ラストフェアリーズ〜妖精幼女は前途多難〜
第七話「妖精族」
「で、その子は何?」
まるでゴミを見るかのような軽蔑の視線でこちらを見るマリン。
「あ、いや、これはちょっと…」
幼い少女を抱き抱える俺を見て、マリンは明らかに不満げな表情をさせていた。
あれ、おかしいな。
これはどういう反応なんだ?
マリンに相談しようと思って連れ帰って来たんだが……。
「その子は何かって聞いてんの。」
こえーよ、マリン。
なんか、予想以上に機嫌悪いな。
何か嫌なことでもあったのか?
まあ、取り敢えず落ち着こうぜ。
どうどう。
◇
結局俺は、ヴァンパイア達と話をつけて魔物の少女を自分の住む屋敷に連れ帰ってくる事になった。
意外にもヴァンパイアは話のわかるやつで、この少女についての話し合いをする事が出来た。
話によれば、彼らは村に迷い込んだ同胞を連れ戻すためにこっそり忍び込んで来たのだと言う。
俺やルビーさんが感じ取った魔物の気配は、魔物同士であればかなり離れていても感じ取れるらしい。
俺達を襲ったのも、同胞が殺されると思ったからだったそうで、もともと魔物側としては人間に害を為すつもりは毛頭ないらしい。
森から出てこないのは人間と面倒ごとを起こさないためだという。
正直言って眉唾だ。魔物の話をそのまま全て鵜呑みにするのもどうかと思うが、しかし全て嘘だという事も無さそうだ。
ヴァンパイアは、いきなり襲いかかって悪かったと謝って来たが、こちらも少女を殺す流れになっていたのは確かだから、謝られる筋合いはない。
と言うか、魔物のくせに腰が低い。
まあ、そう言う事情であれば、魔物の少女を彼らに引き渡す事はやぶさかではない。
俺はこの子を殺さなくて済むし、彼らは同胞を連れて帰れる。
win-winの関係だ。
これで一件落着、無事解決! それじゃまた!
と、なるはずだったが、そうはいかなかった。
ヴァンパイアが、どこからどう見ても人間の少女にしか見えない同胞の姿を見て、とても驚いていたからだ。
ヴァンパイアは魔物の中でも位が高く、各地の魔物との人脈は広い。
が、こんな魔物は見た事も聞いた事もないと言う。
しかも、これはなんらかの技や能力で姿を変えているわけでもないらしく、これが素の姿なのは間違いないらしい。
最終的に、ヴァンパイアは少女を森に連れ帰る事を断念した。
こんな姿をしていては魔物の森で孤立するのは目に見えており、過激な魔物達に殺される事になるだろうと。
魔物達も一枚岩ではないようだ。
しかし、せっかく森に連れ帰ってもそこで殺されてしまっては意味がない。
と言う事で、森に戻せないとなると、問題はこの少女の扱いをどうするかと言う事になった。
それはともかく、俺とヴァンパイアがそんな真面目な話をしているのに、後ろの方では一人の男と一人の魔物が今だにずっと戦いを続けている。
「なかなかやるな」「お前もな」とか言って、随分と楽しそうだ。
このまま放って置いたらいつまでもやっていそうなので、俺はルビーさんとデーモンの間に入り、戦いをやめさせることにした。
二人は「なにをする」とか「いいところだったのに」とか言っていたが、知らん。こんな時に遊ぶな。
てか、デーモンの方も喋れたんかい。
その後二人は何か色々と話しをした後、がっしりと固い握手を交わし、ルビーさんもデーモンも爽やかな笑顔でお互いを称えあっていた。
何やってんだよあんたら。
◇
ようやく4人で話し合いをする事になった。
しかし、戦闘馬鹿の二人は早々に「任せる」と言い放ち、どこかへ消えていってしまった。
まあ、もともとこの少女については俺の好きにしろって言われてたから、別に良いんだけどさ。
と、言うわけで、少女はこちらで引き取る事になった。
ヴァンパイアは、どのみちこんな人間の姿では魔物達の世界ではやっていけないだろうから、生かすも殺すも君たちに任せると言われたが、出来れば殺さないで欲しいとも言われた。
魔物にも、同胞思いな種族がいるようだ。
ああ、俺、毎日のように魔物退治だとか言って森で暴れていたな……。
その件を話し、反省して謝罪したが、人と魔物の関係はもともとそう言うものだから、とヴァンパイアは俺を責めたりすることはなかった。
ヴァンパイアさん、超出来た人……じゃなくて、超出来た魔物じゃないですか!
