End Cycle Story

島地 雷夢

第21話

「……、……ぃ」 体を揺さぶられる。寝惚けているのかよく聞き取れず、誰の声か分からない。と言うよりも、俺はもっと寝たいのでそのまま無視を決行する。「……」 揺さぶりをしていたであろう誰かは、突如としてやめる。どうやら、俺を起こすのを諦めたようだ。よかったよかった。これで俺は存分に眠れ――。「まさにぃ起きろー!」「ぶべっ!?」 横を向いて眠っていたので、横腹に耐えがたい衝撃を受けて潰された蛙のような声を上げる。いや、実際に潰されたんだろうよ。この俺の声をより高音にしたような声の持ち主――俺の実妹によってな!「何しやがる真樹っ!?」 俺を起こすのにわざわざボディプレスをしてきた妹――加藤真樹の左腹と右腹をそれぞれの手で掴んで力一杯引き剥してベッドの上から落としに掛かる。「何の!」 真樹はあろう事か俺の腹部をホールドして、俺を道連れにしやがった。 ガタガタガンッ!「ったたた……」 しかも、真樹は俺をクッションにして衝撃を和らげやがった。あぁ、後頭部打った。いてぇなぁ……。 高等部を押さえながら、上半身を起こす。涙で視界が霞んでいるが、目の前には真樹がにっこりと微笑んでいる。俺と同じくらいの髪の長さで女子にしては短めの髪はスポーティな感じが出ており、見た目は可愛い方に分類されているので、こんな顔をされれば異性はきゅんとくるもんなんだろうけど、生憎と妹にそのような感情を表す程兄は節操ない訳じゃない。ぶっちゃけなんとも思わない。「おはよ、まさにぃ」 笑いながら片手を上げて目覚めの挨拶を交してくる真樹。まさにぃとは言わずもがな、俺の事だ。名前の正樹を少し略して兄を下に付けた呼び名だ。因みに、こう呼ぶようになったのは虐めの現場から助けた小五の時からだ。「……てめぇ、実の兄にボディプレスで起こしに掛かるとは、小五で事実上打ち止めになってた大喧嘩を再開させようと目論んでんのか?」 流石にこんな起こされ方をされるのはムカつくので、ドスの利いた声で妹を恐喝する。「そんな訳ないじゃん! 私はまさにぃの為に起こしたんだよ!」 真樹は手を横にぶんぶんと振って、必死に言い繕っている。「ほぅ、俺の為にボディプレスとな? 場合によっては罰を軽くして冷蔵庫に入っているお前のオレンジババロアを俺に献上するくらいで許してやる」「やめて! あれはお父さんが私の為に作ってくれた最高傑作なんだよ!?」 涙目になりながらもババロアを譲ろうとしない妹。まぁ、そうだろうよ。ババロアは真樹の大好物だ。それを俺に渡そうとする筈も無い。それに、流石に妹の大好物を献上させようとは思っていない。そこまで俺の心は狭くないのだ。「……冗談は置いといてだ」「冗談にしては辛辣だよ!」 辛辣なんて難しい言葉をよく知っているな、と思うが口にはしない。「で、俺をボディプレスまでして起こしたの理由は何だ?」「え? ひょっとしてまさにぃ、まだ寝惚けてる?」 失礼な事を平気で言ってくる妹だなオイ。眠気なぞボディプレスで明後日の方向へと飛ばされたっつぅの。真樹には俺の心の声なぞ聞こえる筈もなく、あっけらかんと言ってのける。「今日はまさにぃが昔から買いたがってたゲームの発売日だよ?」「……ゲーム、とな?」「……ほら、やっぱり寝惚けてる」 真樹はこれ見よがしにと盛大に溜息を吐いた。え? ゲーム? カレンダーを見て曜日を確認。木曜日だ。確かに何かしらのゲームが発売する日だけど、俺、何か欲しかったっけ? 俺は部屋の床で胡坐を組んで、更に腕も組んで首を傾けて記憶を掘り起こして見る。……駄目だ、全然思い出せない。「私は楽しみにしていたまさにぃの為に、ゲームの予約をしたお店の開店時間前に起こしてあげたのに……」 未だに状況が理解出来ていない俺に真樹は頬を少し膨らませて半眼で俺を睨んでくる。いや、別に頼んでないし。俺がその事を忘れているかららしいと言って言葉で不満をぶつけてこないで欲しいな。「まさにぃが六年前から欲しがってたゲームのリメイクだよ? ここまで言っても思い出さないの?」 六年前のゲームのリメイク……? もう一度カレンダーを確認する。えっと、今日の日付は何か印象深いんだけどそれが何か……って、あぁ。思い出した。「そうだったな。今日はあれの発売日だった」 手をぽんと打って事態を把握する。そうだよ。