End Cycle Story

島地 雷夢

第2話

「う、うぅ……」 どれくらいの間意識を無くしていたのは分からないが、呻きながら俺は意識を取り戻した。どうやら生きているようだ。額が物凄く痛いが。あの鉛筆削りは凶器だ。時々削っている鉛筆の芯が折れて詰まって空回りする愛嬌のある奴だったのに、まさか俺に牙を剥くとはな。 ……死ぬかと思うくらいに痛かったなぁ。もうあの鉛筆削りを腹癒せに分解しようかな? いや、あいつは悪くない。悪いのは地殻変動で隆起した大陸プレートが元に戻ろうとする際に発生する自然災害だ。あの揺れは一年前の大震災よりも酷かった。揺れる時間が長いと言うのもあるが、それよりも揺れの強さが前回以上だった。 もう揺れは収まったようだし、兎にも角にもまずは部屋から出て家族の安否確認でもしよう。目の前がちかちかして視界が最悪だが、まぁ、視界の回復は時間が解決してくれるだろう。と言うか、俺の部屋は最悪の惨状になっているだろうな。 そう思って包まっていた布団を剥ごうとして、布団のふかふかした感触が無い事に気付いた。 今自分は何にも包まれていない。そのままの状態で床に寝っ転がっているらしい。 いや、床じゃない。感触的に床じゃない。少し硬いがふさっとして少し湿り気を帯びている。 これは……草? 匂いも自分の部屋ではない、どちらかと言えば近場の自然公園と同じような匂いが漂う。 俺は床――ではなく、恐らく草の生えた地面を探るように這わす。 草の他に木の根、石、土と言った感触が掌越しに伝わってくる。 どうやら、本当に外にいるようだった。 俺は木の根を頼りに直立する木を探し当て、それを支えに立ち上がる。「……ねぇ?」 ふと、誰かが俺に話し掛けてきた。 声のする方に首を向けるが、如何せん視界が回復しないので誰だか分からないが、声の質からして女性だろう。あと、声のする位置からして俺より頭半分は背が小さいと思う。それに聞いた事の無い声音だったので知り合いでもない。「あなた、こんな所で何やっているの?」 女性のその質問は俺が俺に投げ掛けたいものだった。というか投げ掛ける。俺はここで何をやっているんだ? 自分の部屋でゲームをしようとして、地震に遭い、ベッドから投げ出されて鉛筆削りが額を直撃して意識を失う。そして何時の間にか外にいる。 これが意味する答えとは……。「……多分家が壊れて、ここまで転げ落ちて来たんだと思う」 そうとしか思えなかった。俺の家は改修工事が終わったとはいえ、地震で半壊した事のある家。いくら改修したからと言っても壊れないという保証はないので、壁が崩落して地震の揺れで俺は外に投げ出されて自然公園に辿り着いたのだろう。近場の自然公園だって二階にある俺の部屋の窓から見える位置にある。というか、直ぐ隣にある。だからこの仮説は少々強引だが理に適っていると思う。「家って?」「直ぐ近くに建ってる一軒家」「えっ!? あなた……あそこに住んでたの?」 女性が俺の言葉が信じられないのか驚愕の声を顕わにする。 と言うか、そこまで驚くという事は、俺の家は半壊どころでは済まなかったのかもしれれない。「なぁ、一応聞くけど、俺の家はどうなってる?」「どうって、あなた目が見えないの?」「あぁ。どうやらここまで投げ出された衝撃とかで一時的に見えなくなったみたいだ」 流石に鉛筆削りが額目掛けて落ちて来た事は割愛した。何か人に話すのは恥ずかしい出来事だから。「そう……。あなたの家、もう跡形も無く崩れ去ってるわ。残ってるのは瓦礫の山よ」「ぅえっ!?」 少女の無慈悲な真言……いや、無慈悲ではなかったな。言い淀んだし。それに残念そうとか済まなそうって伝わる声のトーンだった。それはさておき、俺は少女の言葉に素っ頓狂な声を出してしまう。 まさか……全壊してしまうとは思ってもみなかった。前回の地震では半壊で済んでいたのに。改修工事よ、建築物の強度を下げてどうする? いや、前回よりも強い地震だったので仕方がないか。 と言うか待て。全壊して瓦礫の山って事は――――っ! 背筋に氷柱を差し込まれたかのように、悪寒が走った。嫌な汗が流れる。 俺は支えにしていた木から手を放し、駆け出す。が、眼が見えていない状態だったので木の根に蹴躓いて無様に転んでしまう。「ちょっと、いきなりどうしたの?」 