End Cycle Story

島地 雷夢

第24話

「……なぁ、スーネル、リャストルク」「何でしょうか?」「何じゃ?」 俺は、つい隣に立っているスーネルとリャストルクに目の前の現状を信じたくないが為に問い掛けてしまう。「……これ、何だよ?」「……血塗れの馬車、ですね」「血濡れの馬車じゃな」 道から外れて木々の合間へと放置されている馬車。その馬車には馬が二頭繋がれたままだけど、二頭とも首を刃物で掻き切られて絶命させられている。また体には矢が数本刺さっている。そして、馬車の屋根にも矢が刺さっており、は馬の返り血で外面を、それとは別の血で開け放たれた扉の奥に見える内面を汚している。 エルソの町から出て、四日経った。最初は道を外れて歩いていたけど、段々と道を歩いた方が人と出会えるんじゃないか? と考えが過ぎり、スーネルに「それはそうです」と真顔で返され、リャストルクには「何を今更」と呆れられた。そんな訳で心にぐさりと来た俺は道へと戻ろうと森を突っ切っていたら、血の匂いがして、急いだらこの現場に出くわした。「……」 俺は辺りを警戒しながら、馬車の中を覗き込む。 人じゃなくて……亡骸に出遭ってしまった。 首を裂かれ、胸を突かれ、頭を割られた人の亡骸が四人。年端もいかない少女が一人に、三十代くらいの男女二人、それに壮年の男性が生気を失った虚ろな瞳が天井を向いている。顔は驚愕か恐怖に歪んでいる。「……盗賊の仕業ですね。身ぐるみが剥がされてますし、馬車に取り付けられる筈の魔封晶の欠片も見当たりません」 同様に馬車の中を覗いたスーネルが口にする。確かに、彼等はレガンやノーデムの亀裂が発生する道を馬車で移動していた筈なのに、食料も見当たらず、最低限身を守る武器を所持していない。「……盗賊」「物騒じゃのう」 リャストルクは溜息を吐くように声を漏らす。 そう言えば、この世界ではレガンやノーデムだけが脅威じゃないんだった。盗賊も普通に出没するってセデンが言ってたな。 まさか、殺しも平気でするなんて……。「……兎に角、この人達を埋めよう」「そうですね」 俺は馬車内で死んでしまっていた四人を外へ連れ出し、近くに穴を掘って埋葬する。四人それぞれの墓の上に、木の枝を刺す。苗が無いので、仕方がなく近くの木の枝を切り落として代用にした。石を積むだけでもよかったのだけど、一応こちらの宗教に従ってみた。 亡骸を運ぶ際に、かなり硬直していた事から死後結構な時間が経っていると分かった。まぁ、馬車にこべりついた血も乾いていたから、それだけ見ても、少なくとも半日以上は経っているんだと思う。素人眼だからあくまで推測だけど。 最後に、馬の遺骸も穴を掘って埋めた。馬の遺体をそのまま運ぶ事が出来なかったので、悪いとは思いながらも何分割かにして少しずつ運んだ。正直、貴重な蛋白質だったので少しくらい今晩のメニューにしようかと思ったのだが、偶然見つけた動物の死骸は食べない方がいいとスーネルに注意された。寿命や餓死で死んだのならあまり問題にはならないが、下手をすれば毒を食べて死んでしまった場合もあるそうだ。しかも、そう言った毒は体内に蓄積されてしまう為、その死骸を食べたら高確率で毒にあたるそうだ。 別に、毒消し草を呑めば問題ないじゃないだろうか? と訊いたりもしたのだが、毒消し草は自然毒にしか効果が無いらしい。特に人の手で殺されて放置された動物には人工的に調合された毒を用いられている場合があり、例え毒消し草を呑んでも毒は消えないそうだ。ならば状態異常に対する回復魔法は? と言う問いも毒消し草と同じ回答を得た。調合毒はそれに対応した解毒薬でない限り打ち消す事が出来ないのだそうだ。なので、下手に死んでいる動物――特に人の手で殺されたままの動物を食べる事はやめた方がいいと釘を刺された。 因みに、スーネルの言葉からレガンとノーデムの毒、それに恐らくあるのだろう魔法による毒は自然毒に分類されるのだと分かった。