ぶつリッチーとその弟子

島地 雷夢

今後

「成程、【魔眼】のギフト持ちに魅入られた、か」 シェルミナが腕を組み、クオンをまじまじと眺める。「あぁ。それも、精霊ごとな」 我はベッドに腰を掛け、軽く首を回す。 我は一度クオンと共に冒険者ギルドで討伐完了の手続きを済ませた後、寄り道もせずに宿へと直行。 その後、ユカタ姿でタッキュウに興じていたシェルミナとレイルの首根っこを掴んで我の部屋へと向かった。 その際、シェルミナに防音の魔法を掛けるように告げ、瞬時に表情を引き締めて彼女が用いる最大の防音魔法を展開した。 なので、我らの声は外に漏れ出る事はない。 現在、我の部屋には我とシェルミナ、レイル、そしてクオンの四人だけがいる。 この四人以外から会話が漏れ出る事はないだろう。クオンが降霊できる精霊四人も視覚聴覚を共有しているが、常人にその声は届かない。そもそも彼等はクオンの身を案じているようなので他人に話すような事はしないだろう。 話の内容は、クオンが【魔眼】に魅入られた事。そして、それによって我が襲われた事だ。そして、本人の了承を得てクオンが精霊を降霊し、会話も出来る事を二人に伝えてある。異世界人だと言う事はまだ隠しているが。 そして、クオンには我がリッチーである事を秘密にしておいて貰えるように頼んである。魔眼に魅入られていない状態の素のクオンは、魔物でも他人に害を為さない限りは手を出さないスタンスを貫いているようで、我を討伐しようとは思っていない。 なので、クオンは我の頼みを快く引き受けてくれ、この会話でレイルに我がリッチーだと知られる事はない。「有力なのは、【魅了の魔眼】か?」 シェルミナは我に問うてくるが、我は首を横に振る。「いや、魅了ではないだろう」「というと?」「魅了なら記憶を保持している筈だ。特に、魅了された相手の事をな。しかし、目を覚ましたら綺麗さっぱりと記憶が無くなっていた」「成程」 それに我は【魅了の魔眼】に魅入られた者と相対した事がある。魅入られた者は誰も彼も【魅了の魔眼】のギフト持ちの名前を叫びながら、その者の為に、と色々とぶっ飛んだ行動をしていた。 なので、クオンとサラマンダーが魅入られた【魔眼】は【魅了の魔眼】ではないと断言出来る。「同時に精神魔法にかかっていたと言う線もあるのでは?」「それはないよ。精霊たちが魔法には掛かっていなかったって断言してたから」「そうですか」 おずおずと手を挙げて意見を述べたレイルに、クオンは首を横に振る。 断言の根拠は他に今し方クオンが言った事もある。【魔眼】に加えて精神魔法で操られてればその限りではない。 しかし、三人の精霊から精神魔法は使われていないというお墨付きをもらっていたので、【魅了の魔眼】の可能性は排除した。「なら、【支配の魔眼】の力を受けた可能性は?」「その可能性も考えたが、それなら気を失わせた程度では支配から逃れられないだろう。あれは繋がりが強過ぎると文書に書いてあった」 研究をしている際、我はギフトの効果を疑似的に魔法として発現できないか? と試行錯誤していた時期があった。 その時いくつかのギフトと詳しい効果が記された書物を手に入れて読みふけりもした。 そこに書いてあった【支配の魔眼】は、対象の完全支配とあった。ただし、完全支配にはいくつかの手順があり、少しばかり時間がかかるそうなので即効性はない。 しかし、一度支配してしまえば気絶させても精神魔法を使っても支配は解けず、同系統の魔眼で上書きされない限りは決して裏切られない傀儡を手に入れる事が出来る。 今回、クオンは女の眼を見て直ぐに可笑しくなったらしい。ただ、クオンの知らないうちに【支配の魔眼】の手順を踏まされていた可能性もあった。 が、我が気を失わせて直ぐに正気に戻ったのでその線は直ぐに搔き消えた。気絶させた程度では支配を解く事は出来ないのだから。 それに、【支配の魔眼】でないと言える根拠がある。