うちのトラックは、轢いた相手を異世界に飛ばせるらしい
第6話 『娘の事情』
「結花……どうだ、少しは落ちついたか?」
「うん……」
タバサに煎れてもらったお茶を飲みながら、小声で頷く結花。
すでに泣いてはいないが、まだ少しだけ涙の跡は残っていた。
取り乱したのが恥ずかしいのだろう、耳まで真っ赤になって俯いてしまっている。
あれからなんとか言葉を尽くし、タバサとアシハナの二人は養女であることを説明し、ようやく結花も落ちついてくれたのだ。
「少しはお父さんを信用して欲しかったんだがな……」
「そんなこと言われても……あたし、わかんないもん。二年ぶりに会いに来たら急に姉ができたとか言われたって、どう考えてもお父の浮気しか思いつかないし」
「あのな……俺がそんなにモテると思うか? 見るからに、タバサは日本人以外の血が流れているだろ。アシハナは純日本人的な顔だが、母親が違うって思わないか?」
言われて、結花は顔を上げて二人を見る。
タバサはにっこりと微笑んで、アシハナは照れ笑いを浮かべて、そんな結花の視線を受け止めていた。
「言われてみれば、タバサさんは北欧系っぽい? 良くわかんないけど……そんな感じがするかも。アシハナさんの方はすっごく美人だけど普通の日本人みたいだし……」
そうなのだ。俺が浮気して隠し子を作っていたとして、時期は多少ずれているがタバサとアシハナは母親の二人と浮気していたことになる。
結花も入れれば三人の母親が違って……って、俺がそんなに女性にモテるはずがない。
「うん、そう言われたらすっごく納得した。お父に何股もできるとは思えないし、モテモテになるなんてありえないよね!」
「社長は素敵な方ですよ? わたしたちを受け入れて、娘として養育してくれているんですから」
「ええ、社長がいなければ私たちは路頭に迷っていました。いくら感謝してもしきれません」
「えへへ……そうかな。お父はお人好しだから、困っている人がいると見捨てておけないんだよね。昔だって、それで捨て犬を拾ってきたことがあったし」
親が褒められて嬉しいのか、結花は自分のことでもないのに妙に得意気だ。
しかしまぁ、結花が納得してくれて良かった。あのまま騒がれても面倒なことになっていたし、細かく二人の素性を問い詰められても答えようがなかった。
まさかいきなり結花が来襲すると思っていなかったから、口裏合わせもあまりしていなかったからなぁ……。
しかし、だ。モテないという理由でこんなにあっさりと納得されるのは、男として少し悲しいものがある。
いや、娘にモテると自慢したところでしかたないんだけどな。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、当の結花はニコニコしながらタバサやアシハナと話をしていた。
「いつの間にか、こんな素敵なお姉さんが二人もできていたんだね。ずっと一人っ子だったから、ちょっと嬉しいかも」
「ふふっ、よろしければ『お姉ちゃん』と呼んでくださいね」
「じゃああたしのことは結花って呼び捨てにしてよ、タバサお姉ちゃん」
「ええ、わかりました、結花」
「では、私のこともどうぞ姉と呼んでください。私も妹は今までいませんでしたから、なんだかすごく新鮮です」
「えっ、でもタバサお姉さんのアシハナお姉さんも姉妹……ってことになっているんだよね?」
首をかしげてそう聞く結花に、タバサとアシハナは顔を見合わせる。
「そう言われればそうですね」
「はい、アシハナさんはお姉さん、でしたね……」
二人揃って俺の養女とはいえ、別にちゃんとした家族として生活しているわけではない。
現に俺だって、二人には『社長』って呼ばせているくらいだ。
なにより二人は初めて顔を合わせてからまだそれほど日数も経っていなかった。
口調もそれぞれに丁寧語を使っているし、何より新しい環境になれることに必死で、そこまで頭も回らなかったのだろう。
「なんか変なの」
顔を見合わせる二人を見て、結花がクスクスと笑い出す。
元々結花は人懐っこい性格だったし、心を開けばあっという間に仲良くなってしまう。
アシハナは少し歳上だが、タバサはほぼ同年代だからな。
