End Cycle Story

島地 雷夢

第3話

「…………」「…………」 俺とキルリは見知らぬ誰か――この家の住人である三人家族を瓦礫から救出し、近くの地面に穴を掘って三人一緒に入れ、上に土を被せて石を積み上げて墓を作った。そして今は二人して目を閉じて黙祷を捧げている。 見知らぬ誰かとは言え、こういう現場に立ち会ってしまったのだから弔いはしないと。一年前の大地震の時も俺は倒壊に巻き込まれた近所の人の最期を看取った。看取った後俺は中学校の体育館へと運ばれていく亡骸に黙祷を捧げ続けていた。 一分間。心の中で数え終え、ゆっくりと目を開ける。「……さて、行こう」 ほぼ同時に目を開けたキルリが重く呟いて踵を返し、疎らに木が端に生えている道を歩く。俺はキルリの後に続こうとして一歩踏み出したが、直ぐに立ち止まって墓に再び目を向ける。「……せめて、あの世で幸せに暮らして下さい」 三人が眠る墓にそう投げ掛け、その後俺は振り返る事無くキルリの後を歩く。 歩きながら、改めて自分の恰好を見る。 ズボンにシャツ、普段の俺なら絶対に着る事の無いジャケット。 ゲームの設定の時に主人公が着ていた服と全く同じであった。 ……本当に、ゲームの世界に入ったんだな。 そうは言っても半信半疑だが、そうじゃないと納得がいかない。 現代だとライトノベルでよくある脳波を利用したVR技術によるあたかも自分がゲームの中の世界にいるように見せ掛ける大それた仮想現実空間の実装は技術的に不可能であるし、AR技術も研究初期の段階だから決して拡張現実でもない。それ以前に、俺は普通の携帯ゲーム機でプレイしようとしていたのでそもそもVRやARとは無縁だ。 かと言って、大々的なドッキリでもない。ドッキリでもここまで大掛かりな事は日本ではそう目に掛かれないし、こんな事をして得をする団体または個人がいるとも思えない。それに……今墓の下にいる人達は紛れもなく本当に死んでいた。ハリウッド映画で使われる精巧に作られた人形ではないと断言出来る。墓の下に眠る人たちを見た時に感じたあの感覚は一年前の震災時で亡骸を見た時と全く同じで、目を合わせると体の力が全て吸い取られてしまうのではないかと言う怖気さが走った。 わざわざドッキリで本物の人間の亡骸を使う程、世界は腐っていない。それにそんな質感をリアルに体感させる程の技術も世界は持ち合わせていない。 だから、結論は一つ。 俺は仮想現実でも拡張現実でもない現実のゲームの中の世界にいる。 夢ではない事はもう分かっている。色々と衝撃を受けているし、手にだって裂傷が走って今現在も鋭い痛みが走っている。この痛みを感じても夢から覚める気配が全くない。だから、これは夢じゃない。 このゲームの中の世界――いや、平行世界とか、異世界とかの表現の方が正しいかもしれない。平行世界の場合は、設定がまんま『E.C.S』だった場合の平行世界。異世界ならば日本で作ったゲーム『E.C.S』の世界観がほぼそのまま投影されている世界、とでも言えばいいか。 仮に異世界とでも言おう。俺はこの異世界にいる。それは紛れもない真実であり、恐らくもう元の世界には帰る事は出来ないだろう。 ライトノベルとか漫画とかならば帰る手段と言うのも残されている場合がある。けれど、ノンフィクションがフィクションと同じような措置が取られているとは思えない。 だから、俺はこの異世界から元の世界に戻る事を考えるんじゃなくて、この異世界で生き残る為に色々と考えなければいけない。そして、今現在の俺が生き残るには偶然出会ったキルリ=アーティスに同行するしかないと結論付けている。女性を頼りにするのは申し訳ないが、キルリは剣を携えているので道中でモンスター――この場合モンスターじゃなくてレガンとノーデムか――と相対したとしても撃退は出来なくとも逃げる事は出来ると踏んでいる。 いくら『E.C.S』と同じような世界だからと言って、俺が設定したステータスが反映されるとは限らないし、主人公を操作するように攻撃や防御が出来る筈もないだろう。