喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

44

 三十分。それくらいの時間をかけてモルの必要とするコンネル鉱石の数が揃った。その間に俺はスチアリに噛まれまくったが御蔭でレベルも23に上がった。「さて、行くとするか」「うん! ありがとう!」「気にするな」 先頭をモルと姉貴が行き、後を俺とリトシー、ギーファが行く。スチアリに噛み付かれたから防具の耐久度も、鉱石系のモンスターを攻撃したから武器の耐久度も結構減ってしまったな。街に戻ったら耐久度を回復させないと。 それにしても、モルの言う村とは何処にあるのだろうか? 地上……にはないだろうな。モルの口振りからして地下にある気がする。 前方から襲い掛かってくるモンスターを大盾を装備し直した姉貴が豪快に吹き飛ばす。ガンカードさえも一撃で粉砕していた。……何で俺と姉貴はここまで力の差が出てしまったのだろうか? と本気で思ってしまう。 後方からのモンスターは俺とギーファ、リトシーで対処していく。ギーファは見た目に反してサポート型のようで一切攻撃をしていない。もっとも相性のいいパートナーが卵から生まれてくるとリースは言っていたが、確かに姉貴の戦闘スタイルなら補助に徹した方が邪魔にならなくて済むか。 暗い通路を長い時間歩く。上り、下り、平ら、螺旋状に降りていくような感覚があるが、如何せんランタンの明かりしか光源が無い所為か同じ場所を行っているのか違う場所へと向かっているのかが分かり辛い。幸いマップでの確認が出来るので同じ場所には戻っていないと分かるが、行き先が分からないと少々不安になるな。 ふと、行き止まりに差し掛かってしまう。目の前には黒い壁が聳え立っている。「着いたよ」 とモルは言うがそこは壁しか見当たらない。、もしかして隠し穴とかがあるのだろうか? モルが風呂敷から何かを取り出し、それを壁に当てる。すると、壁の一部が上にせり上がっていくではないか。「うっ」 せり上がった壁の奥から光が差し込み、思わず手で眼を隠してしまう。今まで暗い場所を歩いていたので眩し過ぎると感知してしまっている。「行くぞ」 目を隠している俺の手を姉貴がむんずと掴んで奥へと連れて行く。 歩を進めていくにつれ、人の賑わい、行き交う足音、喧騒が聞こえてくる。 ゆっくりと目を開けると、そこには村があった。 高い天井の上には光を放つ石が所々に嵌め込まれており、まるで昼間のように明るい。建築物は存在しないが、壁に穴を掘り、そこに窓と扉を設置した家屋や店舗がそこらに点在している。道は今まで歩いて来た所とは違い、切り出されて滑らかになっている。また、あまりに大き過ぎる岩は半ばモニュメントとして設置されていたりする。 行き交うのはモルのような二足歩行の土竜……つまりはモリュグ族だ。皆が皆ヘルメットを被っている。そしてその他にいるのはプレイヤー達だ。パートナーを連れてモリュグ族と話していたり、ツルハシを担いで一緒に並んでいたり、走っていたりしている。「ようこそ、ノリュリュ村へ」 モルは俺と姉貴、リトシーとギーファに向けて手を広げて言う。また、ゴーグルを外しており、そこには黒い点のような小さくて丸っとした目が収められていた。「で、コンネル鉱石は何処まで持っていけばいいんだ?」「こっち!」 姉貴が尋ねるとモルはとてとてと真っ直ぐ向こう側へと走っていく。姉貴を先頭に俺達はモルの後を追う。 シンセの街以外でもこんな場所があったなんて知らなかった。説明書にはシンセの街の事しか書いてなかったと言うのもあるが。「知らないのも無理はないな。アップデートで追加された場所だからな。モリュグ族もそうだ」 と、姉貴は俺に淡々と説明をしてくれる。アップデートで追加、ね。なら説明書に書いてないのは納得だ。 が、本当にそろそろいい加減俺は情報を収集するべきだろうな。イベント内容はサクラとアケビ、モンスターの情報はアケビや姉貴から訊いたとはいえ、あまりにも知らなさ過ぎる。 時間がないとかは言い訳にしかならないからな。今日こそ公式サイトやウィキとやらにアクセスして調べるとしよう。そう決めた。 だが、調べる前に一つくらいは目の前の製作会社でアルバイトをしている身内に質問をしてもいいだろう。「なぁ、姉貴」「何だ?」「何で黒い壁が勝手に上に上がっていったんだ?」「それは通行証を翳したからだろう」「通行証?」「あぁ。ノリュリュ村へと入るにはモリュグ族から通行証を貰わないといけない。そして、初めてこの場所を訪れるにはモリュグ族にどんな形であれ招かれなければならない」「招かれる……」「まぁ、今回は招かれたとは言えないがな」 確かにな。