世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第52話 髪の仇は根深く残る

「今の一撃、腕を上げたわね――コノハ」
 コノハと呼ばれた狐人族は、複雑な表情をする。褒められて嬉しくもあるし、それでもアカネに敵わないと理解して、少し気落ちしてしまう。
「ただの嫌味にしか聞こえませんよ、アカネ様」
 肩を落として、手の中で己の得物を弄ぶ。
「折角、強くなったというのに、まだまだ足りないとは……ショックで寝込みそうです」
「でも、ここで諦める貴女ではないでしょう?」
「フッ……もちろん」
 互いに好戦的な笑みを浮かべる。
「今日こそ、貴女を倒す……!」
「ほほう? なれるもんなら、やってみなさい」
 次の瞬間、二人は同時に地面を蹴り、ぶつかり合う余波で地面が抉れる。
 互いの一撃が交わるごとに、ガンッ! という重い音が大地に響く。それが一秒間に何度もだ。
(凄い……なんていうレベルじゃない……)
 シルフィード達は戦闘に巻き込まれないために、距離を置いてそれを見守っていた。それと同時に、今も剣と拳を交えている二人に対して、戦慄もしていた。
 全てが大地を砕く威力。 コノハと呼ばれた襲撃者は、いとも容易く連続で繰り出している。そして、コノハの猛攻を、拳のみで受け流すアカネ。
「――ハァ!」
「おっ……とっと……」
 コハクの袈裟斬りが、アカネの美しく長い髪を斬り落とす。と言っても、毛先を斬る程度で、普通ならば自慢できることではない。
 しかし、激しい戦いを繰り広げていた二人は、ハラハラと落ちていく髪の毛をじっと眺めていた。
「ふふんっ、ようやくボクの攻撃が通りましたね」
「あーあぁ、髪は女の命なのよ? 少しショック……」
「――ハッ!? も、申し訳ありません!」
「いやいや、謝ってどうするのよ」
 ブンッ、と風を切る速さで頭を下げたコノハに、半眼でツッコむ。
「……さぁ、準備運動は終わった? そろそろ、本気で行くわよ」
 今まで発していなかった敵意を、一方向へと放出する。真っ向からそれを受けたコノハは、表情を無にする。彼女も本気でアカネと戦う覚悟ができたのだ。
「髪の仇……今ここで!」
 ――いや、そこかよ。
 というツッコミは誰もできなかった。


