喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

79

 神殿へと行くと、セイリー族の姿は無かった。 全パーティーが参加出来る最終クエストの集合地点。初日の緊急クエストの時よりも多くのプレイヤーが集まっているのは、やはり最終と名がついているから……と言う訳ではない。 神殿内部だけじゃない。集落からセイリー族の姿が消えてしまっている。神殿へと幾道すがら、本来なら建物の前にいる筈のNPCが立っておらず、歩いていれば気さくに挨拶をしてくるNPCもいない。これでは最終クエスト以外のクエストはほぼこなす事が出来ない。 プレイヤーで溢れ返る神殿に聳える【妖精の十晶石】の輝きは最初に見た時よりも弱々しい。輝きが更に増したからフチは朝早くからいなくなったと言っていたが、これを見ると疑問しか浮かばない。 また、【妖精の十晶石】は【腐骨蛇の復活】クエストの時と同じように巨大なモニターを出現させている。モニターに映っているのは紙芝居。字幕が下に表示され百年前のスケアリーアングールの襲撃をお伽噺のように淡々と説明している。恐らく、百年前の襲撃に何があったのか知らないプレイヤーの為にこうやって情報を提供しているのだろう。 ただ、スケアリーアングールが【妖精の十晶石】を狙った理由は明かされていない。単に神子の最後の力を受けた鬼神によって一族は守られた、と言う終わりにしかなっておらず、スケアリーアングールの目的に関しては巫女や司祭を通じて族長に尋ねたプレイヤーにしか分からないようにされているようだ。 そして、鬼神がいなくなった理由も当然語られない。こればかりは事前に知っていたプレイヤーも把握していないが、この最終クエストで明かされる筈だ。
『最終クエスト発生からゲーム内時間で30分が経過しました。 これより最終クエスト【鬼神の願いと神子の望み】を開始します。』
 三十分が経ち、最終クエストが幕を開ける。 ウィンドウが表示されたのと同時に、紙芝居を展開していたモニターは消える。 代わりに、クルルの森の地図が表示され、全十方位に光るマーカーが付いている。その光は全て違っていて【妖精の十晶石】、もとい十属性の色ごとに分かれている。 その地図の下に、十晶石から漏れ出した光が集まり、人の形を作っていく。『人間の皆様』 その姿を俺は見た事がある。俺以外にも、【十晶石の幻塊】クエストに参加して死に戻りしなかったプレイヤーも見ていただろう。 ローブが五秒以上見続け、変身したシェイプシフターの姿そのものだった。違うのは目と輪郭か。シェイプシフターが冷たい眼をしていたのに対し、こちらは哀しげに細められている。また輪郭もくっきりとしておらずぼやけ、半透明で向こう側が透けて見える。『どうか、お願いします』 女性は俺達プレイヤーを一瞥すると、深々と頭を下げる。『彼の凶行を止めて下さい』 その言葉と同時に、地図の中央に小さめのモニターが出現する。そこに映っているのはローブ。ローブの奥の表情は見えないが、視線は常に上へと向けられている。『彼は、禁術を発動させようとしています。発動をする為の贄として、魔力が枯渇したセイリー族が地図に記された十の場所へと移送されてしまいました』 地図の光が強調されるように輝きを増していく。集落からセイリー族の姿が消えたのはその場所へと強制的に移動させられたからか。『禁術の発動の贄は魔力を持たない者しかならず、それとは別に莫大な魔力がどうしても必要でした。彼は魔力を集める為にある容器を用意し、そこに【妖精の十晶石】の魔力が流れ込むようにパスを仕組みました。それが【十晶石の幻塊】です』 女性の言葉にモニターの画面がフェードアウトし、ローブだけではなく、ローブの頭上に浮かぶ【十晶石の幻塊】が映し出される。こうして【妖精の十晶石】と【十晶石の幻塊】を見比べると、鏡写しのように十色の光の位置が違っている事に気付かされる。『しかし、それだけではあまり魔力が流れ込みませんでした。力の関係上【妖精の十晶石】の方が上の存在だったからです。【妖精の十晶石】はそのパスに抗う為に敢えて魔力を膨大させ、パスを無理矢理に閉じていました』 それが今回の異変の原因か。力の暴走は意図してやっていたのか。そして、それを自ら行っていたとすると、【妖精の十晶石】は自衛のシステム、もしくは意思が存在するのか? それに関しては今考えても答えが出る訳ではないので女性の言葉を訊く事に専念する。『そこで、彼は幻塊の欠片――【十晶石の幻片】を用意し、一度そこに魔力を蓄えさせてから幻塊の方へと力を流れ込むように仕向けました。幻片へと溜められた魔力は消費されると幻塊へと向かうようにされていました。それによって、魔力は次々と幻塊へと流れて行きましたが、魔力を溜め込む事が出来るのは二回まで、そして二回目はあまりにも少ない量しか溜め込む事が出来ず、力関係で幻塊は下位のままでパスを通じて魔力を得る事は叶いませんでした』 あの幻片にはそんな機能が隠されていたのか。