喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

01

 目を閉じている俺の視界の上に変化が起きる。 プレイヤーネームである『オウカ』が一番上段に表示され、横に俺のレベルが、その下に生命力、体力、精神力の順で並ぶ。三つはゲージで表示されており、生命力は緑色、体力は黄色のバーで満たされている。精神力は最初から値が0なのでゲージはあるがバーが最初から底を尽いており色が無い。レベルは始めたばっかりの為に1となっている。 次に、俺に耳にがやがやと音が聞こえ始める。木の扉があった空間では聞こえもしなかった人と人が話す音が。
「…………おぉ、凄ぇ」
 目を開けると、そこには人が溢れていた。俺と同じような格好をした奴は少数だが、違う恰好をしていても猫や鳥のような大きい生き物を連れて歩いている奴は多い。どちらも他のプレイヤーだろう。 俺が今いる場所は所謂広場だろう。中世西洋? とでも言えばいいのか、石畳で舗装された円形の広場の外には煉瓦造りの家屋が建ち並んでいる。街灯はない。空を見上げれば透き通るような青と綿のようにきめ細かな雲が浮かんでいる。
 しゃがみ込んで石畳を見てみると、継ぎ目から垣間見える土が覗いている。それに触れてみると確かに土と同じような質感が、石畳はざらついた感触が手を伝ってくる。これがVRというものか。確かに現実と然程変わらない程に徹底的に作られている。これは、前世代のゲーム機では味わえないな。
「…………で、最初はどうするんだ?」
 VR世界に目を奪われ感慨に耽ながらプレイヤーの連れて歩かれているモンスターを見て、ついそう言葉を漏らす。
「モンスターと一緒に冒険するって言っても、何処でモンスターと出逢うんだ?」
 初めて始めてもチュートリアルなんて展開されないし、所謂八方塞がりな状態となっているだろう。何の情報も無くパートナーとなるモンスターを捜すのは実質制限時間である約三時間以内に見付けられる保証は何処にも無い。
「周りのプレイヤーはモンスター連れてるのもいるが、連れてないのも三割くらいいるな」
 連れていないのは俺と同じように始めたばっかりの奴なのだろうか? それとも【サモナー】なのかは定かではない。あ、俺と同じ服の奴が始めたばっかの奴か。 いやいや、そんな事よりもどうやってモンスターを見付けるかだ。ここは普通にフィールドに出て行けば会えるか? それともモンスター連れてるプレイヤーに訊いてみるか? そっちの方が早そうだな。
「ん?」
 と、周りを窺いながら声に出さず思考していると目の前にキラキラと光が舞い降りてきた。
「何だ?」
 ふと上を見上げれば、光を纏った球体がゆっくりと降りてくるのが見えた。徐々に高度を落としていき、俺の頭の高さくらいまで来ると纏っていた光が無くなり、重力に従うようにすとんと落ちてくる。
「おっと」
 俺はそれを反射的に手に取る。大きさにしてサッカーボールよりも大きく、形としてはやや楕円を描いている。生成り色と浅葱色のツートンカラーのそれはほんのりと温かみを帯びている。
「卵?」
 俺の知っている卵はここまで大きくも無く、このような柄でもないが、そう言うのがしっくりと来るフォルムを空から落ちてきたこれはしている。ゲームを初めて間もないタイミングでの卵か。
「もしかして、これがモンスターの卵か?」「その通りっ!」
 卵を眼前に持って来て小首を傾げていると、背後から声を掛けられる。俺は振り返るとそこには全身白づくめの男が腰に手を当て胸を張りながら立っていた。 プレートアーマーと呼ばれるだろう装備に身を包み、背中には大剣が背負われている。少し硬質そうな深緑の長髪を棚引かせ、鼻が立ってて髪と同色の瞳が埋まっている目は吊り上り、眉が太くて暑苦しそうな奴がいた。見た目の年齢は二十代前半。身長は百八十は超えててガタイもいい。
 そいつの足元には薄い緑色でまるっとした体形の蜥蜴が後ろ脚と大根のように太い尻尾を支えに立っている。前脚と後ろ脚は短く、三本指には先の丸い爪が生えていて首の無い一・五頭身のそいつの顔の側面にはくりっとした目が埋め込まれている。後頭部には一本の角が天を目指して生えている。大き目の口から覗く牙も尖り過ぎておらず、爪と同様に丸みを帯びている。