三人とも仲よさそうに話をしているので、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「ところで結花、今日は急にどうしたんだ? 離婚して家を出て行ってから二年、たまに手紙を寄こすくらいで来たことなんて一度もなかったのに」
三人の話が途切れるのを待って、俺は気になったことを聞いてみる。
ここを出て行ったときはまだ小学生だった。
引っ越し先は車でも片道四時間かかるような、県をまたいだ場所だ。子供だと親と一緒でなければおいそれと来ることもできないだろう。
だからと思って、結花がここまで俺に会いに来なくても特に気にしていなかった。
俺も借金を返して会社の経営を立て直すのに忙しく、こちらから会いに行く暇がなかった。
親権があちらに移ったときに、俺が会ってはいけない……などという縛りはなかったので、行こうと思えばいつでも行けたんだけどな。
……いや、正確には仕事で近くを通りかかったときに、二度ほどこっそり顔は見ているのだ。
ただ新しい生活を壊してはならないと思って、声は掛けなかっただけで。
そんなことを思い出しながら結花に問いかけると、まるで何か隠しごとをしているかのように目をそらされてしまった。
「別に、深い意味なんてないし。たまにはお父に会いたいと思って会いに来た娘の気持ち、わかんないかなぁ」
言いながら、結花は鼻の頭を掻く。
これはわかりやすい、結花が嘘を吐くときのクセだ。どうやらまだ治っていなかったらしい。
しかし俺に会いに来たというのが嘘だとして、何かここに来る必要があったってことだろうか?
それとも、逆にあちらに居たくない理由がある……?
「まさかお前、家出してきたんじゃないだろうな」
「……っ!?」
びくりと肩を震わせながら、図星を突かれたかのように息を呑む結花。
……我が娘ながら、素直すぎるというか、わかりやすいというか。
「家出……ですか?」
俺たちの話を聞いて、アシハナがこてんと首をかしげた。
「おおかた、母親とケンカしたとかだろ。どうなんだ?」
「……だ、だって、お母ってば、再婚しようとしてるんだもん」
突っ込まれて、これ以上は隠しきれないと思ったのだろう。
結花はポツポツと自分が家出した理由というのを離してくれる。
と言っても、そこまで難しい話ではない。
離婚を期にまったく新しい場所で新生活を始めた。
まだ子供だったこともあり、父親に会いに行きたくてもいけない。ただ毎日懸命に勉強を頑張っていたが、次第に生活が苦しくなって来たらしい。
俺からの養育費はちゃんと届いているが、それではとても足りないとのこと。
母子家庭になって二人だけの生活だが、子供の養育にはお金がかかる。俺も借金を抱えていることもあって、潤沢に養育費を送れていたわけではないし。
すぐに生活に困るようになって母は夜の仕事へ。そして自分は中学生になってから新聞配達を始め、お小遣いは自分で稼ぐようになったそうだ。
そんな折に、母親が若い男を家に連れてくるようになった。
誠実だしお金も持っているし、連れ子が居るにもかかわらず母にも自分にも優しくしてくれる……悪い相手ではなかったらしい。
だが再婚すると母親に聞かされて、明確な理由もなく、ただ感情的になって否定してしまった。
その結果ケンカになり、自分で稼いだお小遣いを手に家を飛び出して来たというわけだ。
行き先が友達の家ではなく父親のところなのは、多分新しい父親候補に対するあてこすりのようなものなのだろう。
結花も思春期の女の子だ。
親の再婚で新しい父親ができるというのは、いろいろ抵抗があるのかもしれない。
「そっか、あいつは良い人を見つけたのか」
俺はタバコに火をつけながら、しみじみとそう呟いた。
別れたとは言え妻だった相手だ。そのことに少しだけしんみりとした気持ちになるが……今はすでに他人。
新しい人生を歩めているのであれば、祝福するべきだろう。
「まったく、しかたない奴だな、結花は」
「だって……」
頭をぽんぽんと撫でる俺に、結花は唇をとがらせた。
可愛らしいわがままなので好きなようにさせてやりたいところだ。だが……。
「あいつが心配しているかもしれないから、連絡はしておけ。俺の名前を出しても良いから」
「……でも」