今度、お詫びがてら森に菓子折りでも持って行こう。
◇
そして、ようやく冒頭のシーンに戻る。
俺の目の前にいるのは、我が家ライラック家の紅一点。世話好きマリン。
マリンはなんだかんだ言って、とても優しい奴だ。
こんな姿の女の子を見たら甲斐甲斐しく世話を始める事だろう。
そう思って連れ帰って来たのだが、どうも雰囲気がおかしい。
「…………」
マリンは俺の顔を無言で睨みつけたあと、ゆっくり視線を落とし、俺がお姫様抱っこの様に抱き抱えている少女の所で視線を止めた。
見た目は5歳くらいの女の子。
髪は綺麗な金髪でホブショート。
顔も整っていて可愛らしい。
将来はきっと美人さんになるだろう。
そんなとても可憐な女の子だ。
しかし、その服や体には争った後の様な傷や汚れがあり、服はボロボロで色んなところがはだけた状態になっている。
そして今は気を失っている。
まるで、強姦か何かに襲われたあとのような姿である。
なるほど、そういうことか。
マリンは視線を俺の顔へと戻し、一言。
「何してんの、この変態」
「いや、誤解だ!」
コイツ、俺の事を一体何だと思っているんだ。
てか、どんだけ信用ないんだよ俺。
普通に凹むんだが……
確かにこの状況、そういう風に見えなくなくもなくもないが、違うよ?
ほんとに。
ほんとに違うからね?
さすがにもうちょっと育たないと無理でしょ。
いや、そういう事ではなくてだな。
「いや、聞いてくれ。
これには色々と事情がだな…」
「は?あんたとその子の情事なんて聞きたくもないわよ」
何うまいこと言ってんですかマリンさん。
するわけないでしょそんな事。
てか、その目、その低音で喋るのマジ怖いんでやめてくれませんかね。
一部の人には凄いご褒美なのかも知れないけど、俺にはそういう趣味ないですから。
これがきっかけで目覚めちゃっても困るでしょ?
「いやいや、聞けって。
この子は助けた…ってのとはちょっと違うか。
うーん、なんて言うか、拾ったって言うかなんて言うか」
「ほう…拾った…」
やばい、マリンの視線からさらに殺意が強まっている気がする。
マリンの中で、俺に人攫いの属性が追加されたっぽい。
まずいな。
早めに誤解を解かねば俺の命が危うい。
ここは丁寧にゆっくりと説明が必要だ。
「マリン、まぁ、落ち着け。一つづつ説明するから」
「ええ、お願いするわ」
マリンは相変わらず、殺意のこめられた視線でこちらを睨みつけている。
だが、一応こちらの話は聞いてもらえる様だ。
「まず、この子は人間じゃないんだ」
「…………は?」
マリンは一瞬「何言ってんだコイツ」と言った表情で俺を見た。
その後、俺が抱き抱えている少女の方に再び視線を落とし、値踏みするようにその少女を見た。
そして眉をひそめて一言、
「……その子、何?」
先刻、この子を初めて見た時と同じ言葉をこぼすマリン。
もちろん、その意味合いは全く違う。
「見たんだろ?魔物だよ」
マリンには、『識別眼』という力がある。
俺の『強運』や『治癒魔術』と同じように、持って生まれた能力。ギフトスキルというやつだ。
ステータス値にまで干渉する『強運』ほどではないが、『治癒魔術』と同じくらいにはレアな能力だ。
と言っても、使い勝手はマリンのギフトの方がはるかにいい。
まず、俺の『強運』のような常時発動型ではないので余計なトラブルも起きにくく、『治癒魔術』のように魔力を消費する事もない。
というか、これはどちらかと言えば体質のようなもので、言ってしまえば使い放題だ。
もっとも、それなりに集中力が必要になるので無限に使い放題とはいかないらしいが。
そのマリンの持つ『識別眼』という力。
それは、目で見た物の情報を得られるというもの。
得られる情報の種類や量は対象との関係性やレベルによって変わるらしく、今のマリンにはどんな情報が、どんな風に見えているのか、それは俺にもわからない。
だが、このマリンの反応からするに、この少女が人間ではないという事はわかったらしい。
「確かに人間じゃないけど、でもこれ、魔物でもないわよ」
「え??」
思わず声が出る。
魔物でもない?
どういう事だ?
この気配、魔物特有のやつだろ。
ヴァンパイア達だって同胞とか言ってたし。
でも、『識別眼』を使ったマリンの言う事だし、嘘じゃないんだろうけど……
じゃあ、魔物じゃなかったらなんだっていうんだ?
それは一体どういう事かと聞くと、マリンはようやく視線を上げて、俺の目を見ながら説明し始めた。
「魔物の心臓にあたる『核』が、この子にはないの。もちろん、ヒトの心臓もないわ」
絶句した。
マリンの目は真剣だった。
マリンにこんな真剣な目で見つめられたのは初めてかも知れない。
「でも、どっちもないってそれはおかしくないか?核も心臓もなくて、どうして生きているんだ?」
「その代わり、魔晶石があるみたいなの」
「魔晶石!?」
とんでもないワードが飛び出して来た。
魔晶石とか、それ、実在したのか。
おとぎ話に出てくる架空のものだとばかり……。
しかしマリンの奴、よくもそんな平然としていられるな。
「ええ。しかも、魔力の充填もほぼ済んでるわね。
あとは目覚めるだけって感じよ」
太古の時代、魔晶石を体内に宿して活動をする種族がいたという。
それはたしか……
いやまさか、そんな……
「この子、妖精族ね」
俺はこの日、太古の絶滅種を拾った。
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