ラストフェアリーズ〜妖精幼女は前途多難〜

ななせぶん

第十二話「取り引き」

 
 可憐。

 目の前の少女を一言で表すとそんな感じだ。

 今、俺の目の前にいるのは、数日前に河川敷で見つけた5歳くらいの幼い少女。
 見つけてから今日の今日までずっと眠り続けていた、妖精族の眠り姫だ。
 その彼女が今、何がきっかけだったのかは分からないが、長い眠りから覚め、俺の顔を見てニカッと微笑みながら俺の前に立っていた。

 俺は言葉もだせないで、その場で固まっていた。

「御主人シャま?」

 幼いながらも、落ち着きを感じさせる雰囲気と、凜とした表情から繰り出される無邪気で屈託のない笑顔は、年相応の可愛らしさを振り撒いていた。

 まさに『可憐』だ。

 ようやく落ち着いて今の状況を把握した俺の最初の感想はそれだった。

 目覚めたばかりの彼女に、もしも名前がないのなら、俺はカレンと名付けよう。

「えっと、キミ、名前は?」
「はい、御主人シャま。私の名前はエメラルド・エーデルワイスです。どうぞエミィとお呼びくだシャい!」

 彼女は俺の質問に元気よくそう答えると、手刀のようにした手を頭の横に持ってきてビシッと敬礼のポーズをとった。
 そしてニパっと無邪気に笑いかける。

 俺は何だかますますよくわからなくなって来た。
 きっとあれだ、寝ぼけてるんだな。
 あれだけ寝てたんだし、多少はね?

「エメラルドか。うん、いい名前だ」
「あ、ありがとうございまシュ!」

 そう言ってまたニパっと笑うエミィ。
 エミィは笑顔がよく似合う。
 でも、妖精族にも人族と同じように家名と名前があるんだな。
 見た目も人間とほとんど見分けつかないし。
 でも、よく見れば少し耳が少し尖っているような……?
 いや、そんな事はないか。
 妖精ってエルフのイメージが強いけど、この少女はエルフって訳ではなさそうだ。
 うーん、見た目は人間と全然変わらない。
 案外、妖精も人間も近い種族なのかもしれない。

「あの、御主人シャま、何か?」
「いや、なんでもない」

 いけない、ちょっとジロジロ見すぎてしまったか。
 しかし……

「ていうか、何で御主人様?」
「??」

 どういうわけか、エミィは先ほどから俺の事を『御主人様』と呼ぶ。
 いつの間に俺はこの子の御主人様になったのだろうか。
 もしかしたらあれか、目覚めて最初に見た相手を親だと認識する、みたいなやつか?
 そんな習性が妖精族にはあるのか?
 もしそうだったとしても、御主人様ってのはおかしいと思う。
 エミィは俺の問いかけの意味が理解できないらしく、頭を横に30度傾けていた。

「俺、エミィの御主人様なの?」
「はい」

 はいって。

「じゃあ、俺が御主人様なら、エミィは何になるんだ?」
「うーん……。ん??」

 いや、君の事だよ?
 一体何なんだこの子は。

「そうでシュね、御主人シャまに仕える身分という意味なら、侍女やメイドあたりも適当でしょうか」
「いや、でも俺、貴族の家名は持ってるけど、多分それ、傍系の没落貴族だし。召使いなんて侍らせるような地位の高い出自でもないから」

 というか、出自も何も、俺は孤児だからな。
 今もここでルビーさんの世話になってるくらいだし。
 そもそも、男爵の爵位を持つルビーさんならともかく、俺はそのルビーさんに奉公しているただの小間使いだ。専属の侍女やメイドを雇えるほど偉くはない。

「なら、ペットか奴隷でいいでシュ」
「いやいやいやいや」

 いいでシュ。じゃないよ。もっとよく考えようよ。
 なにも、扱いのランクを下げれば良いって話じゃないと思うぞ?

「では、め……妾、とか…でシュか?イヤン」
「……」

 とんでもない事を言うな、この子は。
 妾の意味わかってるんだろうか?
 いや、わかってるな。
 なんか顔を赤らめてモジモジしてるし。
 あと、『いやん』とか言ってたし
 恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。

「馬鹿。見た目も色気も十年早いよ」
「そんな、ヒドイでシュ」

 俺には幼女趣味はない。
 でも、十年経ったらわからない。
 エミィはきっと美人になるだろうからな。
 十年経ったら考えよう。

 と言うか、見た目は5歳児くらいだと言うのに、このしっかりとした受け答えはなんなんだろう。
 舌ったらずなせいか、滑舌はあまり良くないが、話している話し方や内容は随分とませているというか、大人びている印象を受ける。
 やはり妖精族だけあって、見た目に反して実はすごい年上とか?
 この見た目で実は100歳オーバーでした。みたいな?
 妖精族って長命らしいし。

「……??」

 エミィはまた頭を30度ほど傾けて『何かおかしなこと言いましたか』って表情をしてこちらを見ている。
 まあ、おかしな事なら言ったけどな。

「ところで、エミィって今幾つなの?」
「幾つって、年齢の事でシュか?」
「そう」
「そうでシュね、ええっと……」

 少し間考え込むエミィ。
 あれ、だめだったか?
 もし本当に見た目と実年齢が違うパターンだったなら、女性に年齢を聞くのは失礼だったかもしれない。

「あ、言いたくないなら別に良いよ。ちょっと気になっただけだから」
「いえ、少し計算をでシュね……」
「計算?」
「おそらく、大体120歳くらい……かと。寝起きのせいか記憶が曖昧なので、おそらくでシュが」

