End Cycle Story

島地 雷夢

第8話

「……さて、どうやって門を潜るか、だな」 俺はジャケットを着込んで、ポケットに薬草と毒消し草を仕舞い、リャストルクを掴んでキルリに気付かれないようにこっそりとセデンの家から出る。 夜になると外灯が無いので暗い。一寸先は闇ではないのが救いだ。流石に夜の十時を回った段階ではまだ起きている人もいるらしく、カーテンの隙間から漏れ出す灯りが眼に入る。それの御蔭で俺は夜闇の中を歩く際に建物に当たる事だけは防いでいる。 現在、俺は東門付近の物陰にいる。正確には、東門から十メートルは離れた場所に生えている木にもたれ掛っている。あちら側からは林が視覚を遮ってくれているのに加えて夜闇に紛れているので見付かる心配は無い。 東門まで来た理由は、俺がこの世界に来て最初にいた場所へと向かう為。 けど、ここで問題が浮上。 ……普通に行ったら、セデンに見付かるなぁ。 セデンは今日夜番もすると言っていた。何処で、とは言っていないが恐らく夕方も担当していた東門で間違いないだろう。本来家にいる筈の俺を見付けたら何て言うか分からないが、少なくとも疑いの眼を向けて来て警戒するんじゃないかな? 俺は一旦町の外に行かないと行けないのに、これじゃ出られない。 いや、別の門から出て向かうと言うのも手なんだけど、生憎と別の門から出て東門から外へと続く道へと行ける自信は無い、という訳ではなく、そこにいるであろう門番にも何か言われる可能性が十割だと確信しているからだ。しかも、仮に出て行けたとしても門番繋がりで明日の話題に俺が出て行ったとセデンに知られる可能性がある。 塀を越えるとか? 来る時に見た高さだと三メートルはあったから人間の跳躍力じゃ無理……とは言い切れないかもしれないけど、俺には無理だ。 どうしようかな〜? と悩んでいると手に持っているリャストルクが脳内に思考を流し込んでくる。『魔法を使えばいいじゃろうて』 魔法……ねぇ。とは言っても、俺が使えるのは『ファイアショット』と『フロストカーテン』だけなんだけど。 魔法と言っても『ファイアショット』はこの場面で使いたくないなぁ。下手したらこの林に燃え移って火事になりそうだし。それで充分気を引けるんだけど、流石に自然破壊までしてここから抜け出そうとは思わない。 となると、『フロストカーテン』か? 自分の周りに粉雪を舞わせると言う説明文だけじゃ攻撃用だか防御用だかよく分からない魔法なんだけど。 ……よく分からないから、今使ってみるか? でもアクティブフィールドであるここで使えるのかが疑問だよ。けど、やってみない事には始まらないからな。やる事にしよう。「フロストカーテン」 俺は魔法の名前を言葉に出す。この世界で魔法を発動させるには魔法の名前を呼べばいい。キルリが魔法を使う姿を見て分かった。下手に長い詠唱は必要ないのが利点だけど、口を塞がれたり、有り得ないだろうけど水中では声を出せないから発動出来ない欠点があるけどね。 俺が言葉にすると、周りが急にひんやりとし始め、俺から半径二メートル離れた場所に粉雪が舞う。雲から降ってきたのではなく、三メートル上空からいきなり現れた。
『精神力:25/30』
 ウィンドウが表示されて精神力が減ったと知らせてくる。 この粉雪は視界がほぼ遮られ、向こう側が霞んで見える。密度が濃いなこの雪。「さむっ」 雪で囲まれたここは一気に冷えてきた。どれくらいの勢いかと言えば、二次関数のグラフでも思い浮かべて貰いたい。薄手のジャケット如きでは耐えられない。ここは時間経過で粉雪が晴れるのを待つべきか、粉雪の中を突っ込んで脱出するべきか。俺は後者を選んだ。何秒の時間経過で晴れるのかが皆目見当つかなかったので、そしたら走り抜けて圏外へと出た方が身の為だと思った。幸いにも俺が向いていた方角には木が生えていない道なのでぶつかる心配は無いし、小屋からも離れるので問題は無いだろう。 そんな訳で、俺は一気に走る。この冬と化した囲まれた空間から脱出する為に。 だけど、粉雪に囲まれた空間からは出られなかった。走っても走っても出る事は叶わない。どうして? それは粉雪も一緒になって移動しているからだった。