喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

17

 目が回る……。体がふらつく……。地面に触れているのかよく分からなくなる……。「大丈夫かい⁉ オウカ君⁉」「ぎゃう⁉」 緑髪が俺の背中を擦ってくる。そして蜥蜴がコップ一杯の水を俺に差し出してくる。って、お前はどうやってコップを出した? そして水は何処から?「…………」 言葉が出せず、そのままその場に倒れておく。……あぁ、辛い。 暫くグロッキーが続く。 そんなこんなで、俺が回復するまで一時間掛かった。酔いが醒めぬままログアウトしてしまうとリアルの体に酔いが移ってしまい、本当に吐いてしまう危険性があったからな。VR世界で酔いを醒ました方がいいと見た。それに、サクラを置いてきたまま勝手にログアウトしては駄目だし。「落ち着いたかい⁉」 落ち着きはしたが、したがな。耳元で大声を出さないでくれ。頭に響く。堪らず耳を塞ぐ。「ぎゃうっ!」 そして、そんな主人と同じように大声を出す蜥蜴は三杯目となる水を差し出してくる。「……ありがと」「ぎゃう!」 俺は蜥蜴からコップを受け取ってゆっくりと水を飲んでいく。一応、この水もカテゴリとして食材に入るらしい。飲むと体力が僅かに回復する。って、水って何処で手に入るんだ?「……ふぅ」 もう、【蹴舞】は使わない。慣れる慣れない以前の問題だ。慣れる気がしない。【蹴舞】を発動して逆に隙が出来てしまえば意味が無い。なのでもう使わない。残念だが使わない。スキルアーツも使う分だけ練度という値が溜まって威力や速度が上がっていくが、そうなると余計に無理。故に使わない。【シュートハンマー】は大丈夫なのだが……。「……迷惑掛けた」 コップを蜥蜴に戻し、一人と一匹に礼を述べる。こいつ等が近くにいなければロッカードとかアギャーとかにやられて死に戻りしていた事だろう。 そう考えると、緑髪が来てくれて助かったな。偶然だったが。「いや! 説明し忘れていた私が悪いのだ! こちらこそ、すまなかった!」「ぎゃう!」 緑髪と蜥蜴は揃って頭を深く下げてくる。確かに早く言ってくれとは思ったが、結局の所は自分の所為になるのだが。「所で、オウカ君!」 急にバッと顔を上げる緑髪。いきなり上げるな吃驚するだろ。「……何だ?」「リトシーの姿が見えないのだが⁉ あと、昨日一緒にいた可憐な御嬢さんもいないようだが⁉」「ぎゃう~⁉」 腕を組んで首を左に傾げる一人と一匹は少し眉根を寄せて疑問顔を作っている。まぁ、それはそうだろうな。サクラの事は兎も角として、リトシーは俺のパートナーモンスターだ。傍らにいないのは可笑しいだろう。「……あぁ、それはだな」 俺は一人でモンスターを狩る事になった経緯を緑髪に掻い摘んで説明していく。緑髪は腕を組みながらうんうん頷いて訊いている。因みに蜥蜴も同じように。 で、説明をし終える。何故だか途中から緑髪と蜥蜴は難しい顔をし始めて、今では渋面になって目を閉じている。「…………オウカ君」「…………ぎゃう」「何だよ?」 ゆっくりと目を開け、モンスターと対峙していた時のように静かな声をする。ただ、これはあくまでも呆れを含んでいて、あの時のように落ち着き払っていると言う訳ではない。と言うか、どうして呆れてるんだ? 緑髪は組んでいた腕を解き、指をビシッと俺の眉間に向けて突き出してくる。「今直ぐ御嬢さんの所に戻りなさいっ‼」「ぎゃうっ‼」「は?」 何でサクラの所に戻らなくてはいけないんだよ? 俺の説明訊いてたか? こんな事言うんだから訊いてたんだろうが、改めて口にしておくか。「いや、だからあいつの為にももう少しレベルを上げないと」「御嬢さんの事を気に掛けているのならっ‼」 と、俺の肩を強く掴み、顔を近付けてくる。近い、とは言えなかった。どうしてだか眉の端を吊り上げ、目を開いて緑髪の顔が怒っているように見えたからな。眼の奥にも炎が揺らいでいるように見える。「今は一緒にいないと駄目だろうっ‼」「ぎゃうっ‼」 蜥蜴も緑髪の肩に乗って目の端を吊り上げている。こいつも御怒りモードのようだ。「そ、そう言うものなのか?」「そう言うものなのだよっ‼」「ぎゃうっ‼」 唾を飛ばさんばかりに大きく口を開く一人と一匹。 