うちのトラックは、轢いた相手を異世界に飛ばせるらしい
第13話 『今起こっていること』
「て、てめぇ、何だ、マスコミか!? まさかまた俺のことを悪く書き立てる気で……」
金髪ロン毛が、俺を見て怖じ気づいたように後ずさった。
……って、そうか。俺からはこいつの顔が見えたが、こいつの方からはトラックの中にいた俺の顔は見えなかったのか。
俺が誰だかわからない……どころか、自分のことを知っていて不敵に笑う変な奴。つまりマスコミ関係の人間だと考えてもおかしくはない。
「逃げるな、俺はマスコミじゃない」
こんな派手な格好をしている割に小心者……いや、それだけマスコミの取材が酷いのかもしれない。
俺は肩をすくめ、すぐ近くにいて不思議そうにこちらを見ている結花に聞こえないよう、金髪ロン毛の耳元に口を寄せる。
囁く内容はあの対象を轢いた住所。
異世界のこと。
反応は劇的だった。
「てめぇ……まさか、あのトラックの!? このっ、てめぇの所為で!!」
憎々しげに俺を睨み、拳を握る金髪ロン毛。まるで怒りをぶつけるような勢いで俺に殴りかかってくる。
だが──
「させません、この痴れ者がっ!」
アシハナが俺と金髪ロン毛の間に割って入って来た。
殴りかかって来た右手を掴むと、そのまま腕をひねるようにしながら体を捌く。
金髪ロン毛の身体はまるで魔法のようにくるりと一回転し……。
「ぐほぉっ!」
背中から地面に叩きつけられた。
「きゃっ、お、お父、大丈夫!?」
「俺は何ともない……というか、アシハナ。さすがにやり過ぎだ」
止めてくれずとも、あれくらいなら余裕をもって避けられたのに。
「うっ、申し訳ありません、流行さん……」
「いや……助けてくれてありがとうな、アシハナ」
叱られてしょんぼりしかけたアシハナに、お礼を言いながら頭を撫でる。
「お父様、こちらの方はどうしましょう? 拘束した方が良いでしょうか?」
「いや、その必要は無い……って言うか、タバサも結構過激なんだな?」
「そうですか?」
可愛らしく首をかしげるタバサ。
きょとんとしているのを見ると、まったくその自覚はないのかもしれない。
さすが異世界育ちというか……たくましいな。
まぁそれはそれとして。
「投げたりして悪いな。だが、いきなり殴りかかるような真似は止めてくれ、お互いのためにならない。そもそもお前さん、今暴力事件でも起こせば不味いんじゃないか?」
「ぐっ……そ、それは……」
あれだけの事故を起こしても釈放されて帰宅を許されたのだから、在宅起訴ってことだろうが……さすがにその間に事件を起こせば、心証が悪くなるどころじゃないだろう。
「俺はただお前さんと話をしたいだけだ。あの自称・神のこととか、今回のこととか……そもそも、トラックにあんな力があるのはどうしてか……とか」
「……ちっ、わかったよ」
「わかってくれて助かる。何せお前さんと話をするために、何時間もかけてこの街まで来たんだからな」
まさか駅前でバッタリ遭遇するとは、予想すらしていなかったが。
しかし……こいつと話をするとなると、結花が邪魔になってくる。
聞かせられないような話をするし、かなり込み入ったところまで突っ込むだろう。
「ちょっとそこでコーヒーでも飲みながら話をするか。結花、お小遣いをやるから、タバサとアシハナを連れてちょっと遊んできてくれ」
財布から万札を取り出し、有無を言わせずに結花の手に握らせる。
「えっ、お父、でも……。その人と二人きりとか、大丈夫なの……?」
ちらりと金髪ロン毛を見る結花。
いきなり殴りかかってきたんだから、こんな反応をするのも当たり前だろう。
だが先程も言ったが、今暴力事件でも起こせば不味いことになるのは金髪ロン毛の方だ。
「心配するな、これでもお父は毎日重い荷物を持ったりするのもあって、かなり強いんだからな」
「むー……」
「タバサ、アシハナ、結花のことを頼む。姉妹三人で楽しんできてくれ」
納得いかない様子の結花はおいといて、今度はタバサとアシハナの二人にお願いをする。
「お父様、結花ではありませんけど、本当に大丈夫ですか?」
「流行さん、せめて私だけでも……」