これ何て嫌がらせですか? とか何とか思っていると、粉雪が晴れた。晴れると幾分か温かくなる。時間にしてどのくらい降ってたかな? 多分、十秒くらいだったと思う。 石畳の道を斜めに横断しており、別の林へと駆けこむ形で見張り小屋から遠ざかっていた。まぁ、その方面に走ったから当たり前か。星明りで微かに煌めく粉雪はあっと言う間に地面へと吸い込まれていった。こう暗いと俺を中心として半径二メートル外からどのくらいの範囲で降ったのか見れないが、この特性は使える。戦闘では使えないかもしれないが、この場面では使える。 今更ながら走ってる時に転ばなくてよかったと思う。転んでたら音がして、怪しまれてこちらに来ていただろうから。舗装された道に感謝感謝。「おい、今何か音が聞こえなかったか?」「そうだな」 転ばなくても音が聞こえていたと言う現実。あれか? 走る時に石畳を蹴っていたからだかだかと音が聞こえたのか? 何で俺はそこに気を配らなかったんだよこんちきせぅ。 十五メートルは離れてると言うのに声が聞こえるのは、結構な声量だ。しかもセデンの他にも誰かいるようだ。夕方は一人だったから夜も一人だと思ったんだけど、どうやら夜は流石に二人になるらしい。もしくは、夕方は偶然一人だっただけなのかもしれないけど。「調べてみるか?」「あぁ、念の為な」 状況は最悪な方へ。どうやら二人は確認の為にこちらに来る御様子。あ、扉が開いた。中から光が漏れ、手にしたランタンがいい塩梅に顔を判別させないようにしているけど、恐らくセデンと、ほぼ同じがたいの輩がにゅっと現れて辺りを見渡してる。「何か少し冷えねぇか?」「そうだな。……ん? 何で地面が少し濡れてるんだ?」 それらは俺の『フロストカーテン』の影響です。とは声に出して言わない。言った瞬間にばれるから。 そして濡れてる方向へと足を進めてくる様が小屋の明かりを背後に受けていたので把握出来た。つまりは、俺がいる林の方へと来たという訳なんだよ。咄嗟に近くの木の裏側に隠れる。 ヤバい。このままじゃ確実に見付かる。いや、逆に考えろ。今なら門に誰もいない筈だから見付からずに潜り抜けれる、と。 一気に駆け抜ければ五秒も掛からずに町の外へと行けるけど、走った瞬間に音がして見付かる危険性が増す。ならば、自分の姿が見えないような工夫を凝らせばいい。「フロストカーテン」 再び周りに粉雪を舞わせて、木の裏から出て、門を前方に捉える。そして一気に走り出す。「何だ!?」「冷て! この季節に雪か!?」 セデンの方からは雪が迫ってきているように見えたんだろうな。天気の境目、とでも言えばいいのか。俺もそう言うのに遭遇した事がある。俺の場合は豪雨で、傘を持っていなかった俺は迫り来る天気の境目から逃げ出せずにずぶ濡れになった。今でも空しい思い出として心の片隅にひっそりと佇んでいる。 俺はセデンともう一人の門番に当たる事無く、門を通過する事が出来た。けど、速度は緩めない。雪が消えてもなるべく緩めないように努める。後ろ姿を見られる危険があったからな。そのままダッシュダッシュ。
『精神力:20/30』
 精神力がきっちり減った。帰って来てまた目を晦ます為の分を考えて、5は残しておかないといけないな。
『クエスト『カチカ家の養子』を開始した』
 ウィンドウの文字が切り替わった。どうやら、俺があそこに向かうのはクエストとして処理されるらしい。ゲームじゃないのにこういう形でクエストが発生するとは思わなかった。「カチカ家の養子、ね」 まさかあの家の者の苗字が俺が自分の氏名のアナグラムで付けた物と同一だとは思わなかった。なんたる偶然か。俺はそのカチカ家の跡地へと向かわなければならない。 目を覚ました俺がいた場所に戻るのは、あの家の養子の遺体を見付けて人知れず墓に埋葬する為だ。あのままだといずれ除去作業が入り、瓦礫を避けている時に養子の遺体が出てくるかもしれない、とリャストルクが俺に言ってきた。もし出て来てしまったら、俺と言う存在が矛盾してしまう。養子でないのにあの場にいたのは何故だ? と。 偶々近くを通りかかったと言えば問題はあるかもしれないが、それはそれで通用するかもしれない。けれど、俺の場合はそうもいかない。俺はあの家の養子だと誤解されても否定しなかったからだ。