うちのトラックは、轢いた相手を異世界に飛ばせるらしい

森平

第2話 『異世界から来た少女』

 事務所兼自宅に戻り、広めに確保してある駐車場にトラックを止める。
 嫌な仕事を終えた直後ということもあって盛大に精神を消耗させられた気分だ。

「……ようやく帰ってこられたな。二人とも、降りて良いぞ」

「わかりました」

 助手席の少女──タバサがシートベルトを外しながら頷いた。

「社長、社長、ここは私有地というとことなんですよね? 今度は私が操縦してみても良いですか!?」

 同乗していたもう一人の女性──アシハナが、目を輝かせながらそう聞いてくる。
 ちなみに俺のトラックは定員は二人だ。助手席のシートは広めでタバサもアシハナも小柄なため、なんとか助手席に収まっていた。
 もちろん本来は違反なので警察に見つかれば取り締まられるが、神の采配なのかいまだに仕事の前後で誰かに会ったことは一度もない。
 定員オーバー以前に少年を思いっきりいてきたばかりなので、絶対に警察に見つかるわけにはいかないのだが。

「アシハナ、今はまだダメだ。俺がついていないと危なくて運転させられないからな。そして俺はこれから事務仕事がある」

「そんなぁ、社長は帰ってからなら良いと言ったではないですか!」

「わがままを言わないでくれ……仕事が終わってからなら、いくらでも付き合うから」

 涙目になるアシハナの頭を、軽くぽんぽんと叩くように撫でる。
 これでも、アシハナは異世界出身ではあるが十八歳らしい。タバサは十六歳だそうだが、アシハナの方がよっぽど子供っぽく見えるな。

 少し困ってしまった俺を助けるように、タバサがアシハナへ話し掛ける。

「アシハナさん、これから遅い晩ご飯の準備をしますが、何か食べたい物はありますか?」

「むっ、ご飯ですか。この世界の食べ物はなんでも美味ですからね……。タバサの作る料理はなんでも美味しいし、お任せします」

「では、今日は中華という料理に挑戦してみますね。先日買って貰いましたレシピ本に、炒飯と八宝菜というものがありましたし……社長もそれで良いでしょうか?」

 にっこりと微笑み、俺にもそう尋ねてくる。

「ああ、かまわないよ。悪いな、いつも食事の用意なんてさせて」

「いえ、異世界から来て行くあてのないわたしを、社長は拾ってくださりましたから。これくらいのことをしなければ、逆に申し訳なくなってしまいます」

「普段事務仕事を手伝ってくれているし、それだけでも助かっているんだがな」

 それに神様と名乗る相手から報酬にと貰った相手だ。
 身寄りのないこの世界で、見捨ててしまうことはとてもできなかった。



 タバサ。
 正式名称はもう少し長いそうなんだが、生け贄になったときにその名は捨てたそうなので、今はただのタバサだ。
 いや、あえて言うのならば、多嶋タバサ……とでも言うべきだろうか。

 自称・神に言われるまま男子高生をトラックで轢いて異世界へ飛ばし、その報酬としてあちらの世界の神から送られてきた少女。
 どうやら男子高生はあちらの世界では勇者になるらしく、タバサはその勇者召喚のための生け贄に自ら志願した……ということらしい。
 あちらの世界で両手両足を縛られた状態で神のいるという泉に身を投げ、溺れ死ぬ前に気を失い、目を覚ましたら俺に抱き上げられていたとか。

 年齢は自己申告だが、今年で十六歳。身長は百五十センチメートルを少し越えたくらいで、小柄で細い体付きをしている。
 この世界で着る物を用意するのに簡単にサイズを測らせてもらったが……その、胸元は少し残念なサイズのようだ。具体的な数字は出さないが。
 髪はボリュームのある天然パーマ……とでも言うんだろか? もこもこしているのが印象的だ。
 そして特筆すべきは、その髪が紫色をしていたことだろう。
 さすがに地毛でこんな色をした髪の人は地球上に存在するか知らないため、今はヘアカラーで茶髪になってもらっている。

 この点だけでも、タバサが異世界から来たというのは信じられそうだが、それ以上にその異世界の存在を強く感じさせる要素があった。
 それはタバサの元いた場所が剣と魔法の世界だったらしく、神に仕える巫女のような存在だったこともあり、魔法を使えるのだ。
 目の前で火を出し、水を出し、地上から数十センチほど身体を浮かせて見せてくれたときは、腰を抜かすかと思った。
 この世界には大気に漂う魔素だか魔力だかが乏しいらしく、あまり大きな魔法は使えないそうだが……。