「お前も心配しすぎだ。結花に預けたお金で好きな物を買って良いから……ほら、行った行った」
二人の背中を押し、俺はそう急かした。
それで踏ん切りが付いたのか、ようやく二人は頷き返してくる。
「何かあったらスマートフォンに連絡をくれ。こっちも話が終わったら連絡を入れるから」
「承知しました、流行さん」
「では、結花。一緒に行きましょうか」
「う、うん……」
タバサとアシハナの二人に手を引かれ、結花は後ろ髪引かれる様子でチラチラこちらを見ながら、近くにあったデパートの中へと消えていく。
……よし、とりあえずはこれで良いな。
「さて、俺たちはこっちだ。コーヒー代くらいは俺が奢ってやる」
「……ふんっ」
面白くなさそうに鼻を鳴らす金髪ロン毛を連れ、俺は近くにあったコーヒーのチェーン店へと向かう。
「俺は多嶋流行……運送会社をやっている。お前さんは?」
店の一番奥まったところへ行き、コーヒーを一口すすってからそう自己紹介する。
この店は禁煙なのでタバコを吸えないのが残念だ。
「……俺は真城康夫だ。って、どうせニュースで見て知ってんだろ」
「まあな。仕事は……俺と同じく運送業だったか?」
「ああ。高校卒業してからずっと働いていて、大型免許を取ってからは俺もドライバーで走りまわってる……って言っても、もう首になったけどな」
金髪ロン毛──もとい、真城は自嘲気味にそう呟いた。
雇われ者だったこともあって、事故の所為で会社から解雇宣告を受けたようだ。
しかし、雇われ者か……。
「ってことは、あの大型トラックは会社所有だったのか? じゃあ、今度はその会社の別の奴に人を異世界に送る力が……」
「はぁ? 何言ってんだ。あれは俺が神様に貰ったチートだ、トラックなんて関係ねぇよ」
「……なんだと?」
いきなり、俺の方と矛盾したことを言われてしまった。
俺のときは、あの女性の自称・神にトラックの方が選ばれし物であると聞いた。
だが、こいつは違うのか……?
「俺は、自称・神の奴にトラックの方が力を持って、俺はおまけみたいな扱いだって聞いたぞ」
「なんだそりゃ。デタラメ言ってんじゃねーだろうな」
「こんなことで嘘を吐いてどうする。……って言うか、まずはお互いで違うところを検証した方が早いか」
こいつから一方的に情報を聞き出す方が話は早いが、本当のことを話してくれるかは怪しい。
ならば……と、俺はまずは自分のことを真城に説明することにする。
こういうときは自分方から歩み寄った方が、相手も胸襟を開いてくれやすくなるはずだ。
そして、俺は今までのことを話し始めた。
女の自称・神が突然夢枕に立って、俺に異世界に送って欲しい人がいる……と仕事を依頼してきたこと。
断っていると、世界のバランスが崩れて天災が起き、非常に大きな被害が出ると言われたこと。
仕事中は、神の配慮としか言いようがないくらい、誰にも会わないこと。
轢いた後の魔法陣と、送られてくる報酬のこと、などなど。
真城は俺の話を聞き、信じがたいという様子で随所随所にツッコミを入れてくる。
「……随分、俺とお前さんの状況が違うな」
少し話をしただけで、すでに色々なところで矛盾が出ていた。
まず……これは俺も予想していたことではあるが、真城側の夢枕に立った自称・神は髭がもじゃもじゃな爺さんらしい。
そいつは言ったわけだ。『お主こそは選ばれし者。その選ばれし者にお願いしたいことがあるのじゃ』と。
そしてトラックで人を轢くことで相手を異世界に飛ばせて、しかも報酬としてその異世界から送られてくる物を貰えるという。
外見通り遊び人でもあった真城は、そこそこの額の借金を抱えていたらしい。
それは普通に働いているだけではとうてい返せる額ではなく、また遊びを控えることもできなかったためどんどん膨らむばかり。
それで、その自称・神の言葉に飛びついて仕事を行っていた……とか。
とはいえ頻繁に仕事が来るわけでもないし、どう見てもガラクタでしかないような報酬が異世界から送られてくることもある。
そのため、真城は度々自称・神からの依頼にない相手も送っていたそうだ。
