ラストフェアリーズ〜妖精幼女は前途多難〜
第五話「襲撃者」
王国貴族、ルビー・ライラック男爵。
彼は、俺とマリンの主人であり、師匠であり、保護者でもある。
さらに、このベイク村の領主でもある。
レベルは41で、このベイク村はおろか、国内全体から見ても、飛び抜けて高い。
いまやお伽話のような物語でしか知ることのない、伝説の勇者と呼ばれた男のレベルが53であり、未だそのレベルを超えたものがいないらしいことからも、このルビーさんのレベルがとんでもないものだとわかる。
そもそも、レベル30を超えた時点で十分人外だと言われているので、ルビーさんは既に人を辞めてしまっているといっても過言ではない。
そんなルビーさんの見た目は白髪の偉丈夫。
だが、年齢はまだ若い。
30代前半か半ばといったところだろうか。
年齢的にもまだまだ強くなっている過程だと言うのだから、やはりこの人はもう人ではないのかもしれない。
俺は一時期、別の所に預けられていて、この家に来たのはマリンよりも遅かったので、ルビーさんとは親子というよりは親戚のおじさんというような感覚だ。
マリンにとっては物心がつく前から一緒だったらしいので、ほとんど父親みたいなものらしいが。
そんなルビーさんだが、この人は本当に凄い人なのだ。
もともとはイヴニール王国軍の軍人で、かなり名の通った辣腕者だったらしい。
軍の中でも40レベル超えは当然いないらしく、大きな戦果や誉れ高い武勇伝も多く、ゆくゆくは国のお抱え筆頭騎士が確実視されていたそうだ。
それがなぜか、突然軍を辞め、イヴニール王国の王都からこのベイク村に移り住み、隠居生活を始めたらしい。
だが、このイヴニール王国の英雄とも言える人物が、突然なんの理由もなく引退するというのだから、国中かなりの騒ぎになったそうだ。
しかし、ルビーさんは誰の説得にも耳を貸さずに、さっさと王都を出て行ってしまった。
最終的にはイヴニール王国の国王まで出て来て引き止めたが、ルビーさんは一切応じなかったらしい。
命知らずか、この人は。
で、最終的に軍からの脱退を認める代わりに、ルビーさんに爵位と領土を与えるという事になった。
国としてほ、そこまでしてでも囲っておきたい、そんな人物なのだそうだ。
国と交渉して、さらに譲歩までさせるとか、ルビーさんてほんとに何者だよ。
「これ、殺すの?」
思わず俺は聞き返した。
いくら魔物だからとはいえ、これはどこからどう見ても人間の子供だ。
さすがにこれはちょっと……。
「見た目がどうあれ、魔物は魔物だ。しかも森から出て村にまで入り込んでしまっている。問題が起きる前に処理しなくてはならん」
「それは……わかるけどさ……でも……」
ルビーさんの言っている事は理解できる。
そして、それはきっと正しい。
けど、これは理屈じゃない。
たとえ魔物だとしても、子供の姿をしたものを殺すなんて、俺にはとてもできない。
ましてや、まだ幼い女の子だ。
なんとかキャッチアンドリリースの精神は適用されないものだろうか。
それに、見た目はまだ幼いが、顔の傷や汚れと服装をきちんとすれば、マリンにも負けないくらいに可愛いかもしれない。
もしここにルビーさんが居なければ、俺はこの子を殺さずに見過ごしていただろう。
それが、とても罪深い事だったとしても。
もしもこれが、俺を油断させるための魔物側の作戦だったと言うのなら、それはもう大成功だと言わざるを得ない。
結局要するに、俺はまだまだ子供だって事だろう。
実際、年齢的にもまだギリギリ未成年ではあるが、そう言う意味ではない。精神的な方のだ。
俺は、ルビーさんのように割り切る事は出来ないし、そんなルビーさんに薄情だ、人でなしだ、と思ってしまうのは、やはり俺が子供だからなのだろうか。
「問題が起きてからでは遅い。ここで処理する」
「……はい」
今からこの子は、ルビーさんの一太刀で魔物の心臓である核ごと真っ二つに斬られるのだろう。
このあどけなく幼い姿を見てしまうと、たとえそれが魔物だとは言え、残酷だと感じずにはいられない。
しかし、これも厳しい現実の一つ。受け入れなければならない。
それでも、ルビーさん程の技量であれば、眠ったまま痛みも感じることもないのだろう。
それだけが救いか。
せめて、この魔物の最期はしっかりとこの目で見届けようと心に決め、ルビーさんの方をを見て、小さく頷いた。
「ん?」
すると、ルビーさんがなぜか俺に、一振りの剣を手渡して来た。
あれ、なんか嫌な予感するね、これ。
手渡されたやや小振りの剣は、ルビーさんが普段使っているものとは違うものだった。
それでも、かなりの業物であることはわかった。
俺をジッと見つめるルビーさん。
その視線は一度、少女の姿をした魔物の方に向けられ、その後すぐに俺の方へと戻されて、俺の目を見つめ、小さくコクリと頷いた。
「………え?俺がやんの??」
◇
「嫌だ!絶〜対に嫌だ!」
「いいからやれ。問題が起きてからでは遅い」
俺は今、徹底抗戦中だ。
ルビーさんが、俺に幼い少女を殺せと言って来たのだ。
何言ってんだろうかこの人は。
そんなの嫌に決まってるじゃないか。
馬鹿じゃないの。
大人になるために一度は通る、洗礼のような物だってルビーさんは言うけれども、いやいやそんなん知らんし、冗談じゃない。断固拒否だ。
どうして俺が、魔物とは言えこんな幼い女の子を斬らないといけないのか。
ルビーさんとしては、子ライオンを谷底に突き落とす親ライオンの心境くらいに思ってるのかもしれないが、
そんなマスターベイションならよそでやってほしい。
そもそも、そのライオンの話は大嘘だ。
谷底から這い上がってくる子ライオンなどいない。
落とされた時点でみんな死んでしまうのだ。
当然だ。
だって崖からだよ?
