すばらしき竜生!

白波ハクア

第26話 ギルドマスター

 その後無事(?)に試験も終わり、冒険者組合の上への報告と許可に時間が掛かるということで、集合時間を決めて問題を起こさないように自由行動となった。
 シエルと子供達は商店街を見回ってくると言って意気揚々と飛び出していったが、少し時間が経ったら涙目で迷ったと言いながら戻ってきた。 それから時間がきて、お姉さんが呼びに来た。
「それではロードさんとシエラさんは中級冒険者。ガイさん、ビストルさん、ライドさん、キイトラさん、アリルさん、ウルさんは初級冒険者です。 これから冒険者として頑張ってください! あらためて、ようこそ冒険者組合へ!」
(……恥ずかしいから大声出さないで欲しいな)
 周囲にも話が聞こえていたらしく、チラホラと拍手や歓迎の声が聞こえてくる。子供達は顔を真っ赤にして完全に恥ずかしがっている。
 前世で見ていたアニメでは冒険者は厳しそうな環境で、すぐに誰かに喧嘩を吹っ掛けられるイメージだった。なので子供達を冒険者にするのは少しだけ心配だったが杞憂だったようで安心した。
「ねぇロード、素材を売らなくていいの?」「おっとそうだった。なぁ、素材を売りたいんだが何処でやってくれるんだ?」「それならばこちらで受け付けますので、物の提示をお願いできますか?」「あぁ……これを頼む」「………え? ――何処から出したのですか!?」
 いつも通りに"収納"から物を取り出したら凄い驚かれたので、意味がわからないロードはシエルに振り向く。 そしてシエルはというと、気まずそうに視線を泳がせて薄く笑っている。

「おい、どういう事だ?」「………あ〜、今までスルーしてきたんだけどロードのそれは特別だと思うわよ」
 それを言われて、"収納"は神から持ったものだと思い出した。それならばカウンターのお姉さんが驚いてるのも頷けた。
「……まぁいいや、とりあえずこれを売ってくれ」
 そう言って渡したのは袋だ。中には小さな物がたくさん入っており、お姉さんが袋を開けて中身を取り出すと薄くて黒いチップがたくさん出てきた。 村を出る時に村長に渡したのと同じ物だ。それが約百枚入っていた。
「これは……見た事ないものですね。……少々お待ちください。今、鑑定機をお持ちします」
 鑑定機は魔法具の一種で少し多めの魔力を消費するが、名前の通り物質を"鑑定"できる。見た目は化学の実験に良く使う顕微鏡で、台に物を乗せてレンズを覗き込めば物の詳細がわかる。
「見た目は何かの鱗っぽい? それだったら、この辺だとワイバーンの鱗? ………どれどれ……―――これって!? すいません! ここでお待ちください!」
 どうやら物の正体がわかったらしく、慌ただしく奥に走っていく。そして何やら奥で話し合っている様子だった。お姉さんの慌てている声が聞こえてきた。
 その場にいた冒険者達も初めて見る組員の慌てように、何事なのかと話し合ってロード達を見つめている。 なんとも居心地の悪い環境である。 いっそ"竜眼"で強めに威圧を掛けて全員を気絶させようかと思っていた。
「……ねぇロード」「なんだ?」「……さっきの物って村長に渡した物と同じよね」「おう」「……この肌触わり覚えがあるんだけどさ」「おう」「……これロードのよね。そのまんまの意味で」「おう! さすがシエル、よく分かったな」「………ツッコむのも嫌になってきたわよ」
 竜族は十年に一度だけ脱皮をする。それは"七天竜"も例外ではなく、脱皮した皮に付いていたロードの鱗をバルトが記念にと言い出して保管していた。 それを集落に帰った時にロードが回収してきた。特に黒竜の鱗は頑丈なので、火事程度の事では傷一つすら付いていなかった。

 仕方が無く椅子に座り、時間を潰しながらおとなしく待っていると奥から数人が神妙な面持ちで歩いてきた。
 冒険者には見知っている顔のようで、団体が出てきた時にはどよめきが広まっていた。
 組員団体の真ん中に初老の男性、その後ろにはほとんどの組員が付いて来ていた。 その初老の左腕は義手になっており、身に纏う雰囲気からも冒険者を思わせる人物だった。
「……この人か?」「はい、こちらがロードさんです」「……ふむ」
 組員達はロード達の前で止まるとコソコソと小さく話しているが、ロードには丸聞こえだったので少し鬱陶しく思っていた。 本当に"竜眼"で黙らせるか迷った。
「……いや、誰?」「これは申し遅れました。私は竜王国、冒険者組合ギルドマスターのアラミールと申します」「……はぁ、ご丁寧にどうも。俺はロードだけどなんか用?」「ロードさんが売ろうとした素材について、詳しくお話を聞かせてもらってもよろしいですかな?」
 真ん中に立っている初老――アラミールは丁寧なお辞儀でそう言った。その瞬間、ロードが心底嫌そうな顔をしたのは誰も見逃さなかった。