「【テイマー】のスタイルを選択して初めてゲームを始めると、天からの贈り物――つまりはパートナーとなるモンスターの卵が降って来る! 何の告知もチュートリアルも無くね! 最初は誰もがびっくりするが、一週間もこの街にいるプレイヤーは慣れたから新規プレイヤーの下に卵が降って来てもいちいちリアクションはしないけどな!」「誰だ?」「おっと、これは申し遅れたな! はっはっはっ! 済まない済まない!」
 腰に手を当てたまま大口開けて笑う緑髪。一頻り笑うと、ばっと右手を開いて天高く、左手を握って引くように腰辺りに添えて、足を肩幅よりも広く開く。
「私の名はリース! そして、人は私の事を風騎士と呼ぶ!」「ぎゃう!」「で、こっちが相棒のトルドラだ!」「ぎゃうぎゃう!」
 緑髪――リースとか言う暑苦しい野郎の足元にいる一・五頭身蜥蜴も同じようにポーズを付ける。この蜥蜴の名前はトルドラって言うのか。それがこのモンスターの名前かプレイヤーが付けたニックネームかは知らないが。 と、そんな事はどうでもいい。
「……面倒臭ぇ」
 俺は軽く肩を落として息を吐く。開始初っ端からこんな面倒な奴に絡まれるとは。運が悪いな。つか何こいつ? ゲームだからと言って役作り過ぎだろ。声デカいし。そしてモンスターもノリノリだな。まぁ、人の楽しみ方はそれぞれだから声に出して駄目だとは言わないけど。 と、ポーズを解除した緑髪はまた腰に手を当て胸を張り、こちらに視線を向けてくる。
「さて、新規プレイヤー君! 君の名前を教えてはくれまいか?」「……オウカ」
 名乗らないとしつこく何度でも訊いてくる予感がしたので、素直に答える事にした。偽名を使ってもよかった気がするが、まぁ、いい。後々どうして偽名を名乗ったんだい? と問い質されるよりはマシか。
「そうかオウカ君か! ではさっそく私とフレンド登録をしてくれまいか?」「何で?」
 いきなり過ぎて普通に疑問を投げかける。すると、握った左手の甲を俺に見せるように肘を九十度に曲げ、力瘤の部分に右手を添えるポーズを取る。
「それは私には一人もフレンドがいないからだ!」
 声も高々に宣言。一瞬沈黙が流れる。
「威張って言う事か?」「威張って言う事だ!」
 左手で握り拳を作ったまま頭上に持っていき、左手の甲に右手を添え、白くて並びのいい歯を見せながら言い切った。
「開き直ってるのか?」「そうとも言えるな!」
 頭上に持ってきた両腕を胸の前で横に交差させ、指先までぴんと伸ばしてニヒルな笑みを浮かべる緑髪。さっきっからトルドラが主人を真似してやがるな。モンスターのAIってここまで反応出来る程に発達してるのか?
「まぁ、いいけどさ」「おぉ! ありがとうオウカ君!」
 面倒臭そうな奴だが、まぁ、そこまで邪険にする必要もないだろう。装備も立派そうだから上位陣の可能性もある。そう言った奴と知り合っておけば後々いい意味で影響が出るかもしれないしな。 俺は卵を片手で抱え、何もない中空を右の人差し指で軽く弾くように押す動作をする。すると目の前にメニューウィンドウが表示される。STOでは一律してメニューを呼び出す際にはこのような動作をしなければいけないと説明書に書かれていた。初めてやったが、本当に出るとは思わなかった。これがゲームの世界なんだよな。常識が覆される。
 兎にも角にも、俺はメニューをスライドさせてフレンドの欄を見付けてタップする。未だにフレンド登録数が0なので空欄が目立つそこの左下部分に『フレンド申請』と言う項目があり、そこをタップして対象を目の前の緑髪に指定する。 すると緑髪の眼前に『オウカからフレンド申請が届きました』とウィンドウが展開される。これで向こうが了承すれば互いに初フレンド登録となる。 さて、これはどうでもいい事だろうけど、疑問に思ったのでフレンド申請のついでに質問する事にした。
「にしても、フレンドがいないなら、あんたの事」「リースだ!」「……リースの事を風騎士なんて誰も言わないだろうに」「そんな事はない! フレンドがいなくても二つ名は定着しているのだからな!」
 定着するのか? と疑いの眼差しを向けると、緑髪は耳に手を当てる仕草を大袈裟にする。
「ほら、耳を澄ませてご覧!」
 俺は渋々言われた通りに耳を立てて周りのプレイヤーの会話を拾う。