女性は転んだ俺の肩を掴んで起こしながら問うてくるが、それに答える時間も惜しい。 俺は息を荒げながら肩を掴んでいる女性の手を振り払って再び駆け出すが、またもや転んでしまう。今度は鼻を打ち付けた。鼻血が出たが、そんなのは些事だ。「ねぇ、本当にどうしたの? 眼も見えない状態で必死の形相で走り出して?」「瓦礫の下に、家族がいるかもしれないんだよっ!」 語気を荒げながらしつこく聞いてくる女性の質問に答えて三度走り出す。 そう、家族がいるかもしれないんだ。 俺がゲームを買って帰って来た時には一階のリビングで母と一つ下の妹が炬燵に入ってワイドショーを見ていた。父は仕事が休みでそれを利用してキッチンで趣味の料理をしていたのを覚えている。 先程の地震が起きた時、家族は全員家にいたんだ。 だから、倒壊した家の瓦礫の下にいるかもしれない。もしかしたら倒壊する直前に逃げ出したのかもしれないけど、あの揺れでは立って歩く事はおろか、這って移動する事も出来なかっただろう。 視覚を一時的に失ったとは言え、五体満足の俺は一刻も早く家族の安否を確かめないといけない、助け出さないといけないんだ! 俺はまた走り出そうとする。「待って」 しかし、女性が俺の腕を掴んで邪魔をしてくる。「何だよっ!?」「あなたの家があった場所はそっちじゃない」 苛立つ俺に冷静に告げる女性に更に苛立ちを覚える。「じゃあ何処だよっ!?」「ちょっと待って」 女性はそう言うと腕を掴んだまま俺の両眼と鼻を覆い隠すように掌を当ててくる。「ヒール」 言葉に連動するかのように、目の前に柔らかな光が発生する。少し眩しかったので俺は反射的に目を閉じる。 ……眩しかった?「もう大丈夫よ」 女性が掌を放すを感じ取ると、瞼越しに光を感じた。ゆっくりと目を開けると、視界が元に戻っていた。また、鼻血も止まっていた。 戻った視界の先には、同年代と思しき女性が立っている。それも結構な至近距離で。肩から上までしか見えないが、髪は少しウェーブの掛かった赤毛で、後ろ髪を項の辺りで一纏めにしている。瞳はカラーコンタクトでもしているのか、透き通るような空色をしている。目は俺と同じようにやや大きめで幼さを感じさせるが、細めで均整の取れた眉とすっと立っている鼻、柔らかそうな唇によって幼いと言う印象よりも可愛いと言う印象の方が強かった。「どう? 治った?」 目の前の女性がそう問い掛けてくる。声からして先程から俺に話し掛けてくる女性と同一人物だろう。「あ、あぁ。でも、どうやって治し」「そんな事よりも、あなたの家はあっち」 少し呆気にとられている俺に女性は俺の頭を掴むと、左に向けさせる。 そこには、確かに瓦礫の山が存在していた。「っ!?」 俺は急いでそちらへと駆け出す。視界が急速に狭まり、瓦礫しか目に映らなくなったが、そんな事は関係ない。 早く瓦礫を退かして家族を助けないとっ! 俺は家のあった場所へと到着すると瓦礫を手当たり次第に掴んでは後方に投げる。小さい破片は片手で、大きい破片は両手を用いて後ろを見ずに投擲する。後ろを見て投げる余裕は無い。今は一刻でも早く家族を見付け出したかった。いや、見付け出したくなかった。見付からない方が、家族が安全な所へと逃げたと分かるから。見付からない事を祈りながら大小様々な瓦礫に手を伸ばす。 必死になって瓦礫を退けていると、横に誰かが立って同じように瓦礫を退ける。そちらに目を向けると、俺の視界を元に戻してくれた女性が屈んで瓦礫に手を伸ばしていた。「私も手伝うから。早く瓦礫を退けよう」「あ、ありがとう」「礼はいいから、早く」 女性の言葉に俺は力強く頷いて瓦礫の除去作業を再開させる。 そして、手の皮が瓦礫の凹凸で擦れて血だらけになった頃に、それは瓦礫の間から垣間見えた。見えてしまった。「――――――」 俺は言葉を失い、顔から血の気を引かせ、膝から崩れ落ちてその場に座り込んでしまう。 瓦礫の間から見えたもの――それは、人の腕だった。三本が瓦礫の間から伸びており、それぞれ大きさが異なっているので違う人の腕だと分かる。 それも血だらけで、身動ぎ一つしない、瓦礫の粉に塗れた肌は生気の感じられない色をしていた。「そ、そんな……」 信じたくなかった。信じられなかった。淡い希望は持っていた。けど、それは無残にも打ち砕かれた。 