どうやら俺と遭遇した仕事は、夢枕に立った自称・神に何か仕事ないかとねだって、先方の自称・神がダブルブッキングになることを承知で真城に紹介したものらしい。
だが、それは金にならなかった。何せ出て来たのが白い毛玉だった上に、今までは存在しなかった目撃者がいることに怖じ気づいて慌てて逃げ出したからだ。
とはいえ金は欲しい。
だからその帰り道に目についた男を轢いて異世界に送った……。おそらくそれが、元妻の再婚予定の相手だったのだろう。
「……で、お前はさらに欲を出して、真昼の駅近くで何人も轢いたわけか」
「違うっ! 俺はそんなことしてねぇ! そんなつもりは無かった……あれはただの事故だっ!」
少し棘のある俺の言葉に、思わずと言った様子で反論してくる。
大きな声を出したからだろうか、一瞬店内が静まり返り、店の中にいる客たちの視線がこちらに集まった。
それに怯み、真城は声をひそめて肩をすぼめていく。
「違う……あれは、俺は……逃げて……それで逃げ切ったと思ったところで、疲労と眠気で……」
「どう言うことだ?」
「あの男を轢いたあとに、出て来たんだ……バケモノが……! 俺、必死にそいつから逃げて……っ」
化け物、という単語に、俺は写真で見たあの大型トラックの荷台を思い出す。
シロの爪に似たような感じで、平行に三本の傷が走っていた。
もちろんその傷をつけたのがシロなわけがない。
あれからずっと俺と一緒にトラックで移動していたし、そもそもあれだけの大きな傷をつけられるような身体のサイズではない。
となれば……。
「……まさか、異世界から獣でも送られてきたのか?」
「ああ……もう少しで、俺……殺されるところで……。必死に逃げて、ようやく大丈夫だと思ったところで操縦を誤って事故を起こして……。ちくしょう、バケモノがいなければ……いやっ、てめぇが、あそこにいなければ……っ」
「……責任転嫁をするな。あの白い毛玉でお前は満足できたのか? どうせ金にならないからと、次のターゲットを勝手に決めて轢いていただろうが。自業自得だ」
「くっ……て、てめえっ!!」
また激昂しかけて、真城は大声を出しながら立ち上がる。
だが、これで二度目だ。周囲からの注目はさらに集まり、中には真城が先日の事故のドライバーだと気付いたのか、ひそひそと話している人も多くなってくる。
「ちっ……俺は帰るっ。くそがっ」
真城はそう言い、店から出ようと俺に背中を向けた。
だが俺はその肩を掴んで引き留め、耳元に口を寄せる。
「待て、まだ聞きたいことがある。警察に拘置されている間に自称・神は夢枕に立ったか?」
「出て来てねぇよ! 俺が呼んだってだんまりだ。ちくしょうがっ、俺は選ばれし者じゃなかったのかよっ!」
真城は最後にそう吐き捨て、出て行ってしまうった
俺はそれを見送り──しかし注目を浴びてしまって居心地が悪くなったため、同じように逃げるようにして店を出る。
「……色々わかったが、わからないことも多すぎるな」
適当に移動して手頃なベンチに腰を下ろした。
無意識にタバコを求めて懐をまさぐっていたのに気が付き、溜息を付きながら懐から手を抜く。
ぼんやりと空を眺め、俺は先程の真城の言っていたことを思い出していた。
あれから自称・神は出て来ていないらしい。
そこまで頻繁に出てくるような相手でも無いし、たまたまかもしれないが……あいつの元には、もう二度と現れないような気がする。
それに異世界に人を送る力が、俺とは違って自分自身にあると説明されていることも気になる。
そして一番気になるのは、元妻の再婚予定の相手を轢いたときに出て来たという化け物だ。
写真でしか見ていないからなんとも言えないが、あの傷痕からするとライオンや虎程度の大きさではないだろう。
もっと……それこそ象やキリンといったサイズでもないはずだ。
そんなのが今、この世界に召喚されてきているという。
考えてみれば、タバサやアシハナ、シロのような存在が送られてくるのだから、幻想でしか存在しないようなモンスターが送られてきてもおかしくはない。
「今、何が起きているんだ……?」
俺がそう呟いた瞬間。
