世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第56話 初めての村

 その村は、いい意味でも悪い意味でも、普通の村だった。
 貧困で苦しんでいる訳ではなく、村の周囲には農産物用の畑が沢山あり、野菜には困らないだろう。
 しかし、その分、村は相当な田舎だった。
 旅人が来ることすら珍しいのか、アカネ達が乗っている馬車が近づくごとに、村人がわらわらと集まっていた。
 村人は成人している大人か、年老いた者達がほとんどだった。子供は両手で数えられる程度。
 その子供達は、大人達よりもキラキラした表情で、徐々に近づいてくる馬車を見ている。
「コノハ、お願いだから村ではおとなしくしててね」
 アカネは馬車から出る前に、コノハにそう忠告する。彼女は己が認めた者以外は、下に見る傾向がある。忠告はそれを危惧したものだった。
「もちろん、わかっています」
 しかし、その心配は杞憂に終わりそうだった。アカネは「それならいいんだけど……」と呟く。
「先に私が外に出るわね。いきなり大人数が出てきたら、驚かれるだろうから」
「わかった。そこはアカネに任せるわ」
 シルフィードは、出て行っても何の役にも立たないとわかっていたので、文句を言うことなくその提案を肯定した。
『母上、着きました』
「……ええ、ご苦労様」
 ハクに礼を言ってから、外に出る。
 村人は一斉に、アカネに注目した。 誰もを魅了する美貌に、禍々しく歪んだ二本の角。村人の反応は、彼女に見惚れたり、妖しい雰囲気を纏うその姿に怪訝な顔をしたりと様々だ。
 ここまで一斉に見られることがなかったアカネは、一瞬躊躇う。それでもポーカーフェイスで乗り切り、外面だけは平然を装う。
「ようこそ、旅のお方。何もないところですが、どうかゆっくりなさってください」
 村人の中から、老人が前に出てくる。 彼がこの村の村長だと判断したアカネは、人付き合いのいい微笑みを向ける。
「貴方が村の代表でしょうか? お出迎え、ありがとうございます」
 優雅な一礼に、誰かが驚嘆の声を上げる。
「早速で申し訳ないのですが、私の連れが長旅で疲れているのです。……どこか、休める場所をお貸しくださるでしょうか?」
「あいにく、ここは辺鄙な場所でして、宿はないのです。……もしよろしければ、儂の家でお休みくだされ」
「まぁ! それはありがたいですわ。では、お言葉に甘えて……ハク」
「ワンッ」
 ハクは短く鳴き、縄を咥えて馬車を引いてくる。
「馬車はどこに止めればいいでしょうか?」
「この大きさでは馬小屋には入りませんな。であれば儂の家の横にでもつけてください。……それでは、案内いたします」
 村長の家へと案内されたアカネ御一行。 村人に見られながら家の中に入り、やや緊張しながらもくつろいでいた。
「すいません、突然、押しかけてしまって」
 アカネは村長と、その奥様であるお婆さんに謝罪した。
「いえいえ、賑やかになって嬉しい限りです」
「そう言ってもらえると助かりますわ。……ああ、つまらない物ですが、どうぞ」
 『アイテムボックス』から取り出したのは、豪華な梱包がされている箱だった。それを村長に渡す。
「これは……?」
「『和の都・京』の和菓子、それの詰め合わせです」
「京……あの観光都市ですか!? そんな、儂らには勿体ない物です」
「一日とはいえ、お邪魔させてもらうのですから、それのお礼だと思って受け取ってください」
「…………ああ、饅頭ですか。いいなぁ、ボクも食べたい」
 箱のデザインを見て中の物を知ったコノハは、羨ましがる目でその箱を見る。
「饅頭……そういえば食べたことないわね」
「噂によると、とても甘くて人気らしいですが……」
 饅頭という単語に釣られて、シルフィードとリーフィアまでもがそれに興味を持ち始めた。
「それでは一緒に食べましょうか。皆で食べたほうが、より美味しく感じられるでしょう……」
「この人数だとすぐになくなりそうね……」
 追加で二箱取り出してテーブルに並べると、シルフィード達の顔がより一層明るくなった。
「折角だし私はお茶を淹れてくるわ。すいません、台所をお貸しいただけますか?」
「そんなのいいわよ。お茶は私が淹れるから、お客さんは座ってて」
「そうですか? では、お言葉に甘えて」
(……やっぱり【魔王】らしくないわよね、アカネって)
 村長の奥さんと自然に会話するアカネを見て、シルフィードはそう思った。もし、この場で彼女が【魔王】だと言ったら、信じてもらえないだろう。
(でも、ターニャさんの言ったあの言葉……)
『アカネが一番魔王っぽくない……ってのは間違いだぜ』
『オレが思うに、アカネが魔王の中で一番魔王らしいぜ』
 確かにそう言っていた。
 しかし、シルフィードはそれを信じられなかった。どう考えても、アカネは魔王という認識から一番外れている。
『こいつの復讐は――――』
 ターニャが何かを言おうとして、アカネに止められたその言葉。気にならないかと言われたら、正直、めちゃくちゃ気になる。
 それがアカネの秘密なのだとしても、シルフィードは彼女の全てを知って、秘密も含めて大好きになりたい。勝手ながらそう思っていた。
(…………本当、勝手よね。こっちから何も話さないで、それなのにアカネを知りたいなんて)
 恋人同士になっても、まだまだ彼女のことを知らない。それを再認識して、少し落ち込む。
「……ん? どうしたの?」
 見られていることに気がついたアカネ。
「何でもないわ。早く、饅頭を食べたいなぁって思ってただけよ」
「そんなに珍しい物ではないけどね。でも、きっと気に入ってくれると思うわ」
「うん、楽しみにしているわ」
 咄嗟に誤魔化してしまったことに罪悪感を覚えながらも、聞く度胸がない自分自身が嫌になるシルフィードなのであった。

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