ラストフェアリーズ〜妖精幼女は前途多難〜
閑話「エメラルド・エーデルワイス 前編」
約1500年ぶりに肉体を得た私は、ある森を彷徨っていた。
「ちょっと見ないうちに随分と様変わりしたのでシュ」
まあ、1500年です。そりゃ変わります。
「どうせなら身体の方も少しくらい成長しててもよかったのでシュが」
1500年前から景色は一変していましたが、身体は以前のままなのです。
「まあ、贅沢は言っちゃダメでシュね」
私はブツブツと独り言を漏らしながらも森の中を一人歩きだす。
この日、私は1500年ぶりにこの世界、ジュイルに顕現したのです。
私は、あまりにも早過ぎる目覚めに驚きつつも、自分自身の復活に喜び、少し興奮をしていました。
「まずは、探検なのでシュ!」
◇
森の中を歩く私の姿はとても目立っていました。
こんな森に、こんな幼女がいたら目立たないわけがないですからね。
この森で、私はたくさんの視線を感じていました。
おそらく、この森に住む動物達の、私への憧れの眼差しでしょう。
「カワイイは正義であり、罪なのでシュ」
そんな半分本気な冗談を言いながらしばらく歩いていると、私の進む道の先に、数体の魔物の姿があるのを確認出来ました。
向こうもこちらに気が付き、近づいて来るようです。
「もしかしてここって……」
こちらに近づいて来る数体の魔物を見て、私は理解しました。
「妖精の森は、魔物の森になっていたのでシュね」
それもそうです。
あの時、私以外の妖精族は絶滅したのです。
妖精族のいないここはもう、妖精の森ではないのです。
そりゃ、こんな魔力の豊富な森から、突然妖精族がいなくなったら、こうなりますよね。
さて、あの魔物はどうしましょうか。
今まさにこちらへ向かって来ている魔物は、狼のような姿をした獣型の魔物三体。
普段ならその程度、脅威でもなんでもないのですが、今は魔力が足りなさ過ぎます。
なので、私は隠れる事にします。
だって、走って逃げたって、すぐに追いつかれるに決まっているんですから。
幼女の歩幅を舐めちゃいけないのです。
だから隠れて、少しずつ距離を離していくのです。
何を隠そう、私は隠れんぼで誰にも負けた事がないのですから!
私は、魔物から死角になる場所に移動しながら、なけなしの魔力で魔法を使い、自分の匂いを消します。
その後、この周囲に漂う魔物の魔力を自分の身体に纏わせ、近くの木陰に隠れて息を潜めます。
『子供だけど大人気ない』とまで言わしめたこの隠れんぼスキル。
負ける気がしないのです。
◇
結局私は、その魔物にあっさりと見つかり、あっという間に追いつかれ、綺麗な体当たりまでお見舞いされて、そして今は森の外です。
所詮は幼女だからという事か、それとも隠れんぼ相手が王族の私に気を使っていたからなのか、その辺は全くもってわからないけれども、いずれにせよ、私の隠れんぼスキルは全く効果を発揮しなかったのです。
そう言えば、魔物に襲われたにしては怪我が全くないような気がします。
自然治癒能力が働いたにしても治りが早過ぎますし、そもそもそんな魔力など残っていません。
しかも、ご丁寧にも気を失った私を森の外まで連れ出してくれたみたいですし。
「魔物のくせに紳士的とは、負けた気がするのでシュ」
いや、事実上、負けたようなものだと言えなくもなくもなくもないようでない。
というか、魔物は悪い生き物では無かったのですか?
「なんか変なのでシュ」
◇
その後、私は近くの人族の村に立ち寄ります。
お腹が減ったのです。
料理に関しては人族の右に出る種族はない。
下等で愚かな人族でも、それだけは評価しています。
そもそも、妖精族は食事を摂らなくても魔力さえあれば大丈夫なのですが、それはそれ、これはこれ。なのです。
私は人族の作る料理を求め、森から少し西に行ったところにある、ベイク村という村に立ち寄る事にしました。
村の中に入ろうとすると、村の入り口に立っていた人間に止められました。
身分証がどうとか、通行料がどうとか、なんだかよくわからない事を言ってきます。
この1500年の間で人族も色々と面倒臭くなっているようですね。
面倒なのは嫌いなので、ちょっと魔法を使って無理やり中に入ることにしました。
もうほとんど魔力がないんだから、無駄遣いさせないでほしいのです。
そんな事を思っていると、後ろからさっきの人間がめっちゃくちゃ怖い顔で追いかけてきました。
「ひあっ!?何アレ!逃げるのでシュ!!」
なんなの、あの顔、本当に人間なの!?
私は再び隠れんぼスキルを駆使して人間の追っ手から逃亡を図りました。
魔物には全く通用しなかったですが、人間には有効だったみたいです。
「全く、酷い目にあったのでシュ」
魔力に続いて体力も尽きてしまった私は、少し先に見える大きな橋のふもとに隠れて休む事にしました。
◇
参ったのです。
せっかく1500年ぶりにジュイルに顕現したというのに、ちょっと休むつもりが、また充電モードに入ってしまったのです。しかも今回はこの姿のままで。
うーん、一度これが始まってしまうと長いんですよね。参りました。
どうか、充電モードが終わるまで、誰にも見つかりませんように……。
◇
「魔物か?いや、妖精族!?」
10分くらいで見つかりました。
ちょっと早過ぎないですか!?
しかも妖精族だって事も見抜かれてるみたいです。どうして!?
でも、その人間はさっきまで追いかけてきてた人間とは別の人間みたいです。
少しダンディーな感じの男の人間の声で、わりと嫌いじゃない声なのです。
いやいや、そんな事言ってる場合じゃありません。
どうしましょう、これはかなりマズイ気がするのです。
充電モード中は一切身体を動かせないし、話しも出来なければ、目も開けられない。
何も出来ないのです。
私はこれから、またあの退屈な1500年を過ごすのかと思っていたのですが、今回はそれどころじゃなさそうです。
殺されちゃうのかな、私。いやだな。
「ふむ。流石にこれでは手が出せんな。ちょうどいい、あいつにやらせるか」
そう言うと、そのダンディ声の人間の足音は次第に遠くの方へと消えていったのです。
助かったのかな?それとも誰かを呼びに言ったのかな?なんかそんな事も言ってましたし。
悩むのもそこまで、体力のなくなった私はいつの間にかそのまま眠りについてしまいました。
今度起きるときは何百年後でしょうか。
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