End Cycle Story

島地 雷夢

第17話

 兎にも角にも、俺はこの傷を治すべく、動かない腕に全神経を集中させ、ゆっくりとだが胸から枝を引き抜く。引き抜くと、栓が無くなった傷口から噴水のように血が湧き上がり、余計に肺に血液が蔓延し始めた。幸いなのは、心臓と大動脈、大静脈を避けて刺さっていた事だろう。「ヒール……ヒール、ヒール……ヒール」 抜いて直ぐに傷に手を翳してレベルが9になった時に覚えた回復魔法『ヒール』を重ね掛けする。『ヒール』は精神力を10消費して生命力を少し回復する魔法であり、擦り傷や切り傷くらいならば治療する効果もあるが、骨折や胸に開いた孔を癒す程の力はない。けど、気休めでも体の状態を楽にする為に四度唱える。傷口に当てた手から光が発せられ、傷口を包み込む。
『生命力:431/500 精神力:10/50  』
 生命力が回復し、胸の開いた孔にも膜が張ってこれ以上の血液の流出は防がれた状態になった。どうやら『ヒール』を重ね掛けする事で効力が高まるらしい。偶然この場で知れたのは運がいい。 現在の俺のレベルは9であり、ステータスポイントを均等に振れるようになった為に能力値を強化しておいた。
『レベル:9 ステータスポイント:4 生命力:431/500 精神力:10/50 物理攻撃力:20→21 物理防御力:20→22 魔法攻撃力:20 魔法防御力:20 敏捷力:20→19 運命力:10 状態:普通 次のレベルまであと1478の経験値が必要』
 俺は道具袋から精神草を二つ取り出して呑み込み、精神力を回復させてからもう一度膜が張られた胸に手を当てて『ヒール』を唱える。
『生命力:500/500 精神力;40/50  』
 生命力を満タンにし、傷口をもう少しだけ真面な具合にして立ち上がる。その際に胸を叩いて肺に残っていた血液を一頻り吐いて呼吸を楽にさせる。流石に『ヒール』では生命力は回復出来ても失った血までは戻せず、頭がふらつく。地面に出来た赤い水溜りが木の根元を湿らせている。 俺は辺りを見渡して一緒にいた門番――ゴールグ=ウルムを捜す。ゴールグは運よく俺の直ぐ近くで倒れていた。また、俺のように枝が胸に刺さっていると言う洒落にならない状態ではなく、単に背中を着に打ち付けてしまっていたようだ。「ゴールグさん、大丈夫ですか?」 ふらつきながらも、小走りで門番の人の下へと近寄る。年は二十代後半で、俺と同じくらいに長い青髪と同色の瞳をしており、端正な顔立ちから町の女性に人気である彼の顔は苦痛で歪められている。「あ、あぁ。俺は背中を打っただけで無事だ」 背中を擦りながらも、しっかりと大地を踏みしめながら立ち上がるゴールグ。少しふらっとしたが、それは背中の痛み故だろう。脊髄には損傷は見られそうにないが、素人眼だと判断つかない。「俺よりもソウマ君の方は大丈夫か? 口から血を流しているぞ? それに、服の胸の部分が変な風に破れているが」「俺は大丈夫です。先程自分で『ヒール』を掛けて回復しましたので」 そう言いながら俺はゴールグの背中に手を当てて『ヒール』を発動させる。これで背中の痛みはなくなるか和らいだ事だと思う。脊髄損傷していたとしても、少しはマシな状態になっただろう。
『精神力:30/50』
「ありがとう。っと、こんな所で時間を潰している暇はないな! 行くぞソウマ君!」 ゴールグは頭を下げて俺に礼を言うと、直ぐ様町の方へと走っていく。俺も遅れまいと後に続く。「あの、一体何が起きたんですか?」 クエストが発生して今、レガンとノーデムが町に出現しているのは分かっているが、それはあくまでもゲーム『E.C.S』の情報だけで、詳細は知らない。ゴールグも知らないかもしれないが、訊かないよりも訊いた方がいいと判断して質問をぶつける。「どうやら、レガンとノーデムがこの町の魔封晶を壊したようだ」 苦々しくゴールグは答える。「魔封晶を?」「ああ。さっきの白と黒の柱が落ちた方向にな、魔封晶が設置されてるんだ。