うちのトラックは、轢いた相手を異世界に飛ばせるらしい

森平

第19話 『いつかの女神像』

 準備にあてた期間はあっと今に過ぎていく。
 化け物に対する作戦なのだが、アシハナはこういった魔物退治に慣れていることもあり、俺よりもよほど良い案を出していた。

「タバサのように事務仕事は出来ませんが、魔物狩りに関することであれば頭を使う作業でもお任せください!」

 大きな胸を弾ませるようにしてそう言うアシハナは、いつになく頼もしく感じられた。
 どうやら俺一人で全てを何とかしようとしていたのは無謀だったらしい。

「わたしも元の世界では本を好んで読んでいましたので、伝承などをある程度覚えています。この世界やあの化け物に当てはまるかわかりませんが、少しはお役に立てるはずです」

 タバサもタバサで、先日自分の世界の伝承を教えてくれたこともあり、その手の話はいろいろと知っているようだった。
 あの化け物……魂を喰らう獣に関しても、伝承を参考にどのような行動をとるのか予測を立ててくれる。

 と言うか、この中で俺が一番役に立っていないような気がするな……。

『ブナー』

「ああ、そう言えばお前がいたな、シロ」

 役に立たない度合いで言えば、俺よりも下がいたようだ。
 ……いや、獣と勝負したってしかたないんだが。

 俺は小さく溜息をつきつつ、火をつけたタバコを口に咥える。

「……おっ、また地震か」

 小さく、地面が揺れているのに気が付いた。
 俺はすぐに事務所のテレビをつけて、ニュース速報が出るのに備える。

「最近、本当に地震が多くなってきましたね。これも、あの魂を喰らう獣の所為なのでしょうか」

「地震を起こす能力があるようだし、おそらくはそうなんだろうな」

 最初は揺れに驚いていたタバサとアシハナだが、もうすっかりと慣れたようだ。
 あまり揺れが大きくないと判断すると、俺と同じようにテレビへと意識を集中させる。

「震源地が、関西から徐々にこちらへ近づいて来ますね」

「そうだな……あの化け物も、こっちに向かって来ているのか?」

「わかりませんが……その可能性はあると思います」

 先日の日曜日、金髪ロン毛──真城に会うために関西へ行き、あの化け物と遭遇した。
 あの化け物が地震を起こしているのであれば、震源地が徐々にこちらへ近づいて来ているのは、そう言うことなのだろう。

 しかし、この世界に現れたときは結花の住んでいる中部地方の近くだったはずだ。
 そこから関西へ向かい、今度は関東の方へ向かってきている。

「……魂を喰らう獣は、魂の力──魔力を求めてさまよっているのでは無いでしょうか?」

「魔力? ……ああ、そうか」

 タバサの言葉を聞き、なるほど……と、俺は頷いた。
 肺に溜まった紫煙をゆっくりと吐き出し、短くなったタバコを灰皿へ押しつける。

「新月の夜以外であの化け物を見られるのは、魔力を持った者だけらしい。つまりは俺、アシハナ、タバサ……そして、もう一人のドライバーである真城だな」

「つまり、あの化け物はその真城なにがしの魔力に惹かれて関西へ行き……今は、私達の魔力に惹かれて関東へ向かって来ていると言うことでしょうか」

「多分だけどな」

 ついでに言えば、俺達だけじゃなくシロも魔力を持っているだろう。
 ならば、これだけエサの集まっているこの地に、あの化け物が来ないわけが無い。

「つまり探す手間が省けるというわけですね。どこにいるのか解らない獣を狩るのは難しいですが、おびき出せるのであれば罠を仕掛けられます」

「そうだな。まぁ、あれがどんな罠に引っ掛かるのかはわからないが……」

 だが、おびき出せるだけでも十分だろう。
 それよりも問題なのが、いつあの自称・神から準備が整ったと連絡が来るかだ。
 こうして待っている間にも大地震が起こるんじゃないかと不安になってしまい、どうにも落ち着かない。

