世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第47話 妖の世界へ

「……んっ」
 目蓋に光が当たり、シルフィードは目を開ける。
「わぁ……」
 そこは先程までいた森の中ではなかった。更に言うならば夜でもなかった。
 真上で悠然と輝く太陽。大きく開かれた平原。ポツリと存在する少し大きな村。そこまでの距離はおよそ二キロといったところだ。
「ここが妖達の……」
 ここが妖の住む異界。自然とそう自覚してしまうほど、シルフィード達の住む世界『グロウス』と違う何かを感じ取った。
 ふと、彼女は横を見る。そこにはシルフィード同様、景色に魅了されている妹の姿があった。
「――いい場所でしょう?」
 後ろから声をかけられたので、振り返る。そこには、懐かしそうに景色を眺めるアカネが立っていた。
「ここに来るのは何年ぶりかしら……」
『七年と十ヶ月、二十四日ですね』
 アカネの言葉に、凛とした声が答えた。
「――うわっ!? い、いつの間に!?」
 今までアカネとリーフィア以外で気配を感じなかったシルフィードは、驚いて周囲を見渡す。
 そして、ようやく声の主を見つけた。
『お久しぶりです、お母様。そして、ようこそいらっしゃいました――シルフィード様、リーフィア様』
 声の主は狐だった。……と言っても、ただの狐ではないのは、気配や姿からよくわかった。 まず、最初に目が行くのは九つの尻尾だ。それが風に揺られて更に目立っている。
「貴女が迎えに来てくれたのね。会いたかったわよ、コン」
『私もですお母様。ずっと……ずっと貴女が来てくれるのを、私達は待ち焦がれておりました』
「……ごめんなさいね、本当に」
『お母様が謝る必要はありません。私達はお母様の子にして従僕。この気持ちはただの我儘なのですから。……それに、今日は吉報も持ってきてくれたのです。今、村はお祭り騒ぎで大変なのですよ?』
 そう言って村がある方角を見つめるコン。その瞳は困ったような、しかしそれがとても嬉しいような、そんな感情が混ざっていた。
「村に行く前に改めて紹介しておくわね。この二人はシルフィードとリーフィア。貴女達の新たな母になる人よ。それで、こちらの狐がコンよ。雪姫やハクと同じ上位妖で、魔法のことに関しては一番詳しい子よ」
「初めまして、コンさん……でいいのかしら。私はシルフィード。アカネの……は、伴侶……です…………」
「初めまして私はリーフィア、です。姉と同じく……は、はん…………うぅ……」
 何故か二人して赤面してしまい、顔を覆い隠していた。 恥ずかしいなら言わなければいいのに……と思ったアカネだが、二人には譲れない何かがあったのだろう。
『お二人のことは駄犬ハクから伺っております。想像していたよりも可愛らしいお姿です。やはりあの糞犬は目が腐っていましたね……いえ、見たものを表現をするための脳が故障でもしているのでしょう』
「え、えっと……?」
 突如、毒舌になったコンに困惑するシルフィード。そこでアカネが説明に入る。
「ああ、気にしないで。ハクとコンはとても仲が悪いの。いつもこんな感じで悪口を言い合っているのよ」
「そう、なんですね……」
「ほら、コン。お客様が困っているわよ。ハクへの悪口はそこまでにしなさい」
『……おっと、申し訳ありませんお母様方。いかんせんあの駄犬のことを思うと全身に虫唾が走ってしまい、少々我を失ってしまうのです』
「そんなに仲が悪いなんて、何かあったんですか?」
『…………あやつが魔法を馬鹿にしたのです。魔法なんてチマチマした攻撃する奴は卑怯者で軟弱者だ、と……ああ、思い出すだけで腹が煮えくり返りそうです』
「懐かしいわねぇ……」
 アカネは昔を思い出して遠い目をする。
 魔法に対しての罵声にブチ切れたコンは、ハクを無理矢理、表に出して喧嘩を始めた。
