喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

86

 ゆっくりと落ちていく俺の眼には俺と同じように落ちていくカウロの姿が映っている。無事に額に接触する事が出来たようで、カウロに向けてラミアの体から十色の光が流れ込んでいく。 魔力を吸い取られているラミアの髪がうごめく事はなく、そのまま重力に従って下に垂れる。皮膚から鱗が段々と消失していき、上下二対の牙も短くなり、人間のような歯が生え始める。「闇よ、我が言葉により形を成し、全てを呑み込め!【ヘルダークネスドレイン】!」 魔力を吸い取られ焦りを見せ始めたラミアは壊した【十晶石の幻塊】から魔力を奪った闇魔法を発動してカウロへと魔力が流れるのを防ぐ。しかし、その闇は魔力を掴みはするが自身の下へ手繰り寄せる事が出来ずにいる。「このっ! 老いた妖精如きが!」 目に見えて縮んだラミアはカウロを鬼のような形相で睨みつけ、目を血走らせる。「水よ、我が言葉により形を成し、彼の敵を撃ち抜けっ!【ウォーターシュート】!」 ラミアは魔法を詠唱し、落下しているカウロに水魔法を放つ。恐らく、カウロを殺せば魔力が戻ってくると考えたのだろう。 カウロは背中の翅を動かす事はしなかった。いや、出来ないのかもしれない。魔力を持ってなかったから自力で飛んだ事が無いと仮定すると、今だけ魔力があっても飛び方を知らないので飛ぶ事が出来ない。そう考えられる。 だから……カウロは【ウォーターシュート】を避ける事が出来ない。
『――無駄です』
 しかし、【ウォーターシュート】はカウロに触れる寸前、目の前に展開された白い光の盾に弾かれ霧散した。「何っ⁉」 流石に驚いたラミアはそのまま他にも魔法を乱発する。「水よ、我が言葉により形を成し、彼の敵を撃ち抜けっ!【ウォーターシュート】! 闇よ、我が言葉により形を成し、影で射抜けっ!【シャドウショット】! 闇よ、我が言葉により形を成し、全てを切り刻めっ!【シャドウクロウパニック】! 水よ、我が言葉により形を成し、彼の敵を押し流せっ!【ウェーブスプラッシュ】!」 水魔法と闇魔法のオンパレード。普通のプレイヤーが喰らえばたちまち生命力が0になるだろう攻撃魔法の嵐を白光の盾は受け切る。「何故だ⁉ 何故我の魔法が効かぬのだ!」『それは、私が無力化しているからです』 と、その白光の盾から少量の光が零れ出し、段々と形を成していく。『今のカウロと貴方は同じ魔力を有しています。同じ魔力を持つ者の魔法による影響を受け付けないよう、私は魔力に干渉しました』 光は神子――フラトの姿へとなる。フラトは真っ直ぐと同じ顔をしたラミアに目を向け、魔法を無効化する白光の盾の説明をした。「……フラト」 カウロは目の前にフラトが現れ、信じられないかのように目を見開いて手を伸ばす。が、触れる事は出来ずフラトの体をすり抜ける。 フラトはカウロの方へ向き、優しく微笑むと光に戻って白光の盾へと流れ込む。「魔法が効かぬなら、直接屠ってくれる!」 ラミアは落下しているカウロへと向けて手を振り下ろしていく。先程の大きさの三分の一にまで縮小したとはいえ、未だに大きい事に変わりなく、ただの振り下ろしでも範囲がある。 しかし、それを許さない者達。それがこの最終クエストに参加しているプレイヤー達だ。 今がチャンスとばかりに四方八方から矢と魔法の雨が降り注ぐ。「ぐっ⁉」 魔力が減り、体に変化が生じた事により耐久も減ったのだろう。ウザったいとしか思っていなかった攻撃が効いている。先に背中に当たった矢と魔法で呻き、直ぐに振り下ろそうとした腕で視界に映る矢と魔法を払うように軌道を変える。「おのれっ! 人間如きがっ!」 ラミアは我武者羅に腕を振り、未だに蛇の形を保っている胴体で物理的な攻撃をしていく。 鳥に乗っているプレイヤーは直ぐ遠くへと退避する事が出来たが、地上にいて尚且つ至近距離にいたプレイヤーは直撃を喰らって吹き飛んで行く。 そして、空中にいるのと体力が切れたのとで身動きが取れない俺にも、そして白光の盾で魔法から守られているカウロにも腕が迫ってくる。「ピー!」 当たる直前にカウロの下から飛んで来たリトシーとリークを乗せた鳥が背中でキャッチし、旋回して腕を避けた。 そして、俺はと言うと。「セーフっと」 鳥に乗ったツバキに手を掴まれ、一気に下降して間一髪で回避出来た。