 で、タバサはとても聡明で物覚えの良い娘だった。
 そのため俺がお金などの面倒をみるかわりに……と言うわけではないが、独り身になって以後壊滅的だった家事全般を担ってくれている。
 そして多嶋運送の社員として、事務員のもやって貰っていた。

 なお、何故かタバサにはこの国での戸籍が存在する。
 おそらく俺が異世界に飛ばした男子高生──行方不明になったのにニュースにもならなければ、元々存在していたという痕跡すら消えているのだが──のかわりに、この世界での戸籍を自称・神が用意したのだろう。
 で、その自称・神の用意した戸籍が俺の養女だと言うわけだった。

「わたしは先に自宅へ戻ってます。食事の用意ができましたら、事務所の方へ呼び行きますね」

 タバサはそう言うと、急ぎ足で事務所と併設されている自宅の方へと行ってしまった。
 それを見送り、俺はアシハナを連れて事務所へ向かう。

 今日は自称・神からの依頼があったため、日常業務として行っていた事務仕事が滞っていた。
 明日は土曜日だし翌日に回しても問題はないのだが、今日できることは今日やってしまいたい。

 席につき、早速火をつけたタバコをくわえながら、今日やる予定だった書類を取り出していく。

「社長、私にも何かできることはありませんか?」

 事務仕事を始めた俺を見て、アシハナがそう声をかけて来る。
 一緒に事務所まで来たのは良いが、やることがなくて暇そうだ。

「そうだな。アシハナには事務仕事は無理だろうが……」

 俺は少し考えてから、領収書の束とスクラップノートを取り出した。
 それらをアシハナへ差し出す。

「この領収書を日付別に仕分けして、このノートに張り付けていってくれ。これくらいならできるだろ?」

「もちろんです、任せてください、社長!」

 仕事を頼まれたのが嬉しいのか、端正な顔に満面の笑みを浮かべ、アシハナは早速作業に取り掛かる。



 アシハナ。
 元々の名前はアシハナ=スメラギと言い、こちらもタバサと同じく異世界から報酬として送られてきた女性だ。
 タバサがこの世界に来た翌々日、自称・神に再度仕事を頼まれてまた一人異世界へ飛ばした結果、現れたのが彼女だった。
 元いたのは昔の日本に似た文化の世界で、そこの貴族家の令嬢として産まれたらしい。
 だが女だてらに武術に熱中しており、騎士──昔の日本で言う武士のようなものになって国に仕えていた、真面目な性格の女性だ。
 だがある日、実家であるスメラギ家が冤罪ながら謀反の罪をきせられてお家断絶。
 一族は全員処刑され、アシハナ自身は騎士として国に貢献していたため、罪一等減じて犯罪奴隷に落とされたとか。

 だが、アシハナの不幸はこれで終わりではなかった。
 奴隷として売られた先が邪神を信仰している、スメラギ家に罪を押しつけた貴族だったのだ。
 まだ処女おとめだったアシハナはこれ幸いと邪神降臨のための儀式の生け贄にされたらしく、胸を短刀で刺されて死んだ──と思ったら、次の瞬間には俺の目の前にいたらしい。

 どうやらそのとき俺が飛ばした青年は、異世界で邪神のうつし身として降臨したようだ。

 年齢は十八歳。
 騎士をしていたと言うだけあって筋肉質だが、身長は百六十センチメートル前半くらいだろう。
 そして背はあまり高くないながらも、胸元は盛大に盛り上がっていた。
 さすがに彼女の場合は店につれて行って店員に測ってもらったが、下着のカップサイズはFだったらしい。
 まぁ本人は窮屈だからと下着は付けたがらないんだがな……。

 髪は黒いセミロング。元々は腰までの長さだったらしいが、奴隷に身をやつしたときに切られたため今はこの長さだ。
 日本人に非常に似た容姿で、タバサと違って髪を染めたりもしていない。
 戸籍もちゃんと自称・神によって用意されており、彼女も俺の養子として現在は多嶋アシハナと名乗っている。

 なお、タバサのように魔法は使えないが、剣術の腕はすさまじいらしい。銃刀法に引っ掛かるため、この世界で活躍することはない技能だが。
 身体を動かすことは得意でも事務仕事は苦手なようで、現在はドライバー見習いとして多嶋運送の一員として働いていた。
 もっともまだ普通免許も持っていないから運転もできず、俺について回って荷物運びが主な仕事になっているが。





