虚空を歩む者

島地 雷夢

黒の力

 吹っ飛ばされた虚ろの者達は糸で操られた人形のように立ち上がると、ネレグの前に立ちはだかるユレンとエトンをまずは排除しようと躍りかかる。 しかし、エトンの剛力によって二体が地面に叩きつけられ、そのまま圧迫されて身体が爆ぜる。 爆ぜると、虚ろの者達の肉体はぼろぼろと崩れて風化し、風に流されて消えて行く。それとともに歪みが二つ消失する。 残る二体は黒い力を纏ったユレンの先程の攻撃の影響により、既に風化しており、それに伴い歪みも消失していた。 ユレンが行ったのは顎へと強烈な掌打とどてっぱらに向けて渾身の蹴りだ。たったそれだけで虚ろの者達はその身を散らしたのだ。 バルックの行った通り、彼の纏う黒い力は虚ろの者達に対して特攻を得ている。黒い力を纏っていなければ、ユレンは更に何発も攻撃を加えなければ虚ろの者達を風化させる事は出来なかっただろう。 ユレンとエトンが一息吐いていると、直ぐ様新たな歪みが出現する。 それを確認したユレンが、歪みの一つへと向かい、歪みの向こう――虚空へと乗り込む。 その際、上着となっているバルックは彼の頭を守るようにフードとなっている部分を被せる。 上着となったバルックの役目は、ユレンが虚空に溶けて消えないように防護する為と、帰り道を準備する為だ。 虚空はこの世界とは全く異なる場所だ。故に、性質も異なる。こちらの世界の住人は虚空へと向かう事は出来ない。虚ろの者達に連れられるか、はたまたルァーオやユレンのような例外を除いて絶対に立ち入る事が出来ない。 仮に例外に該当していて入れたとしても、長時間虚空に入られない。虚空は異物を呑み込む性質を持っており、一時間もしないうちに身体が虚空へと溶けて消えてしまう。 虚空に溶ける事のないように、バルックが防護しているのだ。虚空に消える事のないバルックを着る事により虚空に対しての耐性が飛躍的に上昇し、おいそれとは虚空に溶ける事は無くなる。 更に、もし潜り抜けた歪みが消えてしまった場合にその歪みを簡易的に復元する力も有している。 歪みが消えるのは二通り考えられる。 一つは、歪みを作り出した虚ろの者が自らの意思で消す場合。この場合、その虚ろの者が新たに歪みを生み出し、そこから元の世界へと帰還できる可能性が残っている。 もう一つは、歪みを作り出した虚ろの者が死んだ場合だ。歪みとはいわば虚ろの者達が造り上げた簡易的な出入り口だ。 潜れるのは自身以外でも可能だが、その歪みを安定させているのは生み出した虚ろの者の力だ。歪みと虚ろの者には目に見えないパスが繋がっており、そこから歪みへと向かって力を流している。 虚ろの者が死ぬとパスが無くなり、力を得られなくなった歪みは安定を失い、そのまま崩壊してしまう。 故に、虚空で虚ろの者を倒してしまうと外に出られなくなる可能性があるのだ。近くにまだ虚ろの者がいるのなら希望は残されているが、虚ろの者がいなければほぼ間違いなく虚空に飲まれて消えてしまうだろう。 バルックは、虚ろの者が死した際に消失した歪みを修復する力を有している。 しかし、完璧ではなく、残滓をかき集め継ぎ接いだ簡易的で一時的なものでしかない。一度作り終えるとものの数秒で崩壊し、歪みの残滓完全に搔き消えて修復は不可能となる。 それでも、元の世界へと帰還するだけならば事足りるので、特に困る事も無い。 ユレンは虚空へと降り立つと目の前にいた虚ろの者の胸部へと強烈な拳をお見舞いする。胸に拳の痕がつき、そのまま風化していく。 虚空に架けられた道の上には、今し方風化していった者を除いて十体の虚ろの者。その椅子れもが歪みの向こうへと進軍しようとしていたが、突如出現した曲者へと意識を向け、一斉に襲い掛かっていく。 ユレンは最初の一体の攻撃を身をかがめてやり過ごし、その際に足払いをして次の行動を阻害しておく。 