ぶつリッチーとその弟子

島地 雷夢

申請

 その後、意気消沈したギルド長を復活させるのにえらく時間がかかった。 何でも、ギルド長は現役の頃この盾に命を何度も救われていたらしい。んな大事なものを出すなと言いたい所だが、我は一番質が良くて固いものと注文したからなぁ。こいつ自身も壊せる筈がないと思い込んでいた事も起因しているとは言え、罪悪感が沸き起こってくる。「……やはり、弁償するぞ? もしくは、腕のいいドワーフを紹介するが」「…………弁償はいい。男に二言はねぇ。ただ、その腕のいいドワーフの事は紹介してくれ。頼む」 と、ギルド長は頭を下げて頼んできたので、我は紹介状を書く事にした。 ドワーフは人間よりも背が低いが、人間なんぞよりも力が強く、長命で鍛冶の腕は遥か高みを行っている。ドワーフの作る武具防具は人間の作る物よりも高値で取引されている。 そのドワーフの中でもより腕利きの一人と我は旧知の仲にある。まぁ、大罪人となってからの交流は無くなったが、あいつなら大罪人となった後の我であっても頼み事の一つは訊いてくれるだろう。それくらい、あいつは情に厚く、友を大事にしている。 無論、我も例え聖鎖によって繋がれ、牢獄に囚われたとしてもあいつから助けを求められれば例え四肢がなくなったとしても牢獄を抜け出して駆けつけるさ。あいつには借りがあり過ぎるのでな。あいつに迷惑を掛けないよう、大罪人後は会いに行こうとはしなかったが、この姿なら会いに行っても大丈夫だろう。 まぁ、そのうちだな。今は現状をどうにかしないといけないからな。 我は紹介状の最後の行に我とあいつしか知らない秘密の暗号を書き、この紹介状を書いたのが我であると記す。最後には現在の我の偽名であるシオネ=セイダウンと綴って終える。これであいつと再会した時は本名ではなく偽名で答えてくれる筈だ。 紹介状を書き終わり、それを渡された封筒に入れ、蝋で封をする。蝋印が無く、そもそも我の印を押した時点で押収されそうなので押さなかった。代わりに、垂らす際にほんの少しばかり我の魔力を蝋に流し込んだ。常人は気付かないが、あいつならおや? というくらいには気付くだろう。 我は紹介状をギルド長に渡し、あいつが住んでいる都市の名前を告げる。ギルド長はその紹介状とミスリルの盾の欠片が全てしまってある箱を職員に渡し、早速あいつの下へと届けさせる。流石にギルド長自らが行く事は出来ないようで、特に信頼している……先程からエンジェルベアの毛皮やミスリルの盾を持ってきた職員に代行として行ってもらうそうだ。 で、ギルド長は大事なミスリルの盾が壊れた事で我とアール達が言っている事は本当だと信じてくれた。 その後、ギルドから冒険者や住民に向けてエンジェルベア出現の為、警戒を取るようにと発信される。流石にどよめきがあったが、住民は街の外に出なければ比較的安全として直ぐに騒がなくなった。 が、冒険者や商隊はそうは行かない。冒険者は街の外で薬草を採取したり魔物を倒して生計を立てるし、商隊も街と町、村を行き来して商売している。無論、専属の護衛や冒険者を雇って道中の危険から身を守るようにしているが、エンジェルベア相手となると、余程の腕が無い限りよくて半壊、悪くて全滅の憂き目に遭ってしまう。 エンジェルベアの出現が、ここまで波紋を呼ぶとはな。 少しばかりその危険度を減らす為、我の方でも早々に行動を起こすか。 そもそも、我はその為に冒険者ギルドに来たのだからな。当初の目的とは違うが、副次的に危険度を減らせるのならば僥倖だ。 場所はまだ応接室。我は勿論の事、ギルド長もいる。アール達はもう用が済んだのだが、我がもう少し付き合ってくれと頼んで一緒にいる。「おい、ギルド長。我は冒険者として登録したいのだが。あと、その後に特許申請をしたい」「お前、冒険者じゃなかったのか。と言うか、特許?」「あぁ。技術特許だ」 ギルド長は我の言葉にピクリと反応する。 魔法にしろ技術にしろ、己の力で自ら新しく体現した場合は国に直接、もしくはギルドを通して特許を申請する事が出来る。 特許を申請すると言う事は己の成果を公けにすると言う事だ。門外不出と言う扱いにはならなくなる代わりに、莫大な褒賞を得る。まぁ、莫大とは言っても一括で一気にもらえる訳ではなく、一年単位で十回に渡り支払われると言うものだ。一年当たりの額としては、特許申請するものによるが、大体は豪遊さえしなければ二年は食べて暮らして行けるくらいとなる。 