俺の家族は――家の倒壊に巻き込まれた。 目頭が熱くなり、涙が零れ落ちた。 それと同時に、家族との思い出が溢れ出した。 妹とは、小さい頃他愛も無い事でよく喧嘩していた。それは小学校に上がってからも続き、中学年になった時が一番酷かった。妹は納得がいかないとよく俺に噛み付いて、俺は蹴りをかましていた。高学年になってからは同学年の男子に虐められていた妹を助けた事を境に大喧嘩をしなくなった。それから現在に至るまで、偶に喧嘩はするが口喧嘩で済ませるまでに落ち着き、一緒になってゲームをしたり勉強を教えたりするまでに仲はよくなった。あと、恋愛相談もされる間柄になったが、如何せん色恋沙汰には疎いのか、俺は人を好きになった事が無く、その相談には友達を介して得た知識を元にしてアドバイスを送っていた。妹はそのアドバイスもあってか、意中の相手に告白し、見事付き合う事になり、その報告を受けて両親には内緒で妹と二人でプチパーティーをしたりもした。 母とは、小さい頃にやっちゃであった俺を眉を吊り上げてよく叱っていて当時はあまりいい印象を抱いていなかった。苦手な野菜を無理矢理食べさせようとした事もあった。だから反抗的であった。でも、妹を助けた時に怪我をして帰って来た時には目に涙を浮かべながら心配された。それで母は俺の為を想って叱ったり苦手な野菜を食べさせようとしていたのだと分かり、以後は叱られたらきちんと反省し、苦手な野菜も食べるようになった。また、母の負担を減らすように自主的に家事を手伝い始めて、今ではよく笑顔を浮かべるようになった。今では母は家事に追われる毎日ではなくなり、趣味であった裁縫に勤しんでいる。母は自分の事を素人だと言ってはいるが、とてもそうは見えず、俺と妹は母が縫った既製品にも負けず劣らずのオリジナルのリュックサックを嬉々として使用し、その様子に母は柔らかい笑みを浮かべていた。 父とは、クリスマスや誕生日のプレゼントに一番欲しいゲームを買ってくれなかったので不満を持って会う度に抗議をした。けれど、それも仕方ない事だったと今は反省している。当時の父親の給金は決して高くは無く、生活するのにギリギリな状態であった。そんな状態でも父は自分の小遣いよりも優先して俺と妹には毎回お年玉やクリスマスプレゼント、誕生日プレゼントを買ってくれていた。それを偶然知ったのが小学校卒業間際、夜中にトイレに寄った時であり、それを訊いて直ぐ父には今まで我が儘をして御免なさいと頭を下げて謝った。父は笑ってお前が気にする事はないよと言ってくれた。妹が中学に上がる事には会社が景気に乗り、昇進して給金が増えたので月の小遣いを出してくれるようになったが、小遣いの半分はせめてもの罪滅ぼしとして料理が趣味の父に包丁セットや鍋をプレゼントする為の資金として当てるようにした。父は俺のプレゼントに顔を綻ばせながら大事に使ってくれた。 家庭内の人間関係は良好で、とても恵まれた家族だったと思う。 でも、もういなくなってしまった。 何で、死んでしまったんだよ? どうして、俺だけ生き残ったんだよ? 分からない。 死ぬんだったら、俺だけが死ねばよかったのに。 俺が三人の代わりに死ねばよかったのに。 いくらそう願っても、叶わない。「……ねぇ」 女性は俺の肩にそっと肩を置く。「悲しいのは分かる。けど、悲しむ前にあなたの家族を瓦礫の外に連れ出そう? このままだと、あなたの家族も可哀想だよ」 そう言うと女性は腕の付近の瓦礫を退かし始める。「……うん」 俺は涙を拭って頷き、瓦礫の中で眠っている家族を助けようと手を動かす。女性の言った通り、死んだとしても何時までも瓦礫の下にいるのは可哀想だ。だから、一刻も早く瓦礫の下から出してあげなければ。 瓦礫を退かしながらも、俺は救急車や消防車を呼んだ方がいいかもしれないと思ったが、俺の家が倒壊するくらいの地震だったので、呼んだとしても直ぐには駆けつけられないだろうと勝手に結論づけた。なので呼ぶ時間を作るよりも、瓦礫を退ける作業を優先させた。 手に走る痛みを堪えながら、瓦礫を避けていると、三人の顔が現れた。 俺は、眼を見開き愕然とした。 瓦礫に圧迫されて、無残にも眼球や脳漿が飛び散っていたからではない。 奇跡的に生きていて、俺に視線を送ってきたからでもない。
 ――――誰だ? この人達?