次の虚ろの者による攻撃は横に避けて、鳩尾目掛けて膝蹴りをお見舞いして風化させる。 三体目は攻撃を仕掛ける前にユレンの方から打って出て、顔面を拳が捕える。 風化していく三体目の陰から四体目が出現し、そのままユレンへと拳を放っていく。 ユレンはそれを避けてカウンターを仕掛けようとするが、急に足が固定されて回避行動がとれずに直撃を貰ってしまう。 転ばせた一体目に足をしっかりと掴まれ、身動きが取れなくなったのだ。その後も足をしっかりと掴まれ、虚ろの者達から袋叩きにあう。 このままでは嬲り殺しに合う。普通なら危機感を持つ者だが、ユレンは冷静に事に対処していく。 まず、足を掴んでいる虚ろの者の顔面へと爪先を二回程めり込ませて風化させ、自由になった所でその場で足をぽんと延ばして回転し、虚ろの者達の足を根こそぎ払っていく。 その後。地面に這いつくばる虚ろの者達の顔面をまるでボールを蹴るように勢いよく蹴りつけて行く。 袋叩きに合っていたユレンだが、外傷は擦り傷だけで済んでいる。 これは彼が纏っている黒い力の御蔭だ。この黒い力は虚ろの者達に対する特攻を得るだけでなく、相手からの攻撃を軽減する力も備わっている。 本来ならば骨が折れ、内臓が傷付く程の攻撃を喰らおうとも威力を減衰出来るので多少の無茶は可能だ。 しかし、攻撃が全く効かないと言う訳ではなくダメージもきちんと受け、あまりに威力が強過ぎれば大怪我を負う。なので、過信は禁物だ。今回は運よく軽傷で済むレベルの怪我まで抑える事が出来たが、次がそうだとは限らない。 ユレンは己を律し、次は今回のようにならないように上手く立ち回るようにしようと反省する。 虚ろの者達を十体倒し終えると、上から新たな虚ろの者が彼の前へと降ってきた。 それは先程まで相手をしていた虚ろの者達とは形が違っていた。 頭部は大きさが一回り大きく、まるでボディビルダーの如く筋肉質な身体をしている。 一筋縄ではいかないとユレンは察し、少しだけ距離を取って静観する。 筋肉質な虚ろの者は軽く辺りを見渡、ユレンの姿を捉えるとのっしのっしと足音を響かせながら彼の方へと向かって行く。 拳を固く握りしめ、筋肉質の虚ろの者はユレンへとパンチを繰り出す。 空気が唸り声をあげ、速度と重さの乗った一撃はくらえば吹っ飛ばされるのが簡単に予想出来たので、ユレンは大きく横に避け、そのまま駆け出して筋肉質な虚ろの者の腹へと拳を叩き込む。 ただ拳を叩き込むのではなく、同時に黒い力を筋肉質な虚ろの者へと流し込む。 これはこの一ヶ月半の修行の成果だ。他の物に黒い力を纏わせる技術の応用で、相手に直接黒い力を叩き込む事で拳で殴っただけ以上のダメージを与える。 虚ろの者にしか有効でない方法だが、一発当たりのダメージ効率を上げる為には必要不可欠な技術だ。 流し込まれた黒い力は筋肉質な虚ろの者の全身へと行き渡り、完全に身体が黒ずむとそのまま流し込まれた場所を始点としてぼろぼろと崩れ去っていく。「ふぅ……一撃で倒せてよかった」 やや肩で息を切らし始めたユレンは風化していく虚ろの者を一瞥して安堵の息を漏らす。『まぁ、この程度なら一撃でやれんだろ。っと、もう二体来たぜ』 バルックはユレンに上を見るように促す。視線を軽く上にしたユレンの瞳には今し方倒したばかりのものと同様の姿をした虚ろの者が映った。「今度は二体っと」 ユレンは着地と同時に近くに異来た虚ろの者の腹に黒い力を流し込み、何もさせずに風化させる事に成功する。 その後もカウンター気味に拳を放ち黒い力を流し込んで倒す事に成功する。 俺で終わりではない。 更に虚ろの者達が上から降ってきてユレンへと襲い掛かる。ユレンは決して世界へと出さないように、着実に倒していく。

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