「お前だって、お母を心配させるのは本望じゃないだろ?」
「…………うん」
元々、性根の優しい娘なのだ。母親が自分の心配をしているかもしれないと考え、急にそわそわとし始めた。
俺は娘のそんなわかりやすい様子に苦笑し、自分のスマートフォンを手渡す。
「貸してやるから、今すぐに電話をしておけ。この時間なら家にいるんだろ?」
夜の仕事をしていると言っていたので、寝ている可能性もあるが家にはいるはずだ。
むしろ寝る時間だったとしても、娘を心配して起きている可能性が高い。
「それと……今日すぐに帰っても顔を合わせづらいだろうし、一晩泊まっていけ。明日、うちのトラックで家の近くまで送ってやる」
「えっ……良いの、お父!?」
さっきまでしょげていたはずなのに、一気に表情を輝かせていく。
身を乗り出して聞いてくる結花に、俺は頷き返した。
「やったぁっ! ねぇねぇ、タバサお姉ちゃん、アシハナお姉ちゃん、今日は一緒に寝よ? あたしのいない間のお父のこととか、いろんな話聞きたい!」
「くすっ。ええ、わかりました、良いですよ、結花」
そんな結花に微笑みながら、タバサは頷いた。
この様子だと今夜はタバサが部屋に来ることはなさそうだし、一人でゆっくり寝られそうだ。
「私で良ければお付き合いします。むしろ、私たちと会う前の社長の話をいろいろ聞かせてください」
「うんっ、良いよ。お父のことなら、なんでもあたしに聞いて!」
「おいおい、結花。あまり変なことを話すなよ?」
言われて困るようなことはないはずだが、自分の知らないところで自分の話をされるのは、なんともむず痒い気分だ。
「あと、忘れない内にさっさと連絡を入れておけ。代わるように言われたら、俺が一言添えてやるから」
「わかった。えっと、うちの番号は……っと」
自分のスマートフォンを持っていないこともあって、慣れない手つきでたどたどしく操作をして電話をかけ始める結花。
それを横目に、俺はタバサとアシハナに声を掛ける。
「悪いけど、今日は結花の面倒を見てやってくれ。もう少ししたらアシハナを連れて荷物の受け取りに行くが、その間のことはタバサに任せる」
「はい、わかりました」
「それと明日のことだが……悪い、アシハナ。結花を送って行かないとならないから、タバサと一緒に留守番をしていてくれ」
先程も言ったが、うちのトラックは二人乗りだ。
結花を乗せてしまえばアシハナを連れて行くことができない。
「うっ……せっかくのお役に立てると思ったのですが……承知しました。ですが社長、神様からのご依頼、お一人で大丈夫でしょうか」
どこか心配そうな眼差しで、アシハナがそう聞いて来た。
タバサも同様なのか小さく頷いている。
ここ数回の仕事は、全部アシハナに手伝って貰っていたからな。
そう思われても無理はないと思うが……。
「元々、タバサが来たときやアシハナが来たときは俺が一人でやっていたんだぞ? 心配しなくても問題ないさ」
お膳立てされたように、実行に移すときは何故か周りから人がいなくなる。それに対象が家に籠もっていることもなく、必ず一人で出歩いていた。
おそらく今回も、自称・神が何らかの干渉をして不都合のないようにしてくれるだろう。
むしろそれくらいのことをしてくれないと、いつまでも神とは認めたくない。
「お父~、お母が、電話代わってって言ってる~」
「わかった、ちょっと待ってろ!」
結花がスマートフォンを頭上で振りながら声を掛けてきた。
俺はとっさにそう返事をし、タバサとアシハナの二人に顔を寄せる。
「結花に聞かせるわけにはいかないから、とりあえずこの話はこれで終わりだ。二人も秘密で頼むよ」
「はい、わかりおました」
「承知しました、社長」
娘に隠しごとをするのは申しわけないが、厄介ごとになんて巻き込みたくない。
できることならば、タバサやアシハナもこの自称・神からの依頼に巻き込みたくないのだ。
もっともこの二人はある意味当事者でもあるのだけれども。
「お父、早くー!」
「今行く!」
結花に急かされ、俺は二人から身体を離した。
さて、電話とは言え話をするのは久し振りだ。元妻には何を言われるか……。
俺は少しだけ緊張しながら、結花からスマートフォンを受け取るのだった。