どうしてこいつ等は怒っているのだろうか? と質問はしない。何か、こいつ等の迫力が尋常じゃないからな。ここでそんな質問したら更に迫力の増した顔になるだろう。あれ? 俺萎縮してる? 喧嘩してた頃は姉貴相手にも萎縮なんてしなかったのに? つまり、直感でこいつは怒らせてはいけないと悟ったって事か? なら、これ以上何か言い訳めいた事は下手に言わない方がいいだろう。「わ、分かった。戻る。戻るから」 俺がサクラの下に戻ると口にすると、緑髪は掴んでいた俺の肩から手を放し、何時ものにかっとした笑顔に戻る。蜥蜴も何時もの表情に戻って緑髪の背中を伝って地面に降り立った。「では! 私はこれにて去るとしよう! オウカ君の体調はもう大丈夫だろうし、私が一緒に行ってしまえば、状況が悪化するだろうしね!」 緑髪は腕を組み直しながら断言した。まぁ、嫌な目に遭ったサクラの現在の精神状態だと、ほぼ初対面と言ってもいい緑髪と顔を合わせただけでまた萎縮して震え出すかもしれないしな。妥当な判断だろう。「それに、私がここに来るまでに吹っ飛ばしてしまったプレイヤーに急いで御詫びしなければならないのでな!」 あ、その事きちんと認識していたのか。そのままこっちに来たから気付いていないと思ったのだが。なら、俺の方に来る前に詫びとやらを先にしてきた方がよかっただろうに。「では! オウカ君、去らばだ! また会おう! 行くぞリースっ! 風の限りっ!」「ぎゃうぎゃうっ! ぎゃうっ!」 片手をビシッと挙げると、そのままくるりと踵を返して一人と一匹は疾走していった。「……また旋風発生してるが、気にしないでおくか」 今度は人的被害は出ないだろう。そう信じたい。 取り敢えず、サクラとかの所に戻るか。 戻るにしてもただ戻るだけじゃなく、草むらの中を突っ切っていく。こうすればレベル上げもしながら帰れるだろう。確か北門から出た所の一本道の直ぐ脇に生えていた木……を目指せばいいんだよな。 目的地へと向かう途中で、予想以上の数のモンスターとエンカウントする。 出逢ったモンスターはホッピーとアギャー。ロッカードには出逢わなかったが最低が三匹、最大で六匹の群れで出現しやがったので、結構苦戦した。生命力もそこそこ削られたが、蹴ったりフライパンで空高く打ち上げたりして全員返り討ちにした。その御蔭でレベルが6にまで上がって当初の予定よりも1だけだが多く上げる事が出来た。あと、素材とか食材も多数ゲット。 で、サクラ、リトシー、ファッピーがいる筈の木を目指して歩いていると変な物が見え始めた。「ん? 何だあれ?」 少し遠くに見えるのだが、木の根元に半球の何かが建っている。あんなもの、あっただろうか? 昨日今日の俺の記憶の中ではなかった筈だが。 近付いてよくみてみると、それは隣に生えている木肌と同じ色をしており、手触りも同じだった。そして、それは一つだけで構成されたものではなく、地面から数十本生えて囲って覆うように出来ており、大きさはキャンプで張るテントくらいか。人三人は余裕で寝転がれるな。「……木の根か?」 隙間なくびっしりと下から上に向かって伸びているそれは木の根のような感じがする。いや、根だとしたら地面に向かって伸びないといけないので根と言う表現は可笑しいのかもしれない。こういう風に木の根でドームのようなものが形成されているのをテレビで見た事があったので、ついそう言ってしまっただけだが。 何となく気になって、それの一本に触れてみる。 すると、いきなりぱかっと割れるようにして隙間が現れる。「うおっ」 突然の事で驚き、俺は尻餅をついてしまう。 その出来た隙間から何かが飛び出してきた。俺は慌てて腰のフライパンへと手を伸ばすが、柄を握っただけで振り抜きはしなかった。何故なら、跳び出してきたのは俺のパートナーだったからだ。「って、リトシー…………か……」 俺は腹の上に着地してきたリトシーを抱えて退けようとして、手が止まった。「……あのさ、何でジト目で俺を見てくるんだ?」 そう、半眼になって俺をじっと見てくるのだ。それも、声を出さずに。無言で。リトシーの視線は何処か薄ら寒い。まるで俺を非難するかのように。俺、こいつに何かしたか? ふと、更に俺に向けられる冷たい視線がある事を感じ取り、軽く首を起こして隙間の方へと目を向ける。