁判もなさそうだ。盗賊は悪だと。特に人を殺した盗賊は危険であり、一刻も早く消し去らねば何時かは自分も狙われるのではないかと。だから盗賊を殺す事は罪にはならないし、罰を与えられない。 だからと言って、少年に人殺しをさせるつもりは毛頭ない。 少年は、恐らくここに住んでいるであろう盗賊を殺そうとしている。親の敵、兄妹の敵として、自分の手で殺そうとしている。一週間程前に見付けた馬車の惨状。少年は、あの馬車に乗っていたのだと思う。そして、少年の服についていた血液は殺された馬か人の血を浴びたからついたのだろう。少年が盗賊と相対して生き残れたのは『ブラッド・オープン』が使えたからか、はたまた亀裂の中へと吸い込まれたからか。俺の予想としては後者だと思う。そして、ノーデムと相対して『ブラッド・オープン』が解放され、『フェンリル・ブラッド』に目覚めたんだと思う。 少年がこの洞窟を見付けた鍵は『フェンリル・ブラッド』に目覚め、それによって嗅覚が強化されて追跡が可能になったからだと予測する。一週間経って見つけ出したのは、あの日にスーネルが火事を消す為に作り出した水流によって周りの臭いが途切れ、掻き消えてしまったからだと思う。だから、盗賊の臭いが漂ってくるまで時間を要したのだろう。 どれだけ待ち望んでいた事なんだろう? どれだけ切望していたのだろう? 親の敵、兄妹の敵を討つ為に、死んでしまった家族の無念を晴らす為に、小さな子供は憎悪に侵されてしまった。それが、とても悲しい。 だから、俺は少年に人殺しはさせたくないと思っている。この世界での殺しが俺の世界よりも意味合いが違く、正当性があれば殺してもいいらしいのだが、それでも、小さい子供に、敵だ恨みを晴らすだのと言う黒くドロドロしい気持ちで殺しを行って欲しくはない。もしそんな気持ちで殺しをしてしまったら、心が壊れてしまうのではないか? と思えて仕方がない。 敵討ちは意味が無い。いや、意味が無い訳じゃないが、死んだ人はそれを望んでいない。死んだ人は、生き残った大切な人に少しでも長く生きていて欲しいと願っている筈だ。敵討ちは、下手をすれば返り討ちにあって命を失くしてしまう場合がある。敵討ちをしようとしている人物との力量差があればある程その可能性が高くなってしまう。 俺は少年の心を壊したくない、命を散らせたくないからこそ、少年を止める為に洞窟へと入っていく。スーネルも俺の後に続く。本当は残っていて欲しいけど、彼女には致命傷を与えずに相手を無力化する魔法があるから、一緒に来てくれる事は有り難い。それに、残ってくれと言っても訊きはしなかっただろう。スーネルのあの瞳を見てしまったら、彼女も少年を止めようとするのだろうと予感出来たし、実際に俺の後について来たって事は止めると決意している。 洞窟の中は暗かったので、スーネルに手渡されたリャストルクの発する光を頼りに進んでいく。 まるで簡易的な迷路だな、これ。 数メートル進めば分かれ道に差し掛かるし、周り回って元の場所に戻ったりした。念の為にリャストルクで壁に傷をつけながら進んで正解だったな。 洞窟の奥の方から惹かれる感覚があるのは分かる。分かるんだけど、どの道を進んでもその感覚が一定だからどっちの道を進めば辿りつけるのかが分からない。かなり煩わしい事この上ないな。 暗い洞窟を進んでいけば時々亀裂が出現してヘッジホッガーノーデムやレガンアームが襲い掛かってくる。それを俺はリャストルクで一閃して先へと進む。洞窟だと外に出現する亀裂の異空間と違い、周りと頭上を岩で囲まれ、何故か壁に打ち付けられいたランプの灯し火が仄かに照らす息が詰まりそうな空間での戦闘だった。妙に蒸し暑いと言う感覚にも襲われたけど、戦闘時間が短かったからあまり苦にはならなかった。でも、こんな閉鎖空間でレガンやノーデムとは戦いたくないなぁ。「ソウマさん」 とか何とか思っていたらスーネルに肩を叩かれる。「何か聞こえませんか?」「え?」 俺は耳を澄ませる。すると、壁を反響して物凄く小さいが人の話し声みたいな音が聞こえる。「これって」「もう直ぐ目的地に着くのだと思います」 それからは俺達は声のする方向を頼りに進んでいく。進んでいくとまた分かれ道に出てしまったけど、左側から橙の光が漏れて来ている。つまり、そちらの方に盗賊がいるようだ。しかも、声からして複数人。野太くしゃがれた声だから男の軍団だろう。 ……さて、ここまで来たら一気に行くか、それとも慎重に様子を見ながら向かうべきか。「考える間もなく、ここは慎重に行くべきじゃろう。一気に行けば意表をついて事を為し得るかもしれぬが、それ故に予測出来ない反撃を食らう事もある。じゃからここは陰に隠れて様子を窺い、隙を見付けてるのが得策だと思うぞ?」 俺の思考を読み取ったリャストルクは小声で提案してくる。まぁ、確かにリスクを冒してまで盗賊をどうこうする必要はない。 