ラストフェアリーズ〜妖精幼女は前途多難〜
第四話「魔物の気配」
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「……マテ茶を」
「はい、少々お待ちください」
あ。
そう言えば思い出した。
マリンの弁当があったんだった。
なんとなくランチセットなんかを頼もうとしてたよ。ふー、危ない危ない。
せっかくマリンが作ってくれたんだ。ちゃんと美味しくいただかなくては。
というか、ランチセットを頼めるほど金を持って来てなかった気がする。
これはダブルで危ないところだった。ふー。
しかし、俺はどうしてこんな身軽で外に出て来たのだろうか。帯剣すらしていない。馬鹿なのかな?
病み上がりで気が抜けていたとはいえ、この気の抜けっぷりはハンパない。
俺の今の装備は、部屋着に腰紐の小袋のみ。
今、着ているのが部屋着だったという事実に衝撃を受けつつも、小袋の中身もなかなかに驚愕であった。
小袋の中には銅貨3枚とギフトカードが入っているだけだった。
今まさに、俺の目の前に運ばれて来たこのマテ茶の値段が、銅貨3枚だ。
なかなかお目にかかれない程のギリギリセーフというやつだ。冷や汗がハンパない。
銅貨とは、このイヴニール王国内で流通している貨幣の1つ。
貨幣の種類には、銭貨、銅貨、大銅貨、銀貨、金貨、白金貨の7つの種類の貨幣が存在する。
さすがに銅貨3枚だけで茶屋に入ろうとするような馬鹿は、俺くらいしか知らない。
◇
「いらっしゃいませー」
時間はもう、お昼時だった。
次第に店内のお客さんも増え始め、席もどんどん埋まり始めていたので、俺はすっかり前に飲み干したマテ茶の代金を支払い、店を出る事にした。
マテ茶一杯でいつまでも長居するのも迷惑だしな。
さて、店を出た俺に残された所持品は、マリンの弁当と、ギフトカードだ。
ギフトカードとは、自分のステータスが書かれた、身分証としても使われる大事なものだ。
このカードは、所有者の能力をカード自身が読み取り、各能力を数値化させ、所有者の名前やその他の情報と共に文字として表示させている。
仕組みはよくわからないが、とても不思議な魔法のカードだ。
なお、お世話になった人に贈る贈り物などではない。
ちなみに、俺のギフトカードはこんな感じだ。
名前:サフィア・フリージア
年齢:19歳
性別:男
種族:人族
レベル:13
称号:遊星の寵児
所属:イヴニール王国ライラック男爵家
スキル:強運/治癒魔術/才能模擬/順応消去
体力:250
魔力:220
力:18
耐久:15
俊敏:16
精神:12
知能:14
運:999
他にも、回避率や反撃率、魔術耐性やら属性効率など、色々と表示されているが、この辺はレベルアップ時以外でも、体調や環境によって大きく変動するらしい。
因みに、ステータスの運がおかしな事になっているのは、俺の持って生まれた『強運』というギフトスキルの影響のようだ。
ただ、強運とは言っても、幸運とは別物のようで、強運過ぎて通常ならば滅多に遭遇しないようなトラブルや罠に出くわしてしまうこともある。
幸運も不運も悪運も全部まとめて呼び寄せる、とても評価に困るギフトだ。
どうやら俺は、生まれつきにして波乱万丈な人生が約束されているらしい。全くもって迷惑な話だ。
余談ではあるが、過去に『大賢』のギフトで知能がカンストした男は、賢すぎるあまり全てを悟り、人の愚かさに絶望して自ら命を断ったという。
他には、『強心臓』のギフトで精神がカンストした女性は、精神力が強過ぎるあまり、あらゆる事に無感動になり、喜怒哀楽のない、廃人のような生活を送っていたらしい。
そんな話を聞いてしまうと、自分の約束された波乱万丈な運命もそれほど悪いものではないのかなと思えるのだから、俺も単純だ。
ちなみに、称号が【遊星の寵児】になっているのにはついさっき気が付いた。
昨日までずっと空欄だったのに、何がフラグでこんな称号を得たのだろう?