我も十数もの特許を申請し、一生遊んで暮らして行けるだけの財を持っていたが、大罪人になった事で残る褒賞の支払いは打ち切られ、国やギルドに預けていた分は押収されてしまった。手持ちにいくらか残っているが、例の如く空間魔法で仕舞ってあるので採り出せない状況だ。 なので、逃亡中に体現した新たな技術の特許申請をし、手っ取り早く金を得ようと言う訳だ。もっとも、申請しても褒賞が支払われるのは申請からおよそ一月後だ。その間に色々と面倒な手続きがあるが、それはあくまで国がやる事で申請者はノータッチの領域だ。 直ぐに使える金が手に入る訳ではないが、我としてはもう一つ目的がある。 それは我の名を広く知らしめる事だ。特許を取得した者はいい意味でも悪い意味でも名が知られる。我は今回それを利用する事にした。 名が知られれば、我に接触を試みる輩が現れるかもしない。そう言った者の中に我より優れている魔法使いもしくは将来性のある若者がいるかもしれないからな。少々の危険を冒してでも橋は渡るさ。 その危険とは、我がぶちのめした魔法騎士団の存在だ。 結局、あいつらに恐怖を植え付ける事は出来たと思われるが、記憶までは奪えていないだろう。我がリッチーとなった事を知っており、下手に名を馳せるとあいつらに見付かる可能性がある。 いや、それ以前に現在の我の容姿で新たに指名手配をしているかもしれない。むしろ、そちらの方が可能性は高いか。 それでも我は隠れずに敢えて有名になり探す事を選んだ。早く魔法を放ちたい。そんな衝動に突き動かされて。もし、また魔法騎士団が割れの前に立ちふさがるならば、また瓦礫の中に生き埋めにしてくれよう。それ程の決意を胸に秘める。「技術特許だぁ?」 で、ギルド長は我を胡乱気に眺める。「あぁ。所謂身体強化の技術だ。だが、まだ詳細は言えないな」「……お前、何者だ? そんな歳でミスリルを容易く砕く腕力、他者を破裂させないように魔力を譲渡出来る程の魔力制御。それに今度は技術特許と来た」「少し訳ありでな。深くは訊くな。……詮索しようとすれば、どうなるかは分かると思うが」 そう言って、俺は少しばかり魔力を解放する。すると、ギルド長は俺の魔力にあてられ、少しばかり体が震える。まぁ、解放した魔力はリッチーになる前の大体四分の一くらいだ。それでも、常人にとっては脅威となるくらいの量だがな。 アール達の顔も少々青褪めているな。別にお前等を怖がらせようとはしていなかったんだが、すまん。 我は魔力の解放をやめ、軽く息を吐いてギルド長に促す。「まずは冒険者登録をしないと申請が出来ない。そう言う決まりだろ?」「……おぅ。じゃあ、ちゃちゃっと済ませろ。んで、その技術特許をさっさと申請しろ」 ギルド長は額にじんわりと汗をかきつつも平静を装い、備え付けの棚から冒険者登録用の用紙とペンを出して俺へと渡す。別に受付に戻らなくても登録は出来るのか、楽だな。 我は冒険者登録用紙に殆ど虚偽の内容を記載していく。とは言っても、記載したのは偽名であるシオネ=セイダウン、年齢も見た目通り十歳と書き、唯一性別だけは真実の男と記入しだけだ。他は差支えが無ければ書かなくてよいと注釈があったので書いていない。 書かなかった=前科者の可能性や大罪人ではないかとギルドには思われるかもしれないが、ギルドとしては優秀な人材を手放したくはないので、特にその場では言及しない。ただし、ギルド職員間の要注意人物リストにリストアップされるらしいが。何か問題を起こせば即資格を剥奪されるとかされないとかという噂がある。 記入し終えた用紙をギルド長に渡し、ギルド長はそれを一瞥する。若干険しくもそれでいて諦めが見える顔を一瞬だけするが、直ぐ様用紙を持って一度応接室から出る。 少し待ってギルド長は一枚のカードを持って現れる。俗に言う冒険者カードだ。これがあれば一応の身分の証明となる。ギルド長は我の目の前でそのカードに我の名前を記入していく。それを我に渡し、我は名前の書かれたインクの部分を軽くなぞる。すると、名前は僅かに淡く光り始める。 記入に使用しているペンのインクは特別製で、魔力の波長やパターンを記憶する効果がある。魔力パターンを記憶させた本人が持っている限り、名前の部分は淡い光を放つようになる。逆に、他人が持っている場合は赤く点滅するようになり、一応の成りすまし防止となっている。 これで我の冒険者登録は終了だ。「じゃあ、この用紙にその技術に関して書け。詳細にな」「無論だ」 今度は特許申請用紙を渡される。我はそれにつらつらと技術内容を記していく。 