うちのトラックは、轢いた相手を異世界に飛ばせるらしい

森平

第7話 『ダブルブッキング』

「結花、シートベルト締めたか?」

「言われなくてもちゃんと締めてるよ、何度乗せて貰ったことがあると思ってるの? もう、おとうは細かいんだから……」

「シートベルトについて聞くのはマナーのようなもんだ。さて……そろそろ行くか。タバサ、アシハナ、留守は頼んだぞ!」

 トラックのエンジンをかけ、開け放った窓から二人に声を掛ける。

「社長、道中お気をつけて!」

「結花もまた遊びに来てくださいね」

「うんっ、タバサお姉ちゃんも、アシハナお姉ちゃんも、ばいばーい」

 手を振る二人に、結花も元気よく手を振り返す。
 どうやら、一晩ですっかり仲良くなってしまったようだ。まぁタバサもアシハナも嫌味がなくて親しみ易い性格だし、結花の気持ちもわからなくもない。
 俺自身まだ出会ってからそれほど経っていないのに、二人と居るとどこかホッとするところもあるのだ。
 秘密を共有しているということもあるだろうが、やはり二人の人柄だろう。

「身体を乗り出していると危ないぞ」

 ゆっくりとトラックを発進させながら、まだ手を振り続ける結花に注意をうながす。

「はぁい」

 駐車場から一般道へ出る。二人の姿が見えなくなったところで、ようやく結花は窓から手を引っ込めた。
 窓を閉め、シートへと深く身体をあずける。

「ふぁぁ……はぁ、帰るの、気が重いなぁ……」

 寝不足なのかあくびを噛み殺し、憂鬱そうにそんなことを呟く結花。
 俺と二人きりになったことで急に緊張が解けたようだ。
 先程までの無駄に振りまいていた明るい雰囲気が急に無くなり、俺は苦笑してしまう。

「なんだ、二人の前ではキャラを作っていたのか?」

「だって……あんな綺麗な人だと、緊張しちゃうよ。お姉ちゃんができるって言うのは嬉しいし、二人とも良い人だけど……」

 そこで言葉を切って、ちらりと横目で俺を見てくる。
 何か言いたげなその眼差しに、俺は無言でタバコに火をつけながら続きをうながした。

「お父、タバコ……」

「っと、煙かったか?」

「ううん、昨日も事務所で吸ってたけど、相変わらずだなーって思って」

 俺が吐き出した紫煙を見て、どこか懐かしげにそんなことを言う。
 結花が産まれる前から吸っていたからな。
 さすがに産まれてからは禁煙を試みたが、会社の経営が危うくなってからストレスでまた吸い始めてしまい……それからは、ずっと止められないままだ。
 結花にとって、タバコ=父親という認識が少なからずあるのかもしれない。

「俺のタバコのことは良いさ。で、結花は何を言いたいんだ?」

「あ、うん。本当にあの二人をお父の養子にしたのかなって思って。その……エッチな関係とか、そういうのじゃないんだよね……? 養子ってわりには、社長って呼んでたりしてるけど」

「まぁな……うちの会社の社員でもあるから、公私の区別はつけないとな。あと、さすがに娘とあまり年齢の変わらない相手とそんな関係になる気はない」

 俺の言葉に納得したようなしていないような、そんなあいまいな表情で頷いた。
 どこかうかがうような表情になって、上目遣いで見つめてくる。

「社員は今はあの二人だけなんだって? お父の会社も大変なのはわかるから、それはまぁ良いとして……。自分の子供くらいの相手と援助交際するオヤジとかって良く聞くけど、そこのところはどうなの?」