まるで身体が浮き上がりそうな振動が、ズドンッと伝わってきた。
金髪ロン毛が、俺を見て怖じ気づいたように後ずさった。
……って、そうか。俺からはこいつの顔が見えたが、こいつの方からはトラックの中にいた俺の顔は見えなかったのか。
俺が誰だかわからない……どころか、自分のことを知っていて不敵に笑う変な奴。つまりマスコミ関係の人間だと考えてもおかしくはない。
「逃げるな、俺はマスコミじゃない」
こんな派手な格好をしている割に小心者……いや、それだけマスコミの取材が酷いのかもしれない。
俺は肩をすくめ、すぐ近くにいて不思議そうにこちらを見ている結花に聞こえないよう、金髪ロン毛の耳元に口を寄せる。
囁く内容はあの対象を轢いた住所。
異世界のこと。
反応は劇的だった。
「てめぇ……まさか、あのトラックの!? このっ、てめぇの所為で!!」
憎々しげに俺を睨み、拳を握る金髪ロン毛。まるで怒りをぶつけるような勢いで俺に殴りかかってくる。
だが──
「させません、この痴れ者がっ!」
アシハナが俺と金髪ロン毛の間に割って入って来た。
殴りかかって来た右手を掴むと、そのまま腕をひねるようにしながら体を捌く。
金髪ロン毛の身体はまるで魔法のようにくるりと一回転し……。
「ぐほぉっ!」
背中から地面に叩きつけられた。
「きゃっ、お、お父、大丈夫!?」
「俺は何ともない……というか、アシハナ。さすがにやり過ぎだ」
止めてくれずとも、あれくらいなら余裕をもって避けられたのに。
「うっ、申し訳ありません、流行さん……」
「いや……助けてくれてありがとうな、アシハナ」
叱られてしょんぼりしかけたアシハナに、お礼を言いながら頭を撫でる。
「お父様、こちらの方はどうしましょう? 拘束した方が良いでしょうか?」
「いや、その必要は無い……って言うか、タバサも結構過激なんだな?」
「そうですか?」
可愛らしく首をかしげるタバサ。
きょとんとしているのを見ると、まったくその自覚はないのかもしれない。
さすが異世界育ちというか……たくましいな。
まぁそれはそれとして。
「投げたりして悪いな。だが、いきなり殴りかかるような真似は止めてくれ、お互いのためにならない。そもそもお前さん、今暴力事件でも起こせば不味いんじゃないか?」
「ぐっ……そ、それは……」
あれだけの事故を起こしても釈放されて帰宅を許されたのだから、在宅起訴ってことだろうが……さすがにその間に事件を起こせば、心証が悪くなるどころじゃないだろう。
「俺はただお前さんと話をしたいだけだ。あの自称・神のこととか、今回のこととか……そもそも、トラックにあんな力があるのはどうしてか……とか」
「……ちっ、わかったよ」
「わかってくれて助かる。何せお前さんと話をするために、何時間もかけてこの街まで来たんだからな」
まさか駅前でバッタリ遭遇するとは、予想すらしていなかったが。
しかし……こいつと話をするとなると、結花が邪魔になってくる。
聞かせられないような話をするし、かなり込み入ったところまで突っ込むだろう。
「ちょっとそこでコーヒーでも飲みながら話をするか。結花、お小遣いをやるから、タバサとアシハナを連れてちょっと遊んできてくれ」
財布から万札を取り出し、有無を言わせずに結花の手に握らせる。
「えっ、お父、でも……。その人と二人きりとか、大丈夫なの……?」
ちらりと金髪ロン毛を見る結花。
いきなり殴りかかってきたんだから、こんな反応をするのも当たり前だろう。
だが先程も言ったが、今暴力事件でも起こせば不味いことになるのは金髪ロン毛の方だ。
「心配するな、これでもお父は毎日重い荷物を持ったりするのもあって、かなり強いんだからな」
「むー……」
「タバサ、アシハナ、結花のことを頼む。姉妹三人で楽しんできてくれ」
納得いかない様子の結花はおいといて、今度はタバサとアシハナの二人にお願いをする。
「お父様、結花ではありませんけど、本当に大丈夫ですか?」
「流行さん、せめて私だけでも……」
「お前も心配しすぎだ。結花に預けたお金で好きな物を買って良いから……ほら、行った行った」
二人の背中を押し、俺はそう急かした。
