ぶつリッチーとその弟子

島地 雷夢

別れ

 ベルフェゴンを倒してから一週間が経過した。 あの廃墟に囚われていた魔法使い達は限界まで魔力を搾取されていたが、幸いな事に命に別状もなく、魔法使いとしての活動に支障をきたす事も無かった。 我らは魔法使い達を連れて町に戻り、悪魔による復活の儀式を阻止した事を報告――の前に我は宿に戻って替えの服に着替えた。 何せ、ベルフェゴンとの戦いでは焼かれたり肉体を消滅させられたりしたからな。当然、衣服は跡形もなく消滅した。 流石に裸のままではあれだろうと言う事で、最初はクオンが上着を貸してくれた。 しかし、シェルミナがその恰好では変な輩に連れ去られてしまうと鼻息を荒くしてレイルに幻影魔法を我に掛けるように進言した。 レイルの幻影魔法により、あたかもサイズが丁度いい衣服を着ているように見せかけ、その姿で街に戻った次第だ。 そして、即行で宿に戻って着替えたのだ。 その後に冒険者ギルドへと顔を出し、一連の騒動は終わりを迎えた事を伝えた。 これで、ベルフェゴンに関する事柄は完全に幕を閉じただろう。 奴はもう魂が存在せず、二度と復活する事がない。 仮に、まだ別けられた魂が残存していたとしても、【バニッシュ】が使え、尚且つ【停止の魔眼】を無力化出来るレイルがいるのだ。例え復活しても、消滅させる事が出来る。 また、ベルフェゴンが消滅してから、魔物の生態系も元に戻ってきたそうだ。 進化した魔物を屠っていると、次第にその数も減って、見なくなったようだ。どうやら、ベルフェゴンの魂が魔物に何らかの作用を施していたみたいだ。 悪魔の脅威も取り除き、魔物達の活性化も防ぐ事が出来たので、一石二鳥の結果となった。 さて、今ではハイエルフとなったレイルだが、そろそろ里に戻るそうだ。 何せ、自分の内に秘められた悪魔の魂が完全に消滅したのだ。そして、里の者達を充分に守れるだけの力もある。大手を振って里に戻れるのだ。「短い間でしたが、お世話になりました」 荷物を纏め、それを背負っているレイルは我とシェルミナに頭を下げる。 この場にクオンはいない。クオンは先日この街を出て行ったからだ。 とある異世界人から手紙を受け取り、一度こちらに来てみないか? と誘いを受けたそうだ。その異世界人からの手紙をクオンの了解を得て見させてもらったが、大戦の時に一番の活躍をした異世界人の物と同じだった。 クオンとしても、一度自分以外の異世界人と逢いたいと思っていたそうで、その誘いを受ける事にしたそうだ。 あの異世界人は、人柄的にも問題ないし、クオンを罠に嵌めようとする輩でもない事は分かっていたので、我は止める事はしなかった。 クオンは我とシェルミナ、レイルに旅で世話になった礼と、我らと一緒にいた時間はとても楽しかったと告げて、異世界人のいる場所へと旅立った。「レイル。達者でな」「はい。シェルミナさんも御達者で」 シェルミナはレイルの肩を軽く叩く。それに対してレイルは頷き返す。「まぁ、今のお前なら大抵の者は脅威ではないだろう。だが、くれぐれも力の使い道を誤るなよ?」「はい。了解です師匠」「あぁ、それと。何か問題が起きたら我に連絡しろ。冒険者ギルドに伝言を頼めば伝わるだろう」 一瞬きょとんとした表情をするレイルに、我は言葉を続ける。「お前は我の弟子だ。遠く離れていてもその事に変わりはない。なので、どうしても解決出来無さそうな事態に遭遇したら我に頼れ」「……はいっ。ありがとうございます師匠!」 レイルは笑みを広げ、大きく頭を下げる。 クオンの時もそうだったが、我らは別れを惜しんだりしない。 これが今生の別れとはならない。クオンとは旅をしていれば何時かまた出逢えるし、レイルにはエルフの隠れ里へと赴けば逢えるのだ。「では、師匠! シェルミナさん! また会いましょう! あと、里に近くに寄る事があったら是非立ち寄って下さい!」 レイルは大きく手を振りながら、街を出て行く。我とシェルミナも、レイルの姿が見えなくなるまで手を振り返した。「……よかったのか?」「何がだ?」 レイルの姿が見えなくなったところで、隣りにいるシェルミナがこんな事を口にする。「いや、レイルと共にエルフの里に出向かなくて、と思ってな。レイルはまだまだ伸び代がある。その内、今のシオネの魔力量を超えるだろう」「あぁ、その事か」 確かに、今の段階でリッチーとなった我を越える魔力量をレイルは誇っている。更に、それで打ち止めではなくまだまだ魔力量が増える伸び代があるのだ。 レイルはそのうち、我の魔封の呪いを解く事が出来るようになるだろう。「レイルにはまだまだ伸び代はある。しかし、今のレイルでは我を越える魔力量になるまで何百年と掛かるだろう」 ハイエルフとなって、魔力量もその伸び代も多くなったレイルだが、ここ数年で我と同じになる事はない。 魔物を狩りまくれば、多少は早まるだろうが、あのレベルまで行くと一年で増える量は微々たるものだ。 意図して魔力量を増やすような鍛錬を行っても同じ事。結局の所、我を越すまでには何百年もの月日が必要になる。 寿命が存在しない我とレイルなら、その何百年も夢の話ではないし、一番現実味のある話だ。しかし、流石にそこまで待つのは長過ぎるのだ。「そこまで単に待つくらいなら、こうして旅を続けて、我の魔封の呪いを解呪出来る者を探しながら待っていた方が時間を無駄にしない」「成程な」 シェルミナは納得したように一度頷く。「もっとも、今の我の魔力量を超えるとなると……ほんの一握いるかいないかだがな。エルダーリッチーとなった分、聖属性に強くなったので、聖職者という選択肢も増えたが、気休め程度だ」「そうか。まぁ、気長に探せばいいさ」「我としては、早く研究に没頭したいのだがな……」 我は溜息を吐く。もし、我の存在がエルダーリッチーに昇華しなければ、即座にレイルに解呪して貰えたのだがな。 しかし、あの場で我が存在昇華していなければ、ベルフェゴンに負けていた可能性もある。無論、勝っていた可能性もあるが、魔法合戦となった場合、全力全開の奴に後れを取っていただろう。 それに、エルダーリッチーとなった事で更に魔力量が増えたのだ。つまり、より強力な効果がある魔法を生み出す事が出来ると言う事。研究が捗ると言う者だ。 後悔する事なぞない。これも運命と言う奴だ。「では、私達も行くとするか」「やはり、お前もついて来るか」「当然だ。言っただろう? シオネが変な事をしないよう命を賭して監視する、と」「そうだったな」「では、我らも荷物を纏めて行くとするか」「そうだな。で、次に行く場所の目星は付いているのか?」「あぁ、ここからおおよそ一ヶ月歩いた先にあるサルダンと言う街に二年前から神の声を訊く事が出来るようになった巫女がいるらしい。まずは、その巫女に会いに行こうと思う」「了解した」 我とシェルミナは肩を並べて、荷物を置いている宿へと戻る事にする。 はてさて、我が再び魔法を使えるようになるのは、何時になる事やら。 出来るだけ、早くに解呪される事を願うだけだな。