 アカネは【瞬天】でコノハの死角へ潜り込む。それを予想していたコノハは、振り向きもせずに刀を死角へ突き刺す。 それを紙一重で躱して、ガラ空きになったコノハの横腹を抜手で突く。
「……まあ、通らないわよね」
 神速の突きは、コノハの篭手によって防がれていた。彼女の篭手はオリハルコンという鉱石でできている。 世界一硬いと言われているオリハルコンは、さすがのアカネでも貫けない。
 攻撃を仕掛けた側の手から、痛みがじんわりと滲み出てくる。
「……何を言っているんですか、アカネ様」
 コハクは一旦、距離を取る。 そして、アカネの突きを防いだ篭手を、彼女に見せる。
「オリハルコンの篭手にひびを入れるとか、人間技ではありませんよ」
 オリハルコンでなければ、今頃コノハの腕は消し飛んでいたことだろう。
「コツコツ貯めたお小遣いを奮発して注文したというのに……無駄になってしまいました」
「ふふっ、髪のお返しよ」
「女の髪の呪い、こっわぁ……」
「あんたも女でしょう……一応」
「ボクは可愛くないし、男に付きまとわれても邪魔なだけですよ」
「そうかしら? 貴女は充分可愛いと思うけど……」
「か、かわっ! ……からかわないでください!」
 冗談やからかいなどではない。コノハは女性でありながら、中性的な顔つきをしている。確かに一目見たら、可愛いというよりも、カッコいいと思う人が多いだろう。
 しかし、アカネが「可愛い」と言った時の照れ顔は、彼女の言う通りカッコいいというよりも可愛いという気持ちのほうが大きくなる。
「ああ、もう! 行きますよ!」
 再度、コノハは地を蹴る。このまま彼女が満足するまで、技を交えるのもいいが、あいにく今は愛する人達を待たせている。
「だから……もう終わらせるわね」
 上段の構えから振り下ろされた叩き付け。 それを【金剛強化】した左手で掴み取り、今度こそ無防備になったコノハの体を蹴り飛ばす。
「――ぐ、ぅ!」
 すぐさま地面との激突による衝撃を和らげようと動くコノハ。
「そんな余裕あるのかしら?」
 吹き飛ぶコノハの着地点。すでにアカネは移動していた。
「な、しまっ――カハッ!」
 空中で姿勢を変えようと抗うコノハの首元を掴み、勢いのまま地面に叩き付ける。
「【三連突き】」
「アアアアアッ!」
 コノハが体制を整える前に、追撃で動きを封じる。それでもなお、アカネの猛攻は止まらない。
「【扇薙ぎ】、【天衝】、【紫電】、【重刺】」
 知っている者だとしても容赦はしない。弱いから攻撃を受ける。弱いから反応できない。 ぬらりひょんの稽古を受け続けたアカネは、いつしかその考えに染まっていた。
((うわぁ……))
 離れた場所で待機している馬車の中から、二人の戦いを見ていたシルフィードとリーフィアは、容赦のないアカネにドン引きだ。
「……あれ、死んでないよね?」
「いやぁ、さすがにそれはしないでしょ。知り合いっぽいし」
『母上は部下だろうと知り合いだろうと関係ありませんからね。皆、平等にスパルタです』
「あ~、なんか身に覚えがあるわ」
「アカネさん……私達にも容赦ないからね」
「愛ゆえってのは、わかるんだけどね」
『まあ、貴女方に容赦ないのですから、他の者に優しくする訳ありません』
 こうして二人と一匹が話している間も、アカネの手が休むことはない。 彼女は剣や斧、槍、刀のスキルを、のみで繰り出し、ハチャメチャなコンボを叩き出している。
「あれってどうやっているのかしら。なんで武器もないのに武器専用のスキルを……」
『母上は【武真】という技能を持っています。それは武術を極めた者にのみ与えられる技能』
 これはぬらりひょんとアカネの二人しか会得していない、ほぼ取得不可能な技能だ。
『己を武器とし、最速の攻撃で最大の連撃を繰り出す。……ほぼ反則技です』
 あらゆる武器の中で、最速を誇る物は何か。それは拳と脚だ。他の武器と比べて、圧倒的に殺傷能力は低いが、鬼族であるアカネはそれを問題としない。
『シルフィード様も翁の元で鍛錬すれば……もしかしたら会得できるかもしれません』
「それ、何十年も掛かりそうで怖いんだけど……」
 しかし、苦労するメリットは格別と言ってもいい。それぞれの武器を極めた者は、武器なしではそこまで強くない。
 それでも常人には勝つだろうが、実力が少し下な相手ならば、普通に負ける。それを苦としないのが【武真】という技能だ。
 確かにシルフィードでも魅力を感じる。だが、それを取得できるかと言われたら……正直、想像できない。
『ゆっくり、焦らないでいいのですよ。むしろ焦られて体を壊したりしたら、母上が悲しみます』
「……そう、ですね。私、アカネさんを悲しませない程度に頑張ります!」
「リフィったら……うん、私だって負けないから!」
 二人が気合を入れ直して、新たな目標を立て始める。
 そこでハクは気がつく。先程まで鳴り響いていた大地を揺らす程の轟音が、全く聞こえなくなっていることに。
『…………おっと、あちらは終わったみたいですね』
 思考に入り込んでいた二人が、バッと振り向く。
「おまたせ〜、遅くなっちゃってごめんなさいね」
「………………(ガクリッ)」
 そこには、待ち合わせに遅れた若い女性風なアカネと、首根っこを掴まれて、力なく引きずられているコノハの姿があった。しかもその姿は痛々しく、白目をむいていた。
「「うわぁ……」」
 拷問後のような惨劇に、今度こそ姉妹は心の底からドン引きしたのだった。

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