 タバサの作ってくれた晩ご飯を三人で同じテーブルを囲んで一緒に食べる。

「社長、お味はいかがですか? 初めて挑戦した料理ですので、少し不安なのですが……」

「美味いよ、タバサ。これならいくらでも食べられそうだ」

「ええ、さすがタバサです! あの、もう少しおかわりを貰っても良いですか?」

「ふふっ……はい、どうぞアシハナさん」

 二年前に離婚してから、もう二度とないと思っていたが……賑やかな食卓というのも良いな。
 一緒にいるのが妻や娘ではなく、異世界から来た女の子だというのが不思議な気分だけども。
 それでも一人で味気ない食事をするよりは、よっぽど美味しく感じられる。

「ところで社長、今回の報酬は宝石でしたよね? どれくらいの価値があるものなんでしょう?」

「そう言えば、まだ明るいところで見ていなかったな」

 度々夢枕に立つ自称・神に依頼される仕事だが、今回で六回目になり、毎回違ったものが報酬として送られていた。
 最初はタバサが。
 次にアシハナが。
 三回目はどこかの異世界で使われているのであろう金貨。
 四回目は綺麗な女神をかたどった神像。
 五回目は握りこぶし大の銅の塊。

 そのどれもが別の世界の物であり、タバサの予想だが、おそらくそれぞれの世界で神に供えられた供物だろう……と言うことだ。
 実際にタバサは自ら勇者召喚のために神への生け贄になり、アシハナは無理矢理邪神に捧げられてしまっている。
 金貨はお賽銭のような物だと思えばわかりやすいし、神像はそのものズバリだろう。
 銅の塊は……何かで奉納されたのかもしれない。

 ちなみに金貨は純金製だったので高額で売れて、銅の塊もそこそこ良い値で売ることができた。
 これらのおかげで、うちの傾いていた経営が少し上向きになったくらいだ。
 さすがに神像は売れそうになかったため、事務所の神棚に飾られているが……。

 それはそうと、今回、六回目の報酬だな。
 ポケットに入れっぱなしになっていたため、それを取りだしてテーブルの上に置く。

「わぁ……綺麗な石ですね」

「宝石のようにも見えますが……なんでしょうか、私はこのような物は見たことがありません」

 月明かりでもあれだけ綺麗に見えていた宝石は、照明の下で、なお輝きを増していた。
 女性二人がそろって歓声を上げ、食い入るように見つめている。

「二人とも、やっぱり宝石には興味があるのか?」

「はい、わたしも女ですので……自分を飾ることはしたことがないんですけれども」

 俺に問われ、タバサは少し恥ずかしそうにはにかんだ。
 元々神に仕える巫女だったため、宝石などで身を飾るのはタブーだったのだそうだ。
 それ故に憧れもあるのだろう。

「私は武具の方が好きなのですが、一応貴族のたしなみとしてそれなりに集めてはいました。それで社長、それはなんという宝石なのでしょう?」

 アシハナが首をかしげ、そう尋ねてきた。
 だが、残念ながら俺もこんな宝石は知らない。

「俺も見たことのない宝石だよ。もしかしたら、この世界には存在しない物なのかもしれないな」

 宝石の内部で、炎のように光が揺らめいている。
 最初は光の加減でそう見えるかと思ったのだが、この宝石は内側からほんのりと発光しているようだ。
 さすがに、こんなものはこの世界に存在しないだろう。

「異世界の神由来の品……でしょうか? どことなく神秘的な魔力を感じます。そう言えば、あの神像にも見たことのない宝石があしらわれていました」

「確かにそうですね。それですと、売ってお金に換えるのも難しいのではないでしょうか?」

 できれば金に換えたい。トラックの燃料代だってただではないし、今日は時間外労働だ。
 だが……。

「あまり出所の怪しいものを出してしまうと、いろいろヤバそうだからなぁ」

 しかたない、これは神像とともにお蔵入りにしよう。
 稼ぎに繋がらないのは痛いが、余計なトラブルを招き入れるのはごめんだからな。

「それにしても……異世界の神様に言ってもしかたないが、もっとお金になるような物を報酬で送ってくれれば良いんだがなぁ……」

 そうぽつりと漏らした俺に、タバサとアシハナが少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「わたしとしましては、そのお陰で社長と出会えましたので……」

「私も、社長と出会えたことに今は邪神に感謝しています。お金になる物が送られてくるのでしたら、今、ここにいることはできませんでしたから」

「……そうだな」

 お金には換えられないが、タバサやアシハナとの出会いは悪いものじゃない。
 その点は神様に感謝しても良いと、俺も素直に思った。



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