ぶつリッチーとその弟子

島地 雷夢

出会い

 旅を続ける事一週間。 我は休みを挟みながら歩き続けている。 まず、我は町を目指す事にした。 当てもなく該当する人物を探すよりも、様々な情報が集まる街で聞き込みをしていった方が効率よく事が進むと思ったからだ。 なので、我は町へと向かっているのだが……。「むぅ、まだ道に出ないのか?」 我は森の中を彷徨っている。迷子になっているとも言う。 リッチーへと昇華する術式魔法陣を描いた廃墟はそもそも人の生活圏から隔離されたうっそうと茂る森から頭を出した丘の上ににぽつねんと建っていたのだ。それを望遠魔法で遠くから見付けた際これ幸いと転移魔法で一気に訪れたのだが、結局魔法騎士団には見付かるし術式は失敗するしで散々な目に遭ったな。 当然、そこまでに至る道順なぞ知らん。周りに木々が乱立しているし、人の作り出した道なんぞ当の昔に植物が生い茂り判別不可能となっている。 方角は一応太陽の動きで把握は出来るのだが、森の中は僅かな木漏れ日が射すばかりで太陽がどの位置にあるかなんて分かりゃしない。 結果として、方角も分からず森の中を彷徨い続けている訳だ。 その間の食料は適当になっている木の実を頬張り、ついでにそれで喉に潤いを与えた。リッチーは毒が効かないので、例え食した木の実が猛毒だったとしても問題はない。現に、こうして我はぴんぴんとしているので気にする必要はない訳だ。 ただ、そろそろ木の実だけの食事も飽きたな。そろそろ肉っ気が欲しい所だ。ただし、我は火の熾し方を知らんので野生動物に遭遇して仕留めたとしても生で食べる羽目になるのか。 こういう時、魔法が使えないのは歯痒いな。転移魔法が使えれば直ぐに移動出来、火焔魔法が使えれば簡単に火を熾す事が出来る。魔法とはかくも便利な物だ。故に、細心の注意も払わなければならないが、そこがまた面白い。 魔力の籠め方一つ変えたり、詠唱文の一句を意図的に間違えてみたり、魔法陣の太さを不定にしてみたり……ほんの僅かな違いで魔法はその姿をがらりと変える。 それが心底面白く、逐一確かめては結果に驚愕し、我は魔法に傾倒していった。「はぁ……早く呪いをどうにかしないとな」 自身の手で魔法の面白みを実感出来ない現状がとてもとても歯痒くて仕方がない。 なんて思いながら森を進んでいると、何と一本道に出たではないか。それも、きちんと整備され平らで馬車での移動がしやすいように小石も出来るだけ排除されている。「おぉ。漸く道に出たか」 あとは道なりに進んで行けば町へと辿り着く事が出来るだろう。いやはや、長い長い彷徨だった。これで魔封の呪いを解くのに一歩前進したと言う訳か。 して、一本道のどちら側へと向かおうか? そう軽く思案しようとした時だ。「ん?」 左手の方から、何やら音が聞こえてくる。更には道の上空に鳥か何かが羽ばたいているような姿が見える。 その鳥? に向かって炎が順次放たれていくが、どうにも炎は当たらず、鳥? はそれらを回避しながら飛んでいる。 近付いて来るにつれ、飛んでいるのは鳥でない事が確認出来る。 空を飛んでいるのは、エンジェルベア。純白で透き通るような毛並みにまるで天使のような白翼を背中に生やした魔物。 エンジェルとは名ばかりで、性格は獰猛そのもの。獲物を見付けると飛来し、その鋭い牙や爪で獲物を仕留め、肉を食む。 世の中には、このような諺がある。「エンジェルベアに遭遇したら天国に行ける」。これはつまり、エンジェルベアに遭遇したら死を覚悟しなければならないと言う意味だ。 まぁ、確かに魔物としては上位に位置する奴だし、その諺は言い得て妙だ。 因みに、エンジェルベアには上位種であるデビルベアと言うのも存在する。エンジェルベアとは対を成すかのように漆黒の体毛に悪魔のような翼を生やしているのが特徴。