今日は待ちに待ったリメイク版の発売日じゃないか! それを忘れるなんて、俺もどうかしてるぜ本当。「やっと思い出した?」「思い出した思い出した。悪いな真樹。起こして貰って」 時計で時間を確認すると八時少し前。予約を入れた店が九時開店で、家から三十分で行ける所にある。今から朝飯を食べて身支度を整えるだけの時間がある。そんな時間に起こしてくるとは、俺の妹は兄想いな奴だな。礼を兼ねて、俺は真樹の頭をわっしわっしと撫でる。「ちょっ! やめてまさにぃ! 恥ずかしいよ!」 頬を赤らめて俺の手を振り解こうとする妹。いや、別に恥ずかしくないだろう。ここには俺とお前しかいなんだから。「と、兎に角! 起こしたんだから早く身支度整えて受け取りに行ったら?」 俺の撫で撫でから脱出した真樹は顔を赤らめたまま立ち上がり、どすどすと床を鳴らしながら俺の部屋から出て行った。そこまで恥ずかしかったのか? 頭を撫でられるのが。まぁ、いいや。俺もさっさと着替えて飯食ってゲームを受け取りに行こう。「御予約された商品はこちらでよろしいでしょうか?」「は?」 そう思っていたら、何時の間にやら予約していた店のカウンターに突っ立っていた。しかも、服も着替えられている。季節が冬なのできちんとコートを着ているし、何が起きたんだ?「お客様?」 店員がきょどってる俺に声を掛けてくる。「あ、いえ。何でもないです」「そうですか。……それで、商品はこちらで間違いありませんか?」「はい、それです」 俺は店員が手にしてこちらに見せてくるゲームのパッケージを見て首肯する。……細かい事は気にしないでおこう。あまりにも欲しいと言う気持ちが強過ぎてここに来るまでの記憶がすっぽりと抜け落ちてしまったんだろう。若いうちから健忘症はヤバいが、気にしない気にしない。気にしたら多分負けだ。 そう、俺はこれが欲しかったんだ。 ――『エンド・サイクル・ストーリー』。通称『E.C.S』を。「……あれ?」 何時の間にやら店から出ていたらしく、今度は見知らぬ場所で突っ立っていた。目の前には瓦礫が山積みされている。そして、俺の横では一人の少女が瓦礫を避けていた。 何やってるの? と質問を投げ掛ける前に、少女が答える。「私も手伝うから。早く瓦礫を退けよう」「あ、ありがとう」 何故か分からないけど、俺は礼を述べていた。「礼はいいから、早く」 何だ? この状況は何だ? どうして俺は瓦礫を退ける作業をしようとしてるんだ? この少女は誰だ? ウェーブの掛かった赤毛に空色の瞳をした少女なんて見た事が無い。それに、俺の服装もまた変わってる。こんなジャケット、俺は持ってない。持っていない筈の衣服を何で俺は身に着けているんだ?「ソウマ」 また場所が変わっていた。今度は何処かの家の台所らしい。しかもガスレンジやIH調理器具でもなく釜戸ときた。現代日本じゃあまり御目に掛かれない調理器具だ。「ソウマ、人参切って」 先程の少女がエプロンをしており、微笑みながら俺に人参を差し出してくる。「ソウマ、次行こ」 また変わった。今度は何処か林の中で、少女が腰に剣を佩いて俺に手を差し伸べて来ている。「ソウマ、まだまだなってないね」 また……。夜の林で木剣を俺の首に突き付けながら少女が溜息を吐く。「ソウマ、頑張ろ」 ……少し開けた空間で、少女が俺の横に並んで剣を構え、真剣な眼差しで目の前で同様に剣を構えている男性を見据えている。「ソウマ、今日もお疲れ様」 何処かの家の中で、タオルで髪に含んだ水分を拭き取りながら少女が瓶に入った冷えた牛乳を俺に差し出してくる。「ソウマ、ありがとう」 見た事も無い町の建物の前で、少女がナップザックを胸に抱き、頬を赤く染めながら俺に礼を言ってくる。「ソウマ、美味しい?」 噴水の端に座って、少女がバケットに入っているサンドイッチを食べていたらしい俺に上目遣いで味の感想を聞いてくる。「ソウマ」 少女は俺を見ながらそう呼んでくる。「ソウマ」 ソウマって何だ? 俺の名前は加藤正樹だ。「ソウマ」 何で少女は俺を名前で呼ばないんだ?「ソウマ」 何だ? どうして俺は名前で呼ばれなくても安心してるんだ?「ソウマ」 …………俺は、どうしたんだ?「ソウマ」 どうして、この少女の声を聴くと胸が暖かくなるんだ? どうして、この少女が元気な姿を見て安心してるんだ? どうして、この少女の傍にいたいなんて思うんだ? 