恐らく、あの柱で魔封晶は砕けた筈だ。いや、筈じゃないな。ほぼ対極に位置していた俺達が衝撃で吹き飛ばされたからな。もう壊れたのは確実だ」「壊れた魔封晶の場所は何処ですか?」「見た感じ、北門と北東門の間、それと北東門と東門の間だな。他の六個は無事そうだが、二つも壊されるとそこからレガンとノーデムが湧いてきちまうな」「湧くとは?」「町の魔封晶を壊す場合はな、大抵レガンとノーデム共は亀裂から湧いて人を殺しに来るんだ。普段は亀裂に引き込むのに、町を攻撃する際には亀裂から出てきやがる。実際、十年前に起きた『フェスネルの災害』だと死傷者がかなり出たな」 くそっ! とゴールグは吐き捨てる。どうやら、やはりレガンとノーデムはアクティブフィールドに出てくるようだ。「兎に角、俺達はまず町民を安全な場所へと避難させて、壊れた魔封晶の所へ行ってどうにかしないといけない!」「この場合の安全な場所と言うと、壊れていない魔封晶の所ですか?」「そうだ。奴等も流石に魔封晶の近くには来れないらしくてな。こんな事態になった場合は壊されなかった魔封晶が設置されている場所へと避難するんだ。今回は念には念を入れて、避難場所はなるべく壊された魔封晶から離れた所だな」 そして、町の南地区へと戻ると、そこは凄惨な空間と化していた。 建物は衝撃によって壊されており、無傷なものは無く、よくて壁が剥がれ落ちたものだが、大抵の建物は半壊か全壊して瓦礫を形成している。道を作る石畳も剥がれて、原形を保っている建物に突き刺さっている。 逃げ惑う人々を問答無用に襲うレガンドールにドギーノーデムの群れ。この一角だけでもそれぞれ五十以上、計百以上もいる。魔封晶を壊された場所から遠い地区の筈なのに、これ程の数がいるとは予想しなかった。ここでこれだけの数なのだから、壊れた魔封晶の付近ではもしかしたら倍はいるのかもしれない。 襲ってくる奴等に薪を割る為の斧や鉈を片手に応戦する人もいるが、あまり成果は芳しくなく、そのように奮闘する人達が真っ先に標的にされ、振るっていた腕にドギーノーデム噛み付かれ、食い千切られて悲鳴を上げる。そして喉元を食い破られて絶命していく。レガンドールも反撃を意にも介さず腕を振り回し、人の頭を陥没させたり肋骨を折ったりして命を刈り取っていく。 人が死ぬのを目にした事はある。一年前に経験した大震災の時だ。俺と家族は無事だったけど、近所の人で亡くなった方も出た。それくらいに大規模な地震であった。でも、これはあの時以上にも酷い。惨い。そう思うのは地震は自然災害で、これは自然なぞ関与していないからだろう。 自然に力には勝てないから、自然によって引き起こされた災害に見舞われるのは仕方がない事だ、と俺の中で割り切っているのだろう。だからより一層目の前に広がる光景が俺の胸を深く抉り、吐き気を催してくる。そんな吐き気を理不尽に蹂躙してくるレガンとノーデムに対する怒りで無理矢理収める。「くそっ!」 ゴールグは苦言を吐き捨てると、腰に佩いている剣をすらりと抜き、近くでレガンドールに襲われそうになっている子供の下へと走り、一閃する。この一撃でレガンドールは消滅しなかったが、注意を逸らす事には成功した。「ソウマ君! 君は皆を魔封晶の所へと誘導してくれ! 俺はここで奴等の相手をする!」 注意を逸らしたレガンドールにもう四撃加え、光の粒子へと還させながらゴールグは俺にそう言ってくる。「いえ、俺もやります! ゴールグさん一人じゃこの数は無理です!」 一人対百以上は相手にならない。この南地区には何故か他に門番が見当たらない。もしかしたら他の地区でレガンとノーデムを対処しているから、こっちまで人手が回せないのかもしれない。他に戦えそうなのは俺だけだ。だからここは俺も残った方がいいと思った。けど、ゴールグはそれを拒否した。「そんなの分かってる! けどな、二人して相手しても状況が変わるとは思えない! それに、魔封晶の下へと行く際にも奴等は問答無用で襲い掛かって来るだろう! 