 瓦礫から出て来た顔は、俺の家族のものではなかった。瓦礫の圧迫により原型が変わった問う理由で、家族ではないと感じたのではない。もっと根本的な部分により違うのだ。 生気を失った瞳の色が日本人特有の焦げ茶色ではなく、深緑色。髪の色も俺の家系である灰色寄りの黒ではなく、ブラウンシュガーのような色をしている。また、顔の造形も異なっている。三人の性別、年齢は大体俺の家族と同じに見えるが、赤の他人だった。 俺ははっとなって立ち上がり、ふらふらと後退しながら辺りを見渡す。 ここは俺が住んでいる地域ではなかった。 電柱、アスファルト舗装された道路、自動車、バイク、トラック、自転車、信号、コンビニ、街路樹……。そのような日本と思わせる物が一つも視界には写らなかった。 そもそも、建物らしい建物が存在していない。 ここからは疎らに生えている木と、半壊した井戸、獣道を広くしたような道、車輪が割れ、粉々に砕けたの荷車の成れの果てしか見えない。空は若干薄雲が張っているが、太陽が垣間見えている。 明らかに、俺の住んでいる場所ではない。「こ、こは……」 何処だ? と口しようとしたが、上手く舌が回らず音には全部ならなかった。 見た事の無い場所。来た事の無い場所。どうして俺はここにいるのだろう?「あなたの家族の事……残念に思う」 茫然自失になりかけていた俺に、女性は優しく語り掛けてくる。「レガンとノーデムによって家族を失う気持ちは分かる。私も、レガンとノーデムの戦いに巻き込まれて父と母を亡くし、兄は行方不明になった」 女性は俺の肩を掴んで体を半ば無理矢理女性に向けさせられる。その女性の出で立ちを初めて目にする。手は俺と同じように瓦礫によって傷が出来て血を流していたが、それは些細な事でしかない。女性は長袖のシャツの上に皮で出来た胸当て肩当てをしており、ロングブーツで膝下まで隠れている土で汚れたズボンを留める為に回しているベルトには、鞘に収められた剣が提げられている。「でも、あなたは生きてる。生きてるんだよ」 俺を安心させようとしているのか、女性はゆっくりと腕を俺の背中に回して抱き寄せる。「あなたの家族が生きられなかった分、あなたが精一杯生きていかないと。そうしないと、あなたの家族が浮かばれない」 肩に顎を乗せられ、囁くように耳元で言葉が紡がれる。「だから、あなたは生きて」 女性の言葉は、俺の耳に入るが、ほぼ聞き流した状態であった。 それでも、ある単語だけは聞き流さなかった。 レガンとノーデム。 訊き間違いでなければそれは、俺が買ったゲーム――『E.C.S』に登場する敵側の種族だ。 どうして、レガンとノーデムという言葉が出たのだろう?「よかったらでいいんだけど」 女性は俺から離れ、俺を安心させるように淡く笑う。「私と一緒に来ない? 一人でいるよりも、二人の方がこの世の中は生きていきやすいし。勿論、強制はしない。あなたが嫌なら、私は近くの町まであなたを送り届けてからいなくなるから」「近くの、町?」「そう、ここからだとエルソの町が一番近い」 エルソ。それは『E.C.S』で一番初めに訪れる事になる町の名前だった。 レガンとノーデム。それに、エルソの町。 この単語が出たのは偶然ではないだろう。だとしたらそれが意味する事は――――「私の名前はキルリ=アーティス。あなたの名前は?」 女性――キルリ=アーティスが俺の名前を尋ねる。「俺は……ソウマ=カチカ」 俺の口は何故か本名の加藤正樹ではなく、ゲーム名のソウマ=カチカを自然と名乗っていた。「ソウマ=カチカ……か。いい名前。よろしく、ソウマ」 キルリは右手を差し伸べてくる。それは握手を求めているのだろう。俺はつられて右手を差し出すと、キルリは俺の手を握ってくる。互いに手を怪我しており、俺は痛みで顔を歪めたが、キルリは少し眉を寄せた後は痛くない振りをして笑って見せた。「で、ソウマはどうする? 私と一緒に行くか、行かないか? でも、私はどっちにしろ一回エルソの町に行かないといけないから、もしエルソに行くんなら送っていくけど……」 キルリは手を放すと不安そうに俺の顔を覗きながら問うてくる。「……一緒に、行く」「本当っ?」 緩慢な動作で頷く俺にキルリは顔を明るくした。どうやら、一人は不安だったようだ。俺も、一人は不安だった。右も左も分からない世界だと、特にそう思う。「じゃあ、エルソに行く前にあなたの家族を瓦礫の下から助け出して、お墓を作ろ」 そう言ってキルリは踵を返して見知らぬ誰かが埋まっている瓦礫の山へと足を運び、瓦礫の除去作業を再開した。瓦礫もよく見れば鉄骨の埋まったコンクリート片ではなく、木片が埋まったものであった。 そんなキルリの背中を茫然と眺めながら、俺は心の内でぽつりと呟く。
 ――――俺は、ゲームの中の世界にいるのか?



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