そんなことを考えつつも、ギフトカードの表記が変わるのはいつもの事なので、あまり深く考える事はしなかった。
どうせ考えたってわからないしね。
◇
茶屋を出た俺は、マリンの作ってくれた弁当で昼食をとるため、弁当を広げられる丁度いい場所を探し歩いていた。
キョロキョロと辺りを見回しながら適当に歩いていると、やがて、大きな橋に出くわした。
「あ、ここなら……」
このとても大きな橋は、馬車がすれ違っても余裕でその脇を人が通れる程の幅があり、このベイク村の北側と南側を繋ぐ、この村の中でも一番に大きい橋だ。
その橋の下を流れる大きな川は、村を南北に分けるように横断して流れ込んでおり、この川を境いに、南側には居住区と商業区が、北側には農業区と行政区が設けられている。
行政区とは言っても、このベイク村はとても小さな村なので、元村長である代官の家と小さな教会がある程度で、あとは畑が広がっているだけだ。
一応、自警団の詰所もあるが、大抵は留守にしている。
みんな、畑仕事の手伝いをしているか、川の南側まで渡って村の見回りをしているからだ。
そんな、この村の象徴とも言っていい、大きな川と大きな橋を見て、俺は大きく頷いた。
俺は、橋の近くの土手を駆け下り、丸石で敷き詰められたような河原の一角で昼食をとる事にした。
弁当は当然、美味かった。
さすがはマリンだ。帰ったら礼を言おう。
「今度マリンを誘って来るのもいいな。もちろんルビーさんも。来ないだろうけど」
腹も膨れたし、鍛錬なんて忘れて昼寝でもするか。それか、久しぶりに釣りなんかでもしてみようか。
そんな事を考えながら、その辺に釣り道具でも落ちていないかと、キョロキョロと見渡していたその時。
「ワンッ」
首輪をつけたアホそうな中型犬に遭遇した。
探している時には見つからないのに、探すのをやめたら見つかる事って、よくありますよね。
「うーん、なんか今日はもう、鍛錬って気分じゃないんだけどな……まあ、やるけどさ」
その犬は真っ直ぐこちらに向かって来て、俺のやるせない表情に気が付いたのか、足を止め、俺を見ながら首を傾げた。
やはりアホっぽい。
何故だろうか、その仕草に可愛らしい印象を全く受けない。アホっぽいからだろうか。
これは、モル吉の素質がありそうだ。
首輪をつけているので飼い犬だろうが、飼い主らしき人物はどこにも見当たらない。
そもそも、首輪にはリードも付いていない。
これは、リードなしのダイナミック散歩か、逃げ出したかのどちらかだろう。
まあ、おそらく後者だろうが。
「よし、俺がお前の飼い主の元へと送り届けてやろう。だから、その対価として大人しく俺のモル吉になるのだ!」
「ガルルッ!」
モル吉は俺を敵認定したのか、俺の言葉に対して一言吼えて、俺とモル吉の両者は橋脚のふもとで対峙する事になった。
「犬畜生の癖に生意気な!」
「ガウッ!」
ここは先手必勝、また逃げられる前にスキルを一発撃ち込んで、
「ワンワンワンワンワンワンワン!!!!」
と、思ったら、突然凄い剣幕で吠え出した。
「え、いきなりどうした!?」
「ワンワンワンワンワンワンワン!!!!」
突然の事にうろたえる俺だったが、そんな俺にお構いなく、モル吉はひたすらに吠え続けていた。
「ワンワンワンワンワンワンワン!!!!」
「ちょっと、おい、お前……ん?」
なおも吠え続けるモル吉を目の前に、俺はある事に気がついた。
「………お前、どこ見て吼えてんだ」
モル吉が吠えている先は、俺ではなく、俺の後ろの方だと気が付いた。
「ワンワンワンワンワンワンワン!!!!」
俺は、吠え続けるモル吉に注意を残しつつも、その吠える先にある物を確認しようと、後ろを振り返った。
すると、モル吉は吠えるのをやめ、同時に地面の土を蹴る音が聞こえてきた。
俺は慌てて振り返ると、そこには、モル吉が全速力で逃げていく姿があった。
「……なんだ?」
全くわけのわからない展開に、俺は少し不満げにそう呟いた。
不満ながらも、モル吉が吠えていた先を確認しない事には話が進まなそうなので、再び俺は後ろを振り返る。
振り返ると目の前にルビーさんがいた。
「うわああああああ!!」
「うるさい」
びっくりした!!