 Sランク冒険者、『剛力魔人』シオネ=セイダウン。 彼はその剛腕を持って、迫り来る敵、強大な魔物、そして魔神の復活を目論む悪魔を一撃の下屠ったとする伝説がある。 彼は不老の呪いに掛かっているとされ、その呪いを解く為に旅をしていると語られる。 彼の傍にはSランク『魔麗剣姫』と、その子孫が常にいたとされる。 彼が表の舞台から消えたのは、冒険者として名を馳せて数百年後とされる。「呪いが解けた。故に、我は我の為すべき事をしよう」  そう告げ、彼は行方を晦ました。 一説には、死地を求める為に旅立ったとも、魔神が永劫現れぬよう自ら贄となったともされるが、真相は闇の中だ。 また、つい最近ではエルフの隠れ里付近にて、彼に似た人物が目撃されたとの噂もあるが、定かではない。


「里長様、あの人また家にこもりっきりなんですが、大丈夫なんですか?」「大丈夫ですよ。一緒にフォークソン家の人達もいますし、研究が一段落したら、その内出て来ると思います」「……あの人、物凄い研究馬鹿なんですね」「そうですね。ですので、邪魔だけはしないようにしてくださいね」「分かってますよ」「………………それにしても、師匠は本当に魔法馬鹿だったんですね」「里長様? 何か言いました?」「いいえ。では、私達はそろそろ里に戻りましょう」「はい」


 了

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