そうでなければ毒消し草で毒が消えない事になってしまう。また、これは仮説だけど、自然毒に分類されている毒は状態異常として出るのではないだろうか? そして調合毒は状態異常として出ない。毒消し草の説明にはきちんと毒の状態異常から回復すると書かれているので、ほぼ間違いないだろうと思う。 話が逸れたので、軌道修正をする。 亡骸達を埋め終えた俺とスーネルは、墓の前で眼を閉じて手を合わせる。 冥福を祈り終わり、血濡れの馬車から離れ、俺とスーネルは道へと出る為に歩き出す。が、少しふらついて木の根に足を取られて俺は転んでしまう。「……大丈夫ですか?」 スーネルが俺を助け起こしてくれる。「あぁ、大丈夫」 俺は首を振って、スーネルに支えられながら立ち上がる。 実際は、大丈夫じゃない。ちょっと以上に参っている。死んだ人は見て来たけど、人に殺された人を見たのは初めてだ。その事実が、俺に衝撃を与えてくる。この世界はただでさえレガンとノーデムの被害を受けているのに、どうして殺すんだろう。目の前の脅威を取り除こうとせず、自分の利益しか考えずに殺しを行うなんて、俺には考えられない行動だ。 ……あぁ、この世界も、俺のいた世界と根本は同じなのかもしれないな。 人間は自分の利益を優先する傾向にある。俺だって、この世界に来た時は生き残る為に嘘を吐いてた。別に、自身の利益を優先する事を恥じる訳でも、否定する訳でも無い。 けど、その為に他人を殺すのは許せない。 なんて思っていると、進行方向に亀裂が出現した。亀裂の色からしてノーデムのもので、何時吸い込まれても構わないように剣の柄に手を伸ばす。 が、吸い込まれる事は無かった。 代わりに、亀裂が開けて、そこから一人の少年が現れた。 この子……一人でノーデムを倒したのか? 年の瀬は十に届くか届かないかくらいで、灰色の髪は耳に掛かる程度の短さだけど、何故か右目を隠すようにその部分の前髪だけ長く、顎にまで達している。あと、後ろ髪が結構撥ねている。瞳の色も髪と同色の灰色だった。身なりはぼろぼろになったTシャツに半ズボンを履いており、その服には、返り血が付着していた。 先程の馬車での現場を見て俺はもしかしたら、あの馬車の生き残りなのか? と思った。でも、もしかしたら逆に馬車を襲ったのかもしれないとも思った。こんな子供だが、ノーデムを倒せる程の力を有している筈なので、人を殺せるくらい造作も無いだろうと頭を過ぎってしまった。奪い取った物品は亀裂の異空間に置いてきてしまったと考えれば一応辻褄は合う。かなり無理矢理な仮定だし、こんな子が盗賊な訳ないだろうと思うが、警戒はしないといけない。隣にいるスーネルも、僅かにだが顔を険しくし、半歩後ずさる。「………………せ」 すると、少年が何かを口にする。が、どうもか細くて聞き取れなかった。 そして、少年は目を閉じると、ふっと体の力を抜いて、いや、抜けたのか? ふらふらと体をふらつかせて前のめりになるように倒れる。「おっと」 俺は慌てて駆けより、少年を両手で支える。少年は見た目よりも軽かった。恐らく、俺と同じで身長体重の比率で痩せ気味と判定が出るくらいだと思う。もしくは、単純にこのくらいの歳の子供が軽いだけなのかもしれなけど。 軽く少年の体をゆすってみるが、眼を閉じたままだった。呼吸はしているから気絶でもしてしまったのだろうか?「……どうする?」 気を失ってしまった少年を支えながら、一応スーネルに尋ねる。「どうするもこうするも、放っては置けませんね」「だよなぁ」 何はともあれ、少年を背負ってこの場を離れて道へと出る事にした。盗賊かもしれないと言う考えは一先ず置いておき、このままにしておいてレガンとノーデムの餌食になるのは寝覚めが悪い。
 ……とくん。