いくらなんでもそりゃ無理でしょ。
よって俺は、その谷底行きは断固拒否だ。
「さっき納得していただろう。さっさとやれ。」
「やだよ。ルビーさんがやんなよ。」
「馬鹿を言え。元軍人として、無抵抗な女、子供を斬るなどという卑劣な行為は許されない。
たからお前がやれ。」
ひでぇ。
思わす絶苦する酷さだ。
馬鹿を言ってるのはオッサン、あんただ。
「そんなの俺だってやだよ!!」
とにかく断固拒否だ。
絶対に引かない。
絶対の絶対の絶対にだ!
「そうか。なら仕方ないな」
「そう!仕方な・・・・え?」
「そいつの事はお前に任せる。好きにしろ。」
「は??」
さっきまで、俺にあれだけ無理強いをしていたルビーさんが、突如態度を一変させた。
俺は、どういう風の吹き回しかと、訝しげにルビーさんの顔を睨みつけると、ルビーさんは難しい顔をしながら呟いた。
「お前がさっさとやらんからだ」
「は? 何が? どういう意味だよ」
「言っただろ。問題が起きてからでは遅いと」
そう言うと、ルビーさんは俺と少女の間に立ち、こちらを向いて剣を抜いた。
「ちょ、ちょっとルビーさん、何をして…」
るんだ?と言おうとしたその瞬間、
「!?」
俺の背後に殺気を感じ、とっさに身体を翻してルビーさんのもとへ後退した。
「え?」
振り返ったそこにいたのは魔物だった。
さっきまでの少女姿の魔物とは違い、これは一目でわかる、魔物だった。
頭の左右、耳の上あたりから大きなツノが、前方に向かって巻き込むように生えており、身体は俺より少し大きい程度だが、真っ黒い鱗のような肌で覆われ、背中には大きな翼まであった。
さらには腕が4本もあり、それはもう、どこからどう見ても魔物でしかなかった。
というかこれ、魔物の中でもデーモンタイプと呼ばれる種類の魔物だ。
たしか、BからAランクの魔物だったはずだが…。
凄いのが出て来たもんだ。
その魔物は、鋭い爪でこちらに斬りかかろうとして、すんでの所でルビーさんに抑えられていた。
『ギギギ』
デーモンの渾身の一撃は、ルビーさんの振り下ろした剣によって斜め下に受け流され、その勢いそのままに再び振り上げられた剣で、一瞬にしてデーモンの腕を斬り落としていた。
さすがルビーさん。
相変わらず意味不明な強さだ。
いとも簡単にあしらったように見えるが、デーモンは魔物の中では小さめなその体で、そこからは想像も出来ないほどの怪力と素早さの持ち主だ。
それでいて魔力も高めで正真正銘の高ランクモンスターだ。
ルビーさんがいくら高レベルだからといっても、ソロではとても勝ち目がない。
その証拠に、デーモンの切られた腕はもう、再生を始めていた。
「なんでこんなところにデーモンが……」
この村の周辺ではそれほど強いモンスターは出現しない。
よって、高ランクのモンスター、ましてやデーモンタイプなど、お目にかかることなんてまずない。
そんなのがどうして村の中に?
そもそもこんな高ランク、一体どこから?
「あ、今のあの森ならもしかすると……」
なんて、余計なことを考えていると、デーモンの相手をしているルビーさんが、俺に声を掛けてきた。
「ぼけっとするな。お前も戦え」
「え、ああ、うん」
いや、戦えって言われてもなぁ。
目の前では人の常識を超えた戦いが繰り広げられている。
俺、いるか?
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