        ◆◇◆

 案内された場所はギルドマスターの執務室だった。ご丁寧に音声遮断の魔法も張ってあり、外部には一切情報が漏れないようになっている。 ますます面倒くさくなってきたが、ついてきてしまった以上は途中で逃げるわけにはいかなくなってしまっている。
 とは言っても何となくそんな予感はしていたので、子供達は適当に冒険者組合の中で時間を潰すように言っておいた。一番厄介だったのは、何故かシエルは「私も行く!」と駄々をこね始めた事だ。積極的なのは良い事なのだが絶対に余計な事を言われそうだったので置いてきた。
 なので、部屋にはギルドマスターと組合一人(さっきのカウンターのお姉さん)、そしてロードの三人だけだ。
 他にも、ロードの"探知"には外に組合が三人待機していた。
「……で?」
 短い言葉だが、それには「面倒だからさっさと帰りたいんだけど、なんの用で呼ばれたの? どうでもいいことだったら殺っちゃうよ?」という意味が込められていた。
 アラミールは静かに台に水晶らしき物が乗っている魔法具を取り出して、テーブルの上に置いた。水晶の中には魔力の渦が漂っている。
「これは、真実の水晶と言われている魔法具です。……まぁ、嘘発見器と思ってくれれば大丈夫です」「そこまでして何を聞きたいんだ?」「単刀直入に言います。これを何処で手に入れたんですか? ………それもこんなにたくさん」
 出してきたのはロードが売ろうとした黒竜の鱗だった。
(だろうと思ったよ、本当にめんどくせぇな)
「それを聞いてどうなる」「ロードさんは―――」「その口調うぜぇから普通に話せよ」
 見るからに話し口調に違和感があった。それを指摘すると、椅子に姿勢良く座っていたアラミールはどっかりと座るような体制になり雰囲気も変わった。
 さすがに態度が変わり過ぎだろと思ったのだが、直すように言ったのはロードなので文句は言えない。
「………わかった。それであんたは"これ"が何なのか知っているのか?」「あぁ知っているよ。黒竜の鱗だろ?」「あぁ、そうだ。それをなぜこんなに持っているんだ?」「いや、置いてあったのを拾っただけだよ。むしろこれを持っていたらダメなのか? まさか持ってるだけで犯罪だとか無いよな」
 もしそうだったら皆を連れて竜形態に戻り、さっさと逃げたいところだ。
 というより嘘ギリギリを言ってもセーフな嘘発見器に心配を覚えるロードだが、バレてないので良しとする。
「いや、そうじゃないんだ。 ………お前さんは"七天竜"って知ってるか? その一柱に黒竜種ってのが居る」
(うん、知ってる)
「"七天竜"の中でも黒竜種は最強と言われていてな、間違い無く竜族最強だろう。だから、普通の人間には黒竜種は絶対に討伐出来ないとされているんだ。
 俺も昔は長い間、冒険者をやっていたんだが一度だけ黒竜種を見た事がある。他の竜族よりも体格は一回り小さくてな、正直に言うと最初は侮っていたよ。これなら、いくら"七天竜"と言われていても俺達なら倒せるんじゃないかってな。
 俺達のパーティーは上級冒険者の中でも強いと言われているパーティーだったんだ。連携も文句無し、火力も申し分無い、弱点なんか無いと言われていたな。
 ………だから調子に乗っていたんだろうな。当時リーダーだった俺の意見に全員が同意して、休憩中の黒竜に最大火力で不意打ちをしたんだ。
 その結果は今でも信じられないと思っている。 黒竜の身体には傷一つ無かったんだ。俺達の最大火力はなんの意味も無かった。 休憩を邪魔された黒竜はハエを叩くように尻尾を横薙ぎに振った。 ……それだけで俺達は再起不能になった。一番近くに居た仲間は即死だった、尻尾の直撃を受けて全身の骨が折れてな。俺は直撃は回避出来たが腕をやられた。 魔法職の奴らは遠くに居たから攻撃は届かなかったが、横薙ぎの余波で吹っ飛んで軽傷だった。
 相手をする必要も無かったのか、それだけで黒竜はどこかに跳んでいったよ。……仲間は一人死んだが、それだけで済んだのは人生最大の幸運と呼べるだろうな」「黒竜ってそんなに強かったのか……」
「あぁ流石は竜族のトップだと思ったよ。そして、その最大火力に平気で耐えた鱗がこれだ。黒竜種特有の黒い鱗、その素材で作る装備は特別でな、とても高価で取引されているんだ。ちなみに、これ一枚で金貨一枚だ」
 ロードは飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。精々鱗一枚で銀貨二枚だと思っていたのだが、思いもよらない値段で驚いた。
「マジか、やったぜ。一気に億万長者じゃねぇか」「ああ、ちゃんと話してくれたら、金は渡してやる」「………ぇええ……」
(別にギルドマスターとなれば口も固いと思うから話しても大丈夫なんだが……はぁ、めんどくせぇ)
 降参と言うように両手を挙げる。
「わかった正直に話すよ。……ただし条件がある。この部屋に居るのは俺とあんただけにしてくれ」「おい、席を外してくれ」「……で、ですが」「ロードさんは理由も無く危害を加えるような人じゃないさ。俺は大丈夫だから席を外してくれ」「………はい、わかりました」
 お姉さんが渋々といった感じで部屋を出て行く。 ……というよりも、自分がすぐに危害を加えると思われていたのに少しショックを覚えたロードなのだが、顔には出さないで我慢していた。
「……さて、それじゃあ話してもらおうかな?」「………あぁそうだな。うーん、なんて言ったらいいものか、シエルの言葉を借りるなら。これは俺のなんだよ。そのままの意味でな」「………はぁ?」「そうだな、嘘はいけないから正直に言ってやる」
 いきなり何言ってんだこいつ、という表情をしていたが、それを気にせずに席を立ちながら自己紹介を始める。
「紹介がまだだったな。
 俺はロード・ヴァン・アデル。 "七天竜"の一柱であり、今は亡き黒竜種の一体、お前らが言う最強の竜族だ」
 そう言ってニッコリ笑う。 それを聞いたアラミールの最大限に引き攣った顔がとても面白かった。

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