「ん?」 何だ? 今、んん? 何て表現すればいいんだ? こう、変な気分に一瞬なった。「どうかしました?」 スーネルが急に立ち止まった俺を見て首を傾げる。「……いや、何でもない」 俺は頭を振って、俺は歩みを再開する。今となっては、もう収まっており、気にする必要はないだろうと勝手に判断した。 因みに、もう日が姿を隠し始め、空が綺麗な夕焼けによって赤く染まっていく。 それから一時間ばかし歩き、道へと辿り着いてから晩飯の用意を始めた。いや、用意といってもただそこら辺で枝を拾ってその周りを石で囲い、それに火打石で火を点けて、二人並んで座ってそれぞれで持参した携帯食料を食べるだけなんだけど。 固く焼かれた乾パンのようなものをがきがきと奥歯で砕き、水筒に入れてある水でふやかしながら食べ進める。 今思えば、俺がしようとしていた一人旅は水の確保を度外視していたと気付かされる。なんか、この辺に川が見当たらない。エルソでは噴水が普通に設置され、水道管も完備されていたのでこの世界では水は豊富なんだろうなぁ、と思っていた。実際豊富らしいんだけど、生憎と俺が進む先には川は無いそうだ。あるのは全くの正反対の方向。 その事を訊いて自分の計画性の無さを呪い、スーネルの魔法『アクアボール』で水を生成出来た事に彼女の動向を心の底から感謝した。少なくとも、スーネルさえいれば飲み水の心配は要らないのだ。 そんな便利なスーネルは自分の道具袋から小さめの鍋を一つ取り出して、その上に手を翳す。「アクアボール」 魔法名と共に、手の平サイズの水の球体が出現し、とぷんと鍋へと落下する。スーネルは水の入った鍋を焚き火を囲んだ石の上――丁度鍋が置けるくらいのサイズ――へと置いた。どうやらお湯を作るようだ。「それは?」「この子の為に、と。流石に冷たいものは体に障ると思いましたので」 スーネルは隣で横になっている少年へと視線を向ける。一時間ばかし経っても起きる気配を見せない少年。なんか、本気で心配になってきたな。
 どくん……。
「ん?」 何だ? 今の感覚は? 体がざわついたぞ? いや、正確には胸の辺りがだけど。俺は食べるのやめて、水筒を地面に置いて胸の辺りを擦る。が、これと言って痛くも無いし苦しくも無い。何なんだ一体?「……今のは?」 スーネルも食べるのを中断し、怪訝そうな顔で自分の胸に手を当てている。どうやらスーネルにも同じような症状が起きたらしい。「スーネルも、胸の辺りがざわついたのか?」「はい。貴方もですか?」「あぁ」 俺等二人してこのような症状が出るなんて、道中で変なものでも食べたか? いや、道中で怪しい物は拾わなかったぞ。……嘘です。林の中を突っ切る間も俺は『ロウサーチ』を駆使して小さな宝箱を見付けては薬草なり精神草なりを見付けて拾ってました。けど、明らかに食べられそうかなと思える野草の類いは断じて拾って食したりはしていない。知識が無いのにそこらの草を食べたら食中毒を起こす可能性があったので食べてないったら食べてない。 他に考えられる事は……。「もしかして、『アクアボール』の水を飲んだから、とか? 変な副作用があったりして」「それは有り得ません。もし『アクアボール』の水を飲んでこのようになるのなら、三年前からもうなっています。この症状は今回が初めてです」 スーネルが即行で否定しました。そうか、スーネルは三年前に『アクアボール』で生成した水を飲んだ事があるのか。どう言った事情かは、敢えて聞かないでおいてあげよう。「じゃあ、何が原因なんだ?」「さぁ? 私に訊かれましても」 スーネルは腕を組んで首を傾げる。スーネルも初めての事なので分からないようだ。「リャストルク、分かるか?」「知らぬよ」 この旅を始めてからずっとスーネルの腰に佩かれている偽石英剣リャストルクさんに訊いてみるが、どうもこの方も知らない御様子。 ……もしかして、空気を媒体にして感染していく病気とか? そんな訳ない。と言いたい所だけど、俺の世界でも風邪は空気感染もした筈だし、この異世界でも病気が空気感染する可能性も無くはない。