 おお、本当に100歳オーバーだった。
 妖精族が、長寿なのは間違いなさそうだ。
 という事は、十年経ってもあんまり変わってなさそうだな。残念。

「随分と可愛らしい120歳なんだな」
「えへへ。私たち妖精族は寿命が長いぶん、成長もゆっくりなのでシュ。
 もっとも、眠っていた時間を合わせれば1500年くらいは生きていると思いまシュが」

 エミィはちょっと照れながらも自慢げにそう言い放った。

 は?1500年とか、長寿ってレベルじゃないぞ。

「1500年……。え?1500歳なの??」
「はい」

 はいって。

「でシュが、このジュイルに顕現してからはまだ5年くらいなので、この個体年齢としては5歳でシュ。人間としては今日からでシュが」
「はい??」

 どうゆうことで??
 言ってる意味がさっぱりわからないです。
 結局は何歳なんだよ。
 あー、なんかもう、今はそんなのはもうどうでもいいような気がしてきた。

 もっと落ち着いてから考えよう。
 今考えたって無駄っぽい。
 取り敢えずその辺は後回しだ。

「うん、そうか。ありがとう」

 取り敢えず礼を言って、この話題を終わらせる。
 俺からの礼の言葉に、エミィはこちらを見て再びニカッと微笑んだ。

 うん、やっぱり可愛いな、コイツ。

 そういえば、昔マリンもよくこんな風に笑ってた事あったな。
 たしかこれは『どう?エライでしょ!私を褒めてもいいのよ!』って時の顔だ。
 懐かしいな。
 そうか、お前も褒めて欲しいのか。
 よしよし、そうかそうか。
 俺はエミィの頭を撫でてやる。くしゃくしゃっと。

「えへへ」

 頭を撫でられて照れ笑いをするエミィ。

 そういえば俺より年上なんだっけ、100歳以上も。
 まあ、喜んでるっぽいしいいか。

 この喜び方も、昔のマリンとそっくりだ。
 あの頃のマリンは本当に可愛かった。
 いや、まあ、今も可愛いんだけども……。
 俺は、哀愁の目でなんとなくマリンの方を見た。

「サ……フィア……」

 俺と目が合ったマリンは、弱々しい声で俺を呼んだ。

「って、マリン?」

 突然目覚めたエミィに気を取られていたせいで、すっかりマリンの事を忘れていた。
 俺のベッドで横になっているマリンは、先ほどよりも明らかに具合を悪くさせてグッタリとしていた。
 俺は思わず駆け寄ってマリンの顔を覗き込む。
 顔は真っ白く、さらに血の気が引いた様子で、呼吸も小さく、苦しそうにしている。
 あきらかに尋常じゃない。危険な状態だ。

「おいおい、何だよこれ……」

 ほんのちょっと前まではあんなに元気だったのに、なんだこの衰弱ぶりは?
 ダメ元で治癒魔術をかけてみるも、やはり効果はない。傷や怪我ならともかく、病気や体力などは治癒魔術では治せないのだ。

「一体何が……」

 あまりの思いもよらない出来事の連続に、慌てふためくのを通り越して、逆に俺は落ち着きを取り戻し始めていた。

 これは普通じゃない。
 医者を連れて来たところできっと無駄に終わるだろう。
 多分これはそう言う類のものだ。

 そもそも、最初からおかしな事だらけだ。

 そして、そのおかしな事の中心に常にいたのは、妖精族の少女、エミィしかいない。

 俺は振り返り、エミィにいくつか質問しようと口を開きかけたその時、マリンが俺の服の袖を掴んで引き寄せた。

「え?」

 マリンの方へと向き直す俺。

「あの子は……ダメ……」
「……え?」

 力を振り絞って俺に伝えようとするマリン。
 だが、俺にはその意味が理解できなかった。

 やがて、俺の服の袖を握っていた手はベッドの上に力なく落ち、マリンの目はゆっくりと閉じられた。

「マリン?!おい、マリン!!」

 マリンは目を閉じたまま、俺の呼びかけにも一切反応しなくなった。

「おいおい、マジかよ……」

 慌ててマリンの口元に耳を当ててみると、かろうじて息はしているようだった。
 取り敢えず最悪の事態ではなかった事に安堵する俺だったが、事態が改善した訳では無い。
 そもそもこうなった原因がわからない以上、今後どうなるかなんて誰にもわからない。
 普通に考えて、最悪な事態に向かっている事は間違いないだろう。

 せめて、原因さえわかれば……

 原因……。

 直接の原因かどうかはともかく、少なくとも高確率で関わりがあるだろう人物に、俺は尋ねる。

「なあ、エミィ」

 俺は振り返り、エミィの顔を見て、語りかけた。

「はい、なんでしょう。御主人シャま」

 エミィも俺を見つめたまま、俺の次の言葉を待っていた。

「エミィ、これってどういう事だ?何か知っているなら教えてくれないか」
「……」

 俺の問いに、エミィは答えなかった。
 ただ俺の目をじっと見つめたまま、やがて、ゆっくりと微笑み、口を開いた。


「取り引きをしましょう」

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