喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

19

「御馳走様、でした」「ふぁー」 サクラとファッピーが同時に食べ終わり、それと同時に骨だけとなったアギャー肉(もう肉はないが)は光となって消えて行った。食べた後のゴミ処理を考えなくて済むらしい。「お粗末様」 俺の方は黒焦げの肉を食ってげんなりとしていたが。もうあれは食べたくない、作りたくないと思った。 で、サクラがログアウトしなければいけない時間となったので、今日は解散と言う運びになった。その前にサクラの装備している服の能力を確認した。その後に、明日また今日と同じ時間に待ち合わせをした。ログアウトしていくサクラは見た目もう平常時と変わらないように見えたので、明日は大丈夫だろう。 今日は色々とあり過ぎて、俺も疲れていたので直ぐにログアウト……しようとしたが、折角なので素材アイテムや食材アイテムを売却して軍資金に換えた。俺の所持金がジャスト3000ネルとなったので、包丁とフライパンをもう一つずつ、そして所要品をいくらか買い込み、鍛冶屋を見付け出してモンスター狩りに使用した包丁とフライパンの耐久度を回復。そして昨日お世話になったあの喫茶店に赴いてリトシーに苺のショートケーキを食べさせて、サクラにメッセージを送って漸くログアウトした。 結局、強制ログアウト間際までSTOの世界にいてしまった。昨日二、三時間でやめようと言った手前、まさかそれをオーバーしてしまうとは。……まぁ、本当に色々あったから仕方ないよな。 俺は調理器具で素振りもする事無く、夕飯に八宝菜を作って食べてシャワー浴び、早めにベッドに横になる。 瞬きをしたらカーテンの隙間から太陽の光が漏れていたのにはびっくりした。疲れていが極限まで溜まっていたようで、一瞬で意識が落ちていたとは思いもよらず、夢かと思って頬を抓った。が、普通に痛かったので現実だと認識する。 その後は何時もの日課を終え、午後一時になったのを確認してSTOの世界へと赴く。 シンセの街の空模様は昨日一昨日と違い、暗く厚い雲で覆われていた。「今日もよろしくな」「しー」 傍らにいるリトシーの頭を撫でつつ、ボイスチャットでサクラと連絡を取る。今日はどうやら南通路付近にいるようだ。マップで確認すれば俺は中央広場の南東におり、昨日よりも直ぐに合流出来る位置にいた。 ……うん、本当に早く合流しないとな。あの変態コート女に見付かる前に。 だが、見付かっても難とかやり過ごせそうではあるんだよな。ただ、俺と一緒にいると目をつけられてしまう可能性があったので、北門の所で待ち合わせをする事にして、俺とリトシーは北を目指して歩く。今日も外に出てレベルを上げる予定だ。これはサクラたっての要望だったので、二つ返事で了承した。 北門に着き、サクラとファッピーがまだ到着していなかったのでメニューを開いて昨日買ったアイテムの説明を見て時間を潰す。リトシーも飛び跳ねながら一緒に読んでいく。って、お前は字を読めるのか?「オウカさん」 数分くらい経って、サクラの声が聞こえたので顔を上げれば手を振ってこちらに駆けて来たのが見えた。表情に暗さや怯えと言ったものが垣間見えないので、どうやら昨日の事は引き摺ってないようだ。それはよかったよかった。「よぉ」 俺はメニューを消して片手を上げて挨拶を交わす。「しー♪」「ふぁー♪」 リトシーはファッピーの方へと飛び跳ねて行き、ファッピーの方もリトシーへと飛んで行って互いの再会を喜ぶようにはしゃいでいる。お前等は仲いいな。「あの……」 と、俺の前にで止まったサクラが急に頭を下げてきた。「これ、ありがとうございます」 サクラは頭を上げて、着ている所々白の糸で刺繍が施されている灰色のローブの端を摘まみながら俺に礼を言ってくる。フード付きのそれは丈も長く、足首まですっぽりと隠れ、フードも被ってしまえば顔を視認し難くすると言う優れものだ。また、ゲーム内での恰好は基本的に周りを見る限り自由なので、こういう姿をしていても何ら違和感はない。 これは昨日俺がサクラへと飛ばしたメッセージに添付した装備で、服屋に売っていた特に能力も上がらないローブだ。名前はそのまま『灰色のローブ』。メッセージを送る際、パーティーメンバー限定でアイテムを一つだけ添付して送る事が出来る仕様となっていたので、その機能を利用した。 初期の服装を没収されたサクラが変態コート女から貰った装備のまま歩くと見付かる危険性大。