「うん……」
タバサに煎れてもらったお茶を飲みながら、小声で頷く結花。
すでに泣いてはいないが、まだ少しだけ涙の跡は残っていた。
取り乱したのが恥ずかしいのだろう、耳まで真っ赤になって俯いてしまっている。
あれからなんとか言葉を尽くし、タバサとアシハナの二人は養女であることを説明し、ようやく結花も落ちついてくれたのだ。
「少しはお父さんを信用して欲しかったんだがな……」
「そんなこと言われても……あたし、わかんないもん。二年ぶりに会いに来たら急に姉ができたとか言われたって、どう考えてもお父の浮気しか思いつかないし」
「あのな……俺がそんなにモテると思うか? 見るからに、タバサは日本人以外の血が流れているだろ。アシハナは純日本人的な顔だが、母親が違うって思わないか?」
言われて、結花は顔を上げて二人を見る。
タバサはにっこりと微笑んで、アシハナは照れ笑いを浮かべて、そんな結花の視線を受け止めていた。
「言われてみれば、タバサさんは北欧系っぽい? 良くわかんないけど……そんな感じがするかも。アシハナさんの方はすっごく美人だけど普通の日本人みたいだし……」
そうなのだ。俺が浮気して隠し子を作っていたとして、時期は多少ずれているがタバサとアシハナは母親の二人と浮気していたことになる。
結花も入れれば三人の母親が違って……って、俺がそんなに女性にモテるはずがない。
「うん、そう言われたらすっごく納得した。お父に何股もできるとは思えないし、モテモテになるなんてありえないよね!」
「社長は素敵な方ですよ? わたしたちを受け入れて、娘として養育してくれているんですから」
「ええ、社長がいなければ私たちは路頭に迷っていました。いくら感謝してもしきれません」
「えへへ……そうかな。お父はお人好しだから、困っている人がいると見捨てておけないんだよね。昔だって、それで捨て犬を拾ってきたことがあったし」
親が褒められて嬉しいのか、結花は自分のことでもないのに妙に得意気だ。
しかしまぁ、結花が納得してくれて良かった。あのまま騒がれても面倒なことになっていたし、細かく二人の素性を問い詰められても答えようがなかった。
まさかいきなり結花が来襲すると思っていなかったから、口裏合わせもあまりしていなかったからなぁ……。
しかし、だ。モテないという理由でこんなにあっさりと納得されるのは、男として少し悲しいものがある。
いや、娘にモテると自慢したところでしかたないんだけどな。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、当の結花はニコニコしながらタバサやアシハナと話をしていた。
「いつの間にか、こんな素敵なお姉さんが二人もできていたんだね。ずっと一人っ子だったから、ちょっと嬉しいかも」
「ふふっ、よろしければ『お姉ちゃん』と呼んでくださいね」
「じゃああたしのことは結花って呼び捨てにしてよ、タバサお姉ちゃん」
「ええ、わかりました、結花」
「では、私のこともどうぞ姉と呼んでください。私も妹は今までいませんでしたから、なんだかすごく新鮮です」
「えっ、でもタバサお姉さんのアシハナお姉さんも姉妹……ってことになっているんだよね?」
首をかしげてそう聞く結花に、タバサとアシハナは顔を見合わせる。
「そう言われればそうですね」
「はい、アシハナさんはお姉さん、でしたね……」
二人揃って俺の養女とはいえ、別にちゃんとした家族として生活しているわけではない。
現に俺だって、二人には『社長』って呼ばせているくらいだ。
なにより二人は初めて顔を合わせてからまだそれほど日数も経っていなかった。
口調もそれぞれに丁寧語を使っているし、何より新しい環境になれることに必死で、そこまで頭も回らなかったのだろう。
「なんか変なの」
顔を見合わせる二人を見て、結花がクスクスと笑い出す。
元々結花は人懐っこい性格だったし、心を開けばあっという間に仲良くなってしまう。
アシハナは少し歳上だが、タバサはほぼ同年代だからな。
三人とも仲よさそうに話をしているので、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「ところで結花、今日は急にどうしたんだ? 離婚して家を出て行ってから二年、たまに手紙を寄こすくらいで来たことなんて一度もなかったのに」