分からない。 分からない……。 誰か、教えてくれ。俺はどうしたんだ? 俺の身に何が起こったんだ?「ソウマぁぁああああああああっ……!」 劈くような声を上げ、少女が俺を呼ぶ。少女がいるであろう方向へと視線を移すと、少女が何かに胸を貫かれている光景が目に入った。「――――あ」 思い、出した。 ソウマは……俺の名前だ。ソウマ=カチカ。『E.C.S』ゲーム内での俺の名前。俺はこの『E.C.S』に似た世界ではソウマ=カチカを名乗っているんだ。 そして、少女――キルリ=アーティスは、この世界に来て初めて会った人で、一ヶ月共に過ごした人。 俺はキルリと一緒にレガンクインビーを倒して、レガンキングビーに胸を貫かれた。 そうだ。俺は……生命力が0になって、死んだんだ。 それを自覚すると、俺の視界は黒一色になった。いや、俺の体はきちんと色がついている。俺の周りの空間が黒く塗りつぶされているんだ。 ここが死んだあとの世界? 音も無くて、温度も無い。ただただ、黒いだけの空間。 俺が最後に見た光景はキルリが胸を貫かれていく光景。キルリも……助からなかった。助けられなかった……っ。 俺があの時レザルト画面が出ない事を訝しんでいれば、こんな事にはならなかっただろう。 俺があの時英語の意味を理解していて針を切り付けて破壊しようとしなければ、こんな事にはならなかっただろう。 ……全部、全部俺の所為だ! キルリを死なせてしまったのは、俺の所為だ! 死ぬんなら、俺一人で充分だったのに! なのに……なのに……っ! 俺は歯を食い縛る。頬を涙が伝ってくる。後悔する資格なんて俺には無い。涙を流す資格なんて俺には無い。俺の所為で、兄を捜していた少女を目的も果たせぬままに死なせてしまった! 何時も俺の傍にいてくれていた少女を守れなかった! 守れたであろう人の命も守れずにのうのうと死んでしまった俺に後悔する資格も、涙を流す資格も無いんだ!
――貴方は、どうしたい?――
 ふと、前から声を掛けられた。俺しかいないであろうこの空間で、音が死んだこの空間で確かに声を聴いた。 前を見ると、そこには何時の間にか透けるような金色の髪をした妖艶な女性が立っていた。 その女性は奇怪な姿をしており、右足が金属の義足を取りつけており、左足は蹄のある馬のような足。両の手の指の爪はとても長く、それに触れれば皮膚なぞは軽く裂かれるだろうくらいに鋭利だった。そして、そんな女性の背中には浅黒い皮膜に覆われた蝙蝠のような翼が生えている。
――もう一度訊く。貴方は、どうしたい?――
 目の前の女性が口を開けて、脳をとろけさせるような甘美な響きを持つ声音で再び俺に訊いてくる。「どうしたいって……もう、どうにも出来ないよ。死んじゃったから……」 俺は女性の眼を見ず、自分の足元を見ながら呟く。そう、もうどうにも出来ないんだ。俺は死んでしまったから、何も出来ない。それに、今となってはもう全てが終わってしまったのだから、何をしようにも、遅過ぎだ。
――諦めるの?――
「……何を?」 何を飽きらめるって?
――キルリ=アーティスを、助けたくないの?――
「っ!?」 女性の一言に、俺ははっと顔を上げる。「それは……どう言う」
――言葉の通り。今ならまだ、キルリ=アーティスを助けられる。キルリ=アーティスは、まだ死んでいない――
 その言葉を耳で捉えると、俺は全身の力が抜けて膝を地に付けて首が下がり、視線を地面に向ける。 そうか。まだキルリは生きてるんだ。まだ助かるんだ。よかった。死んでなくて本当によかった。「でも、俺には助けられない」 そう、これだけはどうしても叶わないんだ。
――どうして? 諦めるの?――
「仕方ないだろ! 諦めるしかないだろ! だって! 俺は死んじまったんだよ! もうあの世界の土を踏み締める事も、あの世界の空気を吸い込む事も、あの世界の食べ物を食べる事も出来ない! キルリに……手を差し伸べる事も出来ないっ!」 俺は顔を上げ、一気に捲し立てるように女性に俺の心の内を漏らす。そう、死んでるから俺はキルリを助けられない。助けられないのに、どうしてキルリがまだ助かるなんて教えてくるんだよ!? 変な希望を持たせるくらいなら、知らなきゃよかった! 知らなければ、助けられる希望を持ちながらも何も出来ずに死んで逝く自分を呪う事も無いのに!