そしてサクラ自体がこの服装を恥ずかしがっているので何か手はないかと思い、買った次第だ。一応別に防御性能が上がる服系統の装備を買おうとも思ったが、癪な事に変態コート女の装備品は昨日確認したら冗談抜きで性能がよかったので、出来ればそれ以上の性能を誇る装備を手に入れるまではそのままの方が個人的に安心だったのでその案は断念した。 なので、見た目を隠せる装備――とは言っても能力に全く干渉しないお飾りだが――を着させる事によってその問題を解決させた。一応メッセージの文意もそのような旨を書いたので大丈夫だろうとは思ったが、サクラはこうしてフードまで被って装備している。「気にするな」 俺としてもこれ以上サクラに変態コート女を近付けさせたくなかったのでな。昨日あんな事を言ってしまった手前、何もしないと言う選択肢は俺の中には無かった訳だし。「で、今日も外でレベル上げをするか」 軽く首を回して北門へと顔を向ける。昨日よりもレベルが上がったのでモンスターを倒す速度は昨日に比べれば早いだろう。筋力の数値は上げていないが、体力と器用、それに敏捷を上げたので攻撃回数が増えた。これによって上げていない筋力を補う事が出来る。それに、今回はリトシーの補助、ファッピーの援護があるので更にスピードアップだ。効率よくレベルを上げられる事だろう。サクラは安全な場所でリトシーが傍にいれば大丈夫だろうし。「サクラは、取り敢えず攻撃手段を覚えるまでは」「あの」 と、サクラがローブの隙間から片手を出して挙げてくる。「僕、さっき魔法を覚えました。なので、僕も戦闘に参加出来ます」 そして一言。……そうだよな、パーティー組んでる時に俺がモンスターを倒して経験値を得てレベルが上がったんだから、サクラも経験値を貰ってレベルが上がる。そしてレベルが上がればSPとSLが手に入る。SLの収得値が俺が33だったので、サクラも同数貰っていても可笑しくなく、それだけあれば魔法を一つ習得出来る。「覚えたのか」 これでサクラも戦闘に参加が出来るが、その魔法が一体どういうものかで戦い方が変わってくる。「で、何魔法を覚えたんだ?」「【初級水魔法・攻撃】です。あと、先日オウカさんの御蔭で溜まったSPを全部精神力と魔力に当てましたから、モンスター相手でも大丈夫かと思います」 水魔法、か。選んだ理由はファッピーの属性が炎だからだろうな。炎属性に耐性のあるモンスターは水属性が弱点となるし、逆もあるので互いに補完し合えるかその選択は是だろう。 それに、精神力を増やして魔法を多く発動出来るようにして、魔力を上げて威力を底上げ。そうすれば序盤の敵は大抵倒す事が出来るだろうな。 あと、水魔法に特に耐性を持たないロッカードには、俺達のパーティーで唯一の有効打になる。これで更にレベル上げの効率がよくなる筈だ。「そうか。なら、今日はまず試し打ちでもしてみるか?」「……そうですね。初めはそれでお願いします」 一瞬だけ思案顔を作ったが、やはり一度は実際に発動して見ない事には感覚がつかめないと思ったのだろう、サクラは頷いた。「じゃあ、早速行くか」「はいっ」 ぐっと手を握って胸の前に持ってくるサクラ。その意気やよし、か。まぁ、自分の体を動かして攻撃する訳じゃないから、一昨日のような(ホッピーに腹の上でホッピングされる)事態にはならないだろう。多分。 俺達のパーティーはシンセの街を出ると直ぐに草むらへと足を踏み入れる。そしてうろうろと歩いていると、丁度よくホッピーが一体だけ出現した。「取り敢えず、サクラは魔法を発動してみてくれ。あいつがそっちに行かないように俺達が相手してるから」「ふぁー」「しー」「わ、分かりました」 サクラは一番後ろ、その横にリトシー、前にファッピー、更に前に俺と言うよく分からない陣形を作り、ホッピーに向かって行く。「ぶぎゅー!」 ホッピーが突撃してきたので、フライパンの底でガード。それから軽く包丁を一振りして少しだけダメージを与える。これでホッピーの注意は攻撃を与えた俺に向く事だろう。そこからサクラが魔法を発動させるまで時間を稼ぐ。「え、えっと……コマンドウィンドウを表示させて……」 後からサクラの独り言が聞こえてくる。どうやらスキルアーツと同様コマンドウィンドウを表示させる必要があるようだ。魔法の発動方法も俺の頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまっている。スキルアーツと同様に忘れてしまったと言うのもあるが、自分は魔法を使わないから別にいいか、と流し読みしてしまったのが一番の原因だろう。 