「あ、また風騎士(笑)が新規プレイヤーに話し掛けてるぞ」「いくらゲームだからって、よくあんなに恥ずかしい事を平然とやってのけるよな」「決めポーズ。特撮の見過ぎなんじゃないか?」「役作り過ぎだって……いや、あれ役作りか?」「下手すると素かもしれないな」「いや、ゲーム内で舞い上がってるだけかもな」「その可能性も捨て切れないな」「現実に戻ると悶え苦しんでるとか?」「有り得るな」「でも、あれでもトッププレイヤーの一員なんだよな」「それを知らない新規が危ない奴認定してフレンド登録は拒否してるの何度も見たぞ」「まぁ、知っててもフレンド登録は却下だけどな。ついでにパーティー申請も」「四六時中ボイスチャットとかで暑苦しい台詞を訊かされそうだもんな」「流石は風騎士(笑)だよな」「あぁ、戦闘でもそれ以外でも只事では済まさない。いや、済ませない。それが風騎士(笑)だ」「正直、あれウザいんだよな。あれさえなければ風騎士(笑)は頼りになっていいのにな」「なぁ」

 周りのプレイヤーからしても緑髪の存在はいい意味でも悪い意味でも有名なようだ。
「なっ! 人は私の事を風騎士と呼んでいるだろう!」「…………」
 こいつ、周りからどう思われてるのか承知の上でこのキャラを貫いてやがる。ここまで精神力(ゲームの数値とは違う)が高い奴とは思わなんだ。そして、そのキャラさえ止めればフレンドは増える事も知っている筈だよな。それでもフレンド<キャラ設定にしている。そりゃあ開き直りもするな。
「さぁ、登録も済んだし、これでオウカ君と私は正真正銘のフレンドだ!」
 とか思っていると俺の眼前のウィンドウに『プレイヤー:リースとフレンド登録をしました』と出ている。一応フレンドの欄をタップして緑髪の名前がある事を確認。うん、あるな。これで確かにこいつと俺はゲーム上ではフレンドとなった。フレンドになる事の利点はボイスチャットが使える事だろうな。登録していないと連絡手段が限られてくるし。
「さて、親愛なるオウカ君に先達として一つアドバイスを授けよう」「……それはどうも」
 ゲーム内の情報は一つでも多く知っていた方が有利なので、素直に訊く事にした。
「卵から孵るモンスターだが、現段階ではどのような種族・属性のモンスターが生まれるかは分からない! これから君の起こすアクションによって変動していくんだ!」
 モンスターの卵に関しての情報が説明書には書いていなかった為、これは有り難い助言だな。でも、これだけでは分からないな。
「つまり?」「激烈に過ごしていれば生まれてくるモンスターも激烈に! のんびりと過ごしていれば生まれてくるモンスターものんびりとなる傾向にあるのだ!」「うん、言ってる意味が分からない」
 俺の言葉に緑髪はビシッと右の人差し指を俺に突き付け、にかっと白い歯を見せながら笑みを浮かべる。
「より簡潔に言うならば、君と最も相性の良いモンスターが生まれてくると言う事だ!」「最初からそう言ってくれ」
 デフォルトの立ち姿となっているのだろうか、両手を腰に当て、胸を張りながら俺を睥睨する緑髪。
「なので、オウカ君! 君が望むようなモンスターが生まれるように、これから好きなように過ごすがいい!」「分かったよ」
 有益な情報をありがとう緑髪。 緑髪のアドバイスはこれだけでは終わらず、更に続いていく。違うポージングを挟みながら。
「そしてっ! モンスターと共に過ごす事で信頼度が上がっていく!」「ぎゃう!」「信頼度が上がれば積極的に攻撃したり補助を行ったりしてくれるようになるぞ!」「ぎゃう!」
 ここから、蜥蜴が合いの手を入れてくる。
「ただ一緒にいるだけでも信頼度は上がるが、撫でたり一緒に遊んだりすれば上昇しやすくなる!」「ぎゃうぎゃう!」
 ペットは飼い主に似ると言うが、ゲーム内のモンスターにも反映されるようだ。寸分の狂いも無く、緑髪のポーズを真似る。本当、この世界のAIは凄い程に発達してるな。
「なので、モンスターと共に戦い続けるだけでなく、一緒に色々な事をするのをお勧めするぞ!」「ぎゃう!」
 俺は心のメモに助言を写し取りながら訊いていると、唐突に緑髪が「おっと!」と言い出す。大袈裟に。
「伝える事は大方伝えたので私はこれにて失礼するよ! 北の森のレイドボス戦に参加表明を出しているのでね! そろそろその集合時間となる!」
 腕時計を見るように右の手首を見る緑髪。おい、そこに腕時計は嵌められてないぞ。と言う俺の心の突っ込みは聞こえる筈もなく、緑髪は右の人差し指と中指だけをぴんと立ててこめかみ付近に持ってくる。
「何か困った事があれば気軽にボイスチャットで呼び掛けてくれ! 直ぐに駆けつけるぞ! ではまた会おう! 行くぞリースっ! 風の限りっ!」「ぎゃうぎゃうっ! ぎゃうっ!」
 緑髪と蜥蜴は眼にも止まらぬ速さで俺の前からいなくなり、人混みを掻き分けながら奥へ奥へと走っていく。 俺はその様を見ながら、少々脱力し、重く息を吐く。序盤に有益な情報を手に入れたとは言え、精神的な疲労が大きい。俺は正直言って、ああいうタイプと接するのがあまり得意ではないので、訊いているだけでも疲れが生じてしまう。あと、耳が痛くなる。
「……開始してから十分も経ってないけど、かなり疲れたな」
 あんな濃い奴は緑髪一人で充分だ、と思い、透き通るように綺麗な空を見て精神的な疲労を癒す。
「取り敢えず、武器を買っておくか」
 一分程空を眺めて精神を穏やかにした俺は戦闘にほぼ必須となる武器を求め、武器屋に向けて歩き始める。

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