三人の話が途切れるのを待って、俺は気になったことを聞いてみる。
ここを出て行ったときはまだ小学生だった。
引っ越し先は車でも片道四時間かかるような、県をまたいだ場所だ。子供だと親と一緒でなければおいそれと来ることもできないだろう。
だからと思って、結花がここまで俺に会いに来なくても特に気にしていなかった。
俺も借金を返して会社の経営を立て直すのに忙しく、こちらから会いに行く暇がなかった。
親権があちらに移ったときに、俺が会ってはいけない……などという縛りはなかったので、行こうと思えばいつでも行けたんだけどな。
……いや、正確には仕事で近くを通りかかったときに、二度ほどこっそり顔は見ているのだ。
ただ新しい生活を壊してはならないと思って、声は掛けなかっただけで。
そんなことを思い出しながら結花に問いかけると、まるで何か隠しごとをしているかのように目をそらされてしまった。
「別に、深い意味なんてないし。たまにはお父に会いたいと思って会いに来た娘の気持ち、わかんないかなぁ」
言いながら、結花は鼻の頭を掻く。
これはわかりやすい、結花が嘘を吐くときのクセだ。どうやらまだ治っていなかったらしい。
しかし俺に会いに来たというのが嘘だとして、何かここに来る必要があったってことだろうか?
それとも、逆にあちらに居たくない理由がある……?
「まさかお前、家出してきたんじゃないだろうな」
「……っ!?」
びくりと肩を震わせながら、図星を突かれたかのように息を呑む結花。
……我が娘ながら、素直すぎるというか、わかりやすいというか。
「家出……ですか?」
俺たちの話を聞いて、アシハナがこてんと首をかしげた。
「おおかた、母親とケンカしたとかだろ。どうなんだ?」
「……だ、だって、お母ってば、再婚しようとしてるんだもん」
突っ込まれて、これ以上は隠しきれないと思ったのだろう。
結花はポツポツと自分が家出した理由というのを離してくれる。
と言っても、そこまで難しい話ではない。
離婚を期にまったく新しい場所で新生活を始めた。
まだ子供だったこともあり、父親に会いに行きたくてもいけない。ただ毎日懸命に勉強を頑張っていたが、次第に生活が苦しくなって来たらしい。
俺からの養育費はちゃんと届いているが、それではとても足りないとのこと。
母子家庭になって二人だけの生活だが、子供の養育にはお金がかかる。俺も借金を抱えていることもあって、潤沢に養育費を送れていたわけではないし。
すぐに生活に困るようになって母は夜の仕事へ。そして自分は中学生になってから新聞配達を始め、お小遣いは自分で稼ぐようになったそうだ。
そんな折に、母親が若い男を家に連れてくるようになった。
誠実だしお金も持っているし、連れ子が居るにもかかわらず母にも自分にも優しくしてくれる……悪い相手ではなかったらしい。
だが再婚すると母親に聞かされて、明確な理由もなく、ただ感情的になって否定してしまった。
その結果ケンカになり、自分で稼いだお小遣いを手に家を飛び出して来たというわけだ。
行き先が友達の家ではなく父親のところなのは、多分新しい父親候補に対するあてこすりのようなものなのだろう。
結花も思春期の女の子だ。
親の再婚で新しい父親ができるというのは、いろいろ抵抗があるのかもしれない。
「そっか、あいつは良い人を見つけたのか」
俺はタバコに火をつけながら、しみじみとそう呟いた。
別れたとは言え妻だった相手だ。そのことに少しだけしんみりとした気持ちになるが……今はすでに他人。
新しい人生を歩めているのであれば、祝福するべきだろう。
「まったく、しかたない奴だな、結花は」
「だって……」
頭をぽんぽんと撫でる俺に、結花は唇をとがらせた。
可愛らしいわがままなので好きなようにさせてやりたいところだ。だが……。
「あいつが心配しているかもしれないから、連絡はしておけ。俺の名前を出しても良いから」
「……でも」
「お前だって、お母を心配させるのは本望じゃないだろ?」
「…………うん」