避難の際にも被害を少なくする為に、君は彼等を守りつつ誘導するんだ!」「でも!」「行け! ちっ! スラッシュ!」 叫びながら近くに迫ってきたドギーノーデム三体を『スラッシュ』の一撃で地へと還す。「……分かりました! 誘導を終えたら直ぐに戻ってきます!」 俺はゴールグが助けた子供の手を引くが、足が竦んで恐怖から震えてい動く事も儘ならない状態だったので、少し無理な姿勢を取らせてしまったが背負い、ゴールグの下から去り際に道具袋から精神草と薬草と回復薬を五ずつと念の為に毒消し草を二つ――俺の手持ちの半数を置いていく。「薬草等は置いていきます! あと、なるべくレガンとノーデムは別々じゃなく同時に相手取って下さい! そうすれば敵対している奴等は優先的に殺し合いを始める筈ですから!」「分かってる!」 ゴールグは薬草達を片手で掴んでポケットと道具袋に無理矢理捩じ込むと、レガンとノーデムが闊歩する空間へと躍り出た。「皆さんこっちですっ! 南門と南西門の間の魔封晶の方に逃げて下さい!」 俺は逃げ惑う人々に聞かせるように大声を張り、逃げる人達に襲い掛かってくるレガンとノーデムに銅屑の剣で連撃を加えて消滅させる。逃げている人はおよそ四十人。南地区に住んでいる人は百人はいた筈だ。つまり、半数以上は殺されてしまった事になる。いや、単純に別の魔封晶の所へと行っているのかもしれない。そう信じよう。「スラッシュアッパー!」 建物の屋根から跳び掛かってくるドギーノーデム二体に俺は背負っていた子供を近くを併走していた女性に預けて『スラッシュアッパー』を襲い掛かってきたノーデムにぶつけて首を切り落とす。『スラッシュアッパー』はキルリと同様、セデンに教えて貰い、つい先日覚えたばかりの特殊技だ。精神力は10消費するが、『ファイアショット』の二倍以上もの威力を誇り、上からの奇襲で攻撃を食らう前に先手を取れるので覚えておいてよかったと思う。
『精神力:20/50』
 精神力が半分を切ったので、精神草を呑み込んで回復をしておく。
『精神力:40/50』
 南地区を抜け、林の中を掛ける。俺は逃げる人の最後尾で迫ってくるレガンとノーデムを蹴散らしながら、時折戦闘に躍り出て魔封晶のある場所へと軌道修正する。息が上がるが、それでも無理して走り続ける。ここで俺が遅れてしまえば町の人達も遅れてしまう可能性が出てくる。遅れれば遅れる程生存確率は低くなるので、俺は銅屑の剣の腹で太腿を叩いて喝を入れる。 林の中を駆け、遂に開けた場所へと到達した。この場所は南門と南西門の丁度中間辺りに位置しており、石で出来た台座の上に俺と同じくらいの大きさの魔封晶が鎮座している。この空間に出ると、レガンもノーデムも襲ってこなくなった。どうやら、魔封晶はきちんと効力を発揮しているようだ。 ここまで来るのに、更に数人が犠牲になってしまった。俺は守り切れなかったが、それでも助けられた人はいた。今は助けられなかった人に懺悔をするよりも、一人でも多くの人を助ける為に動くしかない。「皆さんはこの魔封晶の近くから絶対に離れないで下さい! ここは安全です!」 俺は念には念を入れて皆を魔封晶の傍まで誘導し、この開けた空間から出ないように釘を刺してゴールグの手助けをする為に、南地区へと舞い戻る。 開けた空間から出ると待ってましたとばかりに次々と襲い掛かって来るので、『スラッシュ』で一蹴して先を急ぐ。
『精神力:30/50』
 特殊技を使わなければ一撃で倒せないのがもどかしい。二週間前まで行っていた罰として亀裂を少なくしている際には自分の成長の為と思って銅屑の剣で切っていたが、今回はリャストルクを使いたい。リャストルクでならば、特殊技を使うまでも無く一振りで消滅させられる程の攻撃力を備えている。こう言った殲滅戦になる場合はリャストルクが適任だ。 しかし、そのリャストルクは今日もセデンの家に置いてきてしまっている。このような事態になるとは思っても見なかったからだ。 でも、俺が使わなくても、キルリかスーネル辺りが使うかもしれない。