それで踏ん切りが付いたのか、ようやく二人は頷き返してくる。
「何かあったらスマートフォンに連絡をくれ。こっちも話が終わったら連絡を入れるから」
「承知しました、流行さん」
「では、結花。一緒に行きましょうか」
「う、うん……」
タバサとアシハナの二人に手を引かれ、結花は後ろ髪引かれる様子でチラチラこちらを見ながら、近くにあったデパートの中へと消えていく。
……よし、とりあえずはこれで良いな。
「さて、俺たちはこっちだ。コーヒー代くらいは俺が奢ってやる」
「……ふんっ」
面白くなさそうに鼻を鳴らす金髪ロン毛を連れ、俺は近くにあったコーヒーのチェーン店へと向かう。
「俺は多嶋流行……運送会社をやっている。お前さんは?」
店の一番奥まったところへ行き、コーヒーを一口すすってからそう自己紹介する。
この店は禁煙なのでタバコを吸えないのが残念だ。
「……俺は真城康夫だ。って、どうせニュースで見て知ってんだろ」
「まあな。仕事は……俺と同じく運送業だったか?」
「ああ。高校卒業してからずっと働いていて、大型免許を取ってからは俺もドライバーで走りまわってる……って言っても、もう首になったけどな」
金髪ロン毛──もとい、真城は自嘲気味にそう呟いた。
雇われ者だったこともあって、事故の所為で会社から解雇宣告を受けたようだ。
しかし、雇われ者か……。
「ってことは、あの大型トラックは会社所有だったのか? じゃあ、今度はその会社の別の奴に人を異世界に送る力が……」
「はぁ? 何言ってんだ。あれは俺が神様に貰ったチートだ、トラックなんて関係ねぇよ」
「……なんだと?」
いきなり、俺の方と矛盾したことを言われてしまった。
俺のときは、あの女性の自称・神にトラックの方が選ばれし物であると聞いた。
だが、こいつは違うのか……?
「俺は、自称・神の奴にトラックの方が力を持って、俺はおまけみたいな扱いだって聞いたぞ」
「なんだそりゃ。デタラメ言ってんじゃねーだろうな」
「こんなことで嘘を吐いてどうする。……って言うか、まずはお互いで違うところを検証した方が早いか」
こいつから一方的に情報を聞き出す方が話は早いが、本当のことを話してくれるかは怪しい。
ならば……と、俺はまずは自分のことを真城に説明することにする。
こういうときは自分方から歩み寄った方が、相手も胸襟を開いてくれやすくなるはずだ。
そして、俺は今までのことを話し始めた。
女の自称・神が突然夢枕に立って、俺に異世界に送って欲しい人がいる……と仕事を依頼してきたこと。
断っていると、世界のバランスが崩れて天災が起き、非常に大きな被害が出ると言われたこと。
仕事中は、神の配慮としか言いようがないくらい、誰にも会わないこと。
轢いた後の魔法陣と、送られてくる報酬のこと、などなど。
真城は俺の話を聞き、信じがたいという様子で随所随所にツッコミを入れてくる。
「……随分、俺とお前さんの状況が違うな」
少し話をしただけで、すでに色々なところで矛盾が出ていた。
まず……これは俺も予想していたことではあるが、真城側の夢枕に立った自称・神は髭がもじゃもじゃな爺さんらしい。
そいつは言ったわけだ。『お主こそは選ばれし者。その選ばれし者にお願いしたいことがあるのじゃ』と。
そしてトラックで人を轢くことで相手を異世界に飛ばせて、しかも報酬としてその異世界から送られてくる物を貰えるという。
外見通り遊び人でもあった真城は、そこそこの額の借金を抱えていたらしい。
それは普通に働いているだけではとうてい返せる額ではなく、また遊びを控えることもできなかったためどんどん膨らむばかり。
それで、その自称・神の言葉に飛びついて仕事を行っていた……とか。
とはいえ頻繁に仕事が来るわけでもないし、どう見てもガラクタでしかないような報酬が異世界から送られてくることもある。
そのため、真城は度々自称・神からの依頼にない相手も送っていたそうだ。
どうやら俺と遭遇した仕事は、夢枕に立った自称・神に何か仕事ないかとねだって、先方の自称・神がダブルブッキングになることを承知で真城に紹介したものらしい。