と言うか可能性は普通にある。 と、するとだ。念の為『ヒール』でも掛けておいた方がいいのだろうか? でも、『ヒール』って病気に効くのか? 分からん。「スーネル。『ヒール』って病気に効くのか?」「いえ、『ヒール』系統の回復魔法は外傷を治せますが、病気は治せません」「そうか」 スーネルに訊いてみたが、首を横に振ってくる。「ですが、『キュア』系統の魔法は病気に効きます」「『キュア』……」 『キュア』。ゲーム『E.C.S』内では状態異常を回復させる魔法となっていた。この世界での回復魔法は名称が『E.C.S』の魔法と同じだ。その他の魔法は全然違うのに、どうして回復魔法だけ同じなんだろう? と疑問が更に増えてしまう。 が、これはこの際置いておいて、だ。「何かの病気かもしれないから、『キュア』を掛けてくれない?」「そうですね。キュア」 スーエルが首肯し、自身の胸と俺の胸に手を当てて魔法名を唱える。すると両手に淡い青緑色の光が現れて、俺とスーネルの体の中へと浸透していく。浸透していった箇所が、仄かに温かくなる。「……これで大丈夫の筈です」「あぁ、俺等はな」 俺はそう言いながら気を失ったままの少年へと視線を移す。「もしかしたら空気感染する病気の影響かもしれないから、この子にも『キュア』を」
 どくん……。
 掛けてくれ、と言おうとした瞬間に、また胸がざわついた。
 どくん……。
 スーネルもまた胸を押さえて訝しんでいる。『キュア』を施したから、病気ではないと分かった。だったら、これは?
 どくんっ!
 一際大きくざわつく。俺とスーネルはそのざわつきと共に、自然と、無意識のうちに少年へと視線を注いでいた。「……ぅぅうう」 少年は先程まで声を上げずに気絶していたのだが、苦しいのか歯を食い縛って顔を歪めている。「おい、大丈夫か?」 俺は慌てて少年に近付こうとしたが、すると少年はがばりと起き上がる「うぉあああああああああああああああああああああおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」 鼓膜が破れんばかりに星が煌めく夜空を仰いで絶叫する。 そして。「なっ!?」「えっ!?」 俺とスーネルは揃って驚きの声を上げる。 この瞬間、先程から感じていた胸のざわつきの正体が判明した。 血が騒いだんだ。 あの時――スーネルを瓦礫の中から救出してセデンに問い詰められた時は自分の保身の為に嘘を吐いていたけど、今回は本当に起こった。あの時俺の血が騒がなかったのはまだ『エンプサ・ブラッド』に目覚めてなかったからだろう。スーネルも、その時はまだ『エルフ・ブラッド』に目覚めていなかったと訊いているので、その仮説は間違いないと思う。 まさか、この少年も『ブラッド・オープン』が出来るとは。 絶叫を上げながら、少年の髪の毛は灰色から煌めく銀色へと変化し、髪と同じ色をした毛が生えた尻尾が出現し、耳は位置をずらし、頭頂部付近へと向かって形を三角形に変化させる。手の爪が伸び、口に規則的に並んだ歯は牙を彷彿とさせる鋭利さを誇り、髪の毛が逆立つ。前髪で隠されていた右目が露出し、灰色の左目とは違い、太陽のように輝く金色の瞳をしていた。 変化が完全に終わると、少年はまさに獣人とでも呼ぶべき姿へと変貌を遂げる。 これは――もしかして『フェンリル・ブラッド』か? いや、もしかしなくて確実に『フェンリル・ブラッド』だ。「おおおおおおおおぉぉ……」 絶叫、ではなくこれは雄叫び? を静め、天を見ていた顔をゆっくりと下げ、俺を睨みつける。 『フェンリル・ブラッド』を解放した少年は、そのまま俺の腹目掛けて爪の伸びた手を突き刺しに来た。
『クエスト『灰銀の孤狼』を開始した』
 しかも、何故かクエストまで発生した。



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