今回は姉貴がカコル鉱石を譲り受ける為の条件としてコンネル鉱石の採掘及び運搬をしているからな。招かれてはいない。「因みに、あの黒い壁はコンネル鉱石で出来ている」「いや、嘘……じゃないな」「あぁ。私がお前に嘘を吐いた事があったか?」「ない」 仲が悪かった時でも姉貴は俺に嘘なんて一つも付かなかった姉貴の言葉を俺は素直に受け入れる。「本来、コンネル鉱石を使用した武器には闇属性が付随する。逆に防具に使用すると光への耐性が生まれる。だが、腕が未熟の者が造り上げると耐性や属性は付加しない。属性や耐性が付加された武器は漆黒の色となるが、そうでないものは鈍い銀との混合色となる。桜花の武器のようにな」 姉貴が俺の腰に提げている灰鋼の包丁と灰鋼のフライパンを指差す。と言うか、姉貴はこれらの装備がコンネル鉱石を使用していたと分かってたのか。流石製作会社でアルバイトをしているだけある。 で、姉貴曰くサクラとアケビはまだ生産者としての腕が未熟だと言う事になる。……流石に姉貴と言えどもパーティーメンバーが作ってくれた武器にケチを言われる筋合いはないな。「別に、桜花の仲間を貶したつもりはない。コンネル鉱石の加工に成功するのは【中級鍛冶】からだからな」 どうやら不平不満が顔に出ていたらしく、姉貴が苦笑しながら手を横に振る。「それに、コンネル鉱石を使用して属性の付加していない武器は大抵がマイナス補正となってしまう。スキルの経験値が足りないと言うのも勿論あるが、それ以前に丁寧に作っていないと言うのがある。戦闘を見てる限り、桜花の武器はマイナス補正など掛かっていなかったからな。スキル経験値的な未熟はあるとしても仲間の腕はいいだろう」 もっとも、それを作り出すまでにどれだけ失敗したかは分からんがな、と一言添えると姉貴はまた前に向き直る。「話を戻すとだ。あの壁は特性をきちんと得たコンネル鉱石で作られたものだ。武器としてではなく防具と言う側面を重視させたものだから光に対する耐性だな」「何で光に耐性なんかを持たせたんだ?」「中の光を外に漏らさないようにだろう。この場合の耐光は光を吸収すると言う意味だからな」 成程な。それは一理ある。こう暗い洞窟の中で光が漏れ出していればモンスターに場所を感づかれてしまい、襲撃を受けると言った可能性が出て来るのだろう。それを無くす為に村の外に光が漏れ出さないように工夫をしている、と。「……にしても、土竜がモデルなのに光が必要って……」「プレイヤーに配慮した結果そうしたそうだ」 そう言う所ではなく、隠れスキルとかをきちんと公にしろ製作会社。いや、こういう仕様も大事だけどな。 と話を進めながら歩いていると、人垣もとい土竜垣が出来ているのを遠くに発見する。ただ集まっている訳ではなく、せっせこ忙しなく動き回っている。奥の方に黒いのが見えるが、多分コンネル鉱石を用いたものだろう。だが、俺達が入ってきた場所のとは違い、こちらは柵の形をしている。ただ、形をしているだけで隙間なくびっしりと敷き詰められている。所々に破損個所が見受けられて光が漏れ出してしまっているが。「父ちゃん!」 と、モルが更にギアを一段階上げて走り出していく。「おっ、モルか。早かったな」 動いていたモリュグ族の一人がモルの姿を確認するとこちらに駆け寄ってくる。モルよりも頭一つ高く、葉巻を咥えてヘルメットの上に豆絞りを巻いている。それ以外はモルと何ら変わりがないように見える。「リオカさんが手伝ってくれたんだ!」「リオカさん?」「あの人間のお姉さん!」 と、モルは後ろを向いて姉貴の手を掴んで父ちゃんと呼んだモリュグ族の前へと連れて行く。「初めまして」 姉貴が頭を下げて挨拶をすると葉巻モリュグもヘルメットを取って頭を下げる。「すまねぇな。モルの手伝いして貰っちゃって」「いや、きちんと対価を貰ったので」 そう言って姉貴はカコル鉱石を実体化させて葉巻モリュグに見せる。葉巻モリュグはヘルメットを被り直してまじまじと鉱石を眺める。「カコル鉱石、ねぇ。俺等に取っちゃ何の価値もねぇが人間にとっては重要なのかね?」「重要だ」 そう言いながらカコル鉱石を戻し、今度はコンネル鉱石を全て出して山を積み上げる。もう七十センチくらいは高さあるんじゃないか?「おぉ! こんなにか! すまねぇな人間のねぇちゃん!」「私の方こそモルからカコル鉱石を貰ったからな。それ相応の対価を払っただけだ」 葉巻モリュグは頭を何度も下げて、首を回して顔を後ろに向ける。「おい! このコンネル鉱石を今直ぐ加工してこい!」「「「「へい! 親方!」」」」 ドタドタと四人のモリュグ族が走って来て、きちんと四等分に分けてコンネル鉱石を近くの壁に掘られた穴へと運んで行った。