「……ファッピーもか?」 中は薄暗くて身体全体はきちんと見えなかったが、そこにファッピーが浮かんでいた。キラリと光るファッピーの目も半分閉じていて無言で俺を冷たい眼差しでじっと見ている。だから、俺はお前等に何かしたか? まぁ、兎にも角にもここが目的の場所である事は分かった。分かったのだが、どうしてこの二匹は俺に冷たい視線を送り続けているんだ? 本当、分からないのだが? 首を捻っていると、リトシーが半眼のまま俺の腹から飛び降り、隙間の方へと視線を向ける。そちらに顔を向けるとファッピーも更に奥の方へと視線を注がせている。上体を起こして目を凝らして奥を見る。 外からの光で確認出来た。サクラがいる。 …………ただ、体育座りして膝に顔を埋めている姿勢で、だが。「おい、サクラ?」 奥の方で座っているサクラに声を掛けるが、返事がない。そして反応も無い。「サクラ?」 まだあの変態コート女の恐怖が抜けていないのだろうか? 少し屈みながら隙間から中へと入って、近くで様子を確認する。よく見れば体が震えている。「サク――――」 目線を合わせるようにサクラの目の前でしゃがみながら声を掛けるのと同時に、サクラは俺に抱き着いてきて押し倒される。いきなりだったので声が喉の奥へと引っ込んでしまう。「お、おい? どう」 した? と口にしようとしたが、そのまま言葉が詰まる。「……っ、…………っ……」 サクラのすすり泣く声を俺の耳が捉えた。首筋に当たっている顎と頬が少しひやっとして、少し温かくて、湿っている。顔は見えないが、こいつは俺が去った後も結構な量の涙を流したのだろう事が窺える。それは今も尚途切れる事なく、頬を伝い流れ落ちる。その感覚が俺にも伝わってくる。 抱き着いているサクラは更に力を強めてくる。体の震えは一向に収まる気配を見せない。ここまで震えるのはちょっと異常だ。あの変態コート女に抱き着かれて頬擦りされたとは言え、そしてこいつが人見知りだとしても、だ。 サクラは単眼岩――ロッカードに突き飛ばされ、追い詰められた時も涙が目元に溜まり恐怖で震えていたが、今のサクラはあの時以上に震えている。普通に考えれば、変態コート女とロッカードでは後者の方が恐怖の対象として刻み込まれそうなのだが、どうしてだか分からないが前者の方に怯えている。何故だ?「…………っ………………て」 困惑していると、サクラが聞き逃してしまいそうな程に小さな声を出す。「……………………け、て」 全部は聞き取れなかったので、耳を立てて意識を集中させる。「…………助、けて」 助けて。確かにサクラはそう言った。何からか? はたまた誰から助けて欲しいのかは分からない。ここにはサクラを脅かすモンスターや変態コート女はいないと言うのに、どうして助けてと口にするのか?「……っ……助け、て」 涙を流して若干の鼻声になりながら、何度も助けを乞うサクラ。「…………」 俺はサクラを落ち着かせる為に頭を撫でる。こういう時にどういう行動をすればいいのか正直、理解の範疇を越えているので分からない。が、近所の子供が喧嘩とかして泣きじゃくっている時はこうして頭を撫でていれば次第に泣き止んでいくので、同じようなものか? と思ってサクラの頭を撫でる。「…………まぁ、何だ?」 ただ、このまま撫でているだけでは何か足りない? と感じてしまい、つい言葉が口から漏れ出す。「俺が近くにいるから、大丈夫だ?」 自分で言っててよく分からない。疑問形で言ってしまったし、俺が近くにいるから何が大丈夫なのだろうか? 言うにしても、疑問形にしては駄目だろうに。 と、サクラがゆっくりと顔を上げて目を合わせてくる。目からは涙が零れて俺の頬へと滴り落ち、口を横一文字に閉じている。目も少し赤いように見える。 だが、表情は少しだけ安堵しているように見える。「…………っ……………………はい」 俺自身もよく分からない言葉に、サクラは頷く。体の震えが段々と収まっていく。


コメント

  • ノベルバユーザー263405

    面白いんですが、改行してください。
    少し読みにくいです。

    0
コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品