と言うよりも、俺は少年の代わりに盗賊を殺そうとも思っていない。俺もどんな相手だろうと、どんな状況だろうと人は殺したくない。恒久の平和を謳っていた日本で生まれ育ったからかもしれないけど、殺しはしたくない。 だから、俺は盗賊を無力化するだけに留め、後は村なり街なりに連行して後を任せるつもりでいる。自分は手を汚さないと思うととても卑怯な事をしているように感じてしまうし、自分で手を下さずに他人に手を下させようとしているのは偽善だろうとも思う。けど、それでも俺は人を殺したくはない。……かなり自分勝手だけど。まだまだ子供だよな、俺って。 明かりが差し込む道を進んでいくと、声が大きくなり、更に鼻孔に嗅ぎたくない匂いが入り込んできた。声は怒鳴り声だったり、助けを求めるような声だった。 この匂いを嗅ぎ取ってしまった俺は、走って突っ込もうと言う衝動を何とか抑えながらも、足音を立てずにどんどん奥へと向かう。惹かれる感じがここにきて更に強くなってきた。 ついに終着点間際まで来る。その頃になると声は止んでいた。丁度目の前の曲がり角の奥から強い光が反射してくるので、少し屈み、壁の陰に体を隠して僅かに頭を出して様子を窺う。 凄惨。 この言葉がしっくりと来る。 俺が見た空間は広く、ぎゅうぎゅう詰めにすれば三十人は入れる程で、壁には四個程ランタンが吊り下げられていた。奥の方には岩を削って造られた台座があって、そこに魔封晶の欠片が乗っかっていた。また、その台座には血飛沫が付着していた。 台座だけじゃなく、土と石が入り混じった地面、削り取られ、怪我をしない程度に丸められた壁にも血が飛んでいた。それは、部屋の中央に仁王立ちをしている男の仕業だと一瞬で理解した。 背丈はセデンよりもやや小さいくらいで、歳は二十代後半くらいだろうか? 少し逆立った短髪は夕暮れ時のような茜色で、両の瞳も病みの奥を見透かすように鋭い黄金色をしていた。少し厳つい顔だが、だからと言って近寄りがたそうな雰囲気を醸し出しているのではなく、どちらかと言えば人のよさそうな印象を受けるが、この状況では逆に警戒心を煽る、普通の人ではないと思わせるような精悍さを兼ね備えた顔をしている。羽織っている灰色のマントには血が付着しており、下に着込んだ黒のズボンと黒のシャツを血で汚れないように守っているようだった。リャストルクよりも大振りな剣を右手に携えており、刃には血と布と、そして肉が付着している。 そして、その男の周りには胸や背中を切られた男が七人、切られた箇所から血を流し、天を仰いでいる者は瞳に生気の色は感じられず、身動き一つもせずに横たわっている。倒れ伏している男達は皆、紅いバンダナに袖の無いジャケットを着込んでいて、手には背が反り返るように曲がった剣――曲刀と呼ばれる剣だったか?――を手にしている。どうやらこれで仁王立ちしている男に挑んだようだが、負けて切り伏せられたようだ。 床に倒れ伏している男達の中に、少年の姿がない事を確認し、ほっと胸を撫で下ろす。そして、嗅覚の鋭くなっているであろう少年よりもどう言う訳か早くここまで辿り着けたらしい。多分、少年はレガンとノーデムの亀裂で足止めを食らっているのだと思う。 ふと、倒れ伏している男の一人が持っている剣を見て、俺は目を見張る。 結構綺麗な鋼の刀身を持っていて、装飾も施されていなくてシンプルな作りだけど実用性に長けたフォルム。間違いない。あれはキルリの愛剣だ。恐らく、切り伏せられた相手は盗賊で、道端に落ちていたであろうキルリの剣を拾って自分の物にしたんだろう。 よかった……見付かった。 と安心したのも束の間だった。 じゃりっ。 背後で小石混じりの土を踏む音が聞こえた。スーネルがあまりに凄惨な場面に出くわしてそれを覗いてしまったから後ずさりしたのかと思い、後ろを振り向くが、そうじゃなかった。スーネルも同様に後ろを確認したのだから。 俺とスーネルの後ろには、少年が立っていた。息を切らしている所を見ると、レガンとノーデムとの戦闘を結構な回数こなしたようだ。そして、漸くここまで辿り着いたようだ。 少年は俺とスーネルを視界に入れていないように見える。少年の意識は、明かりが灯った少年の位置からでは見えない奥の空間へと向かっているのだろう。 少年にも血の匂いが鼻孔をくすぐっているだろう。けれども、それは些末な事でしかなかったようだ。「うぉぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」 雄叫びを上げると、少年は『ブラッド・オープン』をして獣人形態へと変貌し、明るい空間へと躍り出た。そして、恐らく少年の雄叫びを訊いて訝しんだが故に剣を片手で横に構えて出口を警戒していた男に、少年は口を大きく開けながら跳び掛かって行った。



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