彼女等は今日もセデンの家で家事を行う予定でいたので、あの白と黒の柱が落ちた時にセデンの家にいた可能性が高い。キルリは自前の剣を使うだろうけど、スーネルは剣を持っていないのでリャストルクを使うだろう。魔法は精神力――いや、彼女の場合は魔力が無くなればそこで終わりだ。ジリ貧にならない策も持っておくべきだろう。 それに、スーネルはリャストルクを普通に使えるらしい。リャストルクは薙ぎ手と認めていない相手が持つとかなりの重量を感じる。だが、リャストルクがスーネルを認めたのかは分からないが普通に使えるようにしている。なので、扱い切れずにそのまま放置されていると言う心配も無い。 使える者が俺以外にいるのだから、俺がリャストルクを取りに行くよりも、スーネルがリャストルクを使って多くのレガンとノーデムを倒していけば、自ずと数は減っていく。他力本願になってしまうが、多くの敵を倒して貰い、俺は本来の予定通りに南地区で孤軍奮闘しているゴールグの下へと戻る事にする。 次々と襲い掛かってくるレガンとノーデムを切り伏せながら、俺は南地区へと向かう。 この時、レガンよりもノーデムの数が多かったのが気になったが、それを頭の隅に追いやり、早くゴールグの下へと向かおうと叱咤する。「ゴールグさん!」 南地区へと再び足を踏み入れ、一人で大群を相手にしているゴールグに自分が戻ってきた事を伝える為に大声で叫ぶ。 しかし。「ゴールグさんっ!?」 目の前の光景を見て、俺は駆け出した。 ゴールグさんが倒れていたからだ。ゴールグさんは四肢を投げ出し、剣も手放して倒れている。体に外傷は存在しない。服も埃が付いているが比較的綺麗だ。 けれど、頭が無かった。正確には上顎から上の部分が引き千切られていた。下顎しか残されていない頭部から血が流れ、舌が変に固まって天高く突き立てられている。血にまみれて脳漿のようなものを撒き散らした頭部の上半分が数メートル先に転がっていて、虚ろな瞳が地面を凝視している。 誰が見てももう生きてはいない。「どうして……」 このような殺し方はレガンドールでもドギーノーデムでもない。レガンドールならば殴打なので拉げるか陥没するかだ。ドギーノーデムならば首を噛み切られている筈。南地区に横たわる他の死体がそのような惨状なので、これは確実だ。なので、頭部の上半分を失うような攻撃は前述の二体はしない筈だ。 目の前の無残な死体を目にしても、俺は頭を動かし続ける。そうしなければ恐怖で体が竦み、動けなくなるからだ。そう、何時でも体を動かせるようにしていなければいけない。ゴールグをこのような目に合わせた相手がまだ付近に潜んでいるのかもしれないから。 ふと、背中に悪寒が走った。喉の奥が冷たくなり、目の前が遠くなるような錯覚が襲ってくる。 俺は振り向き様に銅屑の剣の腹に手を当ててで防御の構えを取る。「ぐっ!」 腕に衝撃が走り、胴屑の剣が耐え切れずに刀身が砕けた。俺は後ろに吹き飛ばされる。「がっ!」 背中を瓦礫にぶつけ、肺から息が無理矢理吐き出される。頭を揺さぶられて軽く脳震盪を起こし掛けるが、かろうじて意識は繋ぎ止めた。
『生命力:412/500』
 俺は吹き飛ばした奴を見る。 そいつは俺の倍くらいの体で、腹を地面につけ、横に伸びた四つの足で地面を踏み締め、血に濡れた体と同じくらいの長さの尾を天に向けて立て、細長い口が開き、舌がちろちろと出し入れをして遊んでいる。 見た目は巨大な蜥蜴だ。本来ならば顔の側面につけられている筈の二つの眼があるのだが、こいつには存在せず、代わりに眉間に位置するであろう部分に取り付けられた単眼が俺を凝視している。 そして、こいつの姿を視界に捉えると、奴の頭上にウィンドウが現れる。
『リザーダーノーデム』
 ゲーム『E.C.S』の最初の中ボス――リザーダーノーデムがこの地を蹂躙すべく、邪魔者である俺の前に現れた。



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