それに、キルリには「瓦礫の下に、家族が――」と言ってしまっているので取り消しが利かない。 どうして偽ったのか? と問われる。問われれば俺は答える事が出来るだろうか? 異世界から来ました、と。まず信じて貰えない。何絵空事をほざいてるんだと一蹴されて終わりだろう。そしてそんな嘘偽りを言うからには後ろめたさがあるからだ、と更に誤解を受ける事になる。 強盗として疑われるならこの際まだマシだ。最悪なのは人に化けたレガンかノーデムと誤解される事。レガンとノーデムが他人に化けるのかは定かじゃないけど、その可能性も無くは無い。だから、そう疑われてしまった場合は殺される確率が高い。少なくとも、キルリとセデンには殺される。キルリには親の敵として、セデンには友の敵として。 俺にとっての最悪な展開への道を完全に閉ざす為にも、俺はあの家の本当の養子の遺体を見付け出して埋めなければならない。 その為に、俺は一刻も早くと走る速度をなるべく緩めずにいる。流石に全力疾走で行けないので、五割の力を出して走る。息が切れるが、構うものか。命が掛かっているのだから、これくらいは苦しくても我慢しよう。 明かりが無い道を走るのは危険なのだが、それは杞憂に終わる。門からかなり離れるとリャストルクの刀身が淡く光って辺りを照らしてくれた。もし光ってくれなければあの家へと向かう横道を通り過ぎていただろう。 暗い夜道。梟の鳴き声は……聞こえないな。この道はあまり木は生えてないし、獲物も少ないんだろうな。あ、遠くの方からは聞こえた。あっちの方角は森だったような気がする。太陽があるうちに確認した方角であってるなら、だけど。 ふと、走りながら空を見上げる。綺麗な星空だった。こんなにも星が瞬く空を見たのは震災でライフラインが途絶えた時以来だ。元の世界とは少し違うような気がするが、如何せん星座や天体には詳しくないのでほんの微かな違和感としか言いようがない。北極星とかあるのかな?「それはあるぞ。何せ、方角を知る手掛かりだからの」 思考を読み取ったリャストルクがそう答えてくれる。 ……そうなんだよ。これがあるから、リャストルクは俺が養子でないと分かったんだ。 俺の心の呟きがリャストルクへと流れ込んで、真実が伝わった。 つまり、俺がこの世界とは違う世界から来たという旨の発言の柄に触れている限りしっかりとリャストルクに伝わってしまっている。これは迂闊だった。でも、今回はそれが幸を成している。遠くない未来に殺される運命から逃れられるのだから。「因みに、北極星は黒い星じゃ」「御免、見えない」 リャストルクは自信満々に言ってくるが、こんな暗い空で黒い星なんて見付けられません。もう保護色として紛れてるよ。この世界の人は些細な色の違いを認識する視力を有してるのか?「見えんのか? なら、北極星が見えぬ時に方角を確かめる場合はの、他に赤く光る南極星、青く光る東極星、白く光る西極星があるので、それらで確認が出来る」「便利な夜空だな」 まさかそんな星まであるとは。ふと目を巡らせると確かに赤く輝く星に青く輝く星、他の星よりも白の輝きが強い星が三方に浮かんでいる。あぁ、元の世界もああいう風に四方向が簡単に分かる星があれば、夜の旅も楽になるだろうに。「何じゃ? お主の世界では北極星しかないのか?」「多分ね」 と、軽く流してしまいそうだったが、どうやらリャストルクはもう完全に俺が他の世界から来たと信じているらしい。こんな妄言とも取れる呟きをそうやすやすと信じていいものだろうか?「嘘ではなかろう。お主の言葉には嘘が感じられん」 そう言っていただけると少しは納得出来る……かな?「まぁ、詳しい事はその家に着いて、本物の養子を見付けて埋葬してからじゃな。その方がまだ心にゆとりが持てるじゃろうて」「そうだな」 今は内心穏やかじゃないから、その提案は有り難い。 と、夜道を疾走していると、目の前にあの亀裂が現れる。暗いけど、その亀裂の奥の空間が暗いと何故か分かった。ノーデムの亀裂だ。 そして俺は避ける事も叶わずに、亀裂へと真っ向から向かい、吸い込まれていく。 夜の戦闘の開始だ。



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