我が技術特許を申請するのは『魔力流動による身体強化』だ。 本来、魔力は身体の内で停滞しているエネルギーだ。それ自身に運動はなく、ただただ身体の中に静かに溜まっているだけだ。魔法はそのエネルギーを消費する事で発動する事が出来る。また、自身が意図的に魔力を動かす事が出来る。それが魔力譲渡と魔力の解放だ。 魔力譲渡は文字通り他人に魔力を譲渡する事。譲渡した分は時間が経てば魔力が体内で生成されて補充される。解放は体外に放出し、一種の威嚇としての効力を発揮する。こちらは譲渡と違って消費はしない。魔力解放は、正確には体外に放出し自身を包むように停滞させる事を指す。解放をやめれば、魔力は自ずと体内へと戻っていく。 魔法の発動は魔力を消費する。魔力の譲渡は他人に魔力を分け与える。魔力の解放は自身を包み込むように体外へと放出する。魔力の主な活用はその三つだ。 しかし、我は魔法の研究の際、偶然魔力の更なる可能性に気付き、そちらの方でも研究を続けた。 そして、大罪人となって魔法騎士団から逃げている間……今から一年ほど前に『魔力流動による身体強化』の術を生み出した。 魔力の活用は先にも述べたように消費するか、他者に分け与えるか、威嚇用に体外に放出するかぐらいしかなかった。なので、誰も魔力を体内で動かし続けると言った事はしていなかった。 魔力は常に停滞しているが己の意思一つで動かす事が出来るのは知れ渡っていた。なので、我は血液が血管を流れるようなイメージを常に持って魔力を動かそうとした。最初は上手く行かなかったが、徐々に体の中を循環するようになった。最初は円を描くようにぐるぐるとしたものだったが、最終的にはイメージ通り血管を流れる血液のように体の中を隅々まで行き交うようになった。 ただ、それだけでは身体強化には繋がらない。あくまで体内を流動しているだけだ。そこで我は主な魔力の活用に目をつけた。 消費、譲渡、そして放出。我はその三つを更に組み合わせて身体強化に成功した。簡単に言えば、身体を動かす際に消費するエネルギーに対して魔力の譲渡を行い、そのエネルギーと同時に消費する事によって爆発的に力を増大させる。更に別の魔力を内部で放出及びエネルギーとして消費する事で身体内部の各部分へと伝わる衝撃を相殺する緩衝材として機能させる、と言うものだ。 無論、単にそうすればいいのではない。魔力のコントロールが寸分でも狂う。もしくは魔力配分を間違えれば力は上がらず、下手をすれば力に耐えられずに自壊してしまう。 実戦で使えるようにするならば、無意識化で魔力のコントロールが出来るようにならなければならず、難易度は高い。ただし、習慣化さえすれば、強力な武器となる。 従来、身体強化と言えば魔法によって行われている。一度の魔力消費で平均した強化が得られると言うメリットがあるが、時間制限があり、魔法故に相対するものに直ぐばれるデメリットがある。また、大前提としてその魔法が使えなければ身体強化なんぞ出来ない。 我の生み出した方法ならば、例え魔法が使えなくとも魔力があれば出来るようになるメリットがあり、魔法と違って自身の肉体内部で完結するので他者に気付かれにくく奇襲性に富んでいる。ただし、強化具合は自身の魔力量に左右され、常に魔力のコントロール及び消費をしなければいけないが。 また、身体強化の魔法とも併用する事も出来る。当然、難度は上がるが。 魔法ではないので、こうして魔封の呪いに侵されている我でも身体強化が出来、大概の魔物が相手でも後れを取る事はない。もしこの身体強化の術を編み出していなければ、今頃は魔法騎士団にとっ捕まっていただろう。 そう、何度も言うがこれは魔法ではないのだ。魔法ではないので魔力のコントロールさえ出来れば魔法使い以外でも自身の身体を強化出来るようになる。子供でも、老人でも、魔封の呪いを受けたとしても、な。 魔力コントロールの訓練を積み、この『魔力流動による身体強化』が使えるようになれば、以前は敵わなかった魔物相手にも後れを取る事は無くなるだろう。それは単純に地力が上がるのと同時にパーティーに魔法使いがいれば作業が一つ減り、他の補助や攻撃に専念出来ると言う事になる。「……ほら」 我は申請書にびっしりと事細かに書き記し、それをギルド長に渡す。 これが広まれば、気休め程度になるかもしれないが少しは冒険者や商隊にとっての危険度を減らす事が出来るだろう。

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