「ありがとう」「気にすんな。と言うか、お前って無茶し過ぎじゃね?」 そう言いながらツバキは俺を直ぐに地面に降ろしてくれる。体力が0で倦怠感が押し寄せてくるが倒れまいと膝に手を当て前傾姿勢で堪える。「で、オウカはあの腹貫かれた悪者を連れて来たんだよな? あいつの乗ってる鳥にリークとリトシーが乗ってるからそう予想したけど」「あぁ」 鳥から一度降りたツバキが俺の前へと来て、鳥に乗っているカウロを指差しながら尋ねて来たので首肯する。「何で連れて来たんだ? いや、結果としてあの下半身蛇が弱体化したからいいんだけどな」「あいつに責任を取らせる為だ。あと、あいつを助ける為」「助けるって……神子が頼んできた事実行しようとしてんのか?」「あぁ」 俺の返答に、ツバキは目を細め、少し経ってから軽く息を吐く。「……オウカってさ」「何だ?」「御人好しだな」「そうか?」 俺は別に御人好しではないと思うのだが。嫌な事は嫌だと言うし、気に食わない奴の言う事は訊きたくもないと思っているから、違うだろう。「まぁ、俺が勝手にそう思っただけだから気にすんな」 軽く肩を竦め、ツバキは視線をラミアに向ける。「で、オウカはこれからどうすんだ? 体力回復したら突っ込む?」「そうするつもりだが、蹴りオンリーだな。武器は全部大破した」 今なら【蹴舞】や【蹴流星】でも結構なダメージを与えられるだろうから、別に武器は無くてもいい気がするが、筋力は武器を装備していない分下がってるんだよな。そこが少しばかり痛いか。「そうか。ならオウカは下でずっと攻撃するのか?」「あぁ。その方が体力の消費が少ないしな。料理アイテムももう尽きたみたいだし」 あれだけ無理な空中移動をしたのだ。体力の減りは凄まじく、改めて渡していた俺の料理アイテムもサクラとアケビは使い切った。なので、なるべくは体力が減り難い地上で戦った方がいいだろう。 ただ、下だと蛇の胴体による攻撃が迫り来るので危険が伴うが。「じゃあ、俺も下で戦うとするか」 と、ツバキがそんな事を言ってくる。「お前は鳥に乗れるだろ?」「いやいや、やっぱ鳥に乗ったままだとあんま力入んないんだよ。今なら地上からでも安全に攻撃出来るし」「いや、危険だろ。あれだけ動いてたら」「所がどっこい。安全地点があるからそこで攻撃すれば問題なしなんだよな」「安全地帯?」 そんな所あるのか? あんだけ我武者羅に動いているのに? 遠距離攻撃を身に着けてないから遠い所……と言う訳でもない筈だ。だったら、何処だ? と疑問に思っているとツバキが勿体ぶらずにさっさと答える。「あいつの正面」「正面?」「そう。あいつ全然前進しないから押し潰される事無いし、蛇の胴体でもそこまで攻撃出来ない。腕だって届かない。魔法は……あの悪者でガードすればいいからな」 魔法に関しては運の要素が絡むが、正面がそんなに安全だとは思わなかった。「それも【観察眼】で見てた結果か?」「まぁね。弱体化する前は魔法攻撃を普通に食らう場所だったから安全とは程遠かったから、時間が経って漸くって感じ」 そうだったのか。何気なく上を見ればラミアは魔法を放とうとしていない。放ったとしても、そちらに回り込んだカウロが白光の盾で打ち消しているから被害はない。「て言うか、今俺等あいつの正面で突っ立って悠々と喋ってんのに、全然攻撃食らってないんだぜ? 直ぐに気付くと思ったんだけど」「あ」 今更ながら、俺とツバキはラミアの正面にいる事に気付いた。あのまま真っ直ぐ降りて来たんだから当然だが、今の今まで攻撃が来なかったからてっきり少し遠くの方にいると思っていた。「あと、あまり大人数で正面から攻めると攻撃パターン変えるかもしれないから、少数精鋭で行った方がいい気がするんだ。その方が他からの攻撃の多さにそっちに意識向くと思うし」 ツバキは刀の柄に肘を乗せる。「で、体力回復した?」「あぁ」 体力が全快し、気怠さが無くなって動けるようになったのでその場で軽く屈伸をする。「じゃあ、行くか」「そうだな」 俺とツバキは同時に駆け出してラミアの正面――つまりは地面と接している腹の部分へと向かう。「そらっ!」 一歩先を行っていたツバキは極限まで近付くとスキルアーツ【抜刀一閃】を発動させ、ダメージを与える。「ふっ」 俺は少し離れた所から【蹴流星】を発動し、そのまま蹴りを加え、着地すると同時に前へと跳ぶ。 ツバキが何度も切り付け、俺も何度も蹴りを入れていく。