その間に俺がホッピーの攻撃をフライパンでいなし、時折ファッピーが小さな火の弾を吹いて攻撃。注意が一瞬そちらに向いた瞬間に包丁で軽く切り付ける。「で、次に魔法を選択して……詠唱をする……」 流石は実際に体を動かしてその世界を体感するゲームSTO。魔法はコマンドウィンドウを表示してから念じるだけでなく、そこから詠唱が必要になってくるようだ。魔法職は詠唱と時間に気を取られてしまうのでソロプレイには向かないだろうな。パーティー必須だ。あ、でもこのゲームでは【テイマー】を選んでいればパートナーが一緒に戦ってくれるので普通のゲームよりは魔法職のソロプレイは楽なのかもしれないな。「……水よ。我が言葉により、形を成し、彼の敵を、撃ち抜け。……【ウォーターシュート】」 少し棒読みでたどたどしくもきちんと詠唱を終えたサクラの声を捉えた俺は上げた敏捷に物を言わせて横に飛び退く。 すると、ホッピーの眉間に水が撃ちつけられた。ホースから出たくらいの細さだが、勢いがあって曲線を描く事無く真っ直ぐとホッピーに向かい、喰らったホッピーはそのまま後方へと吹っ飛ぶ。「ぶぎゅ~……」 吹っ飛びながらホッピーは光となって消えた。一撃で倒せたのは俺とファッピーがちまちまと攻撃していたと言うのも勿論あるが、初めての一撃できちんと標的に当てたサクラ自身の功績が大きいだろう。
『ホッピーが一体倒された。 経験値を11手に入れた。 サクラがホッピーの毛皮×1を手に入れた。』
 俺の目の前にウィンドウが表示される。それは今までモンスターを倒した際に現れていたのと少し違っていた。 倒されたとあるのは、俺が止めを刺さなかったからだろう。そして、アイテムドロップは止めを刺したプレイヤーが手に入れるようで、パーティーを組んでいればそれをウィンドウによって知る事が出来るようだ。 後ろを振り向き、少し茫然としているサクラの方へと歩み寄っていく。「お疲れ様」「え、あ、はい。お疲れ、様です」 労いの言葉を掛けるとサクラは歯切れ悪く返事をする。「どうした?」「いえ、その……まさか僕が漫画や小説の中の魔法使いのように魔法を撃ったんだと思うと、こう、変な気分になってしまいまして……」 視線を下げるが、直ぐに上げて首を横に振ってくる。「あ、別に嫌と言う訳ではないです。ただ、信じられないと言うか、夢を見てるみたいと言うか、…………あぁ、何て言えばいいんでしょうかこれ?」 俺に言われてもよく分からないが、大概の奴なら初めて魔法を発動させれば興奮して意気揚々と連発――とまではいかないまでもテンションを高くしたままだろう。こう見るとサクラは興奮するでもなく、ちょっと戸惑っているように見えるな。現実では有り得ない事をしてしまったからか? サクラのような人も当然いるだろうが、そう言う人は順応するしかないんじゃないか?「えっと……うんと……その……えぇ……」 サクラは自分の抱いている感じに当て嵌まる言葉を探そうと色々と頭を悩ましている。「まぁ、深く考えなくてもいいんじゃないか?」 なので、俺はあっけらかんと返す。考え過ぎってのはいい事ばかりじゃなくて悪い事でもある訳だし。「……そうですか?」「実際、信じられないってのは現実では出来ないからそう思うんだろ? あと、夢を見てるみたいってのもハズレてないしな。ここはゲームの中なんだから深く考えず、自分はここでは魔法が使えるって受け入れておけばいいんじゃないか?」 折角ゲームをして楽しんでいるんだから、深く考えず、出来るって受け入れてそのまま遊んだ方がいいだろう。その方がゲームの世界にのめり込みやすいだろうし。あくまで俺の自論ではあるが。「……受け入れる、ですか?」 サクラは暫し思案顔を作るが、ふぅっと軽く息を吐く。「…………そうですね。あれこれ思い悩んでもいい事ありません」 どうやら、一先ずはこれでいいようだ。根本的な解決になっているかと言われればどうかは分からないが、サクラが今は納得しているのでいい事にしよう。 と、ここで俺の視界――サクラの後ろの方でモンスターが出現したのが映った。 ロッカード二体、か。ゆっくりとこちらに近付いてきている。昨日までなら普通にセーフティエリアの道まで走って逃げるが、今は有効打を持っている。 …………次の獲物はあいつらだな。初日にサクラが負ったトラウマをここで晴らせて貰うとしよう。


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