あれはあくまでゲームの設定で、現実の設定ではないんだから。 ……こう、色々と心の中で独り言を呟いていないと不安で押し潰されてその場で縮こまってしまいそうになる。 不安にならない人は物事を深く考えない楽観主義者か、何に対しても動じる事の無い達観主義者だろう。「……そうだ」 先を行くキルリがつかつかと後退し、おもむろに俺の瓦礫を退ける際に傷付いた両手を優しく包むように手に取る。彼女の手も同じような怪我をしている。「ヒール」 目が見えなかった時と同じように柔らかな光がキルリの掌から発生する。それと同時に手がむず痒くなった。「……これで大丈夫」 光が弱まり、完全に輝きを失うと、キルリは手を退けた。 キルリの手の怪我は綺麗に無くなっていた。それと、俺の手の怪我も。 恐らく、いや恐らくではないな。キルリは回復魔法を使ったんだ。『E.C.S』で使う回復魔法の内、初級のものは『ヒール』と呼ばれている。公式サイトやゲーム情報誌に載っていたから間違いない。キルリはヒールと言って俺の視力を回復し、手の怪我を治してくれた。 どうやらこの異世界では『E.C.S』と同様に魔法の概念があるようだ。だとすると特殊技と『ブラッド・オープン・システム』概念もあるのだろう。流石にレベルアップでステータスポイントを獲得し、能力値を強化する仕様は実在するとは思えないが。「あと、これ」 キルリはズボンのポケットに手を突っ込むと五百円玉と同サイズの円形の銀色の物体を取り出した。その中央にはユーラシア大陸のような形をした紋章が彫られている。「ソウマの家の瓦礫の下から出てきた銀貨」 どうやらこれはこの世界の通貨のようだ。どのくらいの価値があるかは今の段階では分からないが、銀貨だから銅貨と金貨の中間の価値があるんだと思う。これはゲームやライトノベルの傾向としてそう予測している。「で、これをどうしろと?」 キルリはそれを取り出し、手に乗せたままの状態を何故か維持していたので、素直に質問をした。するとキルリは溜息を吐きながらこう答えた。「これはソウマの家の瓦礫の下から出て来たの」「それはさっき聞いた」「だから、瓦礫の下から出て来たって事はこれはソウマ、もしくはソウマの家族のお金でしょ。ソウマが持ってなさい」 キルリは俺の手首を掴んで掌を上に向けさせると、その上に銀貨を置く。あぁ、俺に金を返す為にキルリは銀貨を仕舞わなかったのか。でも、本当は俺の金ではないのだけど、無一文だから有り難く受け取る事にしよう。
『1000セルを手に入れた』
 銀貨が俺の掌に乗せられるのと同時に、俺の視界の上三分の一に半透明のウィンドウが現れてそんな事を告げてきた。「っ!?」 あまりにも唐突過ぎて、腰を抜かし、尻餅をついてしまう。「大丈夫?」 キルリが振り向き、若干前屈みになって心配そうに俺の顔を覗いてくる。「あ、あぁ。ちょっと立ち眩んだだけだから」「少し休む?」「いや、平気。それよりも早く行こう」 俺は首を振って一人で立ち上がり、心配無い事を伝える為に軽く笑みを作る。「ならいいけど……きつくなったら言ってね?」 キルリは訝しげに俺の笑みを注視したが、歩みを再開させる。 俺はキルリの後をついて行きながら、先程の現象について考察する。 1000セルを手に入れたって書いてあったな。という事は、この銀貨一枚が1000セル相当の価値があるって事か。この1000セルがどのくらいの価値があるのかってのは今は分からないけど、エルソの町についたら店の商品を見て日本円に換算して大体の価値を把握しておこう。そうすれば一週間とか一ヶ月の生活費を割り出せる。 ……キルリに訊いてみるのが確実なんだけど、彼女を含めてこの世界の人にとっては常識的な事だし、訊くと訝しがられるだろうな。もしかしたらレガンやノーデムが化けてるんじゃないかって。レガンとノーデムも貨幣の価値を知っている可能性もあるけど、あの二種族は人族の社会に干渉しないから知らない確率の方が高い。だから貨幣の価値を知らないと後々厄介になってくる。 と言うか、どうしてウィンドウなんてものが出現したんだ? まるでゲームみたいだな。 ……物は試し、だな。俺は心の中でメニューと呟いてみる。 …………………………何も出てこないな。 流石にそれは有り得ないか。金銭入手の際にはそれを知らせる為にウィンドウが出たからもしかしたらと思ったんだけど。それとも、ただメニューと呟くだけじゃ駄目とか? ライトノベル内のVRゲームでメニューを出す時とかはメニューの後にオープンとか開けとかつけたりするし。 ……もう一回試してみよう。 メニュー・オープン。