元々、性根の優しい娘なのだ。母親が自分の心配をしているかもしれないと考え、急にそわそわとし始めた。
俺は娘のそんなわかりやすい様子に苦笑し、自分のスマートフォンを手渡す。
「貸してやるから、今すぐに電話をしておけ。この時間なら家にいるんだろ?」
夜の仕事をしていると言っていたので、寝ている可能性もあるが家にはいるはずだ。
むしろ寝る時間だったとしても、娘を心配して起きている可能性が高い。
「それと……今日すぐに帰っても顔を合わせづらいだろうし、一晩泊まっていけ。明日、うちのトラックで家の近くまで送ってやる」
「えっ……良いの、お父!?」
さっきまでしょげていたはずなのに、一気に表情を輝かせていく。
身を乗り出して聞いてくる結花に、俺は頷き返した。
「やったぁっ! ねぇねぇ、タバサお姉ちゃん、アシハナお姉ちゃん、今日は一緒に寝よ? あたしのいない間のお父のこととか、いろんな話聞きたい!」
「くすっ。ええ、わかりました、良いですよ、結花」
そんな結花に微笑みながら、タバサは頷いた。
この様子だと今夜はタバサが部屋に来ることはなさそうだし、一人でゆっくり寝られそうだ。
「私で良ければお付き合いします。むしろ、私たちと会う前の社長の話をいろいろ聞かせてください」
「うんっ、良いよ。お父のことなら、なんでもあたしに聞いて!」
「おいおい、結花。あまり変なことを話すなよ?」
言われて困るようなことはないはずだが、自分の知らないところで自分の話をされるのは、なんともむず痒い気分だ。
「あと、忘れない内にさっさと連絡を入れておけ。代わるように言われたら、俺が一言添えてやるから」
「わかった。えっと、うちの番号は……っと」
自分のスマートフォンを持っていないこともあって、慣れない手つきでたどたどしく操作をして電話をかけ始める結花。
それを横目に、俺はタバサとアシハナに声を掛ける。
「悪いけど、今日は結花の面倒を見てやってくれ。もう少ししたらアシハナを連れて荷物の受け取りに行くが、その間のことはタバサに任せる」
「はい、わかりました」
「それと明日のことだが……悪い、アシハナ。結花を送って行かないとならないから、タバサと一緒に留守番をしていてくれ」
先程も言ったが、うちのトラックは二人乗りだ。
結花を乗せてしまえばアシハナを連れて行くことができない。
「うっ……せっかくのお役に立てると思ったのですが……承知しました。ですが社長、神様からのご依頼、お一人で大丈夫でしょうか」
どこか心配そうな眼差しで、アシハナがそう聞いて来た。
タバサも同様なのか小さく頷いている。
ここ数回の仕事は、全部アシハナに手伝って貰っていたからな。
そう思われても無理はないと思うが……。
「元々、タバサが来たときやアシハナが来たときは俺が一人でやっていたんだぞ? 心配しなくても問題ないさ」
お膳立てされたように、実行に移すときは何故か周りから人がいなくなる。それに対象が家に籠もっていることもなく、必ず一人で出歩いていた。
おそらく今回も、自称・神が何らかの干渉をして不都合のないようにしてくれるだろう。
むしろそれくらいのことをしてくれないと、いつまでも神とは認めたくない。
「お父~、お母が、電話代わってって言ってる~」
「わかった、ちょっと待ってろ!」
結花がスマートフォンを頭上で振りながら声を掛けてきた。
俺はとっさにそう返事をし、タバサとアシハナの二人に顔を寄せる。
「結花に聞かせるわけにはいかないから、とりあえずこの話はこれで終わりだ。二人も秘密で頼むよ」
「はい、わかりおました」
「承知しました、社長」
娘に隠しごとをするのは申しわけないが、厄介ごとになんて巻き込みたくない。
できることならば、タバサやアシハナもこの自称・神からの依頼に巻き込みたくないのだ。
もっともこの二人はある意味当事者でもあるのだけれども。
「お父、早くー!」
「今行く!」
結花に急かされ、俺は二人から身体を離した。
さて、電話とは言え話をするのは久し振りだ。元妻には何を言われるか……。
俺は少しだけ緊張しながら、結花からスマートフォンを受け取るのだった。
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