その間にも他のプレイヤーによる魔法攻撃や近接攻撃を受けているラミアはそれらを払うように動きまくるが、俺とツバキは避ける必要なく攻撃をして行ける。 攻撃を繰り返すうちに、次第にラミアの動きが鈍ってきた。視線を上に向けるとややうなだれ始め、息も切れて来ている。確実にダメージが入っている証拠だ。このまま一気に押してしまおう。「喰らえっ!」 正眼に刀を構え直したツバキが今度はスキルアーツ【斬刃舞】を発動させる。ツバキ曰く【初級刀術】で習得出来るスキルアーツで俺の【小乱れ】や【乱れ切り】と同じように連撃技だ。 回転しながら上昇し、何度も切り付け、刃先を下に向けて落下と同時に突き刺し、引き抜かずにそのまま薙いで切り付け、縦横無尽に切り付け、最後に大きく振り被り、一気に振り下ろす。「喰らえっ」 俺の方も連撃系のスキルアーツ【蹴舞】を発動させる。【AMチェンジ】の効果により、最後の一撃の威力が五倍となる。 俺とツバキはほぼ同時に最後の一撃を入れ、互いにスキルアーツ発動時点で体力が0になっていたのでその場に仰向けに倒れ込む。 その後にも様々な魔法がぶち当たり、最後にサモレンジャーがぶっ放した【オーロラブレイク】がラミアの顔面に直撃する。「が…………っ」 ラミアの動きが止まり、十色の魔力の流れを止めていた闇が霧散する。 それによって、魔力は全てカウロへと流れ込んで行った。「お……の……れ……」 復活直後の姿に戻ったラミア――いや、もう下半身が蛇じゃなくなったからこの呼び名は不適切だな。取り敢えず偽神子とでも言っとくか。偽神子は恨めしそうにカウロを睨みつける。「よ、うやく……この、森を、支……配、出来……る……と……我を、滅……した、妖精ど、もを……根絶や、しに、出来る……と……」 息も絶え絶えに怨嗟のような言葉を吐く偽神子の身体は足の先から光となって行き、消えていく。生命力が0になり、倒したのだと思う。「……よう、やく……我の……宿願が……叶うと……」 最後まで言葉は紡がれず、全身が光となった偽神子はそのまま天へと昇って行った。 これで、終わった――筈だった。「おい、オウカ……あれ何だ?」 ツバキの言葉が指すのは偽神子の体があった場所に浮かんでいる黒い靄の事だろう。恐らく、あれは腐骨蛇の瘴気だ。それは消えずにその場に留まっている。かと思うとそれは物凄い勢いで移動を始める。 向かう先には一羽の鳥。その背中にはリトシーとリーク、そしてカウロが乗っている。 瘴気はカウロの前方に展開されていた白光の盾を貫通し、直撃する。「ぐ…………っ」 カウロは空中に投げ出され、そのまま落下していく。カウロを乗せていた鳥は落下していく様を見ると、直ぐに旋回して嘴でカウロの襟を摘まみ、そのままゆっくりと俺の方へと降りてくる。「おい、大丈夫か?」 隣りに寝かされたカウロに俺はそう尋ねる。が、大丈夫でない事は一目瞭然だった。 先程の偽神子と同じように、カウロは足先から光となっていく。「禁術の……反動だ」 カウロは上を向いたまま口を開く。「禁術によって甦った者が死ぬと、発動した術者も死ぬ。最初から分かっていた。フラトと一緒に生き、そして一緒に死ぬ事を選びたかったからな」 覚悟の上での発動だったのだろう。フラトと共に生きて、フラトと共に死にたかった。それがカウロの願いか。「結局、無責任のまま死んでしまう事になる、か……」 そして、カウロは俺の方に顔を向ける。その身体はもう光となり、残すは首から上だけとなっていた。「最後にオウカ。お前の御蔭で本物のフラトに逢う事が出来た……ありがとう」 微笑んだカウロの頭部も光に変わり、空へと昇って行った。カウロのいた場所に残っていた十色の光の珠から魔力が一筋の光となって飛んで行く。
『最終クエスト【鬼神の願いと神子の望み】を達成しました。 クエスト【秘宝の異変】を達成しました。 全ての緊急クエストに参加した事により、ポイントを100手に入れた。
 スケアリーアングール=フラトを倒した。 恐皇蛇の鱗×1を手に入れた。 恐皇蛇の牙×1を手に入れた。 ポイントを40手に入れた。
 鬼神カウロの願いの一部を叶えた事により、ポイントを20手に入れた。 神子フラトの望みの一部を叶えた事により、ポイントを20手に入れた。』
『Point 1488』



コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品