前半の説明だけではあの夜、俺とサモレンジャーと戦った時に禁術に必要な魔力を無駄に消費していただけに思えたのだが、消費する事に意味があったのか。『しかし、彼はただ幻片を用意した訳ではありませんでした。一度使用した幻片を森に捨て、それを誰かに見付けさせ拾うように促しました。ある程度の魔力しか蓄えられず彼に脅威とならないの量ならば、他者に使わせていった方が効率がいいと考えました』 確かに、数が多くなれば一人で発動させ続けるよりも複数人にさせた方がいいだろう。それに、十晶石の力を溜め込まないといけないのだから、セイリー族に何ら警戒のされていないプレイヤーが蓄えに行かせた方が自身に降りかかる危険を回避出来る、か。『しかし、それでも使わない人も当然出てきます。彼はその事も考えており、それを持つ人の力を解放し対応した属性の魔力へと変換し【十晶石の幻塊】へと蓄えるように一つ仕組んでいました。それが幻人との戦いです』 あの緊急クエストはそんな意味があったのか。だからローブは俺達を礎と言ったようで、勝つにしても負けるにしてもあの幻人との戦闘で俺達の力は魔力になって【十晶石の幻塊】へと流れて行った。 そして、あの場にいたプレイヤー達を囲んだ光の檻の色がそれぞれで違ったのは、個人に対応する属性だったのだろう。俺の場合は無属性だったが、どうして無属性なのかは分からない。『これによって【十晶石の幻塊】の力は【妖精の十晶石】を上回り、着々と魔力を吸収していきました。【妖精の十晶石】も抗い続けていましたが……先程、完全に敗北し殆どの魔力を向こうに奪われてしまいました』 三十分前の地響きはもしかしたら負けた瞬間だったのかもしれない。輝きが増したのは魔力を持っていかせない為の最後の足掻き。空しくも負けてしまい、【妖精の十晶石】から【十晶石の幻塊】へと魔力が流れて行ってしまったのか。『もうじき、【妖精の十晶石】から魔力が完全に失われます。ですが、皆様の【縮小化】の呪いは【十晶石の幻塊】がある限り、解ける事はありません。現在では完全にあちら側が呪いを付加する存在となっています』 つまり、【十晶石の幻塊】はただ魔力を溜め込む容器としてだけではなく、【妖精の十晶石】にも立ち代わるようだ。『皆様には、セイリー族が捉えられている場所へと赴いて貰い、彼等を封じ込めている【十晶石の幻柱】を破壊して欲しいのです。【十晶石の幻柱】はそれぞれに一属性の魔力を【十晶石の幻塊】からラインを引いて流し込まれています。幻柱を全て破壊すれば、贄へのリンクが無くなり禁術が発動を阻止出来ます』 そこまで言うと、女性の姿、そしてモニターと地図ににノイズが走るようになり、【妖精の十晶石】の魔力がもう直ぐ尽きる事が分かる。『どうか、お願いします』 消える前に、もう一度女性は深々と俺達に頭を下げてくる。『セイリー族を……彼を助けて下さい』 切実に、俺達に頼み込んでくる。『私はこのような事は望んでいません。私はただ、私がいなくなっても彼には幸せに生きて欲しかっただけです。なのに、彼は……一族全員を引き換えに……』 女性の姿が一層薄くなっていく。『お願いします。どうか彼の……カウロの凶行を止めて下さい』 十晶石から光が完全に消え去るのと同時に女性の姿とモニター、地図も消えた。 しんと静まり返る神殿内部。プレイヤーは誰も声を発しない。 静寂が支配する中、光の消え去った【妖精の十晶石】と先程まで女性の姿が映っていた場所を見ているだけだった。「さて」 そんな中、静寂をぶち壊すように一人が声を上げる。この前の緊急クエストのようにサモレンジャーが声を上げたのかと思ったが、そうではなく俺の知らないプレイヤーだった。「俺達は行くとするよ。あの人の笑顔を守る為に」 何かこそばゆくなる台詞を言いながら、自分のパーティーメンバーを目で促し神殿から出て行った。パーティーメンバーも「俺、まだあの子との約束果たしてないし」「仲良くなった幼女をカッコよく助けてより一層親密な関係になりたい」「折角デートの約束までしたのに、これで最後は嫌だ」等、くさい台詞や危ない台詞様々を口にしていた。 そんな彼等の背中が何処となく格好いいと思えた。「俺達も行くぞ!」「「「「おう!」」」」 そして、サモレンジャーの面々も拳を天に向け、颯爽と神殿から飛び出していく。 彼等に触発されるように、次々と神殿から出て行くパーティー。「オウカさん」「私達も行こう」 サクラとアケビが言葉で促し、リトシーとフレニア、きまいらが目で訴えてくる。「そうだな」 例えゲームの中でも、出逢った人達がいなくなるのは嫌だ。セイリー族を助ける為に、そして女性――神子の望みを叶える為に。「行くか」 俺達も神殿から出て行き、【十晶石の幻柱】へと向かう。


「喚んで、育てて、冒険しよう。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く