「よそはよそ、うちはうちだ。結花は、自分の父親がそういうことをするような奴だって思うのか?」

「そうは言わないけど……二年、会ってなかったし。その間に変わっちゃったかもしれないし……」

 俺にとってはたかが二年のことなのだが、結花のような十四歳の少女にとってはされど二年なのだろう。
 どことなく不安げな眼差しに、俺は無言でその頭を撫で回す。

「ひゃっ、ちょ、ちょっと、髪が乱れるからやめてぇぇっ!」

 慌てて俺の手から逃げようとする結花。
 とはいえ、じゃれているだけで本気で嫌そうにしているわけじゃない。

「最近の俺のことは二人から聞いたんだろ? 道中は長いんだし、今度はお前のことを聞かせてくれよ。中学校に進学してからの話とか、彼氏の話とか」

「か、彼氏なんていないし!! というか、おかあのかわりにいくつか家事を分担してやっているから、そんな相手作ってる暇ないもん」

「でも、そのお母が再婚すれば、暇もできるんじゃないか?」

 ちらっとしか聞いていないが、お相手はずいぶんなお金持ちらしいからな。
 そんな相手と再婚すれば、あいつも夜の仕事を続ける必要もなくなるだろう。

「むー……そうかもしれないけどぉ……。なんか、あの人をお父って呼ぶのやだ。お父は、お父だけだもん」

「別にお父って呼ばなくても、お父さんなり、パパなり、ダディなり、いろいろ呼び方はあるだろ。相手を見て使い分ければ良い」

「そういう問題じゃないし。もう……」

 俺の軽口に、結花の表情がわずかにだけれどもほころんだ。
 今度は少しからかうような口調になって俺に聞いてくる。

「そう言うお父こそどうなのさ? タバサお姉ちゃんもアシハナお姉ちゃんも愛人とか恋人じゃないなら、どこかにそういう人居るんじゃないの? お父こそ、まだ再婚しないの?」

「俺の方は、そういうのはまったくないな……。この二年間、仕事が忙しすぎて出会いもまったくなかったからなぁ」

 精々、出先の会社の従業員に会うくらいだ。そして大抵はおばちゃんなのだ。
 OLだとか、若い女性のいる会社とは残念ながらお付き合いはない。
 一番若くてとある商事の事務員さんで、四八歳、未婚だという。俺もアラフォーと呼ばれる世代ではあるが、さすがに五十歳近い人はお断りしたい。

 正直なところタバサと初めて会ったとき、最初はどう接して良いか戸惑ったんだよな。
 娘とも二年間会っていなかったし、若い女性の扱いは全くといって良いくらいわからなかった。
 結局は昔を思い出しつつ、娘にするように接していたが……今のところ文句は特に言われていないし、問題はないだろう。

「ふぅん、そっかぁ。お父は、モテないもんね~」

「……嬉しそうに言われるのも、正直心外なんだが」

「良いじゃん、事実なんだし。あっ、お父、コンビニ寄って! 飲み物買いたい!」

「はいはい。近くにあったはずだから、ちょっと待て」

 どうやら、もう憂鬱そうな表情は浮かべていないようだ。
 また目的地に近づけば思い出して暗くなるのかもしれないが……。ま、道中は楽しんでくれると良いんだけどな。





 スマートフォンが静かにメッセージの着信を伝えてくる。
 俺はトラックの中でタバコを咥えながら、慣れた手つきでそれを確認した。

「タバサとアシハナは仲良くやっているみたいだな」

 俺を気遣う様なメッセージと、二人の元気そうな写真。
 タバサは楽しげに微笑んでおり、アシハナは写真に慣れていないためにぎこちない笑顔だ。
 それでも二人で仲良く、大人しく留守番をしてくれているのだ伝わってくる。

 俺はメッセージに返信し、時間を確認してからスマートフォンをしまう。

「……さて、そろそろ仕事の時間だ」

 自称・神に見せられた対象の容姿からすると、どうやら大学生くらいのようだった。
 結花を送り届けてから、適当に時間を潰している間に対象を発見することはできた。大学のサークルのコンパでもしているらしく、飲み屋に入っていくところを目撃したのだ。
 店はすでにオーダーストップを終え、客を追い出す時間。店を出てからトラックで後をつけ、適当な場所で十分な速度を出してからけば良い
 そのタイミングを見極めるのは難しいが、自称・神がなんとかしてくれるだろう。

「とはいえ、やっぱりアシハナは連れて来たかったな……」

 見張り、ストーキング……どんな言い方でも良いが、対象の動向を見ている人がいるだけで格段に楽になる。
 時速八十キロメートルまで加速するには、それなりの距離が必要なのだ。
 離れたところで待機し、目標地点に対象が来たところで一直線に加速して近づく方法が一番楽なんだが……そのためには、一人で良いので協力者が欲しい。

「……っと、出て来たか」

 学生たちの集団が店から出て来た。
 酔った様子で店の前で何らかの会話を行い、解散して少人数ずつに分かれて移動を開始する。
 今回の仕事の対象は、一人でその輪から離れて千鳥足で歩いていた。

「人気のない通りに出るまで、距離を取りつつ追い掛けるか……」

 紫煙をゆっくりと吐き出し、タバコを灰皿へと押しつける。
 十分に距離が離れたと判断したところでエンジンを掛け、徐行しながら追い掛け始めた。

 自称・神の力が働いているのか、対象はどんどん人気のない場所へと移動している。
 酔っているからか、繁華街のすぐ近くだというのにそのおかしさに気付いた様子がない。
 まぁ俺にとっては好都合なんだけどな。
 それに月の無い夜だというのが、何ともあつらえ向きだ。