超、びっくりした!!
あー、びっくりした!!
振り返って目の前にあんな顔があったら、誰だってあんな大声でるだろうよ!
「ルビーさん!?驚かさないでよ!!」
というか、気配を絶って声掛けただろ。
それはちょっと趣味が悪いんじゃないか?
驚いて心臓が止まるかと思ったよ。
心臓は一つしかないんだから、もっと大切にししやがれ、こんちくしょー!
これは、文句の一つでも言ってやらないといかんな!
「無防備すぎるお前が悪い。もっと警戒しろ。戦い以前の問題だ。」
「なっ」
心の声が顔にでてしまっていたのか、抗議するまでもなく反論されてしまった。
むう、なかなかの正論じゃないか。
剣の師匠にそう言われてしまっては、何も言い返せない。ぐぬぬぬ。
「お前の間抜けな愚鈍さを指摘したまでだ。
別に悪い行いをしたわけでもなし、謝る必要はない。」
「そ、そりゃどうも・・・・」
言いたい放題だなこのオッサン。
あとで覚えてやがれよ。
「で、サフィア。あれはもう確認したか」
「あれ?」
それは、この川の向こう岸の橋の下にあった。
丁度、あのモル吉が吠えまくっていた方向だ。
この距離でははっきりとした事はわからないが、何かの生き物のようだった。
動いてはいないが、生きている、そんな感じだ。
この感じ、とても嫌な感じがする。
そして俺は、この感じをよく知っている。
魔物の気配だ。
毎日のように魔物と戦っていた俺にはわかる。
これは魔物の気配だ。
なるほど、あのモル吉が吠えるわけだ。
それに、逃げた理由もわかる。
しかし、なんだってこんな所に魔物が?
村を襲いに来たのか?
いや、魔物は森から出られないはずだ。
それに、攻撃をしてくる様子も感じられない。
どう見ても完全に動きを止めている。
どう言う事だ?
「おそらく、魔力切れだろう」
「魔力切れ?こんな所で?」
ここから見る限り、確かにそんな感じだが、疑問点は山ほどある。
「とにかく今は、アレをなんとかするぞ。騒ぎになると面倒だ」
確かに魔物なわけだし、騒ぎになったらそりゃ大変だけど、ルビーさんは色々不思議に思わないのだろうか?まあ、今考えたって仕方ないだろ、って言うんだろうけどさ。うーん。
「で、なんとかってどうするわけ?」
「状況による。魔物だった場合、その場で処理する。とにかく付いて来い。」
「お、おう……」
◇
「これは……」
橋を渡って対岸の橋の下に来た俺とルビーさん。
先程、向こう側で目撃した『それ』を目の前にした俺は、言葉を失った。
「これが、魔物……?!」
それは、俺が今まで見て来たものとは全く違っていた。
魔物と言ってもいろんな魔物が存在するが、少なくとも、東の森だけでも数十種類はいた。
だから、俺の見たことのない魔物が存在しても何の不思議もないのだか、だけど、でも、これは魔物と呼べるのか?
「やはり死んではいないようだ。傷もあるがそれほど深くはない。
思った通り、魔力が枯渇しているようだ。
おそらく今は、魔力の回復と傷を治す為に活動を停止しているのだろう。
この様子だと、しばらく目を覚ます事は無いだろうが、万が一ということもある。
急いだ方がいいな。」
急いだ方がいいってなにをだ。
いや、わかってる。
処理するって事だろう。
殺すって事だ。
「殺すのか?」
「魔物だからな」
まぁ、そうだな。
魔物だもんな。
でも、この魔物はおかしい。
この魔物には他の魔物のような鋭い爪や牙がない。
さらには、身を守るための外殻もなければ空を飛ぶ翼もない。
体長は約1メートル、腕は二本で脚も二本。
目と耳は二つづつあり、鼻と口は一つづつ。
髪は綺麗な金髪ボブショート。
目鼻立も整っていて、それはまるで人間のようだった。
というか、どこからどう見ても超絶可愛い人間の女の子そのものだっだ。
「これ、殺すの?」
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