こいつにも諺があり「デビルベアに出遭ったら地獄に直行」だ。表現がより絶望色に染められているのが何とも言えないな。 にしても、ここはエンジェルベアの生息区域だったのか。如何せん魔物の名前や特徴は図鑑を眺めた事があるので分かるが、何処に棲んでいるかまでは把握しきれていない。 何て事を心の内で呟いているとどんどんとエンジェルベアが近付いてくる。更に、天使熊が追い掛けているのも視認出来るようになる。 男が二人に、女が二人。多分、冒険者だろう。剣持った男に、盾持った男、弓持った女に魔法使いの女のパーティーか。まぁ、概ねバランスはよさそうだ。 まぁ、バランスがよくても力量的にエンジェルベアには敵わないから逃げてるんだろう。実際、逃げている四人の顔は恐怖で引き攣って見える。よくよく見れば、剣の男と盾の男は深い傷を負っているらしく、腕や足から血が滴り落ちている。 魔法使いの女が杖を構え、火焔魔法を放っていくが、エンジェルベアの白毛を焦がす事叶わずだ。エンジェルベアはどんどんと高度を落としていき、確実に襲い掛かる気でいる。 弓持った女が矢を放たないのは、既に矢筒が空だからだろうな。矢が無ければ弓は宝の持ち腐れだ。 正直な感想を言えば、こいつらはあと数分もしないうちに食い殺されるだろうな。近接系の男二人は負傷し、満足に役割を果たす事が出来ない。弓の女も得意技を活かす事が出来ない。唯一の命綱である魔法使いの女の攻撃は当たらず、懐に入られたら真っ先に殺されるだろう。エンジェルベアの双眸は魔法を放つ女にだけ向けられている。 彼等の若き命は散らされるだろう。 救いの手がなければな。 我は直ぐに木陰に隠れ、四人が我を通り過ぎるまで待つ。それを待つくらいはまだ余裕がある。 四人が前を横切ったのを見計らい、我はばっと道へと躍り出る。 すると、エンジェルベアは突如現れた我に首を向ける。空を駆るエンジェルベアは道から出て一歩も動かない我に狙いを定めたらしく、一気に降下してくる。逃げ回る人間よりも微動だにしない人間の方が襲いやすいと思ったようだな。上々上々。我に向かって来るなら一層対処しやすい。「えっ⁉ 子供ぉ⁉」 逃げつつも振り返りながら魔法を放っていた女が我に気付いたようだ。「は?」「今、何て言った?」「こ、子供⁉」 他の三人も魔法使いの女の声に反応する。「君っ! 急いで逃げて!」 魔法使いの女の悲痛な声が響く。 しかし、逃げるにしてももう遅い。 ほんの数秒でエンジェルベアは我に接触出来る程に近付いている。逃げても無駄だ。背を向けた瞬間に背中を裂かれ、頭を噛み砕かれて絶命する。 普通の奴ならな。「グォァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」 鼓膜を震わす雄叫びを上げ、その鋭い爪を煌めかせるエンジェルベア。「うるさい」 に、我は半眼になりながら適当に拳を放つ。 拳はエンジェルベアの額にぶち当たり、ぱぁん、と頭半分を吹き飛ばした。 一瞬で絶命し、制御の利かなくなって愚直に突っ込んでくるエンジェルベアの死骸を俺は喉元を掴む形で受け止める。 少しばかり衝撃はあったが、別に体勢を崩す程のものでも無かったな。 きっちり受け止めたエンジェルベアの死骸を適当に放り投げる。結構遠くに飛び、何本か木を薙ぎ倒しながら奥へと消えて行った。「我が屠ってやったぞ」 手についた血を軽く払い落としながら我は後ろを振り返りにやりと口元を歪めながら宣言する。「「「「…………」」」」 女二人は唖然として口を起きく開け、男二人は何処か遠い目をしていた。 どうやら、ありえないものを見て現実逃避をしているようだ。

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