「お父様、神様は本当に月の影響をなくして新月と同じ夜を作り出せるのでしょうか?」

「本人はそう言っていたから、多分出来るんだとは思うが……」

 それであの自称・神は力を失い、しばらく眠りにつくと言っていた。
 それだけ大変なことなのは間違いない。

 それに、あの化け物が元いた世界に送り返し、その際にあちらに飛ばした元妻の再婚相手を取り戻す。
 その件に関して、異世界の神との交渉が上手く行くとも限らないのだ。

「こう言ってはなんだが、いまいちあの自称・神は頼りないんだよなぁ……」

 美人で肉感的でも細い体付きをしていたからだろうか。
 シロに飛びかかられて、あたふたした様子を見てしまったからかもしれないが、どうにも頼りなく思えてしまう。

『……流行ながれは、わたくしのことをそのような目で見ていたのですね』

「……は?」

 突然響いてきた声に、俺は思わずそんな間の抜けた声を上げていた。
 いつの間にか寝てしまったのだろうか?
 そう思って辺りを渡すが、ここはいつもの多嶋運送の事務所だ。
 夢枕に立たれる際にお決まりの白亜の世界はどこにも存在せず、そしてタバサとアシハナもこの場にしっかりと存在している。

「えっ……なんですか、今の声は」

「……頭の中に響いてくる感じがしました。奇怪な……」

 タバサはキョトンとした顔を。
 アシハナは眉をひそめ、いつの間にか事務所に持ち込んでいた木刀を手に、油断なく辺りを見渡している。

「タバサとアシハナもいて声が聞こえている……ってことは、ここは夢の中じゃないのか?」

 シロは……いた。俺の足下で、のんきにあくびなんてしている。
 そして試しに自分の頬を抓ってみるが、しっかりと痛みも感じていた。

『夢ではありません。一刻でも早く流行に知らせた方が良いかと思い、直接現世に干渉してあなた達に声を掛けています』

 また、そんな声が聞こえてきた。
 この話し方。この声。あの白亜の世界で会っていた自称・神のもので間違いない。
 しかし、この世界に干渉出来ないはずの自称・神が何故こうして話掛けてこられるのか。

「……本物の自称・神なのか?」

『そろそろ自称を外してくださいませんか、流行。管理者は神も同様なのですから』

「ああ、その口上は間違いなくあんただな……。っていうか、こうして日中の起きている時間に声を掛けてこられるなら、どうして最初からしてこないんだ? そもそも現世に干渉出来ないはずじゃなかったのか?」

『本来なら出来ないことを、相当な無理をしながら行っています。幸い、都合よくそなたの近くに、わたくしが降りられる形代かたしろが──』

『ブナブナー!!』

 突然、シロが声を上げて机の上へと飛び乗った。
 かと思えばさらに飛び上がって壁を蹴り、三角飛びの要領で神棚へと突撃する。

『あああっ、な、何をするのです! 離してくださいっ、ひゃぁっ、あっ、な、流行、助け──ふぁわあぁあぁっ!』

 シロが、四回目に人を異世界へと送った際にあちらの世界から送られてきた報酬……全長が三十センチメートル程度の女神をかたどった神像を咥え、勢いよく振り回し始めた。
 その度に、脳内に直接響くようにして自称・神の悲鳴が聞こえてくる。

『やめっ、お願いです、この身体にはまだ馴染んでいない所為で上手く動けな……ひゃぁっ、め、目が、目が回りますから!』

「……アシハナ、シロを止めてやってくれ」

「はい、わかりました!」

 軽いめまいを覚えながら、俺はしかたなくアシハナにそうお願いをする。
 アシハナはすぐに動き、女神像を振り回していたシロを捕まえ、その口からそれをそっと引き剥がした。

「これで良いですか、社長?」

「ああ、ありがとう。で……自称・神よ。説明はしてくれるんだろうな?」

 アシハナから女神像を受け取り、机の上へ置く。
 その上で白い目でそれを見つめていると、その像がどこか照れるようにモゾリと動いた。

『ありがとうございます。流行と、異世界から来た少女よ』

 ぺこりと頭を下げるのを見て、タバサが目を丸くする。

「動きました!?」

『先程も言いました通り、都合よくわたくしが降りられる形代がありましたので、乗り移らせていただきました。さすが異世界の神──わたくしと同様の存在の力を受けた像です。馴染むまではまだ時間はかかるでしょうが……そなた達と意思の疎通をする分には問題はありません』