「あの時は大変だったわ。まさか山一つが吹き飛ぶなんておもしろ……貴重な場面を見てしまったのだから」
『私達の喧嘩に混ざる者達が増えて、戦争のようなものも起こりましたからね』
「そうそう、その後に私と翁でその場を収めるのは苦労したわ」
 この世界に住んでいる妖全てを物理的に黙らせ、その喧嘩は幕を閉じた。
 他の皆は祭り程度に楽しんだから仲が悪くなるようなことはなかったが、ハクとコンの溝は埋まることなく、こうやって今も悪口を言い合う関係になっていた。
「祭り気分で戦争……妖達って意外と好戦的?」
『こんな平和な場所ですからね。滅ぶことがない私達は、刺激的なものを楽しみたいと思うのですよ』
「平和過ぎるのも問題ってことね…………っと、随分と話し込んじゃったわね。そろそろ行きましょうか。コン、お願い」
『かしこまりました。……では、いきます』
 コンの体内から膨大な魔力が迸る。 何重にも及ぶ繊細な魔力操作をこなす姿は、嫌でも魔法を超越しているのだと認識してしまう。
『とびます――【転移】』
 次の瞬間には、景色が全く違うものになっていた。 それもそのはず。コンが発動した【転移】は、一度行った場所ならば、どんなに距離が離れていようと一瞬で移動できる。
 ――おおおっ!
 転移してきたアカネ達に、大きな歓声が沸いた。
「おおおっ……」
 そしてシルフィードも少しイントネーションが違うが、同じ言葉を発した。それは多種多様な妖が、一斉にこちらを見ていたからだ。
「皆、久しぶり……ではないのも居るけど、一応ここでは久しぶりね」
 ――おおおおっ!!
 アカネの言葉で歓声は更に大きくなる。
 ……と、妖達の中から一人、前に出てくるの者がいる。その者の姿は、一見すると普通のお爺さんだ。実際にリーフィアはそんな感想を抱いていた。
 しかし、シルフィードはそんな普通の意見が出てこなかった。そんな考えを抱いた瞬間に、何回、いや何百回殺されてしまうのか。 そっちの方を心配してしまうほど、そのお爺さんからは剣豪の風格が滲み出ているのだ。
「おう嬢ちゃん。随分と久しぶりじゃあねぇか? 忘れられちまったかと思って焦ったぜぃ」
 その老人は陽気に話しかけてくる。それでもシルフィードの緊張は解けない。
「私が貴方を忘れる訳ないでしょう。むしろ平和ボケして忘れられないかと、こっちが心配したわよ」
「おっ? 言ってくれるじゃねぇか。それで? そこのお嬢さん方がお前さんの、アレかい?」
 老人の注目がシルフィードとリーフィアに注がれ、二人はピシッと固まる。
「ええ、そうよ。こっちは姉のシルフィードで、こっちが妹のリーフィア。皆も仲良くしてあげてね」
「はっはっはっ、随分なべっぴんさんを連れてきたな。万年春がなかった愛娘に、ようやく春が来たたぁ……目頭が熱くなりやがるぜ」
 目を擦って泣いているアピールをする老人に、アカネは呆れながらツッコミを入れる。
「やめてよ翁。私には普通の男が合わなかっただけよ」
「そうかいそうかい。まあ、お前さんが幸せなら、形がどうだって構いやしねぇよ」
 そもそも妖には恋愛感情というものがない。だから、アカネが同性を好きになったとしても、誰も反対はしない。
「二人に紹介するわね。この人は『ぬらりひょん』。さっきチラッと話に出てきた私の師匠みたいな存在よ」
「おう、遠路はるばるよく来てくれたな。村の村長としてアンタらを歓迎するぜ」
 村の村長にして妖の総大将、ぬらりひょんはニヤッと親しみやすい笑みを浮かべ、体を妖達に向ける。
「よぅし、てめぇら宴だぁ!」
「「「「うぉおおおおおっ!」」」」
 今日一番の雄叫びがあがり、村全体を揺らしたのだった。

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