――大丈夫。貴方も、死んでない――
 世界が凍りついたかと思った。それ程までに、今の言葉は俺にとって衝撃的だった。「今……何て言った?」 確認の為、俺は女性に訊き返す。
――貴方は死んでない。まだ、生きてる――
「本当、か?」 掠れる声で、俺はまた聞き返す。だって、俺の生命力はもう0なんだぞ? なのに、まだ生きてるなんて信じられない。
――本当。貴方の生命力が尽きて死ぬ寸前に、心だけを私がここに連れてきた。時が死んだ、夢の世界に――
 女性は俺の眼を真っ直ぐと見据えながら伝えてくる。「そんな事、出来るのか?」
――貴方限定、だけど――
「何で、俺限定なんだ?」
――今は、教えられない。貴方はまだ、この世界の真実に辿り着いていないから、教える事が出来ない――
「この世界の真実?」 どう言う意味だ? 確かに俺はこの世界の事はあまり知らないけど、俺が考えているのとは別の方向でこの世界を知っていないと言っているように聞こえる。
――それで、貴方はどうしたい? キルリ=アーティスを助けたい?――
 これ以上触れられたくないのか、女性は俺に何度目かになる質問をしてくる。 そうだ。今はどうして心だけここに来たのか、この世界の真実だとかは、どうでもいい事だ。「俺は、キルリを助けたい」 俺がまだ生きているなら、キルリを助ける事が出来る。救える命を救う事が出来るんだ!
――でも、このまま夢から覚めても、直ぐに死んでしまう。それでも、助けたい?――
「当たり前だろ。キルリには世話になりっぱなしだった。この世界での支えだった。そんなキルリに恩返しがしたい。例え一万分の一秒、一億分の一秒しか生きられないとしても、その間にどんな手を使ってでもキルリを助け出す!」
――それが、貴方の本心?――
「そうだ!」
――元の世界に、帰れるとしても?――
「――は?」 いきなり何を言い出すんだ? 俺の情けない声と共に、女性は右腕を横へと翳す。すると、そこだけ黒が無くなりある景色が浮かび上がってくる。 そこに写っていたのは――俺の家族だった。 父さんに母さん、それに真樹が三人で幸せそうな顔をしながら居間のソファに座って談笑している。今となってはとても懐かしい、俺の日常であった何時もの風景。 帰れるのか? もう帰れないと諦めてた元の世界に、帰れるのか?
――帰ると知っても尚、貴方は先程と同じ事を言える? 元の世界に帰るのなら、貴方はこの世界に来る前の状態で、来る直前の時間に戻る事になるから、死ぬ寸前じゃなくなるし、支障が出ないようにこの世界で得た記憶を失う。そして、帰れるのは今この瞬間だけ――
 翳した腕を下げると、家族が笑い合っている光景が掻き消え、黒に戻る。女性は真っ直ぐと俺の眼を見据えて問い掛けてくる。
――最後に、もう一度だけ訊く。貴方は、どうしたい?――
 ――――俺は。「キルリを助けたい」 迷う事無く、はっきりと告げる。確かに、この女性の言った通りなら、元の世界に戻ってここでの記憶を忘れ、遠い過去に置き去りにされた本来の日常を取り戻してそれ相応の人生を送る事が出来るだろう。 でも、そんな事よりも、俺はキルリを助けたい。世話になった人が死にそうになってるのに、何時も俺の傍にいてくれる人を見捨てて、自分だけのうのうと生きようなんて思わない。助けずに記憶を綺麗さっぱり無くして戻るくらいなら、俺は例え直ぐに死ぬんだとしても、一緒にいたいと思う人を助ける事を躊躇いも無く選ぶ。
――そう――
 俺の返答に、女性は納得したかのように笑った。
――それでこそ、私の力を授ける事の出来る唯一・・の存在――
 女性は微笑みながら、一歩、また一歩と俺に近付き、俺の頭に手を乗せる。
――貴方が、この止まる事無く回り続ける無慈悲な世界を終焉エンド・サイクル・ストーリーへと導いてくれると信じて、私の力、夢魔の力を授けよう――


『『ブラッド・オープン』が解放されました。 悪夢を操る夢魔の血――『エンプサ・ブラッド』の力に目覚めた。 専用スキル『ナイトメア』を習得した。
 生命力:600/600 精神力:1/60                      』




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