 軽く手を持ち上げ、自分の身体を確かめるように前から後からと視線を這わせる。
 手に入れたときはそこまでマジマジと見ていなかったが、その女神像はどことなくあの自称・神と姿が似ているような気がした。
 異世界の神……異なる世界を管理している者を模した像なのだろう。
 もしかすると姉妹のようなものなのかもしれない。

「で、直接俺達と意思疎通する理由はなんだ? 相当無理をしているってことだが、そこまでするだけの用事があったのか?」

『ええ、もちろんです』

 自分の身体を観察するのを止め、女神像は真っ直ぐに俺を見つめてきた。
 俺はそれを見返し……って、なんだか像って感じがしないな。元々石っぽい材質で作られた物だったはずだが、こうして見ていると妙に肌がみずみずしく思える。

 試しに、俺は女神像の頬を指で突っついてみた。

『んにゅっ』

 ぷにっとした柔らかい感触。石のような感触ではない。

『……いきなり何をするのですか、流行?』

「ああ、悪い。まるで石に見えなかったから、つい……な」

『当たり前ではありませんか。元の材質のままであれば、このように手足を動かすことなんて出来ません。わたくしが降りたことで、この形代は現世でのわたくしの分身(わけみ)になったのです』

「……良くはわからないが、とにかくあんたが小さくなってここにいるって思えば良いわけだな? で、説明の続きを頼む」

『ええ。まずは、先方の異世界の管理者との交渉は無事に終了いたしました。かなり渋られましたが、あの獣を流行のトラックで轢くことで元の世界に帰し、元々この世界にいた人間を送り返してくれる手はずになっています』

 まずはそのことを聞けて、俺はホッと胸を撫で下ろした。
 あちらの世界が受け入れてくれたとしても、一度送った相手を帰してくれる保証はなかったため、元妻の再婚相手が帰ってくるかはわからなかったからな。

『そしてわたくしが現世に降りてきたのは、月の影響を排除するタイミングをはかる為になります。以前も言いましたようにその規模での干渉はとても力を使いますから、長時間使うことは出来ないのです。しかし流行の夢にしか降臨できないのでは、とてもではありませんがタイミングを合わせることは出来ません』

「確かにそのとおりだろうな」

 夢枕に立たれて、次の夜に実行すると言われたとする。
 そのときに予め時間を決めることになるだろうが、果たしてその時間に上手くあの化け物を轢くことが出来るだろうか?
 結論から言ってしまえば、それは余程運に恵まれなければ難しだろう。

 そもそも、あの化け物が近くにいるとも限らないのだ。
 そして月の影響を排除されているタイミングで、轢ける状態になっているとも限らない。
 もし何時間もの長時間、この自称・神の力が効いているのであれば良い。だが十分や一時間程度だったらどうだろうか?
 おそらくだが、無理だろう。

「だが、その状態でも相当無理はしているんだろ?」

『それでも、月の影響を排除するのに比べれば微々たるものです。直接流行の行動にあわせて力を使えるのであれば、むしろこちらの方が効率は良いでしょう』

「……力を使い果たしたら、あんたはどうなる?」

『おそらく眠りにつきます。わたくしが眠りについたあとのことは、もう一人の管理者にお願いしてありますので、大きな混乱はないでしょう』

「そうか……」

 どうやら、ちゃんと引き継ぎなどの仕事は終わらせてから来たらしい。
 となればあとはあの化け物を送り返すだけ──

「いつ、やれば良い?」

『可能でしたら、すぐにでも。わたくしが形代に降りていられる時間も無制限ではありません。今夜……早々に決着をつけられるのであれば、それが一番です』

「わかった」

 自称・神の言葉に頷き、俺は新しいタバコを出して口に咥えた。
 ゆっくりと紫煙を吸い込み、息をつく。
 化け物に対する恐怖はあるが、俺が尻込みをしているわけにもいかないだろう。

「アシハナ、タバサ……二人とも良いか?」

「はい、お父様」

「流行さん、どうぞお任せください」

 力強く、義娘達が頷き返してくる。
 俺なんかよりも、二人はとっくに覚悟を決めていたらしい。

「……よし、今夜中に決着をつけるぞ!」

 俺はそう宣言すると、タバコを灰皿へと押しつけた。

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