「あれは同族にだけ効果があるだろ? なら精霊まで【魔眼】の効果は及ばない」「ふむ。その通りだな」 そう、【支配の魔眼】は自身と同じ種族にしか効果が及ばないのだ。なので、【支配の魔眼】を持っている人間がエルフを支配しようとしたとしても、不可能なのだ。支配出来るのは人間だけ。 今回、クオンだけでなく精霊のサラマンダーも可笑しくなった。なので、【支配の魔眼】はありえない。「で、結局のところどうするのですか?」「その事なんだが」 レイルの言葉に、我は軽く息を吐いて一言。「無視する事にした」「「は?」」 シェルミナとレイルが揃って口を開けて反応した。「いや、待て。無視するだと?」「あぁ。いちいち探すとか、誘い出すとか、面倒だ」 我は嘘偽りなく告げる。クオンを使って我にちょっかいをかけてきた輩だとしても、だ。情報もほとんどなく闇雲に探すのは得策ではない。 それに、だ。「そいつは我を狙っていない可能性もある。もし我に関心を持っていないのであれば、探すだけ無駄だろう」「お前と言う奴は……」 何故か呆れた顔をするシェルミナ。「それもそうですね。明確に狙われていると分かってから対処した方が変に労力使いませんし。流石は師匠です」 レイルは俺の考えに賛同してくれるようだ。「無視するとしても、だ」 シェルミナは溜息を吐くと、顔をクオンに向ける。「彼はどうするのだ? 私達はもしかしたら無関係かもしれないが、彼はその【魔眼】のギフト持ちの女にまた何かされるのではないか?」「あぁ、その事だが」 我はクオンに視線を向ける。クオンは一歩前に出て、シェルミナとレイルに頭を下げる。「暫くの間、よろしくお願いします」「は?」「はい?」 シェルミナとレイルは目をパチクリとさせる。「クオンには借りがある。なので、クオンの安全をある程度確保出来るように暫くは共に行動する事にした」「私達には事後承諾か……」「別に困る事でもあるまい。クオンとはまだ出逢って日も浅すぎるが、のぼせた我を助けて、あまつさえフルーツ牛乳を飲ませてくれた程の好青年なのだ」「シオネ、のぼせたのか……」 我のカミングアウトにシェルミナは片手で顔を覆ってまた溜息を吐く。「あー、のぼせても師匠は師匠です」 レイルはよく分からないフォローをしてくる。「で、クオンが暫く一緒でも構わないな?」「……あぁ。私としても、シオネを溺死や脱水症状の危機から救ってくれた彼を無碍には出来ない」「私も大丈夫です」 二人からの承諾も得られたので、暫くはクオンと一緒に行動する事になる。「なんか、すみません」「気にするな」 頭をさらに下げてくるクオンに我は首を横に振る。「また、我の当初の目的通り、名を上げて来ている魔法使いと会うまではまだスノウィンに滞在しようと思う。あって我の眼鏡にかなわなければ即次の町へと向かう。それでいいか?」「私は特に反対する理由はないな」「私も特には」「僕も」 異存はないようで、名を上げて来ている魔法使い街に戻ってくるまではスノウィンにいる事にする。 クオンの事は気に掛けるが、我がこの街に来た本来の目的は魔封の呪いを解呪する為なのだ。優先順位を変える事も無ければ、目的をはき違える事も無い絶対的な優位性を我の中では誇っている。 街にいる間に、クオンにちょっかいを掛ける輩がいれば、我が一撃でのしてやろう。それ程の力を我は有しているのだからな。生半可にしか鍛えていない輩ならば問答無用の腹パンやアッパーカットで意識は刈り取れる。 もしそれが【魔眼】持ちの女ならば。意識を刈り取った後は目隠しをして、我は力にモノを言わせ、シェルミナとレイルには魔法でモノを言わせ、クオンには精霊でモノを言わせて狙った目的を吐露するように仕向ければいい。「では、話は終わりだ。そろそろ飯でも食いに行くとしよう」「そうだな」「はい」「うん」 と言う訳で、我らは部屋を出て宿の食堂へと向かう事にした。

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