上部に開けられた窓と開かれたままの穴から煙が出ている所を見ると、鍛冶場か何かだろうな。「……そういや、後ろの人間とモンスターは誰だ?」 葉巻モリュグもとい親方が今更ながら俺達の存在に気付いた。「この人達はオウカさんにリトシーちゃんにギーファ君! 僕とリオカさんが掘ってる時にスチアリから守ってくれてたんだ!」 こちらから自己紹介する前にモルが親方に向けて紹介をしてくれる。「どうも」「しー」「ぎー」 紹介されたので三者三様に頭を下げる。「おぉ! そうだったのか! そっちの人間の坊主もパートナーの奴等もすまねぇな!」 親方はまた何度も頭を下げてくる。「おっと! まだ自己紹介がまだだったな、すまねぇ。俺の名前はモルラだ。一応村長をやらせて貰っている」 親方もといモルラはまたヘルメットを外して背筋を伸ばす。と言うか、モルラがこのノリュリュ村の村長なのか。……あ、よく見れば豆絞りに『村長』と筆で書かれてるな。しかも、いやに達筆で。 …………いやいや、ちょっと待てよ。可笑しくないか?「でも親方って」「それか? こう言った補修作業で指示出しとかしてる勝手にそう呼んでくるんだよ」 と俺の疑問に溜息交じりにモルラは答えるが別に嫌そうな顔をしていない。本人もまんざらでもないのだろうな。「所で母ちゃんは?」 モルラの隣にいたモルが首を傾げながら父親に母親の居場所を尋ねる。「母ちゃんなら工房で柵作りしてるぞ。無事に帰って来れたんだから顔でも見せて来い」「うん!」 モルラの言葉にモルは頷くと、コンネル鉱石が運ばれた穴へと走っていく。「……さて」 息子を見送ったモルラは真っ直ぐと俺達を見据えてくる。「リオカにオウカ、それとギーファにリトシー。改めて礼を言うぜ。モルの頼みを訊いてくれて、モルを守ってくれてありがとうな」 深々と頭を下げて、バッと顔を上げるモルラ。「こっちとしても何か形のある礼をしたいんだが……そういやお前さん達は通行証持ってるのか?」「いや、ない」「そうか。ならまずは通行証を発行しておこう。あとは……そうだな、見た所オウカの武器も防具もかなり酷使されてるからな、お前さん達の装備のメンテナンスをタダでやるってのはどうだ?」「いいのか?」 メンテナンス代も馬鹿に出来ないので、この申し出は非常にありがたいのでつい聞き返してしまう。「あぁ」 モルラは力強く頷いた。 そして、俺達もモルラに連れられて鍛冶場へと行き、装備のメンテナンスを行って貰い耐久度を最大まで回復して貰った。 その後、俺と姉貴はモルラに通行証を貰った。通行証は直方体の黒い金属板で、中央に土竜の手のような形のマークが掘られている。
『ノリュリュ村の通行証を手に入れた。 これによりゲーム開始時の場所、及び死に戻り場所にノリュリュ村が選択可能になりました。                』
 通行証は光となって俺の胸の中に消え、目の前にそのようなウィンドウが表示される。 ここをスタート地点として設定出来るようになったのか。だが、まだここに設定しなくてもいいか。サクラもアケビもまだここに来ていないからな。 取り敢えず、目的は達成した姉貴はもうログアウトをするようだ。俺ももうログアウトするとしよう。「もう帰るのか? また来いよ! 歓迎するぜ」「またね!」 モルラとモルに手を振られながら鍛冶場を後にする。別に鍛冶場でログアウトしてもよかったのだが、その前に姉貴が俺に話があるそうで、出来れば人気のない所まで来いとの事だった。 ノリュリュ村から出る寸前の黒い壁の目の前でプレイヤーもモンスターもいない事を確認すると姉貴は俺の方に向き直る。「桜花」「何だよ?」「この間は迷いのない動きをしてたから聞かなかったが、やはり少し気になってな。こう言うのは直接顔を合わせて聞いた方がいいだろう」 まっすぐと、まるで嘘を吐かせないように目に力と感情をこめて、俺に問い掛けてくる。「もう、大丈夫そうなのか?」「……多分、な」 何が? と訊き返す事も無く、姉貴が何を言いたいのかもきちんと理解した上で答える。 暫く、俺と姉貴は無言で向き合う。 先に目を伏せたのは姉貴だった。「……そうか。なら、いい」 それだけ言うと、姉貴はメニューを開いてログアウトを選択しようと指を伸ばし、俺の目の前から消えて行った。 後に残されたのは俺とリトシー。「しー?」 リトシーには何が何だか分からないようで首をかしげている。俺は何でも無いと言いながら頭を撫で、ログアウトを選択する。


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