『ステータス← 魔法 特殊技 アビリティ 装備 アイテム 所持金 ##### 』
「ぶっ!」 本当に出てしまった。突飛な出来事だったので吹いてしまう。「あ、何でも無いから」「…………」 いきなり吹いたので何事かと思ったらしいキルリが俺の方を振り返るが、俺は手を左右に振って適当に誤魔化す。納得はいかないと言った風だったが、キルリは少し眉根を寄せ、首を傾げながら前に向き直る。 さて、と。 俺は視界の左半分に現れた半透明のメニューウィンドウに記載された内容にざっと目を通す。どうやら設定変更やヘルプは無いようだ。ゲームのメニューじゃないからなくて当然か。それ以外は概ねゲームの説明書に書いてあった通りのものが羅列されている。 見終えたので、今度は操作する事にしよう。 まぁ、こういう場合は後は念じるだけで操作出来るのがお約束だよな。 と言う訳で、俺はまず手始めにステータスを確認する事にした。
『レベル:0 ステータスポイント:0 生命力:300 精神力:30 物理攻撃力:12 物理防御力:12 魔法攻撃力:12 魔法防御力:12 敏捷力:12 運命力:6 状態:普通 次のレベルまであと58の経験値が必要』
 ステータスは俺がゲーム設定で入力した数値がそのまま載っていた。どうやら経験値も数値化されるようだ。これがあるとないとでは大違いだと思う。ないと次のレベルまでどのくらい戦わなければいけないのかが分からないからな。状態も確認出来るのは嬉しい。知らないうちに毒を受けていて死んでしまったでは笑えない。 次は所持金を見る事にする。装備はこのステータスからして初期設定のままだろうからないし、アイテムも同様だろう。魔法、特殊技、アビリティも習得していない筈だ。魔法、特殊技、アビリティはある一定のレベルに達するとステータスポイントの消費とは無関係に得られる能力で、レベル0では一つも無いだろうからチェックしない。因みにアビリティとは精神力を消費せずに移動や攻撃の幅を広げる有効手段である。
『所持金:1000セル』
 所持金はそれだけしか書いていない。本当に所持している金銭の残高を確認する為だけの項目のようだ。なら、もう用済みだな。 #####はどうやっても内容を覗く事は出来なかった。が、恐らくこれは『ブラッド・オープン・システム』に関する項目だろう。ゲーム通り、ならだが。 ……もう確認する事は無いな 俺はメニューウィンドウを閉じる……為にメニュー・オフと心の中で呟く。もしかしたらクローズの方かと杞憂したが、無事にメニューは消えてくれた。 この異世界は『E.C.S』のシステムに遵守した世界だと分かった。あまりにも非科学的――いや、逆に科学的なのかもしれないけど、こんなシステムの無い世界で育った俺には早めの順応が求められるのが分かった。……順応と言っても、ゲームのシステム通りにすればいいだけの話だけど。「っ!? ソウマ!」 自分で勝手に決意している俺をキルリがいきなりど突いて押し倒してきた。受け身も取れずに左の手首をぐねってしまう。「何すんだ……よ……っ!」 眉根を寄せて抗議の声を上げようとした俺は、目を見張った。 キルリの体が目の前に生じた亀裂に吸い込まれていく様を見てしまったから。 その亀裂は黒く、中央に開いた穴から一つ目の犬の顔が三つも覗かせている。 この一つ目の犬は……確かノーデムの内で最下級のドギーノーデムだった筈。最下級と言うのはあくまでゲームの設定上だ。もしかしたらゲームよりも手強いのかもしれない。 いや、そんな事よりも!