「……対象があの交差点に差し掛かったところでしかけるか」

 覚悟を決め、カーステレオのボリュームを一気に引き上げる。
 先日はタバサが乗っていたので女の子でも好みそうな音楽をかけていたが、今日はドラムやベースの音が頭に響くハードロックだ。
 トラックの外に音が漏れるのも気にせず、対象が目的地に足を踏み入れるのを待つ。

 はたして、その瞬間がやって来た。
 横断歩道の信号がかわり、対象は道路へと一歩足を踏み出す。

「行くぞっ!」

 エンジンが一気に噴き上がる音が聞こえてきた。
 急激な加速に身体がシートに強く押しつけられる。

 まだ、対象はこちらに気付いていない。
 俺はどんどん近づいて来るのんきそうな顔を見て、グッと歯を食いしばった。

 異世界に送られて、彼はいったい何をさせられるのだろうか?
 勇者になる? 魔王? 神の使いという可能性もある。
 ただ言えることは、こちらの世界のしがらみが全て断ち切られ、二度と家族にも想い人にも友人にも会えないということだ。
 そのことにまたじわりと罪悪感が込み上げるが、俺はそれを苦労して飲み込んで行く。

 さらに距離が近づいた。
 対象は何かに気が付いたかのように横を見て、驚愕の表情を浮かべる。



 ……いや、待て。横を見て?

 そのことに俺は言い知れぬ悪寒を感じて、思わずブレーキを踏み込んでいた。
 急ブレーキによってタイヤが悲鳴を上げるような音を奏でていく。

 今この周辺には、自称・神の計らいで対象と俺しかいないはずだ。そして俺は対象の後を追い掛けるように進んでおり、背後からく予定だった。
 だと言うのに、交差点の右側を見て驚愕の表情を浮かべる。
 つまり右側に驚くような何かがある。もしくは、近づいて来ていると言うことで──

 ドガシャッ!!

「……は?」

 フルブレーキを踏んだ俺の前方、三十メートルも先だろうか。
 そこにいた対象が、横から突っ込んで来た大型トラックに思いっきり跳ね飛ばされた。
 刹那、衝突したその場所に光で描かれた魔法陣が現れ、対象はそれに吸い込まれるようにして消えてしまう。

「は? いや、待て、俺はまだ轢いていないぞ? どうして……」

 ようやく停止したトラックの中で、俺は戸惑いの声を上げてしまう。
 少しでも状況を把握しようと、うるさく音楽ががなりたてられているのも忘れてマジマジと魔法陣を注視する。

 やがて、その魔法陣から白い球状の物が吐き出されてきた。
 光はそのまま解けるように消えていき、大型トラックが通り過ぎた方向から一人の──おそらくまだ二十代だろう長髪で金髪の男がやって来て、それに手を伸ばす。

 が、俺のトラックのエンジン音を聞いたのだろう。ふと、その男がこちらを向いた。
 軽薄そうな、いかにもチャラチャラした男だ。
 そいつはこちらを見て驚愕の表情を浮かべ、指先に触れた白い球状の物を拾いもせずに、慌てた様子で大型トラックが駐めてある方向に駆け出した。
 しばらくして急発進したトラックの音が聞こえ、すぐにそれは遠ざかって行ってしまう。

「……同業者、か?」

 この場合の同業とは、神に依頼されて他人を異世界へ飛ばす仕事をしている奴のことだ。
 今回のことは、どう考えてもそうとしか考えられない。
 いや、だが……どう言うことだ? あれは自称・神が俺に依頼してきた対象だ。
 ダブルブッキング? それとも何か別の要因があって……?

 他に同じような仕事をしている奴がいること自体は、別に不思議だとは思わなかった。
 トラックが『選ばれし物』になる例の条件ならば、俺のトラックの他にも満たしている物があっても不思議ではない。
 それに今回はちょっと特別なケースで、自称・神は俺の行動範囲外から対象を選んだと言っていた。
 ならば行動範囲外に出た俺と狙いが被る……という可能性も、無いことは無い。
 だが……。

「わからん、どう言うことだ?」

 俺は深く息を吐いて、カーステレオのボリュームを耳障りにならない程度に下げた。
 エンジンを止めてトラックから降り、先程の男が拾わずに行ってしまった白い球状の物を確認に向かう。

 恐らくは、異世界の神から送られてきた報酬だ。
 俺に見られていたと気付いて慌てて逃げたようだが、恐らくはもう回収には来ないだろう。

「あった。って、こんなところまで転がっていたのか」

 魔法陣のあった場所から、数メートルほどそれは移動していた。
 近くで見た感じでは毛玉のような物体で、小さな手足が生えて──

「……手足?」

『ブナー』

「鳴いた!?」

 それはどうやら、毛玉のような摩訶不思議な生物だったようだ……。

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