だが、それは金にならなかった。何せ出て来たのが白い毛玉だった上に、今までは存在しなかった目撃者がいることに怖じ気づいて慌てて逃げ出したからだ。
とはいえ金は欲しい。
だからその帰り道に目についた男を轢いて異世界に送った……。おそらくそれが、元妻の再婚予定の相手だったのだろう。
「……で、お前はさらに欲を出して、真昼の駅近くで何人も轢いたわけか」
「違うっ! 俺はそんなことしてねぇ! そんなつもりは無かった……あれはただの事故だっ!」
少し棘のある俺の言葉に、思わずと言った様子で反論してくる。
大きな声を出したからだろうか、一瞬店内が静まり返り、店の中にいる客たちの視線がこちらに集まった。
それに怯み、真城は声をひそめて肩をすぼめていく。
「違う……あれは、俺は……逃げて……それで逃げ切ったと思ったところで、疲労と眠気で……」
「どう言うことだ?」
「あの男を轢いたあとに、出て来たんだ……バケモノが……! 俺、必死にそいつから逃げて……っ」
化け物、という単語に、俺は写真で見たあの大型トラックの荷台を思い出す。
シロの爪に似たような感じで、平行に三本の傷が走っていた。
もちろんその傷をつけたのがシロなわけがない。
あれからずっと俺と一緒にトラックで移動していたし、そもそもあれだけの大きな傷をつけられるような身体のサイズではない。
となれば……。
「……まさか、異世界から獣でも送られてきたのか?」
「ああ……もう少しで、俺……殺されるところで……。必死に逃げて、ようやく大丈夫だと思ったところで操縦を誤って事故を起こして……。ちくしょう、バケモノがいなければ……いやっ、てめぇが、あそこにいなければ……っ」
「……責任転嫁をするな。あの白い毛玉でお前は満足できたのか? どうせ金にならないからと、次のターゲットを勝手に決めて轢いていただろうが。自業自得だ」
「くっ……て、てめえっ!!」
また激昂しかけて、真城は大声を出しながら立ち上がる。
だが、これで二度目だ。周囲からの注目はさらに集まり、中には真城が先日の事故のドライバーだと気付いたのか、ひそひそと話している人も多くなってくる。
「ちっ……俺は帰るっ。くそがっ」
真城はそう言い、店から出ようと俺に背中を向けた。
だが俺はその肩を掴んで引き留め、耳元に口を寄せる。
「待て、まだ聞きたいことがある。警察に拘置されている間に自称・神は夢枕に立ったか?」
「出て来てねぇよ! 俺が呼んだってだんまりだ。ちくしょうがっ、俺は選ばれし者じゃなかったのかよっ!」
真城は最後にそう吐き捨て、出て行ってしまうった
俺はそれを見送り──しかし注目を浴びてしまって居心地が悪くなったため、同じように逃げるようにして店を出る。
「……色々わかったが、わからないことも多すぎるな」
適当に移動して手頃なベンチに腰を下ろした。
無意識にタバコを求めて懐をまさぐっていたのに気が付き、溜息を付きながら懐から手を抜く。
ぼんやりと空を眺め、俺は先程の真城の言っていたことを思い出していた。
あれから自称・神は出て来ていないらしい。
そこまで頻繁に出てくるような相手でも無いし、たまたまかもしれないが……あいつの元には、もう二度と現れないような気がする。
それに異世界に人を送る力が、俺とは違って自分自身にあると説明されていることも気になる。
そして一番気になるのは、元妻の再婚予定の相手を轢いたときに出て来たという化け物だ。
写真でしか見ていないからなんとも言えないが、あの傷痕からするとライオンや虎程度の大きさではないだろう。
もっと……それこそ象やキリンといったサイズでもないはずだ。
そんなのが今、この世界に召喚されてきているという。
考えてみれば、タバサやアシハナ、シロのような存在が送られてくるのだから、幻想でしか存在しないようなモンスターが送られてきてもおかしくはない。
「今、何が起きているんだ……?」
俺がそう呟いた瞬間。
まるで身体が浮き上がりそうな振動が、ズドンッと伝わってきた。
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