「キルリっ!」 俺は即座に立ち上がって亀裂に吸い込まれていくキルリの手を掴もうと手を伸ばす。剣を携えているからと言って油断した。『E.C.S』での戦闘は異世界――バトルフィールドへと連れ込まれて行われる。いくら剣を持っていても勝てる訳ではないし、逃げるにはバトルフィールドをどうにかしないといけない。ゲームだとバトルフィールドの端に向かってずっと走り続けていれば逃げ出せるが、これはあくまでも現実だから逃げられるとは限らない。ここは俺の世界じゃないんだからそこもきちんと考慮しておくべきだった。 必死に伸ばした手はキルリの手を掴んだ。 が、キルリは俺の手を振り払った。「掴んだままだとソウマも引き込まれてしまう! ソウマまで私と一緒に命を危険に晒す必要は無い! それに私なら大丈夫だ! あのくらいの相手なら対処出来る!」 キルリはそう叫びながら、亀裂へと完全に吸い込まれてしまった。キルリを吸い込んだ亀裂は用をなしたのか、端から中心に向けて空間が修復していき、亀裂は跡形も無く消え去ってしまった。 俺は何もない空間をただ見ているしかなかった。亀裂が閉じてしまった今、俺には為す術も無い。 ノーデムがわざわざ人をバトルフィールドに引き込むのには訳がある。それは人を殺してクラスアップする為だ。ノーデムは人を殺して強くなり、レガンに対抗している。レガン側も同様で、人を殺してクラスアップし、強さを増していくという。バトルフィールドでは人を殺した時に得られる力が増すそうだ。だからノーデムとレガンは人を引き込む。 稀にバトルフィールドへと連れ込まずにアクティブフィールドで殺す事もあるが、そういった場合は大抵大量虐殺が目的だ。人が多いとバトルフィールドへと輸送する手間を惜しんで即座に殺しに掛かるそうだ。 キルリの無事を祈るしかない俺の目の前に再び黒い亀裂が走った。ぱきぱきと音を立てながら広がり、中央に開いた穴から見えたのは――「キルリっ!」 キルリの顔だった。亀裂は大きさを増し、キルリの全体が見えるまで広がる。更に奥の空へと目を凝らせば地面に横たわる犬が三匹見受けられた。どうやらキルリは傷一つ負わずにドギーノーデムを返り討ちにしたようだった。「よかった……」 目を伏せ、ほっと胸を一撫でして安心する。 それがいけなかった。安心した所為で緊張の糸が緩んでしまった。「ソウマっ!」 キルリの声に俺は目を開ける。それと同時に急に体が後ろへと引き寄せられた。 何事かと思い後ろを見れば、そこには白い亀裂が空間に走っていた。その亀裂の中央部の穴からは、まるで仮面のような顔をした人型の何かがいた。 レガンドール。レガンの最下級にあたる無機質な人形。目も鼻も口も無い顔が俺を凝視している。 俺は必死になって抗ったが、俺の力ではどうにもならず、亀裂へと吸い込まれていく。 キルリが黒い亀裂から飛び出して俺に手を伸ばす。俺も反射的に手を伸ばす。ドギーノーデムを倒したキルリならレガンドールも難なく倒せるだろうと思い、人任せにしていると自分に毒吐きながらも生き永らえる為に必死に手を伸ばす。 しかし、俺の手とキルリの手は触れる事は無く、俺は白い亀裂へと吸い込まれた。 視界が急に変化する。 俺は先程までは疎らに木が端に生えていた道を歩いていたが、今は密集した木々に覆われた円形の空間に立っている。 ここにいるのは俺だけではない。 俺の目の前には白いマネキン人形と表現するに相応しいレガンドールが三体いる。全員が俺を見ている。 最下級の敵三体と相対するこの状況は、ゲームでいう所のチュートリアルバトル。 けれど、これはゲームじゃない。 ゲームにある親切なヘルプはない。その証拠に、ウィンドウは俺の視界に現れない。 武器は無い。 防具も無い。 魔法は使えない。 特殊技も使えない。 そして、死んだらそこで文字通り何もかもお終いだ。